シェリルと美しい男
茶会場から離れた公爵家自慢の庭園。
私はベルシュ様に手を引かれながら、彼の後を追いかけていた。
「あのぉ~……」
「んー?どうかした?」
「……大丈夫なんですかね?エリオ兄様に怒られちゃうんじゃ……」
三人で和やか(?)なお茶会中、急遽お父様に呼び出されたエリオ兄様。後ろ髪を引かれながらも屋敷の中へ入っていく彼を見送った私たちだったが……。兄様が見えなくなった途端に突然、ベルシュ様が動き出したのだ。
お客様兼婚約者候補である彼を止めることは不可能。セドール含めた使用人たちの静止の声を無視したベルシュ様は、私を横抱きにすると瞬く間にその場から移動した。その速さはジェットコースターみたいで、目が点になるのも仕方ないだろう。
わあ、なんて小さな声を上げた頃にはもう周りには誰も居らず、花々が咲き誇る見事な庭園の一角の地に足をつけていたのである。
「気にしない気にしな~い!シェリちゃんにはあいつも怒らないだろうし、俺もエリオットに怒られたところで痛くも痒くもないもん」
「ええ……?」
「だってエリオット居たんじゃまともに話出来ねーじゃん。だからさ、少しだけでいいから二人でいよ?ね?」
春の女神かな……?
風に髪を靡かせて笑うベルシュ様は本当に麗しく優美で───……まるで化かされたように、無意識にコクリと頷いてしまっていた。
「……ちょ、ちょっとだけですからね!みんな心配しちゃうので!」
「わーい!ありがとうシェリちゃん!」
か…顔が良い……!!
オーブアの血を受け継ぐ人は皆、顔面偏差値飛び抜けてるのか?前世脳で見たら確実にイケメンだろうカルアも、彼らを前にすると霞むのだからもうとんでもないよね。最早彼らは人では無いのかも知れない……。
「ねえ」
赤、黄、青、ピンク、白、オレンジ──色とりどりのお花を見ていると、ベルシュ様が徐に口を開く。そして続けて「シェリちゃんはエリオットのこと好き?」と唐突に、質問を投げ掛けてきた。
そのとき、ふわりと頬を撫でる風が冷たく感じた。彼の射抜くような真剣な瞳に困惑しながらも、私は迷うこと無く頷く。
「もちろんです。エリオ兄様は優しくて素敵な自慢の婚約者で───それはもう言葉で言い表せられないくらい大好きです」
「…そう」
「?」
「──そうなんだね、そんなに好きか…。あははっ、そっかぁ~……」
「えぇっと、……?ベルシュ様……?」
春の女神ご乱心のよう。
セドール…もしかしてベルシュ様の飲み物に変な薬でも入れた……?
頭の上で、高笑いをしているお爺ちゃんが思い浮かぶ。
「んふふ、そっかそっか……二人は相思相愛なんだね」
優しい笑みを浮かべて私を見下ろしてくるベルシュ様。その表情は、誰が見ても分かるぐらい心の底から嬉しそう。
うーん、彼なりにエリオ兄様のことを心配していたのかな?従兄弟だし、変な女子ならぬ幼女に騙されてないかとか?それにしては、好きかどうかの質問も変だけど……。
「えいっ」
「うにゅ!?」
突然ベルシュ様の両手が私の頬を挟んできた。顔が潰れて唇が突き出され───私の顔、今凄いぶっさいくだ……。
「うわっシェリちゃん超可愛い」
「ふぁふゃふぃふふぁい!!ふぁふぃふぅふふぉ!!ふぁふぁふぃふえ!!!」
「ほっぺぷにぷに~…はぁ癒される~」
「ふぅ゛ううう゛!!!」
「はははっ、それ威嚇?マジで可愛いな!」
可笑しそうに笑うベルシュ様を睨みつけるもまるで効いてない…。
手をペシペシと叩いて抗議を表す。
「ダーリンごめんね?そんなに拗ねないで?」
終いにはそう言って、髪を優しく撫でながら甘えるように頬に口づけをしてくる始末。私を見る目は、それはもうあっつい熱が篭っていて「あれ、私たち付き合ってたっけ?」と思わず勘違いしてしまいそうになる。うぅんこの男恐ろしい……。わたし幼女なのに……。
