櫃007 揚がる尖兵
その後、市場で肉を買った。
以前食べてみて美味しかった毒蛙のもも肉や、無難なコビンの胸肉、ポルの赤肉まで揃っている。
これで作れない肉料理は、私の思いつく限りではほとんど無い。
未知の食材も沢山あることだし、今回の飯は、ずっと楽しいものになるはずだ。
少しだけ気分を落ち込ませてしまったけど、なに、肉を食べればすぐに良くなるだろう。
早く皆と一緒に、楽しい時間を過ごしたい。
「ロッカぁ、歩くの速いじぇ!」
「なーに言ってんだよ、一番荷物を持ってるのは私じゃん。さっさと来ないと、置いてくよ」
はやる気持ちに正直に足を急かしながら、私はライカンが待つ場所へと向かった。
集まった場所は、賑わう通りを外れた、小さな宿屋である。
といっても、室内で飲んだ食ったするわけではない。
ライカンとソーニャが既に調理道具を表に出しているようなので、今日もまた、外でやるのだろう。
つまり、宿屋の前に置かれたこの青銅製の洒落たガーデンテーブルこそが、今回の私達のディナーテーブルとなるのだ。
『おお、みんな来たか。それじゃあ、買ってきたものはそのテーブルに置いてくれ。そこを材料置き場にするからな』
「あ、そう」
……と思っていたが、どうやらこのテーブルは使わないらしい。
まぁ、二人分くらいの大きさしかないもんね。
「椅子はそのまま屋外用のを使って、テーブルは大きいのを宿から借りるみたいよ」
辺りを眺め回していた私の疑問に答えてくれたのは、ソーニャだった。
今まさにライカンの手伝いの最中といった感じで、金属製の大きなトレイを重そうに抱えている。
胸がトレイに入りそうだよ、というオヤジ臭い指摘はさておいて、彼女が真面目に動いているところを見るに、どうやらライカンの料理作法は、彼女のお眼鏡に叶ったようである。
「かまどが出来てないけど、火はどうするの?」
「宿屋から、専用の調理道具を借りてるのよ。あそこに置いてある、大きいやつね」
「あれ?」
トレイをテーブルに置いたソーニャが、宿屋の壁に寄り添うように置かれた箱物を指さした。
ぱっと見る限りでは、年季の入った鉄スラを二つ重ねたような、よくわからない物にしか見えない。
多分、近くで見ても同じ感想を抱いてしまうだろう。それくらい完璧な、ただ四角いだけの物体であった。
「あの中に火を整える機構があるんだって。もちろん燃料はいるけど、同じ温度のまま保てる優れ物らしいわ」
「ふーん……」
「ま、見た目がショボいよね。使ってみればわかるでしょうけど」
ライカンの準備には更にヒューゴも加わって、ついに夕食が始まろうという予感が漂い始めた。
どういったものを作るのかは未だ不明瞭だが、もちろん私も手伝いに参加する。
私だって、料理ができないわけじゃないのだ。
「じゃあロッカは、そっちの肉をこのくらいの厚さに切ってくれるかな」
ヒューゴはコビンの肉を一口サイズに切り分けながら、私に別の仕事を割り振った。
隣ではソーニャが野菜をハサミで切りながら、それを木串に刺している。
……野菜のバーベキューか。うーん。
「ヒューゴ、これって何? ステーキでも作るの?」
「作ってみればわかるさ」
「ふうん」
まぁ、なんでもいいけどさ。
握った包丁に魔力を込めて、よく馴染ませる。普通の鉄なので浸透は遅いが、時間をかけてやれば問題はない。
完全に私の強化がかかった頃合いを見て、包丁の刃を横倒しの肉にスッと割り込ませる。
「……すごいな、ロッカ。そんなこともできるのか」
「ん、まぁね」
包丁を横にずらすだけで、ある程度の弾力と硬さを持つ肉が綺麗にスライスされた。
