櫃003 積み上がる報酬
「ふむ、いたか。丁度いい」
ソーニャが去ってしばらくした後、入り口から厳しい表情の老人が顔を出した。
彼は属性科の導師、ゲルームさんだ。
導師に詳しいわけではないけど、この学園で見られる中では多分、最高齢の人だと思う。
「階段の多い建物だ」
「あっ」
右足を引きずって歩くゲルームの後ろから、更にザイキの役人もやってきた。
全身肌色の、低身長な両生類。両目が全く目立たない位置にあるせいもあって、件のレトケンオルムの姿を嫌でも思い出してしまう。
しかしおかげで、役人さんがわざわざここに来た理由を察することができた。
彼は、私達に報酬を届けに来たのだ。
「ゲルーム殿、五人は部屋にいるだろうか」
「いますぞ。ロッカ=ウィルコークスなどは、早くも目を光らせておりますな」
「それは何より」
二人は教壇に立って私達に向き合うと、手のひらだけで“来い”と催促した。
来た意味はわかっているだろう、という態度だ。
ちょっと偉そうだけど、お金に関わる話なのだろうし、遠回しな呼びつけも全く気にならない。
「わーい、金だー」
『こらボウマ、はしたないぞ』
「今更だろう」
私達は現金なタイミングで復活したボウマと共に前に出て、横一列に並んだ。
隣でクラインはハーブティーを片手に立っているが、努めて見ないことにする。正面のゲルームさんはその姿を険しい表情で睨んでいるが、全く動じていないあたりにクラインの肝の丈夫さが伺える。
ザイキは私達を見回して、大きな下顎を撫で擦った。
「要件は、依頼した仕事の報告と、その報酬について。だが、報告は既に事細かに伺っているため、今回は手早く、報酬の分配だけを行うことにした」
ザイキはそう言うと、袖の中から封筒を取り出して、軽く掲げてみせた。
整った、五つの茶封筒である。大きさは、紙幣を広げて収めても、まだ少し余裕がある程度だろうか。
ともあれ頭数と同じ数の封筒に、私は唾を飲み込んだ。
「地下水道でいくつもの災難に見舞われたことは聞いている。魔道士との遭遇、サードニクスとの戦闘、レトケンオルムからの逃亡……ギルドの調査員であれば、生きて帰っては来られない出来事の連続。そういった意味では、そちらの五人に委託したことはやはり、間違いではなかったということだ」
いや、さすがにあそこまで危険な事に巻き込まれたくはなかった。
あんなことが起こるとあらかじめ伝えられてたら、間違いなく仕事を受けていないだろう。
「それら災難分の賃金と、基本である四千YENを足したものを、ここに収めた。災厄は平等として、額は全て同じ。取りなさい」
ザイキがそう告げると、私達は思い思いの順番で、茶封筒を受け取った。
ちなみにボウマが一番最初にひったくって、私は二番目である。
二番目なら、きっと卑しい印象も与えていないはずだ。
「……」
でも次は、封を開けて中身を見たい衝動に駆られてしまう。
手にした封筒の厚みは、そこそこだ。少なくとも、手触りの上では、ある程度のボリュームが感じられる。
もしもこれが全て紙幣だとしたら……と考えると、垂涎モノだ。
「その場で開けるといいだろう。内容に不満がないとも限らない」
ザイキが明らかに私の顔を見ながらそう言った。顔から、開けたそうにしている気配を悟られたか。
「ふっ」
「笑うな、クライン」
しかし、許しは出た。
ならば遠慮無く、額を改めさせてもらうに限る。
私達は一様に封蝋を剥いで、糊付けされた閉じ口を破り開けた。
「おっ」
札だ。中から紙幣特有の香りが漂ってくる。
ちらりと中に覗ける紙幣は、一、二、三、四……いや、もっとあるか?
