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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 砕けるガラス

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函013 牙剥く毒華


「おはっ、ジキルの野郎、打ち返されてやがんの! 使えねー!」


 壁に寄りかかる白髪の女が、品のない笑い声をあげた。

 彼女の周りに立つ女性魔道士の取り巻きも、彼女ほどではないが静かに笑っている。


 “パイク・ナタリー”を中心とする鉄属性専攻の魔道士グループ。

 同じ鉄属性を扱うが故に、彼女たちは鉄を扱う男性魔道士の敗北に対しても厳しい。


 戦闘中のジキルは巨大な氷に押し潰され、壇上から消え去った。

 自ら撃った鉄の術を、氷付きで押し返される。

 自分の術でやられるなど、滅多に無いことだ。魔道士としては屈辱的な敗北と言えるだろう。


 何より相手のミスイは、一度も直接には攻撃していない。

 二人の実力差はもちろんあるとはいえ、その差をまざまざと見せつける結果となってしまった。

 “鉄”の恥さらし。彼女らに言わせてみれば、つまりそういうことだった。


「ナタリーさん。ジキル、どうしちゃいます?」


 にたりと微笑む取り巻き達に、中心のナタリーは更に凶悪そうな笑みを浮かべた。


「へっ、そうだねぇ……よそ見をしてる相手にやられたっつーんなら、同じ鉄専攻としちゃ放ってはおけねーよなぁ? めんどいけどよぉ」

「じゃあジキル、やっちゃいます?」

「そうだねぇ、戻ってきたら導師(ドーシ)に見つからないように一発気合を……ん?」


 歓声を浴びる壇上のミスイの様子がおかしい事に、ナタリーもようやく気がついた。

 ミスイは戦いが終わった後も、じっと観覧席を見つめているのだ。


 戦闘中だけよそ見をしているものと思っていたが、どうも違うらしい。


「ぁあ……」


 ミスイが見つめ続ける方に目をやれば、そこでナタリーも納得した。

 彼女が見つめる先にあるもの。

 なるほど。ただ上の空でいるわけではないらしい。


「おいあんたら、見てみなよ。観覧席、中央楽隊の近くさ」

「え? 観覧席ですか?」

「……あ」


 講義時間中の観覧者は少ないが、一角ではちょっとした人数が集まり、闘技演習を見学しているようだった。

 ベンチに座る者達の姿は個性的だ。

 何の集まりかはすぐにわかった。


 赤毛のガキ、ボウマ。

 巨大機人、ライカン。

 一際かっこいいヒューゴ。

 そして……。


「クラインのクソヤロウがいるじゃねえかよォ、おい」


 ナタリーの歯が軋み、赤い目は更に血走る。

 怒りと敵意の感情が、瞬時に沸騰した顔つきだ。

 観覧席のぼんやりした澄まし顔を認めた瞬間に、鈍色の殺意が辺りに滲み出す。

 黒いシャドウでわずかに縁取られた鋭い目の迫力は、普段付き合い慣れている取り巻きでさえも一歩引いてしまうほどである。


「ちょっと、観覧席行ってくる」


 トゲ付きのバトルメイスを片手に、ナタリーは返事も聞かずに歩いて行った。

 取り巻きはその後ろ姿を止めることもできなかった。




「ぐぅう……くそっ、ミスイめ……服が少し凍っちまってやがる……」


 敗北したジキルが、濡れたケープを絞りながら観覧席から戻ってきた。

 魔力の水分はかなり早く蒸発するので問題は少ないが、それでも自然乾燥に任せず、ある程度絞っておかなくては体調に差し支える。

 水の属性術によるダメージは、転移によるセーフティの基準が緩い対象のひとつであった。

 水の魔術と戦えば、たとえ演習であってもずぶ濡れになることは避けられないのだ。

 鉄魔術で生傷を作ったり、火魔術で軽く火傷をするよりはマシとはいえ、やられる側は何をされても辛いものである。


「あ……」


 ジキルは狭い階段を降りる途中で、目付きの悪い少女に鉢合わせた。

 当然、見覚えはある。昔からの馴染みだ。

 ジキルの顔色が見る見る青ざめてゆく。


 ナタリー=ベラドネス。

 属性科三年、鉄専攻のAクラス。

 彼女は魔術の実力に関してはジキルやデリヌスよりも頭一つ高く、鉄に限定するならば、四、五年の上級生すらも凌駕する力を持っているという女だった。


 しかし彼女を語る上で最も先に来るのは、魔術の実力ではない。まず何よりも目につくのは、素行の悪さであろう。

 導師の注意に耳を貸さない、学徒指令を他人に押し付ける、学徒を恫喝する。

 魔術が優秀であること以外は、地下水道のゴロツキと似たり寄ったりな危険人物として有名だ。


 そんな彼女と狭い通路で出会う。

 ジキルは不運であった。

 場所もタイミングも最悪である。


「よ、よう、ナタリー……」

「ようじゃねーよ、このクソッタレ」

「うぐッ……!」


 導師の目につかない場所である。ナタリーの鉄杖による容赦の無い殴打はジキルの腹に食い込んだ。

 殴打の箇所がトゲ付きの先端でないことは、彼にとっては大きな救いだろう。

 それでも鉄の塊による打撃は強烈で、ジキルの身体は「く」の字に折れ曲がった。


「ミスイとイズヴェルが最近調子に乗ってんのはわかってんだろーがクソヤロウ、ぁあ?」

「す、すまん……でも無理だ、俺じゃあミスイには勝てねえよ。あいつはバケモノだ。イズヴェルは、もっと……」

「ならちったァ無様に負けねーように尽くせやこのタコ」

「ぐふッ、ひ、膝は、やめてくれ……すまん、許してくれ」

「負け犬が一丁前に痛覚通わしてんじゃねーよ、初等術からやり直せカス」


 何発かの膝蹴りでジキルが堪らずしゃがみ込むと、ナタリーはそのまま階段を登ってゆく。

 いつもより少ない“制裁”に疑問を持ち、ジキルは触れなくてもいい事に触れた。


「な、ナタリー。観覧席に行ってどうするんだ? フケるつもりか?」

「ふん、アタシぁこう見えてサボりってのをしたことがなくてね」

「じゃあ、どうして」

(観覧席)でクラインが見てやがる」

「!」


 腹の痛みを手で抑えながら、しかしその痛みは二番においてジキルが立ち上がる。


 “クライン”

 これは、属性科の学徒にとっての、ある種のキーワードなのだ。


「特異科がいるのか、奴らが上に」

「ああ。せっかく来てもらったんだ、もてなさねえとなぁ?」


 先ほどまで自分に向いていたナタリーの毒牙が、今はやけに頼もしい。

 彼女が行くと言うのであれば、殴られた恨みも潜めて応援してやっても良い。

 ジキルは陰湿なタイプである。


「頼んだぞ、ナタリー!」

「てめーに言われるまでねえんだよ、グズが」

「ごふっ」


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