シェリルと交流
「──そう。誓いを…」
「怒ってない?」
「はは、私がシェリーを怒るわけ無いよ。まあびっくりしたけど生半可な思いでしたわけでは無いのだろう?」
「うん。私はまだ十歳だけどちゃんと分かってます。それでもエリオ兄様の想いに対等に答えたいって思ったから誓ったんです」
「そうか、…エリオットは?意味が分かっていて誓ったんだろうね?」
「ええ、僕はもとよりシェリーのことを死ぬまで愛して守ると三年前に女神様の名に一人誓いを立て決めていましたので。改めて宣言したに過ぎません」
え、そうなの?あでも確かにそう言っていたような…。
さすがのお父様もエリオ兄様の発言ぎょっとしている。にしても会ってない段階で誓うってエリオ兄様の愛恐るべし。凄く愛情深い人なんだろうなぁ。
「はー…子供の成長というのは早いものだね。こうしてシェリーも段々と大人になっていくし…」
「んむ」
うりうりと頬を大きい手で挟まれる。そして、お父様は感慨深げに溜息をつき涙している。
先程意識が戻り、お父様は早々に急ぎ私のもとに走ってきたのだ。
「シェリー!!!!!」と声を上げながら部屋に入ってきた父が二人して涙ぐむ姿に疑問を抱くのは当然で──。
「ともかく…これで僕がシェリーの婚約者だと言うことは揺るがぬ事実となりました。シェリーに正式に証を貰っても?」
「あぁ、そうだね。近日中にうちの工房の者を呼ぼう」
「あかし?」
きょとんと首を傾げる私の頭をお父様が撫でてくる。そして言った。
「婚約の証のことだよ。婚約者がいる貴族の男は皆、左耳に魔石を加工したピアスをつけるんだ。そしてそれは相手の女性が渡すことが義務となっているのさ」
「へぇ…、あれ?でも私…?」
「うん。エリオットは三年前から婚約者ではあったけど、シェリーには会ったことが無かったからね。取り敢えず、シェリーが昔魔法の練習をしていたときに使っていた魔石があったからそれで作ったんだ」
なるほど。よく見てみると私の瞳に似た宝石のような魔石がちょこんとエリオ兄様の耳にあった。婚約指輪の代わりみたいなものだろうか。
魔石は魔力を込めるとその性質によって色が変化する。貴族令嬢としての嗜みだとやらされた記憶があったが…。なるほどこういう時の為の訓練だったのか。
「これも大切なものなんだけど…。やっぱりシェリーが僕を想って作った証が欲しくてね。お願いしてもいいかな?」
「もちろんです!魔力頑張って込めますね!!」
ふにゃりと笑い「ありがとう」と微笑むエリオ兄様の眩しさに目を顰める。
危ない、机を挟んだ正面に座ってたから助かったが近くだったらまた気を失ってたよ。
「ちなみにそれって男性だけですか?女性は?」
「あぁそれは…」
女性は複数の男性を選ばなければならない。その相手のものを全て纏ったりなんてしたらとんでもない数になるだろうと言うことで特に決まりは無いらしい。
ただ、お気に入りの男性が居た場合はその相手の魔石を使った装飾品を身に纏うのだとか。
うぅん、でも私もエリオ兄様の魔石身に纏いたいんだよなぁ。それにこれから先出来るであろう婚約者の人達のも。かと言ってジャラジャラ着けるのも嫌だし…。うん、何かいい案がないか考えよう。
──なんて思考しているときだった。
「あぁ!それにしてもシェリー無事で良かったよ!君に何かあったらと思うと…っ!!」
とんでもない力に身体が悲鳴を上げると同時にお父様の涙声が耳に入ってきた。どうやら気絶したときのことを言っているらしい。
お父様は私の「ぐぇッ、…じん゛ばいお゛かげしまじだ…っ」という苦しいの声が聞こえていないのかスリスリと頬をくっつけてくる。
「あの…、公爵様シェリーが苦しそうです…」
そんな兄様の声も耳に入っていないようだ。そして、先程まで静観していたお父様と共に来た使用人たち。彼等も倒れた時を思い出したのか嘆いている。
特にカルアは凄まじく端っこでうおおんっと「俺がお嬢様をっお嬢様ををを!!」と煩い。うん、そういえば君私のこと裏切ってたな。普通に忘れてた。許すから助けて欲しい。
と言う訳でここにセドールが居ればなんとかなったと思うのだが生憎今は居ないため、制御不能の公爵家一同を止められる者はいない。と思っていたけど…。