私としてみれば、材料さえあれば見慣れた光景ではあるが、ヒューゴにとってはこの調理法そのものが物珍しいようである。
「ヒューゴも練習すればいいのに、気術も便利だよ」
「はは、僕はなぁ……今は魔術で手一杯かな」
さすがに、理学を勉強しながら気術の特訓に励むのは無理のある話か。
でもヒューゴだって男なんだから、気術くらい使えて良いのに、とは思ってしまう。
とまあ、そんな感じで、単調な下ごしらえ作業は陽の沈みと共に着実に進行してゆくのであった。
ちなみに、ボウマは手伝いもせず沢蟹と遊んでいた。
夕焼けの頃にある程度の下準備が完了すると、お次はいよいよ、ライカンによる本調理だ。
品ができるまではテーブルで待ちぼうけることも落ち着かないので、皆してライカンの作業風景を見学している。
なのでパーティーというよりむしろ、料理教室といった感じである。
『必要なものは、油と衣だ。もちろん揚げ物だからな、重要なのはこっちの油の方になる』
例の金属製の四角い箱は、蓋を開けるといくつかの浅い水槽が並んでいるような作りをしていた。
浅い水槽は金色の油で満たされており、物によっては底が緩い半球状に窪んでいたり、真四角のまま平坦なものもある。
ライカンはそこに木串を入れたり出したりしながら、油の色だか温度だかを図っているらしい。
『今回は全部俺がやってしまうが、肉と野菜で入れる槽が違うから注意するんだぞ』
「作ってもらってなんだけど、私はどんなに美味しくても、こんなに勿体無い油の使い方はできないなぁ……」
まさかこの浅い水槽に満たされた油全てを料理に注ぎ込むわけでもあるまい。
『ふははは、まあ、食べてからロッカの感想が変わることを楽しみにしているぞ。テーブルで酒でも飲みながら、いい気分で待っているがいい』
ライカンは生卵とビールを混ぜながら、大口を開けて愉快そうに笑ってみせた。
「……自信あるなぁ。まあ、楽しみしてるけどね」
何がどんなふうに仕上がるのかは未知数だけど、挑戦的な彼の態度には、期待せざるを得ない私だった。
グログを飲みながら、ボウマと髪のいじりあいで格闘すること数分。
私の予想よりもはるかに早い時間で、一皿目の料理が運ばれてきた。
「ほーら、二人ともできたぞー」
湯気が立つトレイを運ぶヒューゴの顔は、どこか期待や成功に喜ぶような、ホクホクとしたものである。
先ほどからパチパチとうるさい音もしていたし、さて、この短時間でどんな物が仕上がったのだろう。
と、テーブルに置かれた料理を覗きこんでみると、そこには謎の物体がいくつも並んでいた。
「えっ、なんだこれ」
「おおーっ?」
ボウマとの髪のめくり合いも急遽中断され、視線が全て料理の方に注がれる。
トレイの中で網の中に載せられたそれらは、薄茶色のトゲトゲしい衣に包まれていた。
「うわ、コビンの唐揚げとかは見たことあるけど、なんだこれ」
串に刺さったそれらのうちの一本を手に取り、近づけて注視する。
すると、どこか食欲をそそる香りと共に、その中身がどうやら、キノコであるらしいことがわかった。
見た目は衣を纏った唐揚げのような感じだけど、この、衣の存在感が全く違う。
さしずめ、バリバリに結晶化したキノコといったところだろうか。
魔石化キノコ。それは果たして、食えるものなのか。
「とりあえず食べてみれば? 僕もあっちで食べたけど、なかなかのものだよ」
お前の顔がそんなに嬉しそうなのは、そういうことだったか。
良いだろう。考えるよりも先に食べるのが一番だ。
私とボウマは、さっそく串にかじりついた。
「……」
ざくり。
