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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 轟く雷鳴

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嚢001 鍛錬する一匹狼

 私がルウナに勝利して、クラインがお姉さんにとんでもない負け方をしてから数日が経過した。


 しばらくは不機嫌なクラインが非常に面倒くさい奴になっていたのだが、そのことについては思い返すのも嫌なので、彼を中心として何があったのかは、詳しくは語るまい。

 ただ、クラインが話しかけることすらできない状態であったとだけ言っておこう。


 とはいえ、あんな事があった後である。

 私や、噂好きのヒューゴなどは、彼らユノボイド家の事情は気になったし、それを詮索したくもあった。

 けど、わざわざ爆発寸前のピリピリしたクライン本人に聞くわけにはいかないし、物腰は柔らかくとも、少し考え方にズレがありそうなクリームさんとも、関わりたくはない。


 今聞けないならば、聞けるようになった時に聞けばいい。

 そういうわけで、ルウナとの闘技演習を経てささやかな安息を得た私は、しばらく真面目な学徒としての生活を満喫していたのである。




『フンッ!』


 朝靄の中で、服が風を切るような、逆に風が服を切るような音が、響いている。

 そこは、寮の裏。バケツにある程度溜まった生ごみを、置き場に持っていく途中の事である。


『セイッ!』


 まだ薄暗く、寒い中だというのに、小川の近くではライカンが荒ぶっていた。

 太く長い脚は高くまでビッと伸び、その勢いで僅かに浮いた身体が地につく前に、振り下ろされている。かと思えば次の瞬間には目にも留まらぬ速さで新たな上段の回し蹴りが繰り出されており、それも一発かと思ったら三発は繰り出されていたような音を放っている。


「すごいな」

『おお? ロッカか、おはよう!』

「うん、おはよう、ライカン。何してたの?」


 いつもは手袋までして全身を厚着で覆っているライカンが、今は上半身が裸……というより、装甲が丸出しだった。

 初めて見る彼の剥き出しの機体は、動くことに特化した細身のものではない、ちゃんと人間らしい厚みを持たせた作りになっている。


『気術の鍛錬だ。いや、武道と言うべきか』

「気術と武道って、だいたい同じじゃないの?」

『まぁ、結局は魔力に頼って身体強化をするんだがな。あまり魔力ばかりに頼りすぎると、型が崩れるのだ』

「かた」

『ああ』


 会話を切って、ライカンはその場でまた、流麗な脚技の数々を披露してくれた。

 一つ一つはシンプルだけど、繰り出される技のどれもが体の先から先までが張り詰めていて、洗練されている。

 狂いなく放たれる技から次に繋げられる流れは、まさにお手本のように見事なものだった。


『魔力に頼ると、それに甘んじた動きになってしまうのだ。それはそれで効率の良い動きなのかもしれんが、俺はそうは思わなくてな』

「素の、そのままの体も大事だっていうことね」


 言いたいことはわかる。

 身体強化がある程度自分の思うように使えるようになると、日常生活で多用しすぎてしまうのだ。

 重い物をちょっとした時に使う分には便利だし、それは良いと思う。けど、あまり使いすぎると身体が無茶をしないせいか、力仕事をしない人のような肉付きになってしまうのだ。

 私の場合は、幸いというべきかはわからないけど、ヤマでの仕事が長時間あった。身体強化はここぞという場面にしか使わなかったので、身体は鈍りきることなく、ある程度丈夫に育っていった。

