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女性の少ない世界で自由気ままに生きます  作者: 戌ノ小枝
第1章 前世の目覚め編

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シェリルと婚約者3

 頭上に響く柔らかな声が私をゆっくり暗闇から引き上げる。

 落ち着く香りと暖かな熱が私を包み込んで、時折優しい手が髪を梳いていた。

 身を委ねたい、甘えるようにそのぬくもりに頬を摺り寄せると…。


 くすっ。


「っ!!」


 ──愛情の滲む微笑み、映した碧瞳の中に目を見開く私がいる。


「ええええええりおにいさま!??!?」

「おはようシェリー、気分はどうだい?」

「え、ぁ…っ?ええ??」


 起きたらエリオ兄様の膝の上にいた…。うん、なんで?


 ぱたぱた動く私の身体を「シェリー落ち着いて」と兄様が抱きしめてくるがまるで状況が理解できない。

 辺りを見渡すと見覚えのある部屋。赤を基調とした暖色系に纏められた談話室だ。その部屋にあるソファの上、どうやら私は吞気に彼の上で眠りこけていたらしい。


「急に倒れるんだから心配したよ」

「うぇ?倒れ…」


 あ、そうだ。

 確かエリオ兄様に抱き上げられてそれで緊張が限界突破して…。うん、そこから記憶無し。私、気を失ったのか。


 でもなんで談話室で二人きり?お父様たちは?

 きょとんとして辺りを見渡す私にエリオ兄様が穏やかに言う。


「シェリーが倒れて公爵様は酷く動揺したようでね。目も当てられない状態になっちゃったからセドールが気絶させて部屋に運んだんだ」

「お、お父様…」


 そ、それは…。

 心配を掛けたという申し訳なさとそこまでなるかという呆れでどういう顔をすればいいのか分からなくなった。


「まあ公爵様の取り乱しが酷かったから逆に僕らは冷静になれたんだけどね。ともかく、意識を失っているだけで直ぐに目覚めるだろうってことで此処に案内されたんだ」

「そうなんですね…。その…、迷惑かけてごめんなさい…」

「!!」

「エリオ兄様?」

「…っあぁ!気にしないで、うん。 シェリーは謝れるいい子なんだね…」


 一瞬信じられないものを見るように目を丸くしたエリオ兄様だったが直ぐに目を細めて褒めるように頭を撫でてきた。なんだその反応は、少しむっとする。


「確かに甘やかされている自覚はありますが、自分の非ぐらい認めて謝ることが出来ます!私は立派な大人なので!」


 精神年齢が、だけどね!

 どーん、と胸を叩き得意げな顔をするとエリオ兄様が頬を緩ませこちらを見てきた。


「うん、そうだね…。不愉快にさせるつもりは無かったんだ、ごめんね。僕の言い方が良く無かった」

「わ、分かってくれたのならいいのです!」

 

 まるで幼児を見ているような慈愛の篭った目だ…。


「うん、…分かってたつもりだったんだけどね。心の奥底では信じきれて居なかったのかな」

「エリオ兄様…?」


 最後にぽつりと呟いた言葉の意味がよく分からず首を傾げる。いったいなんの話をしているんだ?


「…いや、なんでもない。それとこれだけは訂正しておくけど今回シェリーに責任は一切無いからね」

「むっ」

「そんな可愛い顔してもだよ。僕が距離を始めから詰め過ぎたんだ。もっと徐々に行くべきだった」

  

 ちょんっと鼻を触られ甘く微笑まれる。

 そして私の頬を撫でて「気絶なんて自分ではどうしようも出来ないんだ…。だから──」と言葉を続ける。


「シェリーに悪いところなんて一つも無いよ。公爵様が取り乱したのだって娘への愛そのものだからね。寧ろ親としては当然のことだよ」

「…うん」


 有無を言わせない静かなそれに頷く以外の選択肢が無かった。でもまあ確かに、私も気絶するとは思いもしなかったし…。

 そして兄様、微笑んでいるのに謎の圧がある。もしかしてこの人、ただ優しいだけじゃないかもしれない…。


「ふふ、それにしてもよかった」

「え?」

「僕とのちょっとした接触で気絶したんだ。このままだったらどうしようかと思ったけど、今は平気みたいだね」

「…っ!??!」


 そうだ!この美貌に私の意識は刈り取られたのだった!

 意識覚醒したてで脳が麻痺していたけど、私当たり前のように兄様の膝の上にいるよ…。そのゼロ距離同然の近さを自覚すると一気に顔に熱が溜まっていき降りようと身を翻した。が、上手く行く筈無く。


「っと…。こら、暴れたら危ないだろう?」

「ははははっ放してくださいエリオ兄様!!」


 余裕の表情でエリオ兄様にがっちり身体を抑え付けられ固定された。無念。

 しかもなんだか楽しんでいる風にも感じられるのだから質が悪い。そんな兄様の身体は硬く、鍛えられてると分かる。まだ十五歳なのに男を感じさせるそれになんだか決まずくなる。

 