「ライカンがいうには、衣にいろいろなものを混ぜてるらしくて……耳慣れないものも多かったから聞き流してたけど、それが美味しさの秘訣なんだってさ」
ざくりざくり、ざくりざくり。
「それで粉も、小麦だけじゃなくて唐黍……ロッカ? 聞いてる?」
「おかわり」
「もう食べたのかい」
「あたしもおかぁり!」
なんだこれうめえ。キノコじゃないみたいだ。
食感は、ざくり、といった感じ。
焼け焦げたパンの表面みたいにザクザクしているが、味は、なんというか、焦げとは違う意味で香ばしい。例えが難しいが、旨味のある油を食べているかのようだ。
そして中心まで熱が通ったホクホクのキノコは、表面につけられた衣の塩味も手伝ってか、素材そのままであっても新鮮な美味しさがある。
かといって、素材の風味が損なわれているわけではない。こんなにキノコを美味いと思ったのは、初めてだ。
「あら、もう食べたの? まだまだ沢山あるから、急がなくても大丈夫よ」
木串にこびりついた揚げ物のかけらをかじっていると、今度はソーニャがトレイを持ってやってきた。
再び、芳ばしい香りが鼻腔を擽る。新手の到着だ。
「あとは僕が手伝うから、ソーニャもロッカとボウマと一緒に食べていたら?」
「いいの?」
「うん、僕はライカンの調理作業をよく見ておきたいからさ」
ヒューゴは私達の平らげた空トレイを取り上げて、足早にライカンの即席調理場へと戻っていった。
ライカンはというと、鉄色の箱の前で網を動かしたり、長い混ぜ棒を動かして、熱心に作業している最中だ。
後ろ姿だけなので、何をしているのかはよく見えない。
新鮮な味を体感したばかりなので、調理風景は私も興味がある。
「んまそー」
しかし、据え膳の魅力にはとても勝てそうにない。
「そんなに目をギラギラさせるくらいなら、食べればいいのに」
「うん、そうする」
というわけで、食べよう。
次にかじり付いたのは、でっぷりと太った串だ。
「んー」
ピーマンだ。うめえ。これもザクザクしてんのな。
次、棒状の串。肉って感じではないけど、何だろう。
「んっ」
チーズだった。やべえ、美味すぎる。酒が飲みたくなってきた。
「んぐっんぐっ……ぷぁ」
ああ、これならグログよりも赤ビールの方が合うかもしれない。
旨しょっぱい揚げ物の味には、苦い酒の方が良さそうだ。
「ちょっとちょっと、ロッカ、ボウマも、食べ物は逃げないんだから、そんな魔獣みたいな食べ方しないの」
「ふんぐふんぐ!」
私も随分汚い食べ方をしていた自覚はあるが、テーブルの向かい側には正真正銘、本物の魔獣がいた。
両の頬がぼっこりと膨れ、両手に木串を構えている。強さで言えば、ランクDくらいはありそうだ。
「いや、美味しすぎてさ。ちょっと我を忘れかけちゃうね、これ」
「ええ、ライカンの支度を見てたけど、かなり本格的だったからね。悔しいけど、あいつ、私よりも料理上手いかも」
「ほおー」
ソーニャはネギの串を食べながら、複雑そうな顔で笑った。
彼女の料理の腕前はわからないが、ショックを受けている辺り、結構なものなのだろう。私よりは腕が立つに違いない。
しかしライカンの料理は、ただ豪快に作るものだけかと思っていたのだが、繊細な調理もできるというのが、ちょっと意外だ。
「これはなんだろ」
「さあ、色々なものを切ったり刺したりしてたから……」
次に私の興味が向いたのは、なんというか……一見すると蛇を波形に刺したような見てくれの串だ。
もちろん刺さっているのは蛇ではない。薄っぺらで、色は淡く、長い。
とにかく野菜ではないことは、わかるのだが……。
「とりあえず食ってみるか」
物は試しだ。冷める前に食うに限る。
ざくり。
……ぐにゃり?
