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ホラー小説

それは姉ではありません

作者: 無夜
掲載日:2026/09/09

失踪した姉。

警察から、身元不明の女性の死体がその姉ではないかと連絡が来て・・・


2008年ぐらいに書いたもの

「ピクシブ」にも掲載

 身元不明の女性の遺体が見つかったと、警察から連絡が入った。

 私の姉樹林が行方不明になって六ヶ月。捜索願を出していたから連絡が入ったのだろう。

 私は両親を説き伏せて、乳飲み子の娘を預け、一人で身元確認に向かった。

 姉との約束どおり、その死体が姉樹林であっても、『姉ではない』というために。




 1


 姉が失踪したのは寒い日だった。

 私の家にその夜、電話が鳴り響いた。

 まだ誰も、姉がいなくなったことに気がつかなかった。その日、帰りが少し遅いというぐらいで、誰も気にしていなかった。

 電話口で姉は今、東京駅にいるのだと言った。

 時刻は夜八時。行く気になればどこへでも行けてしまう時刻。

 私にだけ、連絡をくれたのだった。

 姉の声は弾んでいた。

「これから死のうと思うの。だから探さないでね。身内に自殺者がいると社会的に色々不都合があると思うけれど、行方知れずならましなはずだから」

 私はその時、結婚をしたばかりだった。

 後で聞いた話だが、姉は祖母や周りから『妹に先を越されて』と責められていたらしい。

 その時知っていたとしても、私のお腹には既に子供が居て、結婚を先延ばしに出来る状態ではなかった。

「何言ってるの?」

 まともではない言葉。

 まともではない行動。

「何かあったの? 仕事とか、男の人とかで? 相談にちゃんとのるから早まったことしないで」

 私は一生懸命言った。

 力をこめて握り締めた子機が砕けそうだった。

「何かあったわけじゃないの。ただ、生きていくこと自体辛いの。嫌なの。生きていくことがとてもとても怖いのよ。わかる? 私を満たしているのは、薄い絶望。他人には希望みたいにしか見えない明るい絶望」

 歌うようだ。まるでつまらない詩でも朗読しているかのよう。

 どんな顔で姉が言っているのか、わかった。

 妹の私よりよほど幼いようなあどけない顔をして言っているに違いない。

 いつまでも子供っぽい人。夢だけ追ってる、ふわふわした人。

 能天気で悩みなんかない、強くて図々しい女だと周りの者は思っていた。だけど、違った。

 悩んでたんだ、こんなに深く。

「ちゃんと聞いてね。覚えておいてね。私の死体が見つかっても、私だと言ってはダメ。そんなことしたら、あんたたちが苦労するんだからね」

「なに言ってるの!」

 もう私はパニックを起こしていて、姉の場違いに冷静な声に苛立ちを覚えた。

「身内の自殺って周りから色眼鏡で見られるもの。結婚したばかりでしょ。離婚の理由に十分よ。お腹の子だって結婚とか就職とか、なにかしら不利益になると思うわ。だから、探さないでね」

 一方的にそう告げて、電話は切れた。

 私は電話から伝わってくる単調な切断音を聞きながら、今聞いた会話を理解できないでいた。

 突拍子もなくて。日常生活にはまったくそぐわない。

 翌朝、両親は半狂乱になって長女の捜索願いを出した。

 私と違い、姉は今まで一度も無断外泊などしたことはなかったし、生真面目で大人しい人だった。




 遺体安置室は思っていたより広かった。

 一人で来ているからだろう。両親も揃っていたらきっと、窮屈だったに違いない。

 台の上に女性が載っている。

 顔には白い布がかけてあり、息苦しくなるような濃い線香の香りに溢れ、視界が灰色っぽく染まっている。

 身長も体つきも、姉によく似ていた。

 顔。顔は……。

 私の答えは決まっているのだ。

 見る必要などないが、顔も見ずに姉ではないと判断してはおかしいだろう。

 考えてみれば、私は姉の形をあまりよく覚えていない。

 あまり喋らなかったため、その声すらも記憶から消えかけている。

 街角ですれ違ったとしても、姉だと気がつくかどうか、私には自信が無い。



『それは姉ではありません』



 そう告げて部屋を出た。

 涙が溢れてきた。

 それは安堵の涙だ。

 姉ではなかった。一目でわかった。

 眠った姉を見たことはほとんどなかったけれど、確信を持てた。声の記憶は蘇り、右顎の黒子だとか、手の甲に刻まれた猫の引っかき傷の跡だとか、小さな特徴が一気に蘇った。

 だから、姉樹林は死んでないと思うことが出来る。

 いや、確かに姉は死んだだろう。死体を上手く処理して、永遠に見つからないに違いない。

 だから、姉は死なないのだ。私たち家族が生き続ける限り、永遠に。

 戸籍では死ぬ。葬儀も挙げられる。でも、全員の心の中に『もしかしたら生きているかもしれない』と、残酷な望みを残す。

 完璧に失踪後の足跡を消して見せた姉さん。失踪するまでに綿密な計画を立てていたはずなのに、誰も気づいてあげられなかった。

 だから、これは報復。

 パンドラの箱より残酷な。

 私は毎度呼び出され、心臓をばくばく言わせながら、死体と面会しなきゃならない。

 そして本当に姉の死体とかちあったら、私は家族のために嘘をつくか、それとも真実を口にするのか。

 気がめいる。

 私は嘘をつき続けるだろう。

 そう。きっと……。

『それは姉ではありません。よく似た別の人です。姉は生きています。私たち家族を残して死んでしまうわけがありません』

 白々しく言うだろう。

 私の娘はこれから学校に通い、恋をし、仕事をして、結婚するのだ。

 円滑な日常と当たり前の幸福の障害になる、実の伯母の自殺は隠し続けなくてはならない……。


こんな感じで、ほったらかされた仏さん多そうだなー

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