 というより、私の重くて大きすぎる右腕に追い付くためには、多少の無茶もできるようにならなければならなかったと言うべきかな。


『しかし、身体強化も使わなければ気術の扱いも鈍るしな。型自体もおろそかにはできんし……』

「忙しいんだね」

『しかも、魔術も訓練しなくちゃあならん』

「あ、そうか、それもあるか」


 ライカンというと、魔術よりもこういう気術のイメージの方が強かったので、時々忘れそうになってしまう。

 彼もまた、私と同じように理学を学ぶ徒なのだ。

 一番のそれを忘れていたというのも、ちょっと失礼な話である。


『まあ、とりあえずそのバケツをなんとかしたらどうだ、ロッカ』

「そうだね、忘れてた」


 忘れかけていた右手の重量感を思い出し、ごみ置き場の大きな箱の中に、バケツをぶちまける。

 果物、野菜の食べられない部分、骨、汚れた古い新聞紙。

 ざっと見るだけでも様々なことが思い出されるゴミを、そこに全て放り込んだ。

 使い終わったバケツだけを持って部屋に戻るのも億劫なので、寮に帰るまでのしばらくの間は、この置き場の隅に置かせてもらう。

 部屋に戻るときに、また空のを持って上がるという算段だ。


「ねえ、ところでライカンはさ」

『ん?』

「どうして魔術をやろうって思ったの? 気術や武道は、結構やっていたみたいなのに」

『うむ、そうだな……』


 ライカンは狼の頭で空を仰ぎ、何かを考えているようだった。


「答えにくかったら、いいけどさ……」

『いや、全くそんなことはないぞ。どう応えたものかと思ってな』


 聞けるものなら、聞いてみたい。

 彼は私と同じで、いやそれ以上に、身体を動かす方が得意な人間だ。

 そんな彼がどうして、特異性が自分の中にあったからといって、火の国からはうんと離れたここ、ミネオマルタにやってきたのか。

 彼ほどの屈強な男なら、いくらでも稼ぎようはあるというのに。私はそこが、気になっていたのだ。


『そうだな……最初は、同郷のボウマが向こうで暴れないように、という思いもあった。俺自身が学ぶということより、同伴して、という気持ちが強かっただろうか』

「あー」


 ボウマ、最初は手が付けられないようなやんちゃ娘だったんだっけ。


『しかしいざこのミネオマルタにやってきて、特異科で理学を学んでみてな……なんというか、雲の上の世界でありながら、しかしだからこそ憧れるというか、だな、うむ』

「なんとなくわかるかも」


 ライカンははっきりしない口調だったが、言いたいことはなんとなく伝わった。

 私も抱く思いだ。遠い遠い世界のことだとおもっていたものに、触れられる。チャンスがある。

 そんな気持ちがあったからこそ、私は魔道士になってみようかという心境に至れたわけだ。

 今となっては、そこまで導いてくれたライカンやヒューゴには、感謝してもしきれないほどである。


『それに、力だけの男とはいえだ。ロッカ。ある程度は頭が良くて、考えが柔軟な方が良いだろう』

「え?」

『ほら、結婚するならばの話だ。そんな男のほうが、なんだ。良いだろう?』

「結婚? ライカン結婚するの!?」

『いやぁ結婚なんてそんな、早いだろう、ロッカ。例えばの話だぞ、これは』


 なんだ、結婚しないのか。

 けど眼のランプを強く光らせて頭を掻いている彼の口ぶりは、結婚を強く意識しているように感じられた。

 もしかして……。


「ねえライカン、結婚するような相手の人、今いたりするの」

『えっ!?』


 お、なんだそれは。図星か?

