籠011 捉える牙
私が遠慮するのを全く気にせず、リゲル導師は同行を決めてしまった。
その強引さたるや、現地までの移動に学園の馬車を用意させるほどである。
さすがは全属性術士と言うべきか、たった一言で御者が慌ただしく支度を始めるのだから恐ろしいものだ。
それが私のためだというのだから、尚の事恐ろしい。
学園専用の馬車はいくつか常備されており、それらはミネオマルタ内を移動するためのものらしい。
高名な導師の移動や、来客の送迎なども兼ねているので、馬車の乗り心地はもちろん悪くない。
商業用の馬車もそこそこだけど、学園の馬車は不快な揺れをほとんど感じられなかった。
乗り心地は最高だ。ただ、乗り合わせた人が悪かった。
「でも、あんまり急用の外出は駄目なんですからね、リゲルさん」
「君がいるから大丈夫じゃないか」
「そりゃあ警護は私の役目ですけど……そうじゃなくて、外出の際は学園の方には前もって言っておかないと」
馬車の中には、私とクライン。
そしてリゲル導師と、その助手であるウィンバートまで乗り合わせていた。
正確にはウィンバートは助手というわけではなく、リゲル導師の身辺警護を任されている魔道士なのだとか。
世界の悪党たちから命を狙われているリゲル導師。
その警護を任される魔道士だ。当然、ただ平凡な魔術が使えるだけの女の子であるはずもない。
彼女もまた、凄腕の魔道士なのだろう。
「ごめんなさい、ウィルコークスさん。リゲルさんがご迷惑を……」
「い、いや、別に。こっちこそ、申し訳ないっていうか」
手伝ってくれる人が多いのは嬉しい。
そうは思いながらも、愚直に現金になりきれない私は、馬車が到着するまでの間はずっと萎縮しっぱなしであった。
「“スティ・ガミル・ステイ・ボウ”か」
「珍しい魔術ですよね。あまり使わないというか」
「そうだね。ポピュラーではないな」
クラインの魔導書を覗き込みながら、二人は私の魔術をそう評した。
労せず到着したルマリの枯噴水広場は、いつもの如く人がいない。見物であるはずの噴水が枯れているのだから当然か。
ただ開放感があるだけの、白いレンガが連なる円形の広場に、私達四人は立っていた。
「でも意外だな。ロッカ君は“スティ・ラギロール”や“スティ・ラギロ・アブローム”を使えるのだろう?」
「あ、はい」
「普通なら、それ以前に魔術投擲を習得していそうなものだがね」
「すいません」
何故か謝ってしまった。
しかし、私に魔術投擲が使えていれば、こんなに悩むこともないのは事実である。
わざわざ岩の床から岩を伸ばして攻撃しなくとも、直接岩を投げつけた方が早いのだから。
「ポピュラーではないというのは、そういう意味がある。鉄魔術の基本は魔術投擲だし、それが最も効率の良い攻撃方法だからね。自然と、迂遠な設置系の鉄魔術は廃れていくんだ」
それでもクラインがこういった魔術を私に教えるのは、そっちの方が私に向いているからなのだろう。
魔術投擲に精を出すよりも、新しい魔術を覚えたほうが手っ取り早いのだ。
基礎を飛ばして応用を詰め込む。良い印象を受けないやり方だが、勝手に期限を設ける私が結果を求めれば、こうなってしまうのも必然か。
全ては私のせいである。
「じゃあまず、鉄床から発動してみてくれないか。ロッカ君の魔術を、一度この目で見てみたい」
「私も、特異魔術に興味があります。お願いします」
「は、はい」
偉い人達に促されて、鑽鏨のタクトを構える。
暴発の心配もない魔術だ。三人はそのままの位置で、私の魔術を見守った。
じっとこちらを見つめる三人。
術には影響が無いだろうけど、なんとなく集中できない状況だ。
「“スティ・ラギロール”!」
緊張でひょっとしたら、という懸念も虚しく、鉄床は問題なく発動した。
直径七メートルの灰色の岩場が、一瞬で白い地面を覆い尽くした。
「わっ、本当に岩なんですね」
「ほほう」
