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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 砕けるガラス
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函010 固まる決意

 今、私は自室のベッドでうずくまり、強い後悔に苛まれている。

 窓の外の藍色のところどころには薄く千切った雲が貼り付けられ、ここで降っていない雨で遠景の果てが白くぼやけて見える。


 私の遠い目は、ぼやけた景色の何も見てはいない。

 何も見てはいないのだ。


「また、やっちゃった」 


 ヒューゴも、ボウマも、ライカンも。みんな親切心で、私に声をかけてくれた。

 料理も振る舞ってくれて、その上仲間に誘ってくれて。すごい親切だ。

 そんなみんなの親切を、私は些細な事でいじけて、突っぱねてしまったのだ。


 最低だ。断るにしたって、順序ってものがあるだろうに。


 私は自身の不甲斐なさを思い知るたびに、こうしてガキのように拗ね、逃げるように寝室へと閉じこもってしまう。

 昔からそうだった。勉強だって、友達だってそう。

 いつも私は、事あるごとに逃げてしまう。

 ミネオマルタでだって、その癖は変わらない。心の上辺ではなんだかんだ言って言い訳しても、心の深い部分では、適当な理由をつけて、慣れ親しんだヤマへ逃げ帰りたいだけなのかもしれない。

 私はきっと、そんな薄汚い人間なんだ。


 窓の向こうの山は低く、小さい。

 あのちっぽけな山の、ずっとずっと向こうに故郷がある。

 海を超えたその先に、大きな私の居場所がある。


 ……でも、まだそこに帰れない。

 私は何年もこの国で、この街に閉じこもり、この学園に寄生して生きてゆくのだ。

 人知れず泣いたところで、誰かが窓を叩いて、故郷へ連れ戻してくれるわけじゃない。

 みじめに身体を抱えて、ここにいるだけ。

 六年間も。


「……こんなの嫌だ」


 私はもう何年も、こんな劣等感に苛まれる生活を送らなければならないのか。

 得意なことはヤマ堀りだけ。この街では何の役にも立ちやしない。

 頭も悪ければ魔術も劣悪。人付き合いも下手で、馬鹿。

 そんな私が、天才共の集まるこの学園で生活していくなんて。そんなの辛すぎる。


 熟練魔道士のような魔術の才能もなく、ヒューゴ達のように特異性の運に恵まれているわけでもなく、クラインのように勉強家でもない。

 そんな私の居場所なんて、ここには……。


『おーい! ロッカァアア!』


 肩が跳ねる。

 篭ったような電子音声が、窓の外から聞こえてきた。

 ライカンの声だ。

 無意識に、毛布を身体にたぐり寄せてしまう。


 外で、彼らが心配してくれているのだ。

 私のために作ってくれた料理を投げ出した、私なんかのために。


 だけど今更どんな顔をして、彼らに顔を見せることができるというのだろう。

 泣き顔でも見せて、彼らに抱きついてあやしてもらうのか? 冗談じゃないよ、そんなの。

 特に、ライカンにはひどいことをしてしまった。

 せっかく私のために食事の場を用意してくれたのに、私は……。


『ロッカァアア!』


 彼の善意を無為にしてしまった。ひどい女だよ、私は。

 もう私は、このまま、一人で……。


『ロォオオッカァアア!』


 ……。


『おぉおおい! いるんだろぉおお!

 でてこいよぉおお!

 いるのはわかってるぞぉおお!

 スープはまだあるぞぉおお!

 あ、しょっぱかったなら薄めるぞぉおお!』


「やめろよ! 寮の前でうるさすぎんだろ! なんかっ、すっごい恥ずかしいじゃんか!」


 鳴り止まないライカンの大声に負けて顔を出してしまった。

 でも仕方ないだろ、私の名前を大声で叫び続けるんだから。根負けもする。


『なんだロッカ、いるじゃないか』

「……いるよ」


 窓から下を覗いてみれば、ライカンが私を見上げていた。けどヒューゴとボウマは、そこにいない。

 しかし彼の堂々たる仁王立ちからは、私が出てくるまでは一人でも執念で動くことなく、その場で私の名を叫び続けていた可能性すら感じさせる。


『まぁ、立ち話も何だ。今からそっちに行くぞ。そこで待っていろ、ロッカ』

「……部屋に来る気? もう、別にいいけどさ……じゃあ、鍵あけとくよ」

『いや、その必要はない。ただ、そこから顔を出していると危ないかもしれん』

「は?」


 私の勘は鋭い。

 ライカンが地面を踏みしめ、腰を低く構えた瞬間、嫌な予感は察知できた。

 間違いない。彼は今から、とんでもないことをやらかすつもりだ。


『“イグネンプト(稲光れ)スロープ(我が獣道)”』

「……!」

 