 いるのか、故郷に。それとも、このミネオマルタに。


『いや、なんだ、まぁ……意中の相手が、いないでもない……そんなくらいの話であってだな……』

「あ、まだ全然そういう所まで話が進んでないんだ」

『……うん』


 野太い声で“うん”とか言うな。


 でも、意外だな。

 いかにも力と技にしか興味が無さそうなライカンが、まさかそんなことを考えていたなんて。

 彼の言い方からして、多分恋している女性がいるのだろう。

 その人のために少しでも良い男に、賢い男になろうと、今は魔術も頑張っているのだ。


 ……方向性はさておき、自分の研鑽のため様々な努力を惜しまない彼はすごいと思う。

 彼が今持っている気術や武道の技だって、きっとその努力の積み重ね、賜物に違いないのだから。


 ただ、ライカン、お前は一体何歳なんだ。

 機人だからとはいえ、寿命だけは普通にやってくる以上は、結婚に歳が関係ないはずもない。

 良い男とはいえ実直なだけに、私としては彼の恋路に要らぬ心配をしてしまうのだった。




 私の早起きには理由がある。

 今日は週に一度の学徒指令の日なのだ。厚遇に甘んじ、勉学を疎かにしようと文句も言われない特異科であっても、これだけは無視することができない、大事なものである。

 故郷ではもっと早くから起きていたし、早起きが苦手なわけではないからサボる気もないんだけど、仮に私がこれをサボったら、多分まずい事になる。

 緊張感をもって、臨まなければならない。


“六時より第二棟一階受付管理室にて、ゲルーム導師を手伝うこと”。


 属性科の棟である第二棟の一階。

 第二棟には奇妙な縁があるので何度か足を運んでいるが、一階というのはなかなか珍しいな。

 今日はどんな手伝いをやらされるのだろうか。

 私は内心少し楽しみに、靄のかかる市場を通り抜けていったのだ。




「遅いぞ、ロッカ=ウィルコークス。予鈴が鳴る十分前には来ないか」

「す、すみません」


 待ち合わせの時間の十分ほど前に到着した私を待ち受けていたのは、皺だらけの顔に更に深い皺を作る、威厳ある老人の苦言であった。

 でも、別に遅れて来たわけじゃないのに。そんなに怒ることないじゃないか。なんてことは、とてもではないが彼の怖い顔を見ながらにして言うことはできない。


「学徒が学園の原石であるならば、導師は学園の宝だ。お前たち学徒は周囲からの期待や名声に浮かれがちだが、現役の導師を全力で補佐するという本分を忘れるな」

「はい、すみませんでした……」


 そうか、十五分くらい前には来ていないと駄目だったのか。ちょっとまずいことしちゃったかな。

 ここは学園で、理学を究める学徒を育てる場所でもあると共に、導師達の研究機関でもあるのだ。

 学徒指令はその手伝いができる数少ない機会。

 考えてみれば、学園のお荷物になりがちな特異科にとって、それは重要な仕事である。


 楽な学業の日々に、ちょっとだけ気を抜きすぎていたかもしれない。

 私はゲルーム導師に謝り、内心でも深く反省した。


「……ふん、まぁ、省みるならば構わない。気にするなとは言わないが、しかし引きずるな。早速、学徒指令の話に移るぞ」

「はい」


 ゲルーム導師が話の姿勢に入ったので、私も椅子の上で背筋を伸ばした。


 今いる部屋は、棟を入ってすぐ脇にある管理人室のような場所だ。

 いくつかの本棚と書類。

 ちょっとした荷物が納められているであろう、積み上げられた小さな木箱。

 壁際にかけられている無数の鍵。

 そんな物の多い一室の中で、ここだけは来客者を一時的に待たせるための空間になっているのだろう。

 座り心地の良い革張りの椅子とローテーブルの一角は、辺りの煩雑さを隔絶するように、こざっぱりと整えられている。


 向かい合う老人導師、ゲルームさんの隣には、もう一人の導師らしき人物が座っている。


「どうもはじめまして、ウィルコークスさん。僕は魔族科導師のシネン=コウガ、どうぞよろしく」

「あ、はい。よろしく……はじめまして?」


 鈍色髪の男性は、シネンと名乗った。

 皺の少ない微笑みから察する限りでは、マコ導師と同じくらいか、それよりもやや若い程度の印象を受ける。


「今回、君とゲルームさんとでやってもらうことは、傭兵団“カナルオルム”の獣医さんとの付き添いだ」

「“カナルオルム”の付き添い?」

「ああ。第二棟の九階に、灼鉱竜(しゃっこうりゅう)ラスターヘッグがいるのは、運ぶのを手伝ったから知っているよね」

「はい」


 昇降口を使って、あの重そうな鉄檻と岩の塊のような魔族を九階まで上げたんだっけ。

 あの魔族の名前は、ラスターヘッグというらしい。

 私は九階にやってきたのを運んで場所に整えただけだったから、そんなに苦労はしなかったけど、きっと昇降口を担当した人は、大変だったんだろうな。今更ながらに思う。


「本来なら魔族科が率先してできるようにならなければならないんだけど、あの魔族は非常に珍しいものだ。体調管理は“カナルオルム”に任せている部分もあってね」

「その時に、竜を抑えこんだりしなきゃいけないんですか?」


 まさかそんな怖い仕事を手伝わされることになるのか。

 小さいとはいえ岩のような竜の手足を、強引に抑えて……。


「いやいやまさか。魔道枷をつけたままで、簡単な検診をするだけだよ。ウィルコークスさんにやってほしいのは、ゲルームさんと共に引率してほしいっていう、それだけ」

「え、引率って、何か手伝ったり……」

「しなくていいよ。ただ僕らの作業を見ていれば、それで構わない」


 ただ竜の体調管理を眺めてるだけなのに、それが学徒指令?

