『可愛いって言ったらぶん殴るぞ・弐』
〇〇〇『可愛いって言ったらぶん殴るぞ』〜歴戦のパーティーがロリショタに!?〜
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の続編となる短編です。
「断る」
冒険者ギルドの応接室で、疾風のリオンは即答した。煙草に火すらつけていない。つける価値もない話だと、態度で語っていた。
「まだ何も言っていないんだが」
「あのダンジョンの話だろ。顔に書いてある」
ギルドマスターは苦笑した。図星だった。
「察しがいいな。——そうだ。『若返りのダンジョン』の件だ」
「断りますわ」
暖炉の前のエリシアが、こちらは杖を抱きしめるようにして言った。氷華のエリシア、宮廷魔導師。あの事件以来、外出時には変装を欠かさない女である。
「わたくしはもう二度と、あの、あの……ちっちゃいのには、なりませんわよ!!」
「落ち着け。まだ依頼内容も——」
「俺も断る」
窓際のガルドが腕を組んだまま言った。鋼鉄のガルド。歴戦の傭兵団長は、酒場で例の映像を流されるたびに机を叩き割っている男だ。修理代はもう金貨三枚を超えた。
「あそこにはもう近づかん。絶対にだ」
「私は、別にいいですけど……」
アリエルだけが小さく手を挙げた。三人がじろりと睨む。聖女は慌てて手を下ろした。
ギルドマスターは溜息をつき、一枚の紙を机に置いた。
「行方不明者、二十三名」
室内の空気が変わった。
「例の映像のせいで、あのダンジョンは有名になりすぎた。『若返れる』とな。ギルドは立入禁止にしたが、好事家どもは柵を乗り越えて潜っていく。そして——誰も戻らん」
「……死んだのか」ガルドが低く尋ねた。
「分からん。だが定期的に送り込んでいる使い魔の報告では、最深部に生存反応がある。二十三、きっちりな」
「生きてるのに、出てこない?」リオンが眉をひそめた。
「そうだ。国は来月、入口を埋めて完全封鎖することを決めた。つまり、これが最後の救出任務だ。そして経験者は——お前たちしかいない」
「断りますわ」エリシアが繰り返した。
「報酬は金貨三千枚」
「断りますわ」
「加えて——例の映像の原本を破棄する」
エリシアの杖が、がたりと音を立てた。
「……全部、ですの?」
「全部だ。各ギルドへの配布分も回収する。『ちっちゃくなった伝説の冒険者たち』は、この世から消える」
長い、長い沈黙。
リオンが煙草を咥え、火をつけた。
「……乗った」
※
出発は三日後と決まった。
前回と違うのは、その三日間を「準備」に費やしたことだ。
「いいか、前回の敗因は装備だ」
ギルドの倉庫で、ガルドが仁王立ちして言った。彼の前には、鍛冶屋に特注した装備一式が並んでいる。
子供サイズの鎧。子供サイズの剣。子供サイズの盾。
「七歳児の体格に合わせて作らせた。軽量、かつ着脱はベルト二本。子供の指でも外せる」
「用意周到ですこと」エリシアが皮肉っぽく言う。「ご自分のちっちゃい体のサイズを、鍛冶屋に説明なさったんですの? 『俺は七歳になるとこれくらいでな』と?」
「……言わせるな」
ガルドの耳が赤い。鍛冶屋には一生分の口止め料を払ったという。
エリシアはエリシアで、対策を済ませていた。
「詠唱を、全部改造しましたわ」
彼女が取り出したのは、羊皮紙の束。びっしりと書き込まれた呪文の、あちこちに赤線が引かれている。
「舌足らずでも発動するよう、サ行とラ行を排除した短縮詠唱ですわ。『氷結の盾』は『こおりのかべ』に。『爆炎球』は『ぼんっ』に」
「ぼんっ」リオンが真顔で復唱した。
「笑ったらぶん殴りますわよ」
「笑ってねぇよ。……ぼんっ」
「殴りますわよ!!」
アリエルは三日間、滑舌の訓練をしていた。
「たすけて、ください。たすけて、ください……」
神殿の祈祷室から、延々と繰り返す声が漏れていたという。同僚の神殿騎士たちは「新手の苦行か」と震え上がった。
