シェリルと誕生日
「お嬢様お誕生日おめでとうございます!!」
「おめでとうございます。今日から十歳、大人になられましたなぁ」
朝起こしに来たカルアやセドール、他の使用人たちにも「おめでとうございます!!」と祝われホクホクとした顔で身支度を整えていく。
今日をもって私は脱一桁歳。なんだか大人の仲間入りをしたような気分だ。それに、胸もふっくらしてきたし顔つきだって子供っぽさが無くなってる…よ、ね?うん。私成長してる。
「みんなありがとうね!」
食堂に行く最中すれ違う人皆が祝いの言葉を述べてくれ、もう着いた頃にはにこにこ笑顔。にやけすぎて頬が引き攣りそう…。
「お父様、エリオ兄様おはようございま…っわぅ!!」
「おはようシェリー!誕生日おめでとう!!あぁ可愛い私の天使よ、君が産まれた日のことを今でも鮮明に思い出せるよ…っ!小さな身体でふにゃりと私に微笑みかけてくれて…──」
「シェリー誕生日おめでとう。君と交流を始めて三年、今年から直接祝うことが出来るなんて本当に嬉しい。愛してるよ可愛い僕の天使」
ぎゅうっとお父様に抱きしめられたと思ったら、今度はエリオ兄様に抱きしめられ頬に口付けされる。それに顔を赤く染め、照れ隠しで視線をうろつかせると部屋の中がいつもと違うことに気づいた。
「うわあ!!可愛いっ!!」
「ふふ、皆で飾り付けをしたんだよ。気に入ったかい?」
「はい!」
エリオ兄様に抱かれながら顔を動かす。
ピンクと黄色系統の花々が部屋中に咲き誇り、布飾り卓上装飾、天井まわりまで華やかになっておりいつもの食堂が特別感満載だ。私の為のそれにほわぁっと嬉しさで頬が紅潮していく。
「凄く素敵!!ありがとう!」
感極まって何も考えずにちゅっと頬に口付けをする。目を見開いて赤くなったエリオ兄様が「ぁ、あぁ…うん」と言い淀んでいたがそんなの目に入らなかった。
ちなみにこの間、お父様は一人感動の涙を流し二歳頃の私の話を永遠にしていた。
◇◇◇◇
「お母様はお昼頃いらっしゃるの?」
「はい、そのように聞いております」
「そっかぁ。久しぶりに会うから楽しみ!」
「シェリーもかい?僕も久々だけどなんだか不安だなぁ。あの人はなんというか制御不能のモーモー牛みたいなものだし」
「兄様…」
お母様が聞いたら角生やしますよ…。
憂いを帯びた表情は大層美しいが、言ってることがよろしくない。とはいえ、兄様の気持ちも分かる為否定できない。
しかし、それはどうやら他も同じなようでカルアを初め使用人たちも遠い目をして微かに兄様の言葉に頷いていた。
「まあでも、シェリーの祝い日に碌でも無いことはしないだろう。母上はシェリーのことを可愛がってるからね」
よしよしとエリオ兄様に頭を撫でられながらふむ、と考える。
この世界の母親は子の親である前に女としての自我が大きい。なので育児などには関わらず子を作り産むことまでを義務として行っている。子を育てるのは父親がすることでそれがこの世界の普通。
貴族でいうと、ある程度子が成長したらお茶会などの同伴で関わることがあるだろうがそれ以外だと殆ど子に興味を示さない。
その為、こうして誕生日に会いに来たり定期的に顔を見に来る私達の母親はかなり育児に積極的な姿勢を見せている風に思う。まあ一緒に暮らしてないからってのもあるかも知れないが。
そんな訳で、一年に数回であろうと私に会いに来る母親を周囲が見るに私はかなり可愛がられていると他から認識されているのだ。
「そのことでエリオット様お耳に入れたいことが…」
「なんだい?」
「実は奥様からお客様をお連れすると今朝方連絡があったようでして」
「なんだって?今日はシェリーの誕生日だよ?部外者を連れてくるなんて母上はなにを考えて…」
「いえ、それが…」
コソコソと使用人がエリオ兄様に耳打ちをする。
内容が聞きたくて首を伸ばすも直ぐに兄様の手で耳を抑えられてしまった。
「どうやらエリオット様のお父君をお連れするようでして…」
「え!?」
「もう既にこちらに向かっておられるとのこと。旦那様もオーブア卿でしたら問題無いとおっしゃっておりまして…、一応エリオット様に報告だけしておくよう言われましたのでご報告を」
「はー…、父上はいったい何を考えて…。あぁすまないね、教えてくれてありがとう」
「いえ、お気になさらず」
なんて会話をしているのは当然聞こえず、私は足をプラプラさせて暇を持て余していた。
その後、手を外された後やけに疲れた顔をしているエリオ兄様が気になったが、差し出されるお菓子に目を奪われ、ポイっとそのことを思考の隅に追いやってしまったのだった。
「そういえば今回はお爺様来られないそうなんです。久しぶりに会いたかったんですけど…」
「前公爵様か…。大丈夫、直ぐに会えるさ。シェリーを王都に縛ったままだとあの方がお怒りになられるだろうしね。お義父様もそろそろ調整すると仰ってたし」
「!! そっか!じゃあ直ぐにお爺様に会えますね!」
エリオ兄様、お父様のこと義父って呼んでる!!
