シェリルと猫
―約二年前。シェリル一三歳のとき。
羽ペンと羊皮紙片手に眉間に皺を寄せながら、腕を動かす。机の上に散らばる複数の紙を纏めながら、カルアが微笑んだ。紙の上に描かれているのは、文字では無く簡易的なイラスト。前世の記憶を思い出しながら描くそのドレスのデザインは、この世界では画期的なものでそれを見て他の使用人が感嘆に声を漏らしている。
「うぅーん……なーんか上手く描けないなぁ」
「そうですか?説明もあり、かなり分かりやすいかと思われますが……?」
……そうかなぁ?普通に下手だと思うけど?
私ってそんな絵心無いから困るんだよなぁ。首を傾げて紙を見つめ、そっと溜息吐く。
少しだけ痺れる手首を抑えながら、ソファに倒れ込んだ。
「は~……つかれた……」
十三年で見慣れたシャンデリアを数秒見つめて、目を閉じた。
お父様が何年か前に資金援助をして、公爵家監修となった『シシピット商会』。最近までは、私が提案してその他大勢の人が品質向上、改善してきた化粧品を数多く売り出してきたが……ここで心機一転。化粧品にプラスして、貴族女性に向けたドレスの製作が行われることになったのだ。
これも全て私の提案。
花も羨むピッチピチの十三歳、大人に憧れる年頃の私はある日気付いた。この世界のドレスってふんだんにレースを使ったザ・キュートファッションが主だよね……?、と。
身近に居る女性が、傾国の美女といっても違わぬ美しさを持つお母様だけだったから気付かなかったけど───大人も子供も関係無くレース万歳のドレスが多いのだ。普通だったら大人が着たら痛々しいドレスも、お母様の手にかかれば超絶似合ってしまっているので全く違和感を感じさせなかった。
私の場合もそれは同様で、幼い子供というのもあるが大前提に顔が凄く可愛いので、どんな服でも着こなしてしまう。正装の際に着る服(ベルシュとのお見合い)とかも、普段よりも小ぶりのレースが使われていたが、それでもかなりひらひらして量が多かった。
なんだろうね?女性の服はレース付けとけばいいって思われてるのかな?確かにレースが付いたドレスって可愛いけど限度があるし、年配の人にそれはキツイと思う。私だったら、例え着こなせても大人になってそれは絶対に着たく無いよ……。
そうして始まった私のドレス製作。
商会のドン、この世界では珍しくあまりカッコいいとは言えない小太りのおじさん商会長、ポリズさんを交えて開始したファッション改革は、着実に成果を上げている。
元々、化粧品やその他の品で注目を浴びていた商会系列の新作ファッションブランドとあって初めから貴婦人方の心はバッチリ掴んでいたのだ。更には、お披露目前にお母様の協力のもと丹精込めて縫い上げたドレスで、社交界やお茶会に出てもらい宣伝をしてもらい、見事作戦勝ち。正式販売する前から各所から問い合わせ多数だ。
とは言っても、全て私がデザインするのは時間的にも労力的にも無理。
大勢に埋もれているだけで、新感覚派の人は少なくともいる。ポリズさんが見つけ出してきた服飾の仕事に就いているその青年は、昔から一風変わったドレスのデザイン画を色んな商会に売り込みしていたらしいが……斬新すぎて今まで受け入れられなかったらしい。確かに見せてもらったけど、斬新も斬新。なんていうかぶっ飛びデザインのものから一般的な素朴なものまで色々とあった。
化粧品に関しても言えることだけど、全て私が決めて作り出していくのには限度がある。やっぱり、誰か私の知識を吸収した新しいアイデアを生み出せる後継も作らなければならないのだ。というわけで、ファッション関連を一任するのがその青年、ベレットくん。
彼には、私のアイデアを取り入れてこれから先、ファッション業界に革命を齎してもらいたいのだ。
ベレットくんに渡すべき資料をひたすら書いて書いて書きまくる。前世で流行っていたファッションから、アニメの知識などで得たドレスデザインなど多種多様。彼ならばこの国に新たな風を吹かせてくれるだろう。ベレットくん、お願いだから頑張って……私の為に!
「どうされましたか?」
ソファから立ち上がって、伸びをする。
きょとんっと紙を仕舞いながらこちらに目を向けてくるカルアにニコッと笑う。
「うん、ちょっと休憩~……ってことでお庭散歩してくるね!」
「あ、お嬢様!付き添いを……!」
「いらな~い!!」
後ろからカルアが「走っては駄目です!お怪我なさいますよ!!」そう叫んでいる。茶色の扉を開けて、脇に立つ護衛騎士に笑いかけてタタタッと走った。優秀なベレットくんがデザインした服はシンプルながら洗練されていて───うん、走るのにもってこいの軽さだ。
エリオ兄様は学園での授業、ベルシュは騎士団で鍛錬。お父様やセドールは仕事だし……私の行動を咎める人はいない!カルア以外は!
