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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 砕けるガラス

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函016 省みる少女

「だめじゃないですか! ウィルコークスさん!」


 私はマコ導師による、厳しいお叱りを受けていた。


 場所は特異科専用の講義室。

 観覧席での騒動が会場全体に知れ渡ると、特異科の学徒は皆ここへ押し戻されてしまったのだ。


 私が引き起こした騒動による見学の中止。

 しかし私は、そのことで納得できていなかった。


「でも、先に突っかかってきたのはナタリーの方でした」

「だからって手を出すなんて、いけないことですよ!」


 マコ先生は眉を吊り上げて怒っているが、語気も表情も全く怖くない。

 年上の、目上の、男性の怒りとは思えないほど和やかなものだった。

 それ故に私も折れず、思うままに自分の考えを吐き出してしまう。相手の反応を伺って紡ぐ反論の、なんと薄汚いことだろう。


「あいつはわざわざ観覧席に登ってきてまで、私達に“使えもしねー穀潰しのネズミ”だとか言い放ったんですよ! あそこで手ぇ出さずして、どこで出すって()うんですか!」

「それは、気持ちはわかりますけど……もうちょっと穏やかな方法が……」

「あいつの態度を見ればわかります! あの言い草は、あの顔は、話し合いなんかでどうにかなる問題じゃない!」


 そう、私は未だに怒っている。ナタリー、あの女はどうしても許せない。

 これは相手が一度、頭を下げるなり言葉を撤回するなりしなければ、こっちも退けやしない問題だ。


 熱くなる私の肩に、小さな手が置かれた。

 ボウマの手である。


「まあまあ、ロッカ、落ち着けって」

「……ボウマ」

「ありがとな! あたしは嬉しかったよ!」


 ボウマは白い歯を見せて、私ににかりと笑いかけた。

 自分よりも落ち着いた年下の彼女の笑顔を見て、頭に上りきった血液も、ようやくほどほどに降りてきた。

 ……まあ、確かに。

 あのままだと、殺傷事件に発展していたかもしれない。


「……悪い、熱くなった」

「きにすんな!」

「うん、気持ちは私もわかります。けどウィルコークスさん、相手を殴って怪我でもさせちゃったら、謹慎か……下手をすれば、退学となってしまうんですよ?」

「……退学」


 退学目的で暴力沙汰など、私からしてみても野蛮にも程がある。

 学園に籍を置かせてもらっているに近い立場上、さすがにそんな最期は真っ平だ。

 それに私は、最近ではこの学園に居るのも悪くはないと思い始めていもいる。

 ソーニャやボウマ、ヒューゴといった新しい友人を、そう容易く捨てたくはない。

 とても短い間ではあるが、ほんの少しだけ入れ込んでしまった情が、良い意味で私の頑丈な枷となっているようだ。


 でも。だからこそ私は、(ナタリー)を許してはおけないのだ。

 特異科に対する、悪意だけに塗れた暴言を。


「ごほん。……ですが、属性科のナタリー=ベラドネスさんが悪いのもまた事実です。彼女から手を出したわけではありませんが……」

「何もなしですか」

「いえ、そんなことはありません。ウィルコークスさんと彼女には、一週間分の学徒指令が出される事になると思います」

「一週間分……」


 要するに学園内の奉仕活動一週間ということだ。

 私は自分の拳の重みを理解した。


「咄嗟の事で、つい、という事もあると思います。けど気をつけてくださいよ? 次は謹慎もありえるかも……」

「……はい」

「うん、わかればいいんです」


 マコ導師は安心したような笑顔を見せ、私の鉄拳を両手で握った。

 赤褐色の右手は古いために傷だらけで、どれがいつのものかは判断がつかない。

 今回もまた、傷がついたかも。いつか痛み出したら嫌だな。

 彼女……彼はそんな手を、優しく握ってくれた。


「ウィルコークスさん。手、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「はい、強化してたので……」

「……強化ができるんですね。強化した身体や物で人を殴ったらいけませんよ」

「……すいませんでした」


 私はナタリーに拳を放った際、怒りに任せた無意識ながら、自身の腕を魔力で強化していた。

 魔術とは対を成す、単純な身体や物質を強化する“気術(きじゅつ)”。私は魔術なんかよりも、こっちのほうが性に合っている。

 私が気術を用いたからこそ、攻撃を受けたナタリーは規格外に大きく突き飛ばされたのである。


 ……彼女の杖が鉄製でなかったら。咄嗟に防御できていなかったら……。

 それこそ、私の退学は確定的なものとなっていたかもしれない。

 怒りに任せて学徒の腹を拳で貫き殺害。

 勢い余って、など通用するはずもないことだ。下手をすれば監獄送りだった。

 そう思い返してみると、改めて大変なことをしてしまったんだと気付かされる。今更になって怖くなってきた。


「けど、あのナタリーが一瞬“ゾッ”とした顔を見せるとはね、少しだけいい気分になれたよ」


 私が人生の最悪ルートを妄想していると、重い雰囲気を破るようにヒューゴが笑った。

 ボウマや他の者も、それを聞いて笑っている。


『そうだな。あの一瞬の表情、なかなか珍しい顔だったぞ』

「にしぇしぇ、ナタリー、きっと心の中ではかなーり焦ってたんだじぇ」


 笑い声に、縮こまった私の心が少しだけほぐれた気がした。


 一週間の雑用兼使い走りに任命されたこともあり、私の心中は複雑であったが、結果として友人達との仲が良くなったらしいので、差引で得だったとしよう。

 あいつを殴ってよかった。

 うん、私は正しいことをしたんだ。

 やったことはどうであれ、私の気持ちに賛同してくれた皆がいることが、私にとっての何よりの救いである。


 ……なんて、少しは開き直っても、いいよね。


「もう……次から、気をつけてね?」

「はい。すみませんでした」


 とはいえ、悪いことは悪いこと。

 やっぱりどこか柔らかなマコ導師の物言いに、私は再度頷いたのだった。


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