 ……よくわからないな。


「何故このような事にわざわざ学徒を一人割くのか、理解できぬようだな」

「は、はい」


 私の疑問を見透かしたように、ゲルーム導師はしわがれた声を出した。


「なに、簡単なことだ。私とお前は有り体に言って、“カナルオルム”の奴らが変な行動を起こさないよう、監視するために連れてこられたのだよ」

「監視?」

「ゾディアトス導師が学園に来られているのだ、部外者への警戒を高めるのは当然だろう」


 ゲルーム導師は長い白ひげをさすりながら、不機嫌そうに言う。


「本来であれば、血なまぐさい傭兵ギルドの連中などは一歩も棟に入れたくはないのだがな。魔族のこともあって、そうもいかんのだ」

「なるほど……」


 学園の敷地内に常駐しているのに、棟には全く近づけられていない“カナルオルム”。

 彼らが一時的に棟内に入ることさえ、人員を割いて警戒するこの徹底ぶり。

 それだけ、ゾディアトス導師は重要なのだろう。


「はは、いや、ゲルーム殿、朝早くからお手数をおかけしますね」

「なあに、構わんよ。良い機会でもあったからな」

「良い機会?」

「こいつには、色々と聞きたいこともあったのでな」


 ゲルームの眼光がまっすぐ私を貫く。

 老人の凄みある視線に、私は“うぐ”と変な声が漏れた。

 なんだか、嫌な予感がする。




 “カナルオルム”が駐留する林の中の小屋では、数人の傭兵が番をしていた。

 小屋には常に三人程度が常在し、二日置きに交代しているのだという。

 では学園のちっぽけな、閉塞的な小屋の中でその二日間、ただじっと待っているだけなのかといえば、そういうわけでもないらしい。

 持ち込まれた資料の整理やギルド内々の処理に追われていたり、木彫などをしていたりと、それなりに気ままな過ごし方をしているようだ。

 竜一匹のために、わざわざご苦労なことである。


 小屋から代表として一人を連れ、第二棟の九階まで登った。

 途中でゲルーム導師は右足を引きずり、息も荒く苦しそうにしていたのだが、肩を貸す助け舟は向こうから強く拒否されてしまった。

 歳も歳だし仕方ないと思うんだけど、なかなか気の強い人である。




 かくして魔族科導師のコウガと“カナルオルム”世話係の両人は、黒い竜を前に検診やら世話やらの状況に入った。

 隣で息の落ち着かせたゲルーム導師が話を切り出すまでの間、私は言われた通りにじっとその作業を眺め続けていた。


「西部馬車駅での暴力沙汰、闘技演習場でのナタリー=ベラドネスへの暴行」


 ゲルームが呟いたその一言に、私の背筋が凍りつく。


「本来なら、そこでお前の席は蹴倒されていたのだ。会議中庇ってくれたペルラビッツ学園長とセドミスト導師には、よーく感謝することだな」

「! は、はい」


 どうやら、責められているわけではないらしい。良かった。

 でも最初の馬車駅での沙汰は、別に私が悪いわけじゃない……と言い返したいけど、多分言ったらいけない場面なんだろうな、今は。


「だがそれだけで大人しくしていればいいものを、ルウナ=サナドルと何度か闘技演習を行ったらしいな」

「はい……闘技演習は、駄目なんですか」

「一向に構わん。場外で事を起こさなければ、同意の上で上級保護をやろうとも、それは当人の勝手だ。闘技演習場の利用については水国で規定されており、我々でもその法を犯すことはできん」


 なるほど、上級保護で死人が出ても学園の存続が危うくないのは、そういった所に保障があるからなのか。


「しかしその後の、クライン=ユノボイドの屋外演習場での乱闘騒ぎ。当事者だったそうだな。あれは何なのだね」

「それは私とは関係ない、です」


 私は尻尾を切るように、すかさず言い放った。


「クライン=ユノボイドとその姉、クリーム=ユノボイド准導師が随分と派手に暴れたそうじゃないか」

「……それって、クラインに何か罰が?」

「いいや、罰は無い。理総校側からの指図を受けるのは癪だが、ユノボイド准導師とゾディアトス導師から、その事について一切不問とするよう要請があったのでな」


 クラインと私とじゃあ、随分と対応が違うじゃないか。

 まあ、別に何もないなら、その方がいいけどさ。


 けどクリームさんだけじゃなく、リゲルさんもか。

 クリームさんがあの時の闘いを騒ぎにしたくないのは何となくわかるけど、リゲルさんも関知しているということは、あの人も多少なれ二人の姉弟の事情について知っているのかな。