淑女としてはしたないのは分かっているが、この家には身内しかいないのだから許してほしい。流石に人前でドレスを上げて走ったりしないから。
「おぉ、お嬢様今日もお元気ですなぁ」
「ふっふっふ、でしょ~?」
庭園を魔法を使いながら整えている髭を生やしたお爺さん。我が家専属の庭師、ニコイが芝を刈りながら「お一人ですか?お付き合いしますが?」と告げてくるのを丁寧に断り、その横を通り過ぎた。
そうしてふんふんふんふん、鼻歌を漏らしながら最近お気に入りの場所───生垣迷路に向かって歩みを進めた。
目に入った迷路の入口。そこに聳え立つアーチには、草花が絡みついていて独創的な雰囲気を醸し出している。
二月ほど前に、庭園を散歩途中に出会った庭師たち。開いてる敷地に何を植えるか議論していた彼等に簡単な図と共に、軽い気持ちで前世にあった生垣迷路について説明すると、面白そうだと直ぐに製作に入ってくれたのだ。想像していたよりも格段に上の出来栄えで、拍手喝采。うちの庭師凄すぎた。
ちなみにこの生垣迷路は四角状に作られており、中央には噴水とガゼボが配置されて休憩できる空間が広がっている。花々に囲まれた癒しの空間で、今日の目的はその場所。
アーチを潜り、生垣に囲まれた道を歩いていく。最初は迷っていたがもう慣れたもので───。
「……あれぇ?行き止まり……?」
道変わった?
きょとんとしながら後ろを振り向くが、似たような景色で変わらない。おかしいなぁと思いながら引き返して、逆方向に向かうが……。
「また行き止まりだ……」
ポカンと口を丸くする。もう何度も入っているから間違えない筈なのにどうして。
もしかしたら、気付かないうちに違う道に入ったのかも知れない。ともかく、一旦入口に戻ろうと足を動かそうとしたときだ。
にゃぁ~。
可愛らしい声と共に私の足に柔らかいなにかが当たる感覚。「びゃぁッ!?」と声を上げながらドレスを捲し上げ足元を見る。
するとどうだろう、なんと可愛らしいつぶらな瞳が私を見上げていたのだ───!!
いつの間にか居た猫ちゃんにあわわわっと手を口元に当て、歓喜する。恐る恐る人懐っこそうな猫を撫でようと手を動かすが……さ、避けられた。ガビーンっとショックを受けて肩を落とす。
ふわふわの白い毛並みに宝石の様な青い瞳。尻尾の先が黒のその猫は「みゃあ」と可愛らしく鳴くと、私の前を歩きだした。
「?」
まるで誘導するかのように、猫は立ち竦む私を振り返る。足を動かすと満足そうに鼻を鳴らして、四つ足を前へと動かしていく。
「……なんだかファンタジーって感じ」
動物による道案内。すっごくワクワクしてきた……!
このとき、公爵家の人間がいればすぐさま止めに入ってだろう。それもその筈、この邸の周囲には公爵家直属の魔法使いであるお爺ちゃん先生を始めとした多くの人間が、虫一匹も通さぬように何重にも保護結界を張っているのだ。これも全て、シェリルを守るため。そんな訳で、ここに”猫”がいるなんて普通に考えれば可笑しいし、本来なら排除一択の選択肢しか残されていないのである。
呑気で平和ボケした私はそれに気付かず、ルンルンとスキップしながら猫ちゃんに着いてくのであった。
◇◇◇◇
「ここ?」
「みゃ」
全然行き止まりだが?
首を傾げて猫を見下ろすと、地面に座る猫も首を傾げた。うぅん、超かわいい!!
特に意味は無い行動だったのだろう、まあ猫だし。しゃがみ込んで猫ちゃんを見つめているとゆらりと尻尾を動かした。
もう一鳴きした猫ちゃんはその美しい毛を引っ掛けながら、生垣の中へと身体をガサガサと突っ込んでいく。それに「うわあ!綺麗な毛並みが汚れる!!」と叫び声を上げて、猫ちゃんを引き戻そうとするが……。
「えっ、な、え?なにこれ?」
「みゃあ」
「と、とびら……?」
不満そうに声を上げる猫ちゃんを抱きかかえて生垣の中にある小さな扉を見つめる。……どういうこと?