とにかく全てを摘んで、引き上げる。
封筒越しに感じた想像通り、すごい枚数だ。それらを扇状に広げると、紙幣に描かれた五大国の細やかな象徴画たちが、私の目を眩ませる。
「……十二枚ある!?」
私は思わず叫んだ。
手にした紙幣の数を再度数え直しても、所詮は十二枚。
一の十二倍。ニの六倍、三の四倍。見間違うはずもない。
千YEN札が、十二枚ある。
「十二千YEN!」
「ウィルコークス君、馬鹿が伝染るから黙っていてくれないか」
『ほー、これはまた、随分と奮発したものだなぁ』
「これが相応の対価であると、我々ミネオマルタ中央執政機関は決定した」
ザイキの役人は四本指で頭を撫でながら、長い口の端を上げた。
ミネオマルタ中央執政機関。聞いたことのない組織だけど、きっと彼のような役人が多く在籍する、お偉いさんのための機関なのだろう。
そんなお偉いさんに、今回の仕事を高く評価されるとは。ならば仕方ない、私のような田舎者は、謹んで懐にしまっておく他ないだろう。
仰せとあらばもう一度地下水道に潜っても良い。
「額について不満はない。元々の四千YENが高額設定だったからな。だが、ひとつ聞いてもいいか」
「構わないが」
おいクライン、役人さんの機嫌を損ねるような事を言うんじゃねーぞ。
もし変な事を言ったらぶっ飛ばすからな。
「地下にはサードニクスの残骸と、レトケンオルムがいるはずだが……」
「レトケンオルムは杖士隊が突入し、程なく討伐が完了した」
「そうか。とすると、レトケンオルムの生体素材は?」
「望みは薄いだろうが、レトケンオルムは腑分けされ、魔道士の身分を示す残留物がないか調査される。レトケンオルムの遺骸自体も証拠となるだろうし、杖士隊と署の管理下に置かれるだろう」
「ほう、杖士隊か……手出しは難しそうだな」
クラインは難しそうに眉根を寄せた。
あの白い大きな化け物の死体を彼はどうしたかったのか、あまり聞きたくはない。
「では、サードニクスについてはどうだ」
「それも、同じだ。杖士隊が残骸を調査し、管理することになる」
「しかし、あれを討伐したのはオレらだろう。討伐された魔族や魔獣の素材は、可能な限り討伐者本人に所有権があるはずだ」
「ふむ」
「“支配の日”より続く法にも、そういった記述はあるが?」
「陰五国が定めし法、か」
ザイキは大きな頭を垂れて、顎に手を添えて考え込んだ。
「違法製作されたゴーレムは、要調査対象だ。そのまま渡す事はできないだろう」
「反駁石だけでいい」
クラインが言うと、ザイキの後ろに控えていたゲルーム導師が、その気むずかしい表情に更に深い皺を作って、前に出てきた。
「ユノボイド、サードニクスの反駁石をどうするつもりだ」
「ゴーレム製作を行う魔具科学徒に譲渡したいと考えているつもりですが」
「……ふむ」
「何か問題でも?」
話し方こそ丁寧だが、クラインの語気には強かさが込められていた。
疑ってかかったゲルームは一転、眉を傾げて、弱々しくひげを撫でさすっている。
「魔具科にやるならば、大きな問題は無い」
「では、もし反駁石をゴーレムから発見した場合には……」
ザイキの役人を見るクラインのメガネが、光った。
「いただけるということで」
「そうだな、反駁石だけであれば、問題あるまい。こちらから杖士隊に、そのことは掛けあってみよう」
おおっ。
クラインがゴネたら、なんかもらえることになった。
反駁石といえば、私が破壊したゴーレムに入っていた大事な部品の一つだ。
私はそれを壊してしまったけど、あまりにも高級すぎて手が出せなかったものである。
クラインがそれを魔具科に渡すつもりっていうことは……。
「ウィルコークス君、オレに何か言う事があるな」
「えっ」
「君が壊した高級な反駁石を、オレが取り戻したんだ。何かあるだろう」