リオンは——何もしていないように見えた。
「お前は対策なしか」ガルドが尋ねると、盗賊は肩をすくめた。
「ガキの体は、もう分かってる。膂力はねぇ、リーチもねぇ、声は可愛い。なら戦い方を変えるだけだ。……それより、俺は別のことを調べてた」
「別のこと?」
「二十三人が『生きてるのに出てこない』理由だ」
リオンは声を落とした。
「俺たちは戻れた。同じ魔法陣を踏んでな。なのに後から潜った連中は戻れてない。……何かが違うんだよ、俺たちと連中は」
「何が違うんですの?」
「さあな」リオンは煙草を揉み消した。「だが、行けば分かる」
※
ダンジョンの入口には、立入禁止の柵が張られていた。
柵のあちこちが壊されている。乗り越えた者たちの痕跡だった。
「……相変わらず、辛気くせぇ穴だ」
リオンを先頭に、四人は通路を進んだ。やがて、床一面の魔法陣が見えてくる。淡く明滅する、幾何学模様。
四人は魔法陣の手前で立ち止まり、視線を交わした。
「……確認するぞ」ガルドが言った。「この先で、俺たちはまた、ああなる」
「なりますわね」
「なりましゅ……なります」
「なる」
「よし」ガルドは頷いた。「今回は誰も泣くな。誰も転ぶな。誰も『可愛い』と言うな。プロとして行くぞ」
四人は同時に、魔法陣を踏んだ。
ズガァァァンッ!!
※
光が収まる。
七歳のガルドが、そこに立っていた。
特注の子供鎧が、寸分の狂いなく体に馴染んでいる。子供サイズの剣を抜き、二、三度振る。軽い。振れる。
「……完璧だ」
七歳児が渋い声——を出そうとした高い声で言った。
隣では六歳のエリシアが、短くなった予備の杖を構えていた。ローブも子供サイズ。裾を踏む要素がない。
「ふふ、ふふふ……今回のわたくしは、一味違いますわよ」
幼女が傲然と胸を張る。様になっている。いや、なっていない。可愛い。だが誰も言わない。言ったら殴られるからだ。
「みなさん、いきましょう」
五歳のアリエルが、子供サイズの聖槍を構えて言った。舌が、回っている。三日間の苦行の成果だった。
「……よし、行くぞ」
八歳のリオンが先頭に立つ。
四人の子供が、隊列を組んで通路を進む。その足取りに、前回の悲壮感はない。
——直後、暗がりからスライムが現れた。
因縁の相手である。
「ガルド」
「おう」
七歳児が踏み込んだ。子供サイズの剣が一閃。スライムの核を正確に両断する。
ぐちゅり、と音を立てて、スライムは崩れた。
「……前回の借りは返したぞ」
七歳児が、剣についた粘液を払って呟いた。ちょっと格好いい。姿は完全に「剣士ごっこをする近所の子供」だが、動きは歴戦のそれだった。
ゴブリンの群れが出た。
「ぼんっ」
エリシアの短縮詠唱が炸裂し、爆炎がゴブリンを吹き飛ばした。
「ふふふ! 見ましたか! 『ぼんっ』ですわ! 完璧な『ぼんっ』でしたわ!」
幼女が飛び跳ねて喜んでいる。可愛い。誰も言わない。
コウモリの群れが出た。
「せいなるひかりよ!」
アリエルの聖光が通路を満たし、コウモリは散り散りに逃げた。噛まずに言えた。五歳児が小さくガッツポーズをした。可愛い。誰も、言わない。歯を食いしばって、誰も言わない。
「……順調すぎて、逆に怖ぇな」
リオンが呟いた、その時だった。
通路の先に、光が見えた。
最深部の広間。
そこから聞こえてきたのは——悲鳴でも、うめき声でもなく。
笑い声だった。
※
広間には、二十三人の子供たちがいた。
鬼ごっこをしている一団。壁に落書きをしている一団。光る苔を集めて団子を作っている一団。
みんな、笑っていた。
「……おい、嘘だろ」
リオンが呆然と呟いた。
子供たちの一人が、四人に気づいた。六歳ほどの少年。その顔に、怯えはなかった。
「あ! 新入りだ!」
「ちがう!」ガルドが叫んだ。「我々は救出に来た! ギルドの依頼で——」
「きゅうしゅつ?」少年はきょとんとした。それから、にっこり笑った。