「ん?」
串にかじりついてみると、思いの外しっかりとした歯ごたえに出くわした。
堅くはないが、繊維質の強い肉を噛んだ時のような食感だ。
かみ切れないことはない。しかし、噛むたびに衣は薄れ、飲み込む丁度いい頃合いには、中のそれだけになってしまう。
あじは、あっさり。ほくほくしているけど、脂気のあるものではない。
しかし芋のようにほぐれる感じではなく、繊維がある。でも、ほとんどの野菜のようにシャキシャキとはしていない……。
「うーん……」
ソーニャも私と同じ串を食べて、深く考えこんでいる。
不味くはないのだ。こんな味も、有りだと思う。ただ、何を食べているのかがわからないだけで。
見れば、この波型の串は、やたらと大量にトレイに乗っかっていた。
というか、トレイの半分近くがこの波型の謎食品の串である。
なんだよこれ。私達、こんなの買ったっけ。
「キノコ……?」
私が今日の買い物を思い起こしていると、ソーニャが難しそうな顔でポツリとこぼした。
「キノコ?」
「うん、風味がキノコっぽい感じがする」
「キノコねぇ……?」
ソーニャの言葉を念頭に置いて、私はもう一度串を噛んでみた。
じゃくっ、じゅわ、という、どこかくせになる食感と共に、ほのかに香る淡白な風味が口の中に広がった。
そして、その香りや味を注意深く追ってみると、なるほど確かに、どこかキノコのような雰囲気がある。
「確かに、キノコっぽいな……」
「てゆーかロッカさぁ、一緒にブレポのヒダ買ったじゃんよぅ」
「え?」
テーブルの向こうで、同じ串を齧るボウマが呆れていた。
「覚えてないん? それ選んだのロッカだじぇ」
「え……」
「ブレポのヒダ? そうなの? ロッカ」
「え……あの……」
ブレポ。
あー……ブレポね。
「ごめん、よくわからないで選んでた」
「ぶふっ」
「まじかぁー!」
ごめん、皆。私が買った食材は、ほとんど直感で選んだやつなんだ。
味とかそういうのは、食べたこと無いから全然わからん。
「まぁ、良いじゃん。これ、結構美味しいしさ」
「う、うん。そうね……」
他にも未知の食材は色々あるかもしれないけど、なに、きっと大丈夫だろう。市販されているものだし、作るのライカンだし。
根拠のない自信のまま待つこと数分、今度はサラダがやってきた。
ヒューゴが選んだ何種類かのサラダ菜をざく切りにして大きく山のように盛った、豪快なサラダである。
そこに盛り付けや見た目などは、全く考慮されていない。
一番上からドレッシングがかけられていなければ、庭手入れのあとの草籠と言われても普通に信じてしまえるような見た目だ。
「まぁ、脂っこいものばかりも何だしね」
「だね」
ついでにヒューゴも席について、ようやく落ち着いた食事風景が完成されつつあった。
しかしライカンは、まだ戻らない。
「まだやってるの? ライカンも食べたらいいのに」
「手が離せないんだってさ。先に食べていてくれって、言ってたよ」
「そうか……なんだか悪いな、ほとんど任せきりみたいで」
「好きでやっているのさ、僕たちは美味しくいただけば良いんだよ」
「だじぇだじぇ」
サラダと共に置かれたトレイには、また串揚げ。
今度はトレイの中の上げ底網の上に、塩を盛った小皿もくっついていた。好みで塩味を調整しろということだろう。
「じゃあこっちも、食べてみっか」
「うっしゃー」
「……あんたたち、胃袋広いわね」
当然、まだまだいけるさ。
だってまだ肉食べてないもん。
「んー!」
お次に齧った串は、肉の串だった。
カラリとした衣に歯を立てた途端に、熱々の肉汁が口の中に流れこんできたものだから、すぐにわかる。
肉は、堅め。独特の風味もあるので、きっとポルの肉だろう。