 なんにせよこれは、圧力に違いないんだけど。


「そのことについてクライン=ユノボイドに罰はないのだが、その後の事でいくつかの問題があるのだ」

「問題、ですか」

「ああ。クライン=ユノボイドの光属性術の講義中の態度が、非常に悪いとな」

「あー」


 あいつ、リゲル導師の講義中にもまさか、あんな態度を取っていやがったのか。


「“そこよりも先を”だの、“なんでこんな奴らに合わせないと”だの、随分と周りに不愉快な思いをさせているようでな」

「……こっちの講義中もそんな感じですよ」

「……そっちでもか」


 貧乏揺すりしたり、強化した爪で鉛筆の木をガリガリと削ったり、本をバッサバッサ捲ってあーでもないこーでもないブツブツ言ったり。

 ここ最近はようやく落ち着いてきたけど、ちょっと前までは散々な状態だったのだ。

 “クラスメイトがご迷惑を”と他人面できないほどには、こちらも迷惑を被っている。


「偏屈ではあるが大人しく、優秀な学徒なのだがな。そんな不安定な一面があったとは、思わなんだ」


 むしろ不安定な面しか知らないだけに、私としては首肯もできない。


「ロッカ=ウィルコークスよ、クライン=ユノボイドは当学園において重要な人材だ」

「え? はあ」


 空返事をして横を見やると、ゲルーム導師は真剣な眼差しをこちらに向けていた。

 思わずつばを飲み込んでしまう。


「あの男はそう遠くないうちに研究者として大成するであろうことは、導師一同誰もが疑わぬこと。その芽を潰さぬよう、奴をよく見てやってくれんか」

「うぇ」

「なんだその返事は」


 思わず拒否感丸出しの声が漏れたのは仕方ないだろう。

 誰があんな男を見守りたいと思うんだ。

 それに、ゲルーム導師の言い方からは見守るだけでなく、あわよくばその世話だとか補佐だとかを、というような意味合いも含まれている。

 んなことするくらいなら、地下水道の広場で魔獣と乱闘していた方がまだマシだ。


「いいかね、これは学園全体の問題なのだ。特異科にとっても属性科にとっても、あの男の存在は非常に大きい。である以上は、誰かがその管理をせねばなるまい」

「私はまだ入学して間もないんで……」

「聞いているぞ、クラインから随分と術の手解きを受けているらしいではないか」

「んぐぉっ……」


 隠し切れないうめき声が出た。

 もうだめだ、属性科の導師相手じゃ何もかも筒抜けだ。

 というか、クラインから手解きを受けたことまで伝わっているのか。

 実際に特訓していた頃は誰にも見つからないように気を使っていたんだけど……やっぱり闘い方でバレるものなのだろうか。


「クラインと親しい者として、彼の精神面を早急になんとかしたまえ。これは私からの特別な追加指令だ。なに、無報酬とは言わん。お前の起こす問題については多少なれ良い根回しをしてやるし、働きに見合ったものをくれてやるつもりだ。ん?」

「は、はぁ……」

「返事は?」

「はい……」


 “ん?”も“返事は?”もねーだろ。断ったら逆にどんな根回しをする気だ。ほとんど有無を言わさずじゃねーか。


「うむうむ、若者は素直でなければな。殊勝でよろしい」

「……」


 ただの学徒指令で済んだはずが、とんだ厄介事を押し付けられてしまった。

 こんな事になるとわかっていたら、断られるにしても肩を貸そうだなんて言わなかったのにな。


 ……しかし、クラインの精神を早急に、か。

 最悪な状態からは抜けだしたとはえ、確かにそれは、こっちでも深刻な問題ではある。


 私からも、動いてみなきゃならないかな。

 とりあえず、後でヒューゴかソーニャに相談してみよう。


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