でもそっか私とエリオ兄様がけっ、結婚したら夫婦になって義理の父になるもんね!そっかそうだよね!!
「シェリー?」
「ひゃい!?」
「どうしたの?顔赤いよ?」
「な、なんでも無いです!!お爺様に会うのが待ち遠しいなって考えすぎただけ!!」
「そう…」
訝しげにこちらを見てくる兄様から顔を背けながらほっと息を吐いた。
なんだかエリオ兄様と対面してから婚約者の実感が凄く湧いてきて照れくさくなる。手紙の時はこんなこと無かったのになぁ。
三刻後。
「はぁい!シェリー久しぶりね!誕生日おめでとう!」
「お母様!!」
飾り付けられた食堂にて。
お昼ちょい過ぎぐらいにやって来たお母様は、変わらぬ美貌をそのままに私を抱きしめキスを送ってくれる。
「エリオットも久しぶりね、元気だった?」
「はい。母上もお元気そうで。それと…」
「昨日振りか。こんなにも早く再会するとは思わなかったぞ」
「よく言いますよ」
今回の訪問、お母様が珍しくお連れしたお客様はと言うと…。うーん、なんだか誰かさんに色彩が良く似てる…。
「ねえお父様」
「ん?なんだいシェリー?」
ちょいちょいっとお父様に声を掛けるとしゃがんで耳を貸してくれる。それに甘えてひそひそ話をするようにして気になったことを聞いた。
「あのお客様凄くエリオ兄様に似てるね」
「あぁ、彼はエリオットの父親なんだ」
「え!!」
私の反応にお父様が「ご挨拶しないとね」と笑ってエスコートしてくれる。そうして話をする三人に声を掛けた。
「ハヴァルス」
「アルバート、今日は急にすまない。迎えてくれて感謝する」
「気にしなくていいさ。ミシェルに無理に連れてこられたんだろう?」
「うむ」
神妙な顔で頷くその姿はエリオ兄様をどことなく彷彿とさせるようで…。
「はぁ!?うむ、って何!?ちょっとアル!言っておくけどこいつが来たいって駄々捏ねたから連れてきたんだからね!」
「そんなこと無い」
「あ、あんたねぇ…!!」
ぴきっと青筋立てるお母様に全く動じないハヴァルス様凄い。お父様は二人のやり取りを苦笑いして見ており、エリオ兄様に至ってた溜息を吐いている。
それにしても…。このお方すっごくイケオジだ。なんて言うんだろう、エリオ兄様とは違って冷たい氷のような雰囲気を纏っているけど、その美貌はやっぱり親子なだけあってよく似ている。並ぶとなんだか光り輝いて見えるし、思わず溜息を吐いてしまう美しさと魅力がある。
ともかくすっごい美形だ。
「まあまあミルシェ一旦落ち着いて…」
「私はいつでも落ち着いてるわよ」
「うんうん、取り敢えずハヴァルス、紹介しておくね。この子が娘のシェリルだ」
背をゆっくり押され急ぎ礼を取る。
もっと心の準備とかさせて欲しかった…。
「お、お初にお目にかかります。シェリルと申します。この度はお越しいただきありがとうございます」
兄様には出来なかったカーテシーをちょこんとする。
昨日のうちに兄様の顔面に多少の慣れがついた私に死角は無いっ!だから涙を浮かばせて「シェリー!成長したね!」「上手だよシェリー!!」「お嬢様素晴らしいです!!」と口々言うの止めて欲しい。
「これはこれは…。ご丁寧にありがとう。顔を上げてくれ」
「ぴゃっ」
「ふむ、聞いてはいたが確かにこれは危ういな。天使の如き愛らしさがある」
顔を上げると視界に入る色香帯びた微笑み。その危うい色気に堪えていた熱が一気に噴き出して顔が赤く染まっていく。
「実に可愛らしいな。しかし残念だ、もう少し若ければ私も夫候補に入れたのだが」
「父上?なに馬鹿げた事仰っているんですか?老いにやられましたか?」
「え?あんた女児嗜好者だったの?さすがにそれはキモイわよ」
ハヴァルス様に容赦の無い言葉を浴びせるエリオ兄様とお母様、彼のあの艶をものともしないとはさすがである。ちなみにお父様は何とも言えない顔で微妙そうにしていた。
「あの、オーブア伯爵様」
「そんな他人行儀は止めてくれ。私のことは是非、ハヴァ義父様と」
「えぇっと…ハヴァ義父様…?」
「ッぐ──!!」
「ハヴァ義父様!?」
気恥ずかしさで頬を染めながら恐る恐る口にすると、ハヴァ義父様が膝から崩れ落ちた。慌てて近寄ろうとするがエリオ兄様に抱き上げられて止められてしまう。
「あんな変態放っておいていいからね」
「私お腹空いちゃった。ご飯にしましょー」
そうして床で蹲るハヴァ義父様に声を掛けるのは優しいお父様のみ。エリオ兄様とお母様、ハヴァ義父様の扱い雑すぎない…?