「んまーい!」
やや癖のあるポルの肉だが、私にもボウマにも、好評だ。
隣でソーニャが微笑ましい目で眺めている気がするが、そんなことは気にしない。
きっとこれは、熱いうちに食べなければいけない料理に違いないのだ。
どうせ仲間内である。私は脇目もふらず、本能のままに串を貪った。
『おうおう、お前たち、食べ……てるな、うん。俺の予想以上に』
「ほふ、はひはふ」
『それ以上行儀の悪い食い方をするのはまずいぞ、ロッカ』
ライカンは最後の料理か、大きなトレイを持ってやってきた。
そこにはおそらく、大量の肉串が積まれているのだろう。
ごろごろと太った大きめの串が、更に私の食欲を刺激する。
「随分と揚げたよね、大丈夫だったのかい」
『うむ、全身服で防護してたしな。顔はバンダナでグルグル巻きにしてあったから、問題ない』
「そうかそうか、まぁ、お疲れ様だ。冷えてるのがあるから、ほら、ライカンも飲むと良い」
『おっ、すまんな』
ヒューゴから赤ビールを差し出されて、ライカンもようやくテーブルについた。
私達は既に全開で始めさせてもらっているが、これで皆揃ったわけである。
盃をガチンと当てて飲み交わし、宴が始まる。
みんな肉を食べるとはいえ、それぞれ細かな趣向や、胃袋の限界も違う。
ソーニャは野菜の串を中心にちまちまと啄み、私とボウマは肉をガツガツと漁る。ヒューゴとライカンは、バランスよく食べ進めている感じだ。
こうして少し見ているだけでも、皆気の合う仲間のはずなのに、食の好みなどは違っているのだから、不思議なものである。
「クラインもいないことだし、今日くらいは、彼の前だと話しにくいことで盛り上がってみようと思うんだけど」
「ん?」
ヒューゴが食べ終えた竹串を掲げ、纏りなく雑談を交わすテーブル中央の空トレイに投げ込んだ。
クラインとはできない話、というと、何だろう。
彼が嫌がるような、そんな会話……。
思いつく限りでも、五、六個はありそうなんだけど。
『クラインってことは、属性の話か?』
「うん、そうだね。僕らの魔術、特異魔術の話になるかな」
特異魔術。
特異科が特異たる所以。
私達の誇りか、負い目か、どちらかに二分される存在だ。
「まぁ、クラインの前じゃできないな」
「そだなぁー」
前もそうだったけど、クラインは特異魔術の話になると、それを頑なに否定する所がある。
彼がいると“やめやめ”といった具合に流されてしまうので、私達は特異科ながら、意外となかなかこの手の話を掘り下げられずにいることが多かった。
「なに、クラインって、自分はよく魔術の話をするくせに、特異魔術の事になると全然駄目なわけ?」
関わりの薄かったソーニャは、呆れた様子だ。
その通りである。クラインはおかしい奴だ。けど、それを一々言っていると、こちらがもたないのである。
「クラインは、自分の特異性に使い道があれば、少しは理解もあったんだろうけどね……」
『うーむ、実際、俺達の中でも、かなり使い方に悩む特異性を持っているからなぁ、奴は。それがわかっているだけに、俺としてもなんとも言えんのだ』
「ふーん……」
クラインの特異性は、水がガラス質に変わるというもの。
メガネのレンズを取り替えたり、コップを作ったりと、便利は便利なのだが、彼のガラスは一片でも欠けてしまえば、全体が連鎖的に消滅してしまうらしい。
私の生み出す岩と、丁度真逆に位置する生成物なのだ。
いくら鋭い槍を作れても、巨大な壁を作れても、少しでも欠ければ即消滅。そんな魔術が、クラインが重視する魔術戦において使い物になるかどうかなど、そんなの私にもわかることだった。
クラインのガラスは、とても戦闘に向くものではない。