猫ちゃんサイズの扉で、到底人間が使えるものでは無い。触ってみるも、独立したそれはポツンと生垣の中にあり動かせなかった。まるで深く根を張る大樹のよう。精巧に造られた、アンティークのようなそれを目を瞬きさせながら見つめる。
庭師たちが置いたのだろうか?こんな目立たない場所に?なんのために?
グルグルと頭の中で考えていると「キュウケイジカンガオワッテシマイマス。オジョウサマ、オハヤクトビラヲオアケクダサイ」と声がした。
休憩時間が終わる、それは大変だ。と嘗ての社畜魂が慌てて、その小さなドアノブに手を掛けガチャリとひら……あれ?今の誰のこ───っうぇ!??!
ぐわんぶおんううぇん。
身体が掻き混ぜられて左右上下に引っ張られてグニャグニャ動く。視界が揺れて回り、景色が変わる。気付くとぺしゃりと冷たい床に転がり、気持ち悪さで吐きそうだった……。
「───イラッシャイマセオジョウサマ。オヒトリサマデイラッシャイマスカ?」
揺れる頭を抑えながらのそりと顔を上げて───……これって夢なのかな?
気付けば知らない場所。木々の匂いに包まれたその場所は、愛らしい多種多様な猫ちゃん達が腰にエプロンを巻いて動き回っている。
そう、猫が。猫が動いてる……二足で……。
ぽかんと口を開けて周囲を見渡す。螺旋状の階段に、天井が見えない本棚。浮かぶランタン、不規則に置かれたソファや椅子に机。下から見える各階層を歩く人々が豆粒のように見える。
目を擦っても景色は変わらないし、頬を摘まんだら痛い。どうやら現実みたい。
「ここ……どこ?」
「御飯屋だよ。妖精が営む特殊な店さ」
「っわ!?」
ぱちっと真っ赤な瞳と目が合う。
直ぐ傍に立っていた彼がスマートに私を起こしてくれた。そうして、温和な笑みを浮かべたその人は安心させるように、優しく私に囁く。
「可愛らしいお姫様が一人とはいただけないね。もしよければ、僕が貴方を守る盾になっても?」
「えっと……?」
アミュレアと名乗ったその男は、端正な顔を私に向けた。
圧倒的な存在感に気圧されて息を呑む。甘やかすような魅惑的な声が脳を揺らして引き込まれそうになる。
「女性一人は危ないよ?」
その言葉で初めて、かなりの注目を浴びていることに気づいた。周囲の男性がジロジロとこちらを見ている。
そういえばこの世界って女性が少ないんだった……!私すっごい目立ってるよ!
不躾な視線の数々に身を窄めて、俯く。
「あの……」
「どうかした?」
「わ、私帰らないと……その、皆心配しちゃうから……」
今の私って無断外出だよね?流石にそれはマズすぎる、不安を胸に抱きながらアミュレアさんを見上げる。この不思議な場所が気になって仕方ないが、早く戻らないと。
それにこんな見知らぬ人が多くいる場所で一人は、ちょっと怖い。表情を暗くする私にアミュレアさんが、安心させるよう笑みを浮かべた。
「大丈夫さ、此処で過ごす時間は外の百分の一にも満たないんだ。ちょっとだけならお姫様が居なくなったことに誰も気づかないよ」
足元にずっといた猫ちゃんが「ハイ。ヨウセイノクニハソトトハジカンノナガレガチガイマス」と声高らかに話していて、ジロジロと見てしまう。やっぱり喋ってる……。立っているだけじゃなくて喋って……。この世界の動物って喋るものなのかな……?
猫ちゃんを気にする私にアミュレアさんが教えてくれる。
どうやらこの店は妖精の国という場所に居所を構えており、私も通ったあの店の扉が世界の至る所に置かれていて、人間のお客を此処に招いているらしい。
異空間にあるこの場所は外界とは違った時の経ち方な為、丸一日いても向こうでは一刻程しか時間が経過していないとか。
時間は気にしなくていいのは分かった。でも……。
「……私、お金持ってない、です」
「ふふ。自分が誘った女性を、ましてや可愛らしいお姫様にお金を出させる真似すると思うかい?」
ぱちん、とウインクされ息を止める。
エリオ兄様たちの美貌に慣れていても、この人はなんというか次元が違う。自分の見せ方を完璧に分かっているというか、どうすれば人に良く見られるのか理解しているというか……。
彼を前にすると脳がなぜか「これ以上は駄目!」と危険信号を出してくる。なのに私はそれを無視してまで、彼の手を受け入れてしまった。きっと関わってはいけないタイプの人間なのに。不思議と拒むことが出来ない。
一人からの恐怖か新しい発見からのワクワクか、それとも……笑顔の仮面を被ったような男への危機感からか───心臓が激しく音を立てていた。
次回も過去編ちょっと続いて戻ります!