 精神年齢おばちゃんだけど今の私は十歳。思考も身体の年齢に見合ったそれに引っ張られてるのだ。だからませた令嬢である私が歳の近いそれもかっこいいお兄さんにときめくのは必然と言える。いやまあ、婚約者だから問題は無いんだろうけど。


「なぜ?僕はこの日を待ちわびて三年我慢したんだ。シェリーがまだまだ足りないぐらいだよ」

「じゃ、じゃあ隣で手を握ります!!それで!!」

「却下。それにこういうのに慣れて行かないと立派な淑女になれないよ?」

「ぅぅ…」


 早々に言い包められにこりと笑みを向けられる。しかもその笑みが「そっかぁ…それなら…」と無意識に頷いてしまう魅了があるのだから恐ろしい。


「僕でゆっくり練習してこうね」

「……ハイ」


 うぅん、なんだか怪しいその物言いを不安に思っていると兄様が「あぁ、そうだ」と声を上げる。そして、私を優しく膝の上から退かし立たせた。


「エリオ兄様?どうかしましたか?」

「うん。僕たちまだ挨拶していなかったよなって思ってね」


 …確かに。

 顔合わせ早々気を失ったし、今まで手紙で交流してたから特段気にも留めていなかった。

 私は良いとしてエリオ兄様には思うところがあったのだろう。ちょいちょいっと私をソファ横の開けた場所に誘導すると改めて自己紹介を、と騎士の如くその場で跪いた。


 そして──。


「オーブア伯爵が次男エリオットと申します。シェリル嬢…三年前、貴方様の生誕日より汚れ無き美しい心を持つ純白たる貴方の筆頭婚約者となれたこと、心より嬉しく思います。あの日よりこの命尽きるまで僕の心は常に貴方様と共に。そして、僕の至宝を汚し曇らせるものが居たとするならどんな犠牲を払ってでもその元凶を取除き守って見せましょう。僕の愛する人、僕の命。この先の人生、僕の全てをシェリル…貴方様に捧げると()()()女神様に誓います」


 談話室、二人だけの空間に広がる静寂と鼓動。

 私の手を取りそっと唇を落とすエリオ兄様に目を見開く。

 まさかここまでするなんて…。彼の覚悟に胸が締め付けられ頬が紅潮する。そして、それならと私も笑みを浮かべた。


「…わたくしはルラッグ公爵が娘、シェリルと申します。エリオット様のその想いしかと受け止めました。この先わたくしは貴方様の他に人生を共にする者を多く傍に置くことになるでしょう。貴女様に心の全てを捧げることは出来ません。ですが、…どのような出会いが未来に待ち受けていてもわたくしの信頼は一番にエリオット様に。そして貴女様を愛することをわたくしも…女神様に誓います」


 お父様に怒られてしまうだろうか、でもそれでも女神様に誓わずにいられなかった。

 驚きと嬉しさに瞳を潤ませ笑みを浮かべるエリオ兄様にこちらもなんだか涙が浮かんで胸がいっぱいになってくる。


「あぁシェリー…、君は…」

「私も貴族の端くれ、その言葉の重みは理解しております。覚悟を見せてくれたエリオ兄様に報いたいと心から思い誓いを。迷惑でしたか?」

「っそんなことないよ。シェリー僕は幸せ者だな、こんな幸福を知られたらきっと世の中の男全員に袋叩きにされてしまうだろうさ」

「あはは、大袈裟ですよ」


 エリオ兄様はぎゅっと一度大きく目を瞑ると立ち上がり私を力いっぱい抱きしめた。泣いているのだろうか少し震えている。


「君の覚悟に報いられるよう努力する」

「…努力しなくとも今まで通りのエリオ兄様で十分ですよ」

「シェリー…」


 女神様の名を借りての誓いは非公式だとしても強力な効果を発揮する。

 それに背いた行動を取れば例え何があろうと女神様からの天罰が下されることは有名。だから無闇に女神様の名を借りての誓いをするのは駄目だとそれこそ赤ん坊の頃から教わる世界の常識。それをエリオ兄様がやったのだ。


 どのような覚悟だったか。だがそれだけ私を想っているということが、その行動によって能天気な私に本気だと教えてくれた。

 まだ幼い私たち、だけどエリオ兄様は幼いながらも聡明な人だ。その誓いの意味が分かってないなんてことは無いだろう。


 恋では無い。どちらかと言えば兄に向ける好意。けどきっと近いうちに私は彼に恋することが出来ると確信していた。だってこれほどまでに想われているのだ。ちょろいと言われても仕方ないが、いずれきづかされてしまうだろう。


「私エリオ兄様のことが好きです。でも今は恋じゃありません。だけど…、きっと私はエリオ兄様に恋をすると思います。だってエリオ兄様、お父様に負けないくらい素敵な人だから」

「…っ、うん。それは凄く光栄だよ。じゃあ僕はシェリーに愛想付かされないよう毎日愛を伝えるね」


 額を合わせ笑い合う私達。三年の交流の末漸く会うことが叶った。

 この三年で互いに積もらせた想いに相違があったが、これからはきっと同じ熱を共有することが出来るだろう。

 

 きっと私たちなら大丈夫。

 根拠も無いその考えが私の心にしっかりと根付いていた。

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