その男の名は那須レオン
常識を覆し続ける男がいた。その男の名は那須レオン。
その日、男は草原にいた。
「常識に支配されたこの世界。その支配からの解放、それが私の役目」
そう言って男は両手を合わせた。
「南無阿弥陀仏……」
男が呟くと、それに反応したかのように風がそよいだ。地平線を流れる風はまるでこの世のしがらみを洗い流すかのように心地よく、男は微かに笑みを浮かべた。
「南無阿弥陀仏……」
再び男が呟くと、今度は辺りに静寂が訪れた。しんと静まりかえった世界。目を閉じると、この世界に唯一無二、自分の存在が確認できた。
「南無阿弥陀仏……」
男は続ける。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
男の額から汗が溢れた。それでも男は続ける。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……!」
汗が顎先を滴ったその瞬間、男はカッと目を見開いた。
「南ぁ無阿弥ぃ陀仏ぅぁ!」
男は叫び、その声はいく山をも越えていかんばかりに鳴り轟いた。
その時だった。
「ヒヒィィン!」
褐色の物体が男の前方を通りぬけ、けたたましい轟音とともに男の身体が宙を舞った。
男の鼻からは鮮血が吹き出し、その身体は綺麗な放物線を描き地面に落ちた。
「やったぞ……。常識からの解放……」
嬉し涙を流しながら男は天を見上げた。
「無駄なことなんてないんだ……。ちゃんと聞いてるんだ……」
鼻は折れ曲がり泥だらけになったその姿は実に滑稽であったが、男は満足げに微笑んでいた。
「馬の耳に念仏を唱えたら……怒る」
そう呟くと、男は気を失ってしまった。
※
※
※
「おめぇ何のつもりだべ! 勝手にウチの牧場に入ってくるんでねぇよ! 何が目的なんだべ! そげな怪我までして!」
男が目覚めるとその視界には、困惑と憤激の表情を浮かべる農夫の姿があった。
自分の敷地に勝手に侵入された農夫は声を荒げて男に詰め寄っていた。
「常識からの解放……ですよ」
そんなことには意も介さず、男はそう答えた。
「なぁに言ってんだべ! 馬のそばで大声出すやつがあるか! 馬さびっくりして蹴られっべ! 常識だべ!」
「ええぇっ!?」
その男の名は那須レオン。
常識のない男。
初投稿です。いかがだったでしょうか。
感想等いただけると嬉しいです。
クスリ、またはニヤリとしていただけたら作者冥利につきます。