「いらないよ、そんなの」
「……は?」
「だって僕たち、帰りたくないもん」
※
話を聞いて、四人は頭を抱えた。
二十三人は、遭難していなかった。監禁もされていなかった。
自主的に、残っていた。
「僕、商会の頭取だったんだけどさ」団子を作っていた少年が言った。「借金取りの応対も、株主への言い訳も、もうしなくていいんだよ? 最高じゃん」
「わたし、伯爵夫人だったの」鬼ごっこ組の少女が言った。「社交界も、跡継ぎ問題も、姑も、ぜーんぶ、ばいばい」
「食料は苔と地下水で足りるしね。ここ、あったかいし」
「大人に戻ったら、また働くんだよ? 税金払うんだよ? やだよそんなの」
四人は絶句した。
エリシアが、震える声で尋ねた。
「で、では……あなたたちが戻らないのは、魔法陣が壊れたからでは、なく……」
「ああ、あれね」
頭取だった少年が、こともなげに言った。
「あの魔法陣、『心の底から帰りたい』と思ってないと、発動しないんだよ。何度踏んでも、うんともすんとも言わない。……最初はみんな焦ったけどさ、そのうち気づいたんだ。あれ? 帰れないんじゃなくて、帰りたくないんじゃね? って」
リオンが、ゆっくりと三人を振り返った。
「……謎が解けたぜ。俺たちが戻れた理由」
前回の帰還の瞬間を、四人は思い出していた。
屈辱。羞恥。一刻も早くこの姿から解放されたいという、魂の底からの絶叫。
「俺たちは全員、心の底から帰りたかった。……あの屈辱のおかげでな」
「思い出させないでくださいまし」
※
「さて、どうする」
広間の隅で、四人は円陣を組んだ。子供が四人、額を突き合わせている。作戦会議である。傍から見れば秘密基地ごっこだった。
「力ずくで魔法陣まで運んでも、無意味だ。本人が『帰りたい』と思わなきゃ発動しねぇ」
「説得は……無理そうですわね。あの顔は、本気で楽しんでいる顔ですわ」
「困りました……」
沈黙が落ちる。
その時、リオンが、ゆっくりと顔を上げた。
嫌な笑みだった。ろくでもないことを思いついた時の、盗賊の顔だった。
「……なあ。俺たちはなんで、あんなに帰りたかったんだ?」
「屈辱だったからだろう」ガルドが答える。
「そうだ。……じゃあ、なんで屈辱だった?」
「それは……子供扱いされて、可愛い可愛いと、玩具のように——」
ガルドの言葉が、止まった。
四人の視線が、交わった。
「……つまり」エリシアが、ごくりと喉を鳴らした。
「連中に『大人の自尊心』を思い出させればいい。子供扱いという屈辱を、心の芯まで刻み込めば——」
「『帰りたい』が、発動する」
リオンは立ち上がり、二十三人を見渡して、宣言した。
「作戦名——『可愛いって言ったらぶん殴るぞ大作戦』。今から俺たちは、あいつら全員を」
一拍。
「可愛がり倒す」
※
地獄の可愛がりが、始まった。
「あら〜〜〜! お団子作ってまちゅか〜〜〜? じょうずでちゅね〜〜〜!!」
エリシアが、元・商会頭取の少年に猫撫で声を浴びせた。宮廷魔導師の知性を全て投げ捨てた、完璧な赤ちゃん言葉だった。
「や、やめろ。僕は頭取だぞ。年商金貨五万枚の——」
「え〜〜? とうどりしゃんでちゅか〜〜? ちっちゃいのにえらいでちゅね〜〜! よちよち!」
「頭を撫でるな!! 商談で握った手だぞその頭は!!」
少年の顔が屈辱に歪む。エリシアはニヤリと笑った。イケる。この手応え、イケますわ。
ガルドは元・伯爵夫人の少女を追い詰めていた。
「ほ〜ら、高い高〜い」
「おろしなさい!! わたくしは伯爵夫人よ!! 社交界の華と呼ばれた——きゃあああ回さないで!!」
「ぶーん、ぶーん。伯爵夫人は空を飛べて嬉しいなぁ? なぁ?」
「屈辱ですわああああ!!」
アリエルは、意外な才能を発揮していた。
「はい、みなさーん、お遊戯のじかんですよー。おててをつないで、わになりましょうねー」