 ライカンは私と同じで、気術を使えたはずだ。

 それも私のような中途半端なものではなく、かなり洗練された、より高度な気術だ。

 達人が脚に魔力を込めれば、四階や五階くらい、ひとっ飛び……。


 いや! いくら身体強化をしたところで、それはさすがに有り得ないだろ!?


 慌てる私の予測を裏切って、ライカンは全く別の方法でそれを成し遂げてしまう。


『セイッ!』


 ライカンは右脚を、地面に引きずりながら、大きく真上に振り上げた。砂埃が弧を描く、実に綺麗な蹴り上げだ。

 一瞬、私は彼が何をしたのか解らなかったが、下からせり上がってくる音に目を向けると、疑問は明らかとなった。


 それは寮の壁を伝い、虫が這い上がるように。

 ざりざりと音を立てながら、黒い影が私の窓にまで、凄まじい速さで登ってくる。


「……!」


 黒い流動体の影。私はそれを蟻の群れかと思って身構えたが、匂いがその予想を否定した。

 どこか嗅ぎ慣れた、鋭い香り。

 鉄の香りだ。


「砂鉄!?」

『いかにも!』


 影は寮の壁を伝い、私の部屋の窓の横まで一直線に黒い砂鉄のラインを引いていた。

 そして、ざん、ざん、と。寮の壁に張り付いた砂鉄の小道を踏みしめて、ライカンが走り、登ってくる。

 不気味な動きを見せた砂鉄に目を奪われた私だったが、壁を走ってくるライカンには更なる凄みと、恐怖を感じる。

 思わず窓から身体を引っ込めてしまったくらいだ。


『とうっ』

「わっ」


 驚き、尻もちをつく私の前に、ライカンが綺麗な着地を決める。

 2メートル以上の巨躯が部屋の床をずしんと鳴らし、彼の靴からは砂鉄が飛び散り、床に黒い残滓が散らばった。


『おお、いかんいかん。部屋を汚してしまったな』

「……」


 ライカンが再び足を軽く振り上げると、部屋に散らばった砂鉄は意思を持っているかのように引き寄せられ、彼の手中に握られた。

 不可解な現象の連続に、私は何も言えず、ただその場で口を半開きにして、驚くのみだ。


『これが俺の特異性。“雷の術が磁力に変わる”』

「……そうか、だから砂鉄が」

『砂鉄を蹴り上げ、道を成す。砂鉄を踏みしめ、道を往く。この領域に至るまでは、随分と苦労したものだぞ、ハッハッハ』


 砂鉄を磁力で固めて、そこを歩く? しかも、垂直の壁を?

