シェリルと秘密の扉
「おはようございますお嬢様。朝ですよ」
「……ん~…おはよぉ~」
まだ眠たいと閉じかける瞼を擦りながら、その場で大きく腕を伸ばす。窓から差し込む光が素晴らしく清々しい。
カルアに準備を手伝って貰いながら、ちらりと扉の前に立っている男…オルグズを見る。エリオ兄様の従者兼護衛な彼がなぜ私の部屋に?
「本日ですが、エリオット様とベルシューレ様はお仕事のご予定につきご一緒には居られないとのことです」
「そうなんだ?」
私の視線を見つめ返したオルグズが続けて話す。
「お二人からご伝言で、くれぐれも無茶なことや突拍子の無いことをするな、また怪我などするような行動は避けるように、それと───」
「うーん、相変わらず信用されてない……えっと…オルグズは今日も?」
「護衛です」
「……お疲れ様です…」
今は確か一九歳ぐらいだっけ?なのに、身長は百九十センチ越えだし体格も大人とそう変わらない大きさ。顔も無表情とあって威圧感が凄い。
「お疲れ様ではありませんよ!お嬢様は少々お転婆が過ぎるんです!お二方のご心労をお考え下さい!それに貴女様は、十五歳の立派な淑女であらせられるのですからもう少し落ち着きを……っ!!」
「あー!朝からお説教なんて止めてよー!」
眉を顰めて髪を整えてくれるカルアに頬を膨らまして、目を鏡に向けた。
嘗ての幼い少女は今はいない。居るのはただ一人の艶を帯びた美しき令嬢。まだ十五歳の幼い顔つきだが、それでも母に似た妖艶さを持ち独特の色気を放っている。腰まで伸びた桃白金色の髪も丸い蜂蜜の瞳も全てが、シェリル・ルラッグを引き立て花を咲かせているよう。
身長も数年前に一気に伸び、胸もふっくら膨らみ大人の身体へと成長している。毎日のストレッチが効いているのか、脱げば男を誘う魅惑な体格となった。商品開発して手に入れた植物由来のボディオイルのお陰で全身瑞々しくつやつやお肌で……。うん、自画自賛だけど今の私とんでもねぇ美女だ。
そう、ベルシュの婚約話からもう五年も経ったのだ。──時が過ぎるのって早いよね。
この五年間様々なことが起こ……っては無いか。うん、そこまで変わらない日常だったわ。毎日寝て起きて遊んで、時たま商品開発して寝ての繰り返しだ。ただ、私はのんびりしていたけど、婚約者の二人は凄く忙しそうだった。昨年、王立学園を卒業したエリオ兄様と、数年前に卒業して公爵家の騎士団所属になったベルシュは右へ左へと大忙し。
私も、立派な淑女として何人かとお見合いをしたけど……うん、無理だった。なんていうか、良い人達だったんだけど違ったんだよね。そんな訳で、私の婚約者は未だに二人のみでメンツは変わらない。ちゃんと毎日仲良くしてるよ……その、色々とね。
あ、そうだ!変わったことと言えば魔法についてだろうか。
数年前まで碌に魔法を使えなかった私だが、今ではちょっとした魔法なら使えるようになったのだ!これも全て、お爺ちゃん先生やエリオ兄様たちのお陰である。
その為、魔力を込めた婚約者の証を作ることが出来、エリオ兄様とベルシュの二人の左耳には私が贈ったピアスが付けられている。私も二人からの証が欲しかったので、幾つかの小さな魔石を嵌められるブレスレットをオーダーメイドで作って貰った。今は二つしか無いけど……多分これから増えていくんだろうなぁ。
前世の記憶を活かした商品開発も完璧で、公爵家監修の商会も今では予約必須の超人気となっているし、領地の繁栄も未だに衰えてない。きっとこれからもエリオ兄様の手腕で更なる発展を遂げるだろう。
ベルシュとの仲も良好……寧ろ良すぎるくらいだし、女神様への誓いも彼に婚約の証を渡すときにしているし、感極まったベルシュにちゅーされたのは今でも覚えてる。だって初めての大人のキスだったんだもん…。ちなみにベルシュはエリオ兄様にシバかれていた。
この五年間、変わらないことが殆どだったけどそれでも月日が経つにつれて、婚約者たちの過保護は増したし、より溺愛されるようになった。二人はそれもうとても心配性なので───。
「シェリル様どちらに?」
「……ワ、ワア~。オルグズイタノネー、キヅカナカッター」
「エリオット様から常にシェリル様のお近くにいるよう申し付かっておりますので」
「そ、そう…それは……ありがとう」
私が一人だと問題を起こすと思われているのか、屋敷内なのに常に監視が付くようになった。兄様たちがいる時はどちらかが傍にいるけど、それじゃないときは専らオルグズ、もしくはカルアが傍で目を光らせている。
優雅に庭園を散歩しながらチラチラとオルグズを見る。どうにかして彼を撒きたい……が、カルアならともかく彼から離れるのはかなり至難の業で───今日も諦めるか、とふぅと息を吐いたときだった。
「ねえ、オルグズ見て。このお花、エリオ兄様みた……オルグズ?」
目を瞬きさせて、周りを見渡すも返答が無い。花々が風に揺れ、遠くに屋敷が見える。近くにオルグズはおらず、あの目立つ高身長がいつの間にか消えていた。
「おーい…オルグズ~……」
シーン──……。
返答無し!!しめしめ、運は私に味方したよう!