リゲル導師とウィンバートの二人はそんなに私の魔術が珍しいのが、足下の岩を踏みつけて感触を確認していた。
触ったり、蹴ったり。私の魔術が足蹴にされる様子を見ていると、何ともいえない気分になる。
「ウィルコークス君。この魔術が失敗したという事はないのか」
あまり口の挟まないクラインは、ここでようやく私に話しかけた。
「ないよ。これは最初も含めて、一度も失敗してない」
「そうか」
鉄床の発動は完璧と言って差し支えないだろう。
むしろ、魔導書から理学式を読む毎に、どんどん精度が増している感すらある程だ。
簡単な魔術なのか、私がこの魔術と相性がいいのか、そこらへんはよくわからないけど。
「そして、次の魔術でつまずくという話だったね」
「はい」
理学式だけならばもう何日も熟読しているので、その辺に過失があるとは思えない。
それでもつまずく石すら生えてこないので、それには何かしらの不具合があるのだろうけど、原因は未だに見つからないままだ。
結局、深い泥濘を手探りのまま藻掻くような、実りのない特訓しか出来ていない。
そう、今までは。
「しかしどう発動しないのかも、今のままではよくわからないな。ロッカ君、一度やってみてくれないか。駄目で元々で良いからさ」
「わかりました」
決してクラインが頼りないとは言わないが、こうして全属性を修めた人に見てもらえるのは心強い。
そう思うと、不思議と勇気が湧いてくる。もしかしたら発動するのではないかという気持ちさえしてくる。
念のため、三人が岩場から離れたのを見届けてから、私は鑽鏨のタクトを地面に向けた。
「“スティ・ガミル・ステイ・ボウ”!」
うんざりするほどの空詠唱を繰り返した呪文を、今度ばかりは成功するぞという意気込みを込めて、杖の先へ向けて叫ぶ。
「不発だな」
しかし結果は残酷だ。
クラインの無感情な語気の通り、岩場に変化が現れることはなかった。
まあ、仮に成功したとして、わざわざリゲル導師に来て頂いて“やっぱ出来ました”となるのは、それはそれで居たたまれない気持ちになっていただろうけど。
「ふむ。不発……原因はなんだろうね」
「さあ、どうなんでしょうか……よくあるのは、理学式の構築に不具合があったり、ですかね」
「構築ミスとなると、個人のイメージの問題となってしまうからね、自己で直す他無いことだよ。その可能性を排除した上で考えてみようか」
「となると、式の構築が間に合っていなかったり」
「構築が崩壊しているが故の不発か。タクトだから、有り得なくはない話だな」
二人はムニャムニャと難しい言葉を交わした後、岩場の外から私に近付いてきた。
「じゃあ、次はこれで発動させてみようか」
「え?」
「地球杖グロウバル、君に貸そう」
リゲル導師は満面の笑顔で、私にロッドを差し出してきた。
先端に地球儀を備えた、振り回すには少々アンバランスな長杖である。
「これで、ですか」
「杖の先石は理学式を一時的に保存し、式の構築の手助けとなってくれる。高等な魔術を発動させるには、複雑な理学式をすぐに構築しなければならない。低質な魔石では、人によって難しい式を保ちきれない場合もあってね」
なるほど。
つまり私の魔術が発動しないのは、発動がまごついているため……という可能性もあるわけか。
高級な杖に変えただけで現状を打開できるなら、それはとてもシンプルな解決法である。
もちろん、私の財布にとっては深刻な問題ではあるけど。
「でも、良いんですか? この杖……」
「先石は魔石アストラルだ。あらゆる物体に融合する性質がある。わかりにくいが、地球儀の部分がそうだよ。もちろん、表面に張り付いているだけで、本来は小石程度のサイズなのだが」
「へえ……」
地球儀の部分をよく見ると、地球を模した鮮やかな球体には、雲がかかっていた。
驚くべきことに、この地球儀の上にかかる白い雲模様は、ゆらゆらと自ら蠢いている。
「うわ、動いてる」
