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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 轟く雷鳴

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嚢011 追憶する残光

 帰りに立ち寄った飲食店で、ソーニャと喋っている。

 クラインから受け取った洞窟探索のお金もあるので、昼間からワインを飲めるくらいには懐が温かい。


「普段から肉体派だとは思ってたけど、ライカンがあんなに体術馬鹿だとはね」


 ソーニャは大きな氷の入った水と、色々な豆が入ったスープを飲んでいる。皿には薄切れのパンが三枚乗せられているが、スープの器と大きさを比べてみれば、パンの方が添えられているように見えてしまう。

 私の前には、脂っこい肉料理。そしてワイン。ソーニャの軽い食事とはほとんど真逆である。

 けどスープと薄いパンくらいじゃ、食べた気がしないのだから仕方がない。


 筋肉質な肉を、そのしっかりした歯ごたえと、滲み出る熱い油が感じられなくなるまで良く噛んで、ワインで喉へと流し込む。


「ぷは。……んー、私にとっては、ライカンは最初からあんな印象だったけどなぁ」

「あんなって、あんな?」

「いや、今日のあそこまではさすがに……」


 と言いつつ、ライカンの最初の頃の印象を思い出す。

 砂鉄の塊を蹴り上げて、寮の壁を四階まで走り、窓から部屋に、華麗に侵入。


「……うん、あんな印象だね」


 感覚が麻痺していたけど、ライカンはそういう男だった。

 ごく自然に、最初から気術の達人という認識でいたから、段々と気に留めなくなっていたけども。

 思い返してみればあの人、学園の中では大分異質な存在なんだよなぁ。


「機人ってだけでも珍しいんだけどさ。顔のデザインも狼だし、体の大きさもあって余計に目につくのよね、彼」

「うんうん」

「だから、変な意味じゃないけど、自然と目で追ってるから……普段からおかしな事をするようには、見えなかったのよね。マコ先生以外のことではさ」

「武道に心血注いでいるとは?」

「特別、思わなかったわねぇ」


 ソーニャはグリンピースだけを皿の端に弾きつつ、大きな匙でスープを掬って飲んだ。

 グリンピース嫌いなのか。好き嫌いは良くないぞ。


「まぁ、今日見た通り、ライカンってああいう奴なんだよ。けど、暴力的ってわけじゃないよ。すっごく優しい」

「仲、いいのね」

「うん、結構……」


 付け合せのサラダにフォークを刺しながらソーニャの顔を見ると、彼女は少しだけ寂しそうな目をしていた。


「そうだ、ソーニャ」

「ん、ええ? なに?」

「ライカンの事、手伝ってくれてありがとう」

「えっ、いきなり何よ」

「私からのお願いでもあったじゃん。それに、いつもソーニャにはお願いしてるしさ」


 ソーニャには助けてもらっている。

 その感謝の気持は、ちゃんとはっきりと言葉にして返さないと駄目だ。

 私はなんとなく、その時は今なのだろうなと思った。


「気にしないで。私も好きでお節介焼いてるんだから」


 私の言葉に彼女の頬は緩み、細められた目の寂しさはどこかに消えたようである。

 姉のような微笑み。私に姉はいないが、確かにそう感じた。


「あ。気にしないって言ったな? ソーニャ」

「え?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。実は、今ちょっと珍しい石鹸を探してて……」

「もー……まぁいいけどさっ。今度は何?」


 軽く一杯のつもりだったワインは、昼のうちに二杯目を飲むことになってしまったのだった。

 こんな、肩の力が抜けるような日があっても、たまには良いだろう。




 と、大きく肩の力を抜いた翌日には、その事に焦りを感じてしまった私がいた。

 昼間から酒。その後散歩。夕時に風呂。通りがかった吟遊詩人の珍しい歌と演奏を聞いていたら、一日が終わってしまったのである。

 そりゃあもちろん、文句のつけようもなく楽しい一日だったので、それ自体を悔やんでいるわけではないんだけど、二百分ばかし勉強したくらいでその日ずっと遊んでいられるほど、私も怠惰な生活に慣れていない。

 翌日の朝に一念発起し、私はオイルジャケットに入れた鑽鏨のタクトを確認して、ちょっとだけ早く学園を目指したのであった。




「“ステイ(顕鉄)”!」


 朝の屋外演習場で行っているのは、ちょっとだけ久々の魔術投擲の練習である。

 だだっ広い大判のタイルが敷かれた屋外演習場には、私の他にも数人の学徒らしき姿が見られた。

 各々は広い屋外でしか使えないような炎魔術や水魔術を放ち、感触を確かめているようである。


 そんな中で私はといえば、いつも通り。


「“ステイ(顕鉄)”!」


 タクトを振って、頭サイズの岩を出し、投げる……かと思いきや、真下に落下させているのであった。


「なんで飛ばねえんだてめーはよ!」


 本日記念すべき十回目の失敗に気を良くした私は、全力で身体強化した脚で岩を踏み砕いた。

 遠くで魔術の練習を行っていた学徒の姿が、心なしか更に遠ざかった気がする。

 まぁ、近くにいられると集中できないから、そっちの方が良いんだけど。


「はぁ。私はいつになったら、魔術投擲ができるようになるんだろ……」


 ライカンの闘技演習を見ていて、思ったことがある。

 私の使うような、蹴って倒したり、床に岩を張ったりするような魔術では、ライカンのような気術の使い手には、絶対に勝てないのだと。

 いや、気術使いでないとしても、闘技演習場でのライカンが相手なら、多分蹴り倒した私の石柱(アブローム)でさえ、両手で抑えて“ふんっ”とか言いながら受け止めてしまいそうだ。

 そのまま石柱を小脇に抱えて振り回してきても、何ら疑問には思わない。

 

「やっぱり、ここにいる以上は……そのくらいできなきゃマズいよなぁ」


 ソーニャから聞かされた、属性科は全員が魔術投擲できるという話もあって、私は久しぶりに、自身の成長に焦っているのだった。


 まぁ、そんな私の焦りをよそに、ライカンは今日も元気に楽しくやっているんだけど。


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