もう一度誰もいないことを確認してから、真っ直ぐ目的の場所に淑女らしからぬ乱雑な動きで駆けていく。屋敷のものが見れば、失神しそうな振る舞いだけど今は誰も見てないので良し。
二メートル程高くまで生い茂った色とりどりの薔薇が咲いている芝生、綺麗に整えられた簡単な生垣迷路に迷うことなく入る。
この五年は確かに変わらない日常だった。だけど、全てが一緒だった訳では無い。新しい出会いだって確かに存在している。お兄様たちでさえ知らない、私だけが知ってる秘密の───。
「あった!!」
生垣迷路に入り、右へ左右右真っ直ぐ左へ行った行き止まりの角。そこの左側の赤い薔薇が生い茂る場所を掻き分けると……それはもう小さな扉が存在する。人間用では無い、猫が通るような小さな扉。木製で、ドアノブは金で作られており細かな装飾が彫られている。しかも扉には一匹の黒猫の姿があり、絵だというのに好き勝手動いている摩訶不思議な扉。
怪しさ満点のそれを私は慣れた手つきで、開けた。
ぐわん──っ。
抵抗する暇も無く扉の中へと吸い込まれていく。まるで身体の内側が掻き混ぜられているかのような気持ち悪さはいつまで経っても慣れない。
そうして、扉の中へと入っていった私を迎えたのは……。
「イラッシャイマセ!オジョウサマ!!」
真っ白のふわふわの毛並みに、ブルーアイの可愛らしい瞳。
ぺしゃりと床に伏せる私を気にすること無く、甲高い声で迎えてくれたのは『猫』。そう、どこからどう見ても、二本立ちで歩く可愛らしい猫さん。
「アミュレアサマイラッシャイマス!!ゴアンナイシマス!!」
「うん、ありがとうございます」
ゆらゆらと揺れた尻尾の先は黒くなっていてワンポイントみたいで可愛い。小さな身体を揺らして一生懸命席に案内してくれる彼は、ここの店員。
実は、あの扉はこの摩訶不思議なお店【お食事処ー猫の憩い場ー】への入口なのである。
人間サイズに丸く造られた縦長の建物で、まるで木の中にいるよう。にゃあにゃあ至る所に猫がおり、壁に埋め込まれた本棚には歴史ある魔法書から誰もが知る絵本があったりと多種多様。螺旋状の階段があり、超高層で天井がまるで見えない。そして、バラバラに椅子や机が置かれておりちらほらと人が見える。彼等からの視線を無視しながら、猫さんの案内のもと転移陣を利用して中間層まで上がった。
「アチラデス!ゴチュウモンオキマリニナリマシタライツモノヨウニオネガイシマス!!」
「はーい」
うわーん!可愛い!!抱きしめたい!!
