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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 荒ぶる風雨

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籠017 渦巻く瀑布

 牽制を交わす闘いが始まった。

 ルウナは目立った直接攻撃に打って出る様子はないし、私にもそのような考えは、今は無い。

 ただひたすらにお互いが魔術を発動させて、自分の領土を広げている。

 誰のものでもない真っ更な土地を、まずはひとつでも我が物とするために動いているのだ。


 盤と石駒を使った娯楽に似たようなものがあった。

 私は、ああいった駒と頭を使った勝負にとことん弱かったが、回数だけは何度もやったことがあるので、そこそこの打ち方は心得ている。

 坑道の帰り道に(スラ)がなぐれた時などは、ぼんやりとした赤いランプの下で爺さん相手によく時間を潰したものだ。

 私も相手も、最初は広い陣地に大雑把に手駒を配置してゆくだけで、相手の手駒を取ろうと動くことはない。


 今は、まさにそんな状況である。

 お互いに、並べた駒を展開する時ではないのだ。


「“キュー(水よ)ディア(襲え)”!」

「!」


 私が踏み出そうとした一歩先に、大量の水が降ってきた。

 三階からいくつかの瓶をひっくり返せば、こんな事も起こるのだろう。

 高い場所から落とされた水の塊は、その弾ける勢いのまま、こちらに飛沫を吹きつけた。


「チッ」


 取ろうとしたスペースを、ルウナの魔術によって取られ、しかも遮られた。

 私は既に四回ほどラギロールを発動させ、床に灰色の広場を貼り付ける事に成功してはいるが、それでも面積の上では、ルウナの勢いに勝てなかった。


 私は、走り寄ったその中心で自分の領土を広げる。

 対するルウナは、ワンドを振って水を放り投げる、離れた場所に領土を広げる。

 どちらがより早く、より広い環境を取れるかなど、考えるまでもない事だ。実際、やる前からわかっていたことではある。

 ルウナの使う初等術と私が使う少し複雑な魔術とでは、その発動時間にも無視はできない差が生まれるのだから、圧倒的な面積差で不利になるであろうことは、クラインからも予め注意されていた。