「そういうことがあって、クラインは自分の特異魔術に何の期待もしていないし、転じて特異魔術全体に否定的なところがあるんだけど……僕は、さすがにそこまでは言いすぎだと思うんだ」
「うん」
特異魔術だからといって、使えないとは限らない。
私も最初は、こんな石を生み出すだけの魔術……なんて思ってたりもしたけど、勉強や実践を重ねて、より深いところの理解に触れていくうちに、今では自分の魔術のことを少し好きになった。
それまではちょっと力が強いだけの鉱夫だった私が、魔術を使えるようになったのだ。
石柱を生み出すだけの魔術でも、急な時には崩落する天井を支える命綱になる。
石の床は、まぁ、よくわからないんだけど、ガミルを生み出す補助になるし。
石の床から突き出される岩の牙は、うまくいけばそれだけで、坑道に現れる錆蜘蛛やタイトンをぶち壊せるかもしれない。
もしかしたら、デムハムド最凶魔族の一体、デム・テイカー討伐隊に加わることもできるかも……。
……様々な魔術を覚え、戦術を習った。
入学早々に実戦も経験したし、魔術の戦いの恐ろしさも学んだ。
私は、自分の魔術が万能だとは思わないけれど、これが無力だとも思っていない。
この魔術はきっと、岩を砕き穴を掘るだけだった私の人生を、大きく変えつつあるのだ。
入学前だったら、あざ笑われても歯を噛みしめるだけだっただろう。
けど今では誰にも、私の可能性を否定されたくない。私の魔術には可能性があるはずなのだから。
……そして、そんな道を切り開いてくれたのは、他でもないクラインだ。
クライン。
アンタは自分の特異魔術に絶望して、それ以外の全ての属性術に執心しているのかもしれない。
けど、アンタは私の石ころが原石だと見抜いてくれた。
原石を磨く方法を、より輝く方法を教えてくれたじゃないか。
ここに彼の姿がいないからこそ、私は心の中で、ひっそりと思う。
クライン、悲観するなよ。
アンタだってもしかしたら、私と同じように、自分の特異性に希望を見いだせるかもしれないだろ。
「やっぱり、毎日こうして理学や魔術に触れているとさ、自分の将来の事を、それに絡めて考えちゃうんだよね」
『ふむふむ』
「しょうらいなぁー」
ライカンは既に気術だけで人並み外れた実力を持っているから、自分の将来についてはあまり考える必要もないだろう。
身体強化の達人は、それだけで仕事に困る事がないのだ。魔術なんて面倒なことをしなくたって、適当な魔獣の討伐も、護衛任務もこなせてしまうのだから。
だけど皆が皆、彼のように気術を扱えるわけではない。
私は故郷での仕事柄、ある程度の気術の心得を持っているけど、ヒューゴのように全く使えない人だって、珍しくはないのだ。
そうなると、やはり考えるのは、自らの魔術を使った将来設計か。
「ねえ、ヒューゴ。魔道士って、よく言うけどさ。結局魔道士ってのは、どんなことするのかな」
「ああ、魔道士か……そうだね、ここはボウマにもよく聞かせておきたい事だし、説明しようか」
「んぁ? なんであたしなのん」
ヒューゴは真鍮製のコップにワインを注ぎ、それを片手に携えながら話し始めた。
「魔術は……ここでは属性術のことだけど。まぁこれは当然、人によって使える属性が違うわけだ」
「うん」
この学園の優秀な属性科の人達を見ていると忘れがちだけど、大抵の場合、魔術を扱える人は、一種類を極めようとするものだ。
それは、一点集中で訓練を積んだほうが術の練度が上がるという意味もあるだろうが、大抵の理由は、複数の属性術を修得するのが困難であるからだ。
覚えようと思っても、なかなか覚えられない。覚えたとしても、前に習得した属性とごちゃまぜになる。