「そうだわ。シェリー、あんたが前に欲しがってた本手に入れたのよ。丁度ハヴァルスが持ってたから譲ってもらっちゃった」
「本?」
「ああ!これ!!」
「私からのプレゼントはこれね」
はいどーぞ、と手渡しされた本を恭しく受け取る。
古びた本の表紙に書かれた【精霊叙典】という文字。世界に五十冊ほどしか無い絶版らしく、裏ではコレクター達にかなり高値で取引されている代物。
魔法学のお爺ちゃん先生にこの本の存在を教えられずっと欲しいと思ってたのだ。だけど、お金があっても希少性があり手に入れることが出来なかった。
異世界に来て、精霊という神秘な存在が居ると知った。だけど普通の人には見ることが叶わないと知り、それならと精霊についての詳細が書かれたこの本が欲しいと常々思っていたのだ。
「ありがとうお母様!!ハヴァ義父様もありがとうございます!!」
「気にするな、数年前に偶々手に入れたんだがそれ以降埃を被せて放置していたんだ。その本もどうせなら求めている者に所有してもらいたいだろう」
「あんたってば本なんて欲しがってほんと変わってるわよねぇ。もっと宝石とかの方がいいんじゃないの?」
「シェリーは謙虚ですからね。そこが可愛らしくて堪らない」
「エリオットの言う通りだ。がめついお前と一緒にしたらシェリーが可哀そうだ」
「なんですってー!?あんた達母親と恋人に向かって何ていう口の利き方してるの!!」
「母上、冤罪です。父上は僕の言葉を誇張しないでください」
んー、とは言ってもこれって下手したら宝石よりも遥かに高いんだよねー。だから微かに匂わせる程度で欲しいっておねだり出来なかったんだよ。お母様はそれを覚えていたようで凄く嬉しい。
ルンルンしながら胸に本を抱える私をお父様は顔を綻ばせて「良かったねぇシェリー」と笑顔で頭を撫でてくれた。
「お前はもう良い歳なんだ。もう少し落ち着きを持ったらどうだ?昔みたいにやりたい放題してると身体を痛めるぞ」
「あ、あんたって奴はーっ!!大体ハヴァルスだって人のこと言えないでしょ!!最近は直ぐバテるじゃない!!昔は朝まで必要に責めてきたのに!!」
「それこそ私はお前の身体を考えて気遣ってるんだ。腰をやったりしたら大変だからな」
「私はまだまだ元気に決まってるでしょ!!あんたと一緒にしないで!!」
なるほどこれが痴話喧嘩…。エリオ兄様が「父上、母上。そういう喧嘩ならシェリーのいない所でお願いします」と冷めた目で見ているのをスルーしお母様がハヴァ義父様をガン詰めしていってる。
頭を抱えて二人の元に仲裁に行くお父様と入れ替わりでエリオ兄様が「シェリー向こうに行こうか」と微笑んでくるので素直に従った。
「あの二人はいつもあんな感じだから気にしなくて良いよ」
「そうなの?」
「うん。性格の相性があまり良く無いんだろうね。でも、互いに顔は好みらしくて今だに恋人関係を維持してるんだ」
「な、なるほど…」
その二人の息子であるエリオ兄様が気にせずけろっと言うのでなにも言えないけど、人によってはなんだかグレそうな関係性だ…。
お母様、お父様とも私が産まれるまで険悪だったって聞いたし…、なんだろうお父様達みたいな理詰めで動くタイプ苦手なのかな。ハヴァ義父様って見るからに仕事できそうで感情で動かなそうだもんなぁ。お父様も私が関わって無い限りはかなり有能な思慮深い人だって聞いたし。
うーん、相性って大切だね。
エリオ兄様と私はかなり良いと思うから人知れずほっとした。