 その上で舌打ちを零したくなる状況の悪さが、今ここにきて発生していた。


「上手いな」


 遠間のルウナに聞こえない程度の小声で、私は呟く。

 今は開始から、数分も経ったか経たないかの頃合いだろう。まだお互いに回避を要する場面もほとんどない、下準備の段階だ。

 だというのに、私の息は荒い。

 額から汗が流れ落ちるほど、身体も火照っている。


 私とルウナの壇上での静かな闘いは、ルウナの圧倒的優位で運ばれていた。

 何故か、それはやっぱり、元々が不利な条件であったことも理由のひとつだろう。

 けどそれ以上に、ルウナが振りまく水の位置や量が絶妙なもので、私が思い通りに動けない事が最も大きいかもしれない。


 私が動こうとした先に、水が落ちる。

 タクトで床を指そうとした瞬間に、風によって浅い水たまりが近くまで侵食する。

 既に出来た水たまりの上を行こうものなら、容赦なくツララを放ってくる。

 やり辛い。そして、休めない。


「くっそぉ……」


 結局、私が展開できた鉄床(ラギロール)は五枚のみ。

 しかも、どれも位置はバラバラであり、かつ全てが壇上の半分側に偏っている。

 それ以外は全て、水だ。

 いや、その表現は正しくないだろうか。

 厳密には壇上全てが水で覆われているということではなく、むしろ乾いた場所も広く存在しているのだが、それらは全て、私が手を出せない場所にあるのだ。


 壇上の半分に残る空き地にまでラギロールを展開するならば、戦場のほぼ中央に陣を構えるルウナに、否が応でも近づかなければならないだろう。

 ルウナを遠ざけて進もうものならば、水が充分に滴る、逃げ場のない壇上の端を歩く必要がある。もちろん、それだけはゴメンだ。


 動けない。そして、相手も動かない。

 私は壇上のこちら側半分に追いやられ、ルウナとの床取り合戦での完全敗北を悟った。


 ルウナと私があの盤上遊戯をやったら、どんな結果が出るだろうか。

 目に浮かぶようだ。きっと、こうなるに違いない。




「身体強化に頼らずして、その動き。最初の三発だけに留めるつもりだったけど、まさか五発も使われるとは、思わなかったなぁ」


 ルウナもワンドを連続で振るって疲労したのか、少しだけ跳ねた声を鎮めるように言った。

 対する私は、走り回って余裕のない呼吸を落ち着かせるのに必死である。

 ルウナがこうして休憩させてくれるならば、ありがたく受け取ってやろう。

 少しでも息を回復しなければ、詠唱も集中も、咄嗟の回避だってできないのだから。


 しかし、目に見えて疲弊しているはずの私にその時間をわざわざ与えるのは、ルウナの余裕の表れか。

 次に私が万全の状態で動こうとも、壇上に配置された環境の優位性を疑うまでもないと、そういうことなのだろう。


「私の得意とする魔術は、水と風。環境戦重視だから、投擲系の鉄魔術相手には引けを取るかもしれないけど……遠距離攻撃を持たない設置系の相手なら、絶対に負けない自信があるわ」


 ルウナは勝ち気な笑みを構えるワンドの後ろに隠し、そのまま一歩を踏み込んだ。


 彼女の足元は、灰色の岩。

 私が生み出したラギロールによる、半径4メートルの床である。


 状況は、認めたくはないけど、かなり悪いだろう。

 それでもルウナが何気なしに岩場へ踏み込む様子を見て、まだ完全に勝ち筋を失っていないことを確信する。


 ここまで追い込まれた私が勝利するための唯一の方法は、ラギロールに踏み込んだ相手と同じ岩場に杖を当てて、ガミルを発動させ、岩の牙で奇襲をかける事だろう。

 ナタリーとの闘いでは、五メートル程度しかない柱を並べ、それらを蹴倒すことによって勝利を掴もうとした。

 あの時の有効射程は、柱の長さそのままの五メートルだったが、それと比べて、この闘いでは直径八メートル、つまり最大で八メートルの射程から攻撃を繰り出すことができる。

 岩の円錐は斜めに伸びるので、その分だけのリーチもあるだろう。九、十メートルまでは届くかもしれない。


 だが、ワンドを構えるルウナを前にして、果たしてそれが上手くいくのだろうか。

 ナタリーの場合には、正面から比較的避けやすい攻撃を放つだけだったので、限定的な対策を取るだけで対処ができた。

 しかしルウナの攻撃は変則的だ。水を放つこともあれば、風を吹き付けることもある。

 冷気で氷を生成することもできるし、他の属性だって使ってくる可能性がある。


 避けながら、私は一撃を与えられるだろうか。

 ルウナはそんな隙を見せてくれるだろうか。

 いや、そもそも私は、彼女の攻撃を避けることが……。


「“キュールズ(瀑布よ)”――」

「!」


 最も注意すべきと教えられた属性の文頭に、私の精神が警鐘を鳴らす。

 相手の杖の動きなどを見る前に、私はすぐさま防御するのための行動に移った。


 キュールズ(瀑布よ)ミドヘテル(渦巻き)ディアモット(襲いかかれ)


 それは水属性術の中でも高位の魔術。通称、“霊柩の瀑布”。

 巨大な水の塊を空中に生成し、内部の水流は着弾までの間、嵐のように乱回転し続ける。

 着弾と同時に内部の大容量の水を一瞬で噴き出す威力は、まさに瀑布の名にふさわしいだろう。


 水弾が直撃すれば、私の石柱(アブローム)ならば二、三本は容易くもっていくだろう。

 一度やられたことがあるだけに理解できるその威力を、私は決して侮ることはなかった。


「“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”!」


 焦りと不安で声が上ずりかけるが、それでも素早く呪文を紡ぐ。


 相手が“霊柩の瀑布”を使う時、それは要する集中の時間も相まって大きな隙が生まれるのだが、遠距離からの攻撃手段を持たない私にとっては、ただただ対処の難しい、高威力の魔術でしかない。

 防ぐには二本以上のアブロームが必要であることは、前回で学んだ。


「――“ミドヘテル(渦巻き)ディアモット(襲いかかれ)”!」

「“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”っ!」


 柱が伸びるのを確認しきる前に数歩退き、また同じようにタクトで床を突く。

 同時に、相手の魔術も完成したようだ。


「っ……」


 空中に、嵐を凝縮したかのような巨大な水弾が現れる。

 内部で渦巻く激流は、物への接触と同時に小さな災害級の氾濫を引き起こすだろう。

 水害の権化が一本目の柱に直撃する寸前に、二本目の柱はようやく最大まで伸びきって、恐ろしい視界を遮った。


 そして、小さな瀑布が破裂する。


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