何にしたって生半可な技術は、ろくな目に遭わないのだろう。
「属性によって、できることは当然変わってくるよね。たとえば僕みたいな風の魔道士っていうのは、よほど魔術の力が強くない限りには、討伐や用心棒といった荒事には向かないよね」
「うん……でもヒューゴは」
「まぁまぁ、これはたとえ話だよ」
ヒューゴは串を一本手にとって、それを人差し指の上に立てて見せた。
すると静かな風が吹き始め、ヒューゴの指の上で、串揚げがくるくると回り始まる。
器用な芸だ。ヒューゴの技術に感心すると共に、同時に彼の魔術があまり戦闘向きでない事も、なんとなく感じ取れてしまった。
「風魔術は。相手や物を押し飛ばす事に長けた属性術だね。だから風魔道士は、ただ大きな空気の塊を、前に、遠くに勢い良く押し出す事に力を注げば良いわけだ」
「けど、ヒューゴの場合は」
「僕の風は、渦になっちゃうからねぇ。なかなか、吹き飛ばしたり遠くに吹かせたりってことは、難しいんだよね」
串はゆっくり回転した後、再びヒューゴの手の中に収まった。
彼はそれを一口かじると、“冷めちゃったよ”と朗らかに苦笑した。
「けど僕の魔術は、とても鋭い。渦を小さくして急にすることも、大きくすることもできる。射程こそ短いけど、……ちょっと残酷な表現になるけど、人の表面を傷つけるくらいなら、さほど難しくないわけだね」
いつか彼に見せてもらった、木の葉をバラバラに引き裂いた時のことを思い出す。
洞窟の調査の時には、錆蜘蛛の脚を吹き飛ばしたりもしていた。
クラインやライカンの制圧力に隠れがちだけど、ヒューゴは決して無力ではない。
思う存分魔術を使える状況と、広めの空間さえあれば、彼の魔術はきっと、かなり強力なものなのだ。
「僕の風魔術は、一般的な風魔術とは使い道が違う。だから同じ討伐を仕事にするとしても、闘うのに得意な魔獣や、不得意な魔獣がでてくる。自然と、そこで分野が分かれるわけだね」
「あー……」
普通の風魔術には殺傷力はないが、ヒューゴの魔術には殺傷力がある。
反面、普通の風魔術は相手を吹き飛ばせるが、ヒューゴの魔術の場合は、それができない。
同じ属性なのに一長一短な違いがあるのは、面白いことだ。
きっとヒューゴの魔術は、虫や鳥を相手にするには有効なのだろうけど、中型から大型の動物系となると、一発では仕留め切れず、極端に苦手な相手になるのかもしれない。
「自分の魔術の性質や練度によって、それが有効な地域が変わる。もちろん力が伸びてくれば、活動範囲は広がるだろうね。もちろん理想としては、世界中を旅して回っても至るところで必要とされるような、万能で強力な魔道士だよ」
世界を股にかけ、依頼から依頼を伝い、仕事をこなす凄腕魔道士。
各地にはびこる難敵を強力な魔術で消し飛ばし、次の街へ。
定住せず旅を続ける魔道士は、その名前だけが広く語り継がれるという……って、そこまでの傭兵なんて、なかなかいるもんじゃないか。
「ま、けど魔道士は基本、ギルドに登録して、傭兵として働くことになるだろうね。討伐、護衛と仕事は色々あるけど……ボウマの場合は、討伐向きだろうね」
「討伐かぁー。魔獣を殺すんだよね?」
「殺すって……」
ボウマの属性術。火の魔術が、爆発に変わる。
護衛にも使えないことはないだろうけど、人に向けるにはちょっと危険すぎる魔術だ。
魔獣や魔族の討伐、それも生死を問わない駆除のような仕事が、ボウマには最も向いていると言えるだろう。……ちょっと、嫌な仕事が多くなりそうだけど。
「うーん、ギルドの仕事って、まだよくわからないじぇ」
そんなボウマは大きな串揚げをもごもご齧りながら、他人ごとのような上の空である。