ぐ、ぬぅうう。
で、でもそれは本当だ。
反駁石は高い。ヘタしたら、この手元の札束が吹き飛ぶくらいの値段かもしれない、希少な品だ。
クラインが掛けあってくれたおかげで、それを手にすることができたのは事実……。
か、感謝しなくちゃな。感謝……。
「あ、ありがとう、クラ……」
「“ありがとうございます”はどうした」
……く、口元だけで、笑ってやがる。
「……あ、あああ、ありがとうございます、クライン」
「“さん”はどうした」
……。
「落ち着けロッカ! 右手を下ろすんだ!」
『まぁまぁ、やめろ、飛びかかるのはやめないか』
「ロッカやめろー! 退学になっちゃうぞー!」
とにかく、金だ。金が手に入った。
金さえあれば問題ない。金さえあればなんでもできる。
壊してしまったゴーレムの部品はなんとかなるようだし、余った金は、えっと……十二千YEN。
違った、一万二千YENもある。
一万二千YENもあれば、満足できる質のブーツは購入できる。
騒動にあったけど、杖は壊れてない。
皆とやるであろう、地下脱出記念にかこつけた豪華な食事と酒に使っても、まだまだ手持ちは余るだろう。
父さんへの仕送りは前に絢華団で送ってから結構経つけど、まだ向こうからの返事が来てないし、続けざまに送るのは、ちょっと軽率だ。
……ブーツは、千YEN程度と考えよう。以前ソーニャと訪れた店で探せば、同じようなロングブーツがあるはず。
みんなとのお祝いでは、ライカンが新しい鍋を作りたがってるようだし、それになる。材料を皆で買い集めると……それでも五百YENいくか、いかないかだ。
あ、でもここのグログは高いし、千YENいっちゃうかな。
けど大きく見積もったそれにしたって、合計で二千YENだ。残りは一万YEN。
……正真正銘、自由に使える金、一万YEN。すごい額だ……。
いや待てよ、ダメだ、何考えてるんだ私は。一万YENがそのまま残るわけがない。他にも、生活費ってものがあるじゃないか。
家に備蓄してたレトルトのバンゴも尽きてきたし、買い足す必要がある。共同浴場のためのお金も残しておかなくちゃいけない。
……あ、でも学園からお金が支給されるから、あまり必要ないんだった。
……ってことは、なんだ。
本当に一万YEN、使い放題ってこと?
「そんなムシのいい話があるのか……」
学園一階の食堂前で、疑うように呟く。
私の目線は、今日おすすめのメニューが連なる立て黒板に釘付けにされていた。
コビン腿肉のステーキ香草添え……。
シイダラの塩焼きフナバ包み……。
……そして何より、私の唾液の分泌を誘うのは……。
旬の動物の肉をこれでもかと刺した、季節の霜降り串!
「くっ、串焼きが、三本で八百YENなんて……ぼったくりだろ……!」
昼の食堂は、人の往来も多い。
しかし私はこのメニューを前にして、動けずにいる。
だって、串だ。串焼きなのに、八百YENだ。それなのに、たったの三本だけ。
一本いくらだ? ざっくり計算しても、二百五十YEN以上するはず。
串焼きが一本だけで、屋台で買うピザより高いなんて、そんなのあり得るのか。
……きっと、それほど美味いんだ。
学園の食堂は高いけど、その分豪華で、美味い。
値段は、味に対する確固たる自信の表れで間違いない。
……。
私は、これを食うのか?
八百YENの昼飯を……食って、しまうのか。
いや、使う予定のない金だ。
考えるだけ考えた。それでも報酬で貰ったお金には、思いつくような使い道がなかった。
それを今ここで、自分へのご褒美として、一回くらい使うことの何が悪いというのか。
そうだ、私は何を恐れている。これは、自分の金だぞ。
私が危険な目にあって、自分で稼いで金だ。それをパーッと使って何が悪い?