「はは、面白いだろう。青と緑と白が絶え間なく混ざり合う魔石。それが魔石アストラルだ」
「ほう、これは……」
いつの間にかクラインもこちらへやってきて、リゲル導師の杖に鋭い目を向けていた。
クラインが感嘆の声をあげ、よく観察するほどだ。きっと凄い杖に違いない。
いや、リゲル導師が使うくらいなのだ。並大抵のものであるはずもない。
「アストラルは未だこの世で一つしか見つかっていない魔石だ。杖の性能としては、世界でも最高級であると言っても良いと思うよ」
並大抵どころの話じゃなかった。
これを使えというのか。
地球杖グロウバル。
立てれば胸の高さまでありそうな、立派なロッドだ。
ロッドというものを初めて握ったので、タクトとは違った重量感に困惑する。
「おい、ウィルコークス君。不用意に扱うなよ」
「わかってるって」
「絶対に壊すなよ」
「どうやったら壊すんだよ」
クラインが失礼なほど心配してきて鬱陶しい。
私がロッドを握り潰すとでも思ってるのか。
「えーっと、これを地面に当てても?」
「頑丈だから問題ないよ。緯度尺も地軸も支柱も、乱暴に扱ってもビクともしない魔金製だから」
地面に先石を当てなければならない都合上、どうしても先端は傷ついてしまうのだが、その心配もいらないようだ。
ウィンバート助手も“それで魔獣を殴ってましたもんね”とか言ってるし。
後から聞くところによれば、私が普段使っている鑽鏨のタクトに備わっている魔石、マギタイトでもほとんど傷つくことはないらしい。
乱暴事が前提の杖に使うくらいだ。使われる魔石は基本的に頑丈なものを使うのだろう。
偉大な魔道士のお墨付きも頂いたので、杖を地面に向ける。
そっと球体を岩に付けて、離れないようにしっかり固定。
タクトとは違って腰を折る必要も、膝も曲げる必要はないので、その点だけを見ればロッドも扱いやすいように感じる。
しかし単純に大きいのは、回避などの動きの邪魔になるだろう。実戦ではタクトと比べると、どちらが使いやすいのやら。
三人が岩場の外に退避したのを見計らって、精神を研ぎ澄ませる。
魔力が流れるロッドの柄は、素材のおかげもあってか手に馴染む。
長い導芯から先石まで、イメージが忠実に蓄積されるかのようだ。
「よし」
今までのどの杖を使った時よりも、精密な魔力操作が行われている実感がある。
いける。
理学式が完璧に組み上がったことを確信し、私は呪文を紡いだ。
「“スティ・ガミル・ステイ・ボウ”!」
しかし何も起こらなかった。
「なんでだよ!」
世界最高の杖も発動しない自分の魔術に、私の中で積もり続けていた鬱憤もついに爆発する。
固いブーツのつま先で岩場の尖った場所を蹴りつけ、砕けた石は遠くへ吹っ飛んでいった。
「なるほど。グロウバルでも不発ということは、構築が遅いという線は無さそうだね」
「すいません、この杖を使っても駄目で」
「ああ、気にすることはないよ。何か別の原因があるのだろう」
優しく微笑んでくれるものの、彼女の優しさはその分だけ私の不甲斐なさを思い知らせてくれた。
でもよくよく考えてみれば、高級な杖と同じ働きをするデムピックを使っても駄目だったのだ。
それ以上の高級品を宛にしても失敗するというのは、わかりきっていた事だったのかもしれない。
先に言った方が良かったかな。
「こうなると原因は絞られてくるな。特異性のある属性術だから、私にも予測の付かない部分はあるのだが……」
導師は深く考え込んだ。
クラインもまた、なんとなく考えていそうな顔つきになる。
私も考える真似だけしてみた。
短い沈黙の中、真っ先に疑問を呈したのは、ウィンバート助手であった。
「ガミルは、ラギロールの芯を通って術の発動点を定めているんですよね?」
「ん、ああ、そうだね。既に生成された魔術の芯を媒体に発動するのが、ガミルだからね」
「だとすると、ロッカさんの魔術には芯が存在しないのではないでしょうか。さっきも、ラギロールの欠片が折れて分離しても、消滅しなかったですし」