聖女の慈愛に満ちた微笑みが、今は凶器だった。元・騎士団長、元・大商人、元・宮廷学者たちが、手を繋がされ、輪になって回されている。
「く……くそ……こんな……儂は騎士団長だぞ……」
「はい、じょうずじょうず! つぎは おうたの じかんですよー」
「歌わせる気か!? やめろ! 儂には威厳が——」
そしてリオンは、一対一で止めを刺して回っていた。標的の耳元に屈み込み、低く——今は高い声で、囁くのだ。
「……なあ、知ってるか? お前らの今の姿、ぜんぶ魔法水晶で記録されてる」
「……は?」
「俺たちの時と同じだ。地上に出た瞬間、映像は王国中のギルドに配信される。『お遊戯する元・騎士団長』『高い高いされる伯爵夫人』——後世まで、な」
「や……やめ……」
「止める方法は一つ。今すぐ大人に戻って、映像より先に地上で威厳を取り戻すことだ。……帰りたくなってきただろ?」
悪魔だった。八歳の悪魔だった。
※
一時間後。
二十三人の子供たちが、涙目で魔法陣の上に立っていた。
「帰りたい……」
「大人に戻りたい……」
「税金を払いたい……働きたい……人としての尊厳を取り戻したい……」
その呟きに呼応するように、魔法陣が輝きを増していく。
ズガァァァンッ!!
閃光。轟音。
そして——広間には、二十三人の大人たちが立っていた。
頭取は無言でネクタイを締め直し、伯爵夫人は無言で扇を広げ、騎士団長は無言で誰よりも深く俯いていた。
全員、目が死んでいた。だが、大人だった。
「任務完了、ですわね」
エリシアが額の汗を拭った。
「ああ。……じゃあ、俺たちも帰るか」
四人は魔法陣に立った。今回もまた、心の底から帰りたかった。主に、赤ちゃん言葉を使った記憶を消し去りたかった。
光が、四人を包んだ。
※
冒険者ギルド。
「よくやった! 全員救出、死者なし! 完璧だ!」
ギルドマスターが上機嫌で金貨の袋を積み上げる。
「約束の三千枚だ。それと——例の映像の原本。この場で燃やそう」
暖炉に、水晶の記録板が投げ込まれた。『ちっちゃくなった伝説の冒険者たち』が、音を立てて溶けていく。
エリシアは、それをうっとりと眺めた。
「ああ……消えていきますわ……わたくしの黒歴史が……」
「これで全部終わりだな」ガルドが満足げに頷いた。
「ところでだな」
ギルドマスターが言った。
四人が、凍りついた。その前置きには、聞き覚えがあった。
「……何だ?」リオンが、恐る恐る尋ねた。
「今回の救出劇もな、記録されていたんだ。救出された二十三人の中に、監視用の魔法水晶を持ち込んでいた者がいてな。地上に出た瞬間、自動で——」
「まさか」
「配信された。王国中に」
沈黙。
「題して——『赤ちゃん言葉の宮廷魔導師』『高い高いする傭兵団長』『お遊戯を仕切る聖女』、そして」
ギルドマスターは、リオンを見た。
「『子供を脅す盗賊(八歳)』」
「やめなさああああい!!!」
エリシアの絶叫が、再びギルドに響き渡った。
※
おまけ
この事件の後、四人には新たなあだ名がついた。
「保育士パーティー」
ガルドは酒場で「高い高い」をせがまれるたびに机を叩き割り(修理代は金貨十枚を超えた)、エリシアは変装を二重にし、リオンは「でちゅか?」と言われるたびに相手を殴り、アリエルには本物の託児依頼が殺到するようになった。
そして、あのダンジョンは予定通り埋め立てられ、完全に封鎖された。
——のだが。
深夜、封鎖された入口の前には、今も人影が絶えないという。
疲れた顔の大人たちが、埋められた入口の前に黙って佇み、そして帰っていくのだ。
その中には、あの日救出された二十三人の姿も、ちらほらと混じっていたという。
働きたいと言って戻ったはずの、大人たちが。
めでたし、めでたし?
――完――
長編が書けなかったので短編にしました。
これもADV化しようと思います。
中編の文量になったら一本のADVとして出せたら良いなと思います。