「悪くない」
そう、私は悪くない。
食べよう。串焼きを。
「何が悪くないの?」
「はうっ」
突然肩に手を置かれ、私の身体が竦み上がった。
「あら、ごめんなさい、ウィルコークスさん」
「る、ルウナか。驚かさないでよ」
声をかけたのはルウナだった。
彼女の後ろには、ルウナと同じ紺髪の学徒が何人かいるようだ。
いつかリタと呼ばれていた女性魔道士と、以前にライカンと戦った覚えのある属性科の二年生で、確か名前は……。
「私は、属性科二年Aクラスのリンです。こっちは姉のリタ。クランブル・ロッカさん、初めまして」
私が幼気な印象が残る顔つきに名前を探していると、リンは仏頂面のまま、淡々と自己紹介を述べてくれた。
「こら、リン。普通こういう時は、私から挨拶するものでしょう。それに二つ名で名乗るのは……ああ、申し遅れました。私はリタです。先に言われましたけど、こっちのリンの姉で」
「あ、そうなんだ。姉妹……」
リタという人はどこかで顔を見ただけだし、話してもいなかったから、どうも印象が薄い。
けど、そうか。こっちのリンって子のお姉さんだったか。なるほど、二人セットで名前も似てると、覚えやすいな。
きっと彼女らは、これから三人揃って昼食を食べようという所なのだろう。
ルウナは以前、私とボウマをここに誘ってくれたし、もしかして、毎日ここで食べてるのだろうか。
だとしたら、結構お金持ってるのかな……。
「そういえばウィルコークスさん、地下水道の騒ぎを聞いたんだけど……あれって本当なのかしら」
「あ、やっぱりルウナも知ってるんだ」
「もちろん。今朝から街が騒がしかったからね、学園だけじゃなくて、街中に広まってるんじゃないかな」
街中って……ミネオマルタ全域ってことか。
わかってはいたけどミネオマルタ規模の事件って、読売りにも載っちゃいそうな規模だよな……。
「立入禁止の地下水道に違法の魔道士がいて、危険な魔族も発見されて、杖士隊も動いた。調査したのは、特異科さんなんですって?」
「ああ、うん、そうだね。私達が調査に入って……」
「私、その時の話を詳しく聞きたい!」
「うわっ」
ルウナが勢いよく、私を手を掴み取った。
好奇心旺盛な瞳がギラギラと輝いていて、ちょっと怖い。
「地下水道で悪い魔道士と闘ったんでしょう。やっぱり貴女は凄いわ、ウィルコークスさん」
「い、いや私は……その」
確かに闘ったけど、いや、そこまで褒められるとちょっと、恥ずかしいっていうか。周りからの視線がなんだか痛いかな、っていうか……。
「もしウィルコークスさんがよければ、ご飯を食べながら私達にその時の事を……」
雰囲気はルウナのペースに乗せられたまま、一緒の食事に雪崩れていきそうだ。
できれば串焼きは一人で、他人を気にせずガツガツと食べたかったけど……。
「へえ、じゃあルウナちゃんはアタシの話も聞きたいってことかしらねぇ?」
私がルウナの勢いに押され負けそうになったその時、広い通路の向こうから小憎たらしい声が響いてきた。
その女の声に反応するように、緩んでいたルウナの頬がぴくりと引き締まる。
「ご一緒する? アタシは構わないわよん? 何人かツレもいるけど」
やってきたのは、ナタリーだ。
彼女もまた、後ろに数人の仲間を引き連れている。
「鉄専攻……」
「そうよそよそしい呼び方すんなよ、水専攻」
ルウナの厳しい目つきと、ナタリーの嘲るような目が交錯する。
……いや、争うのはしょうがないとしても、重い空気で私を挟まないでくれないかな。