十五歳といえば、私はもう立派に働いていた年頃だけど、彼女にはまだ実感が沸かないのだろう。
ボウマはミネオマルタの学園にやってきて三年になるのだ。つまり、来た当初は十二歳。ここでのんびり過ごしていれば、感覚も麻痺するのは仕方ないことか。
「けどなボウマ。僕もそうだけど、いつかは必ず、卒業する日が来るんだぞ」
「んがんぐぅ……」
卒業かぁ。
入学したばかりの私にとっては、まだまだ少しの実感も沸かないけど……。
あと三年でボウマやライカンと離れ離れになる事を考えると、そう縁のない言葉でもないか。
「この学園の六年間で、何を学び、何を伸ばすのか……それで、将来が変わるんだ。ボウマにはまだ三年もある。特異科だからって、努力が無駄になるわけじゃない。これからいくらでも、変わっていけるはずだよ?」
「んー……」
目元は見えないけど、きっと今のボウマは、バツの悪い顔をしてるに違いない。
でも、まだ時間があるとはいえ、彼女も考えなくてはならない時期に来ているはずだ。
ボウマが故郷で、どのような家族のもとで、どのようなことをして過ごしていたのかはわからない。
けど、働くっていうのは生きることだ。
上手いこと楽できる人間でない限り、それは生涯、ずっと変わらない。ボウマにしたって、他人ごとではない話だ。
「そういえば、ソーニャは来年で卒業なんだよね」
「え?」
ヒューゴの話の矛先が、お次はソーニャに向けられた。
彼女は、話が自分に振られるとは思っていなかったのだろう。私達とは一歩距離を置くように、黙々と玉ねぎ串を食べている最中だった。
「ソーニャは、学園を出たらどうするんだい。やっぱり故郷に戻ったりするのかな」
『ふむ、そういえば、来年か。ソーニャも来年となると、もう既に考えているのだろう?』
「え、私は……」
ソーニャは感情を表に出すまいと上手く取り繕っているが、彼女の事情を知っている私は、無表情の下で揺れる困惑がしっかりと見えていた。
自分の特異魔術の究明。妹であるレイチェルと並行した理学研究。
妹を亡くしたソーニャは、それ以来、意欲を失っている。
けど深い事情はまだ誰にも、私にだって話していない。
「んーと、私はねぇ……」
上辺でぼんやりと悩み、内面で激しく言い訳を考えるソーニャの姿に、私はいても立ってもいられなかった。
「わ、私は!」
ドン、と机を右腕で叩き、大声と共に勢い良く立ち上がる。
それだけで皆の視線が、一気にこちらに移り変わった。
ソーニャに向けられた興味の全ても、今は私に釘づけだ。
「ど、どうしたんだいロッカ」
畳み掛けて、うやむやにするなら今しかない。
「私は、えっと! 杖士隊を超えるくらいの、A級の魔道士になってみせるぞ!」
私は勢いを殺さないほどの力強さで、いや、むしろ立った時以上の衝撃を繰り出すために、そんな事を声高に宣言した。
「……みせ、るよ」
ただ、ちょっと勢いが強すぎた。
私の突然の宣言に、ヒューゴも、ライカンも口を開け、ボウマは手元の串を机に落としている。
ソーニャに至っては、度肝を抜かれたような表情を隠そうともしていない。
「……す、すごいな、ロッカは」
ヒューゴは未だ表情に驚愕の面影を残しながらも、私に拍手を贈った。
『なんという高い目標だ……本気なんだな、ロッカ』
ライカンも分厚い手袋を叩き合わせ、大きな喝采をくれる。
「まじかロッカぁ! 勇者になるのかぁ!」
ボウマは、なんか、興奮してるみたいだけどよくわからない。
「お、おう!」
けど、拳を掲げてる私自身が一番よくわからない。
ソーニャに振られた話は、なんとか有耶無耶にできた。代わりに私が支払った代償は、きっと、計り知れないほど大きかったけど。