 ガハハと愉快そうに笑っているけど、とんでもない技術だということは私でも理解できる。


 ライカンは驚きっぱなしの私をよそに、部屋の床にどっかりと腰を降ろした。

 胡座を組んで、既に話す体勢が作られている。何を言えばいいのかわからない私は、彼につられてベッドに座った。


 しばらくライカンは狼の頭をぽりぽりと掻いて「ふむ」と考えていたが、話す事を決めたのか、太い両腿をバンと叩いた。

 父さんのような仕草に、私の身体も自然と聞く姿勢になる。


『なあロッカ』


 切り出し方も、父さんそっくりだった。


『父さんはやるべきだと思うぞ』


 いや、でもあんたは父さんじゃねえよ。


「やるって、何を」

『頑張ってみることをだ』

「それって、やっぱり魔道士の話?」

『うむ、当然だ。』


 魔道士。魔術で食っていく人たち。

 盗賊や有害魔獣を相手に魔術でやりあい、戦力として貢献する……。

 確かに私は、魔術が使えるといえば使えるかもしれないけど……。


「……でも、私の魔術なんて」

『いきなり悲観から始まるのは、ロッカの悪い癖か?』

「ライカンも見たでしょ、私の特異性」


 手の中に石を生み出し、ライカンに見せつける。

 掌に込めた魔力が凝縮し、イメージが形を成す。

 たったひとつの石を生み出すだけで、ひどく精神が摩耗してしまう。

 こんな眼の奥が痛むような労力を払うくらいなら、近場の小石を拾って、身体強化した肩で全力投球するほうがマシというものだ。


「鉄の術が石になる……そりゃ、風が渦を巻いたり、雷が磁力になるのは、変化かもしれないけど……私のはただの劣化。使い物にならないよ」


 鉄と石。どっちが硬いかなんて、わかりきってることだ。


『使い物にならない、か。俺はそうは思わんな』

「え?」

『石より鉄のほうが強い、それは間違いないだろう。だが、魔術的特異性のマイナス面にだけ目を向ける事もないだろう』

「……どういうこと?」

『うむ、説明しよう』


 ライカンはポケットの中から少量の砂鉄を取り出し、それを床にはらはらと落とした。

 そして黒い砂はすぐさま毛羽立ち、トゲのような触手を伸ばしてライカンの手中に再び収まった。

 砂鉄を落とし、ライカンの“磁力”の魔術で吸い寄せ、回収する。先程も間近で見た、一連の流れだ。


「……これが何?」

『わからないか? さっきはロッカもやってみせたが、こうして呪文を詠唱せずに術を行使するというのは、実はかなり難しいのだ』

「ライカンさんもやってるじゃん」

『うむ、特異性を持つ人間なら、わりと感覚だけでできてしまうらしい。理論から学び術を扱う属性科の人間には、なかなかできない事らしいぞ』

「そんなこと言われてもな」


 とは言われても、私は首をかしげてしまう。

 かしげた拍子に、右手の中に石を生み出す。

 昔から出来る私の特技だ。昔と変わらず、これは何の変哲もない石だし、特別な思いは一切湧いてこない。


『実際俺も、今でこそ理論を勉強しちゃあいるが、この学園に入るまでは気術道まっしぐら、まさしく武者修行に明け暮れていた身だ』

「武者修行って……」

『うむ、そんな俺でも詠唱なしで術を扱えていたのだ。実用性は全く無かったがな』


 狼のような頭部が天井を見上げ、ランプの眼光が薄く抑えられる。

 きっと、彼は遠い目をしているんだろう。


『だが、この学園で魔術の理論を一から学び、呪文を交えて使うことによって……俺の魔術はかなり便利なものになったのだ』

「……それが、あの砂鉄歩き?」

『いかにも。ロッカも己の術を極めれば、大岩を生み出す事ができるかもしれんぞ』

「大岩って……」


 大岩を抱えてぶん投げる自分をイメージして、ちょっと恐ろしくなった。

 そこまでいくと、魔術というより気術の方が必要なんじゃないか……。


『特異性のある属性は、修練を積めばどんどん伸びるぞ。俺もそうだった。ロッカもその小石が限度ではあるまい。更に大きい石を生み出せば、属性科のやつらでも太刀打ちできないほどの術に仕上がるやもしれん』

「……」


 しっかり勉強すれば、私の魔術も強くなる?

 ……半信半疑だ。いや、ほとんど信じられない。


 ……けど。

 何もせずにぐずぐずするよりは、よっぽど良い。


「ライカンさん」

『さんはいらん』

「ライカン、私もしっかり勉強すれば、人の役に立つような……魔術、使えんのかな」

『フッ』


 ライカンさんの大きな手が、私の肩をがっしりと掴んだ。

 厚い手袋に包まれた大きな金属の手。

 でもその手が、今はとても温かく感じられる。


『当然だとも、ロッカ。一緒に、やってみないか?』

「……うん」


 黄色い眼光をまっすぐに見据えて、私は力強く頷いた。


「うん!」

『よおし! 決まりだな!』




 こうして、私の学園での目標ができた。

 ちょっと前の私からしてみれば、ありえない目標だ。

 この私が“魔道士になる”、なんてね。

 父さんが聞いたらびっくりするんだろうな。


 ……いいさ、有り得ない夢だろうが、なんだろうが。

 ヤマから叩き出されて、こっちでの時間は沢山あるんだ。


 昔にできなかった理学の勉強を、一からやり直してやる。

 魔術を基礎から勉強して、呪文も覚えて、えと、あと色々覚えて。

 ……ええい、なんでもいい。

 とにかく、私は決めたぞ。やってやる!


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