去っていく後ろ姿を見送る。こんな可愛い人畜無害な顔をしているが、彼等は妖精に属する種族らしくめためたに強いのだ。かなり前にいちゃもんを付けていたおじさんを問答無用で燃やして、追い出してる姿を目にしたことがある。見た目で判断しては駄目ってことだね。
可愛い姿を目に焼き付けていると呆れたような溜息が耳に入る。
「…また来たのか?君の家はよっぽどお転婆娘を信頼してるんだね。お前みたいなの僕なら一時も目を離さないが──…あぁ、それとも力の無い女を見失うほど、今日の付人は間抜けだった?」
ううん…いつもと変わらない嫌味だ……。
本棚の近くに置かれた椅子に腰を下ろした男。青白い肌に襟足までの闇に溶けるような濡れ羽色の髪、キリッとした鋭い血のように赤い瞳。その顔立ちは、恐ろしいほど整っておりジッと見ていると引き込まれて、絡めとられてしまう気がする。
仕立てのいいスーツを身に付け、長い足を組み、気だるげに片手で本を読んでいる姿はどこか威圧感があり、容易に話しかけられない雰囲気。エリオ兄様とベルシュとは違ったタイプのイケメンだ。
「そういうアミュレアは、今日も変わらずここに居るのね。お仕事は?」
「お前に関係無い」
「えー?そろそろアミュレアのこと教えてくれてもいいじゃん!もう長い付き合いなんだし!」
「──長い…?一方的にお前が絡んでくるだけだろう。あの猫共もなんで僕の所に案内するんだか」
「…」
パタンと本を閉じたアミュレアが、こちらを見つめてくる。赤い瞳が私を射抜くようで、口を閉ざしてしまう。
アミュレア。
甘いものが嫌いで、コーヒー好き。それ以外は何も知らない。アミュレアという名前も本名なのかすら怪しい。
ここに来るたび必ず会う嫌味をよく言う不思議な人。それでも、他の男から守る為か決して突き放さない優しさを持ってる。
私の周りには女性を大切にする紳士的な人しかいなかった為、女の私を適当に扱う彼の存在は中々新鮮である。
「お前の行動を婚約者共が知ったらショックのあまり失神するだろうね。そろそろ、その平和ボケ直した方が良いんじゃ無いのかい?」
「う゛…それは…分かってるよ……」
「分かってたら来ないだろうに……ここの猫共は何故かお前をいたく気に入ってるから五体満足で居られるんだ。……お前、間違っても知らない奴等に付いていくなよ。攫われて奴隷にでもされるぞ」
「…心配してくれてるの?」
「馬鹿か?お前になにかあったらあの猫共は僕に責任の所在を追及してくるだろうさ。そうなったら面倒なことこの上ない。お前は僕の為に死んでも身の安全を守れ」
「あ、はい…」
もう二年の付き合いだというのに、未だに距離が縮まらないのはなんでだろう……。私は彼のことを良き友人だと思っているけど、彼はそんなこと一切思って無さそう。最初はあんなにもにこやかで、優しかったのに……。まあ、無視されず渋々ながらも会話に付き合ってくれるので、嫌われては無いのだろうけど。
「それで?」
「え?」
「暫くは来られないと言っていただろう。何かあったのかい?」
ジッとこちらを見てくるアミュレアについ笑みを漏らす。分かりにくいが、心配してくれているのだろう。意外と優しいところがある男だが、これを指摘すると怒るので何も言わず首を振る。
「ううん、偶々空き時間が出来たからアミュレアに会いたくて来ちゃったんだ」
「……そう」
視線を逸らしたアミュレアがまた本を開く。もうこれ以上は、会話をしないという無言の意思表示。まあ、しつこく話しかけたら答えてくれるが機嫌を損ねると面倒なので、私も彼の向いの席に座る。そして慣れたように、机の上に置かれた置物猫へ「今日のおすすめケーキと紅茶お願いします」と注文をしたのだった。
兄様たちにも話していないこの場所。
そんなつもりも、そんな雰囲気も無いけどなんだか浮気しているようで罪悪感が沸く。でも、きっとバレたら二度とここに来られないだろうから、話すことが出来ないでいる。
だってこの空間、雰囲気もそうだけど猫さん達がたくさんいるのが最大の癒しなんだもの!しかもおしゃべりが出来る超超々可愛い猫さんたち!
他の男性客も多くいる女性にとっては危険な場所だろうけど、アミュレアが言ってたみたいに、超つよつよな猫さん達が不躾な男は近づけないよう守ってくれているし、唯一ここで話す彼も女だからと無駄な気遣いはしてこないから落ち着くのだ。
兄様やベルシュ、お父様達のことは大好きで愛してしてるけど時たま一人になって、誰も私のことを知らない所に行きたくなる……あれ?もしやこれって思春期のアレなのかな?そういうお年頃ってやつ?
自分の心境の発見に、鼻を摘ままれた表情をしているとアミュレアがこちらに顔を向けてくる。
「…ねえ、その不細工な顔止めてくれる?」
「ぶっ──!?」
この傾国美女に向かってなんて言い草だ!イケメンだからって言って良いことと悪いことがあるぞ!!
はんっと鼻で笑うアミュレアをむむむっと睨みつけて、机に額を押し付け溜息を吐く。
でも流石にこのまま黙っているのは良くないことだろう。一人で、ここに来てるのもお父様が知ったら心臓止まっちゃいそうなほど、ショックを受けるだろうし……。お説教確定だろうけど、これ以上黙ってるのは婚約者に家族に不誠実だ。そろそろ潮時なのだろうな…。
青筋を立てて、にっこりと笑顔を浮かべるエリオ兄様を想像したら寒気がした。普段優しい人が怒ったら絶対怖いよね……。