「──全く公爵様、シェリーは女の子なんですよ。そんなに強く抱きしめたら全身の骨が砕けて内蔵が潰れてしまいますよ」
「っは!あぁ!!ごめんねシェリー…!!」
嘆き悲しむ公爵家一同に喝をいれたのは兄様。どうやら兄様この三年の教育の成果が出てるのか毅然としており、なんならもう屋敷に馴染みきっていた。お父様にストップを掛けられる人材が増えたのは素晴らしい。さすがエリオ兄様である。
「シェリー大丈夫かい?」
「ありがとう兄様」
ババッと早業でお父様から引き剥がされた私はちょこんとエリオ兄様のお膝の上に座らされた。そして傍に置かれた菓子を「あーん」と母鳥のように口元にクッキーが運んでくるので思わず反射的食べてしまう。普通に恥ずかしい。
うぅ…赤ん坊の頃から教え込まれた給餌に違和感覚えず順応してしまうとは…。
「ふふ、ここに付いてるよ」
「ぴゃッ」
口元についた食べかすを取られ、ぺろっと舐められた。目を細めてうっとりと瞳を滾らせるその表情にすぐさまお父様の元に逃げ帰ったのは仕方ないだろう。
だってにいさまえっち、きけんすぎる…。
「あーあ、残念」
「…エリオット。シェリーは免疫が無いんだからゆっくりね」
「すみません、シェリーが可愛くてつい」
きらきらした笑顔で「ごめんね」と謝られても全然反省している感じがしませんよ兄様…。
やはり安息の地はお父様のところだね。
◇◇◇◇
そんなこんなで現在私は兄様と共に公爵家を探索中。
広い我が家を紹介しようとお手を繋ぎ意気揚々と案内していた。
「こっちですよ兄様!」
にっこにこ笑顔で兄様の手を引っ張り駆け足でお目当ての場所に向かう。周りに目がいかず、すれ違う使用人たちに微笑ましく見られているのには全く気付かなかった。
「兄様!ここが鳥小屋です!!」
「あ、これが噂の…。なるほど…領地の縮小版だね」
あれ、驚くと思ったのに。
着いた先にあるのは屋敷の隅にある鳥小屋。
私が考案した設計で作ったこれは鳥たちのストレスを最大現減らす為の工夫が施されており、普通の小屋よりも倍の広さとなっている。
それに公爵家に鳥小屋があるって普通もっと驚くものでは無いだろうか。だって、こんな立派な屋敷に鳥小屋だよ?変でしょ。
「知ってるんですか?」
「うん、何度か公爵様に連れられて領地に赴いたからね」
そ、そうだったんだ。誰も何も言わなかったから知らなかった。
でも考えてみるとここ三年いつもより領地に居る期間が少なかった。てっきりお父様の仕事関係かと思ってたんだけど…。私と鉢合わせしないよう調整していたのか…!
「ルラッグ産の鳥は人気だからね。僕も食べたけど実際他と違って癖が無くて凄く美味しかった」
「うんうん、うちのバーバードリは世界一ですから!」
「ふふ、そうだね」
臭みがある独特なバーバードリ。前世でいう所のにわとりで、餌を厳選し環境に気を配って大事に育てている。普通のバーバードリより遥かに美味しい食材となってくれるこの子達の命に感謝して美味しくいただいている。
長期間改良に手掛けただけあってこのバーバードリは、うちの特産としてかなり人気。領地でも同じ手法で育てており、厳重に管理されている。特に餌に使われているハーブがかなり重要で、領地にある温室で育てているとき(お爺様が暇さえあれば適当に苗を買ってくる)に偶々見つけた栄養高いそれを使用している。しかし、繊細で生産が難しく気を遣う代物なのだ。
「領民が皆シェリーのこと褒めてたよ。何度もお嬢様をお願いしますって頭を下げられてね。…シェリーは愛されてるね」
「え?私?それなにかの間違いでは…?私領地の屋敷から出たこと無いから領民の方に会ったことありませんよ?」
「ふふ、例え会って無くとも領民にはシェリーの素晴らしさが分かるんだよ」
「えぇ…??」
得意げにそう話すエリオ兄様に困惑する。
私がお父様の娘だから良い風に見られてるとか?…うん、きっとそうだ。お父様は良い領主だって皆から好かれてるし。
だが、そんな私を否定するように兄様が首を振った。
「シェリーのおかげで領地が発展したんでしょう?」
「…それは違います。私はアイデアを出しただけで頑張ったのはお父様や領民の皆様ですから」
「でも今のハウェーゼス領は第二の王都と言われるぐらい栄えているよ。それもこれもシェリー、君の発想が全ての起源だ」
