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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 砕けるガラス

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函014 打ち鳴らす警鐘

 ジキルの巨大な鉄攻撃によって、水の守りが破られるであろう。

 ……と、私は先の展開を幻視していた。


 留まることなく一定範囲を旋回し続ける濁流の壁。

 自然の水害でも滅多にお目にかかれないほどの強い勢いで、水の魔術は流れ続けている。

 この中に人が飛び込めば、運が良くとも骨折は免れないだろう。

 先ほど放たれた鉄針程度なら、流れに巻き込まれて砕け散っていたであろうことも想像に難くない。


 けど私は、鉄の重みをわかっている。

 あれほどの巨大な鉄の杭が勢いをつけて飛んでくれば、いくら急流が渦巻いているとはいえ、容易く貫かれてしまうのは間違いない。

 ほぼ無抵抗に近い水の守りを打ち破った鉄杭は、中心の少女を押し潰してしまうだろう。

 事前に転移が発動すると聞かされていても、目を覆いたくなる光景だ。まさに、見るよりも明らかな結果が待っている。

 私は偲ぶように瞑目した。


「目を閉じるな、ウィルコークス君。魔術は目先が全てじゃない」

「!」


 しかし結果を決めつけた私の瞼は、クラインの声によりこじ開けられる。

 そしてすぐに、私の狭い了見を覆す奇跡を目の当たりにすることになった。 




「“キュア(凍てつけ)”……」


 杖の先から溢れ出た冷気が空気中の霧をキラキラと輝かせ、光が濁流の壁に触れる。

 その瞬間、渦の中に突入した鉄杭は周りの水流ごと、分厚い氷として凍てつき、ひとつの大きな塊となった。

 水中での抵抗面積を増した氷塊は、強い流れに巻き込まれる。 

 そこでは鉄杭の重さや勢いも完全に呑み込まれ、ひとつの流れの一部として取り込まれてしまうのだ。


「えっ……! ちょ、マジ……」


 何度か渦の中を黒い影が旋回し、完全に勢いをつけたその時、鉄は渦の中から、ジキルのもとへと打ち返される。


 勝負は決した。

 法則の上に上塗りされた法則が、勝敗を容易くねじ曲げてみせたのである。


「すげえ……」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 私の呟きに共感するような拍手は、会場中から響いていた。


