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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 轟く雷鳴

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嚢022 立ち寄る三人

 噂に噂を又聞きして、闘技演習場には今なお多くの人が詰めかけている。

 既に満席の二倍以上の人数が観覧席に流れ込んでおり、その密度は何かの催し事かと錯覚してしまう程である。


 マコ=セドミスト導師が闘技演習に出ているらしい。

 その短い噂は、学徒や導師が昼食の皿と匙を置き去りにするのには十分なものだったのだ。

 一人、また一人と、温かな料理を前にして席を立つ姿が目立つ頃に、リゲル=ゾディアトス導師ら三人の魔道士達が食堂へやってきた。

 リゲル導師の後ろを、クリーム准導師とスズメが追従する。三人はこれから、遅めの昼食を摂ろうという所であったのだが。


「うん? いつもより人が少ないようだね」

「ですね」


 普段は主に属性科の学徒でいっぱいになっているこの時間に、今は半分以上の空席がある。

 行事らしい行事がある日ではないので、リゲルは人の少なさを訝しんだ。


「厨房で爆発事故でもあったのかな」

「リゲルさん、怖いこと言わないでください」

「うーん、気になりますけど、好きなテーブルを選べるし、ラッキーだったと思っておきましょうか」


 クリームは直射日光の当たらない、適度に明るいテーブルを選んで、一番にそこへ腰を降ろした。

 リゲルとスズメも特に異論はなく、同じように着席する。

 いつもならば人々の尊敬の眼差しを感じるこの食堂も、この日は自室で匙を取っているかのように思えるほど、静かなものだった。

 あまりの違和感にスズメは辺りを見回してみたが、食事に手を付けている学徒も導師も、どこか落ち着かない、そわそわした様子だ。


「……皆さん、どうしたんでしょうか」

「クリームさん、ちょっと聞き耳を立ててくれないかな」


 机の上に肘をつき、リゲルは向かい側のクリームに微笑みかける。

 対するクリームはリゲルのポーズを真似て、不敵な笑みで返した。


「学園内での魔術の濫用はいけないのでは?」

「いつもと違う状況に置かれているんだ。警戒をしたってバチは当たらないだろう」

「……ま、そういうことにしてあげますけど」


 クリームが掌を広げると、どこからともなく一個の指環が落ちてきた。

 手の中に都合よく舞い降りたそれを人指し指にはめて、クリームは耳を澄ませる。


「“ラダウ(繋がれ)デミ・ラダウ(双子の風船)”」


 指環に埋め込まれた魔石が人知れず発光し、高度な魔術を発動させた。

 見えざる魔力は宙に浮かび、クリームの視界の隅にあるテーブルへと飛んでゆく。

 テーブルには四人の男女が座っており、彼らは丁度、昼食に似つかわしくない神妙な顔で話し合っている所であった。


 見えざる影魔術の風船は、わずかな音の震えにさえ敏感な、繊細な魔力生成物である。

 風船が捉えた音はクリームの手元のもうひとつの風船に送られて、彼女の耳に直接届けられる。


『セドミスト導師の闘技演習……』

『十連勝してる特異科の全機人……』

『わざわざ行くほどでも……』


 リゲルとスズメがしばらくの間紅茶を啜って待っていると、クリームが耳に添えた手を戻して、口の端を釣り上げた。

 どうやら、彼女の聞き耳は終わったらしい。


「何か、面白い事を聞いたような顔だね」

「ええ。人がいないのって、多分このせいかと」

「何を聞いたんですか? クリームさん」

「あの“白偸霧”の、マコ=セドミスト導師が、お昼に闘技演習場で闘うんですって。多分、今はその真っ最中じゃないかなと」

「ほお」


 マコ=セドミスト導師の闘技演習。のけぞるほどではないが、リゲルもスズメも、思わず声を漏らして驚いた。


「あの人の闘技演習か。なるほどね、凄腕杖士隊の試合となれば、皆がそちらへ流れていくのも頷けるな」

「お相手は、彼が受け持つ特異科の学徒で、ライカンという男だそうです」

「ライカン、という人は、さすがに知らないな」

「姓はポールウッドですが」

「ああ、それならわかる。アンダマンの……って、ポールウッド家に特異理質を持った魔道士がいたのか。初耳だな」

「古い魔道士の家系ですからね。クラインと同じで、きっと風当たりの強い幼少期を過ごされたのだと思います」


 クラインの名を口にして、途端にクリームの表情が曇る。

 しかしリゲルとスズメは、彼女のそんな態度に対して努めて刺激しないように顔を背けた。


「しかし、なかなか面白そうな二人が戦っているじゃないか。なあ、スズメ」

「そうですね。今から行けば間に合うんじゃないですか?」

「だ、そうだよ、クリーム君。さあ、一緒に行こうか、闘技演習場へ」

「……あの、ふたりとも。なんだか、私がクラインの話をしようとすると、いつも強引に話を切り替えてません?」

「気のせいだろう。さあ、行こう行こう」


 とは言いながらも、あからさまに強引な風に、リゲルは食堂の席を立つのであった。




 闘技演習場が既に大勢の人に占拠されていることは、演習場へと続く第二棟九階の中央階段に並ぶ人を見ればすぐにわかった。


「わお」

「……皆さん、そんなに見たいんですね」

「はは、こりゃあ観覧席には、立ち見の空間すら無さそうだね。あまりの重量に、棟の魔金柱(まきんちゅう)がへし折れなきゃいいんだが」


 中央階段からの進入は困難を極めるだろうが、彼らは導師関係者であある。

 闘技演習場に備えられた、通常の観覧席とは分離した位置にある“導師専用観覧席”を、リゲルたち一行は利用することが可能であった。


「役得ってやつだね」

「うう……私もここを使っていいのかなぁ。部外者なのに……」

「良いのよ、スズメも護衛なんだから」


 人でごった返す中央階段を横目に、三人は人気ない階段を悠々と登っていく。




 扉を開き、少々長めの通路を抜ければ、そこはもう、目の前に戦場が広がる、導師専用の観覧席である。

 すり鉢状の観覧席を埋め尽くす人垣。この世のものとは思えない、鼓膜を破りそうなほど激しい声援。

 想像を超える盛況ぶりに、三人はそれぞれの感嘆を口の中に呟いた。


 座席は半分近くが導師で埋まっており、試合の流れを見守っていた。

 目線の先は、白い壇上。

 一見して女性と見間違えるほど華奢な男性と、大柄な全機人の男性が向かい合っている。


「やってるみたいですね」

「あれが“白偸霧のマコ”と……そして、ポールウッドの特異理質持ちってことだね」


 今にも動き出そうという試合を前にしては、席に腰を下ろす気の緩みすらも惜しい。

 三人は立ったまま、試合の成り行きを見守った。


「……リゲルさん、あっちの観覧席に」

「スズメ、今は試合を見ようか」

「……はい」




 冷気を纏う風がライカンの頭上を大きく旋回し、竜巻のような鋭い音で唸り始めた。

 風の渦は霧の塊から水滴を攫い、強い水気を帯びてゆく。


「“クォンタム(氷塊の侵攻)”!」


 曇った螺旋はすぐに半透明な実体を現して、ライカンの真上に巨大な氷球を形成した。


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