芯がない。確かそれは、クラインにも言われた事がある気がする。
「それは正確ではないな」
ところが、クラインはウィンバート助手の言葉を否定した。
「芯が無ければ石柱は発動しない」
「あっ、そういえば、そうですね。たしかに」
「芯が存在しないというよりは、芯の存在が曖昧であると言うべきだろう。ある種、水魔術のように全体が芯であるようにな」
「なるほどね、氷結した水魔術に近い物と思えば、わかりやすいか。しかし石柱は発動するので、芯は何かしら別の形で存在していることは間違いない」
「そういうことです」
ムニャムニャと難しい話が始まった。
私の話のはずが、私が一番わかっていない。情けない話だが、慣れつつある自分が悲しい。
「……疑問に思ったことがあるのだが、良いかな」
「なんです、導師」
リゲルは“大したことではないかもしれないが”と前置きしてから、話し始める。
「ロッカ君の魔術は、芯が曖昧。つまりどこかにあるようで、無いというもの。そうだね」
「ですね」
「蜂起は術の芯を通り、発動点を定めなければならない魔術だ。通常の鉄床ならば、芯は螺旋状に外側へ広がって存在している。しかし、ロッカ君が発動した鉄床の場合は、どうやって発動点を設けるのだろう」
ウィンバート助手が何かに気付いたように、短い声を上げた。
「もしかして、発動点が変な方向に飛んでいっちゃったり」
「ほう」
クラインも何かに気付いたようだ。
「発動点が媒体上から消失している可能性は、あり得るな」
「普通は螺旋状のコースを通り、安定したタイミングで蜂起は発動する。しかしロッカ君の場合、発動点のコースが床全てに存在するよね。とすると、直線的に発動点が移動して、外側へ流れ切ってしまうこともあり得るんじゃないかな」
「あ」
そうか。普通の鉄魔術で蜂起を発動すると、芯に沿って発動点が移動する。
そこでタイミングよく起動させることで、蜂起を自分の好きな場所、好きな方向に出現させることができるのだ。
私の岩魔術の場合は、そう簡単ではない。
芯は足場全体に存在するので、発動点はどこにでも飛んでゆく。
それをうまく制御できるようにならなければ、蜂起は発動しないのだ。
「今まで失敗していたのは、発動点がどこかに飛んでいっちゃったと、そういうこと? なんですか」
「可能性はあるね。どうだろう、その所に注意して、もう一度術を使って見てくれないかな」
「はい」
なるほど、発動点を意識すればいいのか。
集中しすぎて発動点を外側に漏らさないように、自分で操作する。
できれば螺旋を描き、少しずつ遠ざけるようなイメージで……。
「できそうか」
「ああ」
訊ねるクラインに、集中しながら答える。
クラインは“そうか”とだけ返事をして、岩場の外へと退避した。
地球杖グロウバルを下向きに構える。
これまで失敗ばかりだった私の魔術に、一筋の光が見えた。
当たって砕けての繰り返しで、随分遠回りをした特訓だった。けど、今回は違う。
これから発動させる魔術は、がむしゃらに精度だけを追求するものとは一線を画す結果を残すだろう。
心のどこかに確信を抱き、杖に魔力を込めた。
私の魔力に反応してか、地球儀の白い雲模様が流れ蠢く。
発動点は自分の正面、二メートル地点。
向きは正面方向へ、上斜め四十五度。
術のイメージが完全に構築される。
いける。
足元の岩場に流れる自らの魔力の動きを捉えきった。
「“スティ・ガミル・ステイ・ボウ”!」
地球儀が輝き、岩場が弾けた。
「おお」
「よし、上手くいったようだね」
「おめでとうございます!」
私は、じっと杖に向けていた視線を僅かに上げる。
頭の中で構築したイメージ通り、一メートル五十センチほどの岩の杭は、正面方向に尖った矛先を向けていた。
最初に暴発させたものと比べると短いものだったが、発動位置も、向きも、角度も全てが狙い通りだった。
蜂起、完全成功である。