「魔術戦は最後まで、何が起こるかわからない。ふとした小さな挙動が、追い詰められた魔道士の小さな閃きが、常識と勝敗を一緒に覆してしまう」

「おお……」


 魔術というものを甘く見ていた。

 鉄を投げる、炎を放つ、水で流す、雷を出す、風を吹かせる。

 私の漠然としたイメージは、確かに正しい認識だったかもしれない。

 でも、実際に行われるものは、それだけで言い表せるほどに単純でもなかったのだ。

 殴り合いが、お互いがただ順番に拳を振るうものではないように。

 魔術戦もまた、今の私には見通しきれない深みがあるようだ。


「ロッカは魔術戦自体、見るの初めてなんだっけ?」

「うん、初等学校じゃこんなのやってない。初めて見た」

「じゃあ結構、インパクトあるだろ? これ」

「やばいね」

「賑やかでいいよなー!」


 ヒューゴもボウマも、今の一戦を見て盛り上がっているようだ。

 遠く離れた席ではライカンも立ち上がり、惜しみない大きな拍手を送っている。


 講義時間とは思えないほど賑やかで、楽しい時間。

 なるほど、クラインが飛びつく理由が少しわかった気がする。

 多様な属性による魔術戦闘。自分の得意な属性をぶつけあう、一大パフォーマンス。

 壇上の彼らのように、人々の喝采を浴びてみたい。

 私の心のどこかでは、そんな願望も眠っていたのだろう。そんな考えがよぎる。


「あ……」


 ただ、私には特異性がある。

 私が最も得意とする属性には、生まれつきの欠陥があるのだ。


 戦う魔道士。ヒューゴやライカンの言うようなそれを、私は目指したいと思う。

 けど、私の魔術が果たしてどのような形で、ああいった戦いの場で活かされるのだろうか。

 そしてほとんど未知なるそれを、一体誰が手引きしてくれるのだろうか。


 そう考えると、この観覧席と壇上までの距離が、より一層遠く感じられてしまった。




 ちょっとだけどんよりとした考えを巡らせていた、その時である。


「よう、特異科御一行様よぉ」


 盛り上がった特異科の一角に、杖を持った少女が現われた。

 奇抜な服装には見覚えがある。先ほどまで下にいた、白髪の女だろう。


 彼女の口調は、お世辞にも和やかとは言えない。

 よく見れば、顔つきもどこか、小馬鹿にするような笑みを浮かべている。

 私達の空気が和やかなものから一変したのは、ある意味当然だった。


「ナタリーか」

「おやぁ、ヒューゴさん。どうも、こんちわーっす」

「ああ、こんにちは」


 いつもは誰に対しても温厚なヒューゴが、話しかけた彼女に対しては無感情な、そっけない声色で返している。

 見た目はあれでも、いい人なのだろうか、という私のお人よしな予想は、たちまちに崩れた。


「それに赤毛のチビも……きっひひ、なんだよ、おもりをしながら劇団鑑賞か? 笑っちまうな、おい」


 ヒューゴだけでなく、明らかに年下なボウマにも絡んでくる。


 なんだこの女は。私の腹がカッと熱くなる。


 こいつは馬鹿にしている。私は感情でも理性でも、すぐさま確信できた。

 親しさ故の冗談交じりなんてものではない。


 ヒューゴやボウマの目を見ても、やっぱりそうだ、間違いない。

 誰もこの女に対して、友好的な眼差しを向けてはいない。

 ヒューゴの目は鋭く細められ、ボウマは髪で目を見ることはできないが……口元は笑っていない。


 しかし白髪の、ナタリーと呼ばれた女は二人を気にかけていない。

 闘志を剥き出しにする二人をよそに、次の狙いを一人に絞って話しかけている。


「なあ、属性術をまともに扱えねー奴が属性科の闘技演習を見てよォ、何の足しになるってんだ?」


 ナタリーの標的は一人。私の隣。

 仏頂面で演習場を眺める男。


「聞かせてくれよ、なぁ? ……クラインさんよぉ?」


 クラインだった。


「おい、黙ってんじゃねーよ、特異科のビブリオフィリー」


 私は、クラインという人間に対しては好意的な評価を出していない。

 けどそれは反りが合わないだとか、ウマが合わないだとか、そういう次元の話であり、極悪人であるから殺してやりたい、という程では決して無い。

 時に衝動的に“殴ってやろうか”と思うことはあっても、嫌いな奴とは基本的に関わらないが私の考えだ。

 自から歩み寄って顎をガツン、とは違う。


「っつーかなに? 一丁前に杖まで持ってきたりよォ……特異科が魔道士を気取るたあ、驚きっていうか……くく」


 しかしナタリーという人物はどうだろうか。

 わざわざ観覧席にまでやってきて、ヒューゴに対して舐めたような態度を取ったり、ボウマを見下したり、クラインを貶めたり。