その言葉に心臓がぎゅっと締め付けられる。そしてつい言ってしまった。
「…でも私は元々ある記憶を使っているだけです。ただ再現してるだけ、そんなのずるだよ」
瞳を輝かせて尊敬する目でこちらを見てくるエリオ兄様にぽろりと溢してしまったのは、後ろめたさからか。
自分の功績では無いであろうそれを自分のものにすることに、ズルをしているだけだと昔からどこか罪悪感を覚えていた。誰にも言ったことが無いそれをあろうことかエリオ兄様に話してしまったのだ。
それに気付き、やばい──っと訂正しようとしたが…。
「…うーん、シェリーが何を言いたいのか完全には理解しきれないけど…君のその考え、それはちょっと違うんじゃないかな?例えば、そうだなぁ…僕が知るところこの王国には最強の騎士と名高い人がいる」
エリオ兄様は静かに話を始めた。
そして思わぬ言葉に私も否定の言葉が出ず、聞き入ってしまう。
「彼は産まれながらにして精霊の祝福を貰い、魔法はもちろん剣の腕も頭一つ飛びぬけているんだ。そんな彼を皆【堅守不落】と言ってね。彼がこの国に居る限り安全だと誰もが憧れの目で見ている。シェリー…、彼はね産まれた時から恵まれた能力を持っていた。だけどそれに胡坐をかいてただ与えられている力を奮っている訳じゃない」
「…」
「貰った力を最大現生かすために努力を怠らなかったし、自分には厳しく枷をしていた。僕は彼をズルいなんて思わないよ。それは他のみんなもそうさ。彼の努力を知っているから」
「私は…」
「シェリーだってそうでしょ?知識を持っていたとしても使うかどうかの選択は人それぞれだ。君はそれを使おうと選択をしたし、そして形にする為に何度も失敗を繰り返してきた。初めから成功なんてしていない。成功するまでの過程は、シェリー…君自身の成果以外他ならない」
「…エリオ兄様」
「シェリー、誰が何を言おうと君の成したことは誇るべきものだ。僕は心から君を尊敬するよ」
笑みを浮かべ私を抱き上げてくる兄様の顔は嘘偽り無い。
最強の騎士さんの話はもちろん、私にとって救いとも呼べる言葉に胸のつっかえが取れたようだった。
だから──。
「兄様…わたし…」
話そうと思った。
「前世の記憶があるんです…」
きっと心の底では誰かに話したかったのかも知れない。
初めて明かす相手がお父様でなく何故エリオ兄様にしたのか。自分でも分からなかったけどそれでも実際に言葉にしても後悔は無く、寧ろ清々しさすら覚えていた。
「五歳の頃に思い出して…、私此処じゃない違う世界の記憶があってそれを使って今まで好きなようにしてきた…。私自分の手柄じゃないのにそれを言われるの違和感があって…。でも…、兄様の話を聞いたらこれまで大変だったこと思い出して自分を褒めたくなっちゃいました」
「褒めて良いよ。あぁ、もちろん僕も褒めるよ」
私に向ける愛に満ちた甘い瞳は一切変わらなかった。いや、寧ろ更に熱が篭ったようにも見える。
「…気持ち悪くないの?」
「なにが?」
「前世の記憶があるって変だし…、私前世を合わせたらおばちゃんだよ?」
「ふふ、それでも今のシェリーは可愛い僕の妹であり婚約者でしか無いよ。中身が別人に変わった訳でも無いんだ。前世を合わせた年齢なんて特段気にしないさ。それに僕はおばちゃんのシェリーを好きになったんだから」
「…なんでそんな信じてくれるの?嘘言ってたらどうするの?」
「それこそ、シェリーのこと信じてるからね。君はこんな意味のない嘘を言わないって僕は知ってるよ。例え今まで手紙上でのやり取りだろうとその人の本質を見ようと思えば直ぐに分かるから。シェリーは善良で人を思いやれる良い子だってね」
けろっとそう言うエリオ兄様に肩透かしを食らう。
前世の記憶を暴露したのに特に気にもしていない様子になんだか溜息をつきたくなったし嬉しくもあった。
「そんなに重く考える必要は無いよ。この世界は広いんだ、シェリーみたいな人が他にもいるかも知れない。それこそさっき話した騎士はシェリーとは違うけど、常人には持ちえない規格外の力を持っているから他とは違うっていう点では君と一緒だからね」
「そっかぁ…、うんそうかも…」
「なにか不安があっても僕が傍で君を支え守るから」
ふわりの吹く風に髪が靡く。太陽の光に当たり輝くその美しい月白に目を奪われるのだった。