 嫌いな人間に対して自分から踏み込んでいって、傷つけるような態度を取る。


 それは、たとえクラインの普段の傍若無人な態度に原因があったとしても、やりすぎではないのだろうか。

 特異科をコケにしているのか、クラインをコケにしたいのか。


 どっちでもいい。や、良くはない。

 どっちでも、私は最悪の気分になるのは違いない。


 気がつけば、私は席から立ち上がっていた。

 ほとんど無意識だった。

 本能で席を立ち上がり、よく口の回る女を睨んでいた。


「ぁあ……? 何だよ、見ない顔だな、おまえ」

「だろうね」


 ナタリーという女は依然、馬鹿にしたような目でこっちを見ている。

 私だってそうだ、同じ目を向けている。

 だが奴の目は、ミネオマルタの街で感じた視線の数千倍は不快な、害意を孕むクズ野郎の目だった。


 私はナタリーを睨んだ。

 言葉は多く発しない。“さっさと失せろ”と目で脅しかける。

 それだけで明確な敵意は伝わったはずだ。

 だけど、それでもナタリーは軽口をやめなかった。


「ほー? そうか、てめーは特異科の新入りかぁ!?」

「……」


 私はまだ睨む。

 依然、さっさと飽きて元の場所に帰れと、優しく諭し続けてやっているのだ。

 静かな私の様子に嫌な予感を察知したか、ヒューゴが浅く席から立ち上がる。

 ただ、この時の視野が狭まった私には、ヒューゴの“やめておけ”というアイコンタクトなどは目に入れようがなかった。


「学園っ、ひゃはっ、また使えもしねー穀潰しのネズミを飼い始めたのかよ! 相変わらず裕福なことだなぁ?」


 ナタリーは腐った言葉を吐き続ける。

 そろそろ言いたいことを言って、満足しただろうか。

 満足したら、さっさとここから失せてもらいたい。


 私はお前のことなんてロクに知りはしないんだから。

 見ず知らずの奴に、下手な口も聞きたくない。


「ヘッ。なんだそのジャケット、くっせえし……けけ、いや、本当にネズミみてーだな、お前……」


 頭の中で何かが切れた音がした。

 ああ。もう無理だ。


 私はダメだ。

 短気だ。


「この、クズボタ野郎が」

「!」


 ナタリーの腹に目掛け、右の義腕が空気を貫く。

 握った拳は、軋むほど強く握られている。

 今この時ばかりは、私の腕も紛うことなき鉄塊だ。


 半鐘を撞くような豪快な音が会場に響き渡り、同じくらい大きな火花がカッと煌めいた。

 赤錆色の鉄拳が、ナタリーの鉄杖に激突したのである。

 隙だらけの腹部を狙ったつもりだけど、防御された。残念だ。


「ひょっ……ほほっ! ははっ!? 面白ぇ! やんのかてめえ!?」


 しかし防御一枚隔てても、私の拳の威力は、怒りに任せた身体強化のお陰で跳ね上がっている。

 滾る血流と一緒に魔力は身体を駆け巡り、右腕は鋼のように硬化している。


 咄嗟に防御したナタリーの身体は、それでも3メートル近く押し退けられ、ブーツは床を擦り、首に下げた鉄のペンダントは派手な音を鳴らして揺れた。

 奴がメイスを握る手は衝撃で痺れている。

 それでも体勢を崩さず立っていられたのは、幸運だったという他ないだろう。


「やんのか? あ? そりゃあこっちのセリフだスカタンッ!」


 だが、痺れた手で杖を振れんのか?

 無理だろう。防御も反撃もできるわけがない。

 相手は魔道士だ。身体強化を発動させた人間とマトモに戦えるはずがない。


 そのまま追撃を食らわせてやれば、あの生意気な女も二、三発目には床に沈むだろうな。

 鼻血を流させてやれば泣いて謝る気にもなるだろうよ。

 それでもやるってンなら蒟醤を噛ませてやる。

 覚悟しやがれ。


「ロッカ、やめるんだ!」

「おちつけぇロッカ!」

「……!」


 ヒューゴとボウマが私の身体を抑えにかかるが、私の目はナタリーを睨み続けている。

 会場全体に響く先ほどの轟音には導師達も気付き、フィールド上でも、観覧席でも、全体が騒然とした雰囲気に包まれた。

 だがそんなことはどうだっていい。


「お前たち何をしている!」

「抑えろ!」


 周りはごちゃごちゃと仲裁に入るが、それでも私はナタリーを睨んだ。

 ナタリーも赤い目で私を睨んでいた。

 誰が押さえつけようと、誰が間に割り込もうと、猛った怒りはそう簡単には収まらない。


「……」


 クラインはフィールドだけを見つめていた。

 フィールド上のミスイは、クラインだけを見つめていた。

 その事には、まだ私は気付いていなかった。


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