「エリオットはもちろん、叔父上──オーブア家にはいろいろと世話になってるからね。…幼い頃から知ってる分、あいつが義妹だとしても会ったことも無い女にご執心ってのがあり得なくて、ずっと気掛かりでさ」
微笑むベルシュ様に目をぱちくりさせる。そして彼の手がそっと私の頬を撫でた。
「……前から君の話を聞いてたけど、そりゃもう夢物語かよって言うぐらい眉唾物の話ばかりでさ。だから騙されてるんじゃ無いかって」
「わっ」
ふわりと抱き上げられて、眩い顔面が至近距離に近づいた。染み一つ無い透き通る綺麗な白肌とバサバサの髪と同じ色の睫毛、静寂な翡翠眼に艶のあるローズピンクの髪。ふんわりと香る優しい匂い。間近に全てを感じて、かあっと顔を茹蛸にする。ベルシュ様はそんな私を見て、目を細めた。
「でも……ホントだった。試しに雑に対応しても怒んないし、態とあれだけ顔合わせの場を濁したのにも文句一つ言わない。エリオットを煽って怒らせたのに、機嫌を損ねるどころか必死に仲裁をしようとする。無理矢理連れ出しても、こうして素直に付き従う───」
真っ赤な顔から一転。びっくりして目を引ん剝きながら、じろじろとベルシュ様を見る。あれ全部私の試し行動だったの……!?全ッ然気付かないかった!ただのおちゃらけた人なんだと思ってたよ!!
「それに───……」
それに?
じーっとこちらを見てくるベルシュ様に首を傾げる。
「いや、何でも無い……所詮噂話は噂話。ルラッグ嬢の噂話は全て偽りのものだってことだ」
「噂話?私の?」
「そ。まああんなの、暇な女が妬みと僻みで話してるだけだから気にしなくていいさ」
それってどんな噂話?凄く気になります……。と期待を込めて、教えてくれ攻撃をするが───「あんな下品な奴等の会話、君の可愛い耳に入れる価値すら無い」と笑顔で吐き捨てるので、口籠ってしまう。なるほど、それはもう根も葉もない悪い噂ということですね。
「シェリちゃんごめんね」
「え?」
「騙すような真似をして……不快だったろ?」
瞳を揺らして眉を下げる目の前の男に、場違いにも見惚れてしまう。その儚さは、人を惹きつける一枚の絵画のように美麗で、心打たれるものがあった。エリオ兄様に鍛えられた目で無ければ今頃鼻血を吹いて倒れていただろう。私、成長してるよ……!思わぬところでそれが確認出来てしまった!
「───シェリちゃん?」
「っは」
一瞬別の方に意識飛んでた…!!
こほんと誤魔化すように咳をする。
「いやいや!全然不快じゃ無かったです!!むしろ、気軽に来てくださったので、こちらも緊張せずにベルシュ様とお話することが出来ましたし!」
「そう?怒ってない?」
「ふふ、怒ってませんよ。逆にありがたかったです」
「ありがたい?」
不思議そうに私の目を見るベルシュ様に視線を投げ返す。
「……婚約をするのなら、結婚をして最後まで添い遂げることが出来るような人を選びたいと思っています。辛いときも苦しいときも楽しいときも…幸せなときだって、お互い心から想い合える関係性を築ける人が良い───私は女性なので、複数の夫を迎えることになりますが、それでも一人一人と向き合って夫を、婚約者を愛したいんです」
「…」
「そう言った点を踏まえると、初めから素を見せてくれたベルシュ様は凄く信頼できま……あっ、これ求婚とかじゃ無いですからね!?意見ですから!!婚約者になれとかの命令でも無いし気にしないでください!」
目を見開いてこちらを見てくるベルシュ様に焦る。ちょっと今のはグレーゾーン過ぎたか?普通の令嬢が婚約申込するのとは違って、私の身分は公爵家なのだ。王族以外、望まれたら権力的に断れないだろう。
それに、そもそもベルシュ様は婚約者候補として来てるのだ。今ここで私が求婚してしまうと彼は否が応でもそれを受け入れないといけなくなる。流石に、ベルシュ様の意見を無視して婚約する程私の神経は図太くないのだ。
「シェリちゃんって……」
「はい?」
「ほんっと変わってるよねぇ……」
………お互い様では?
ムッと口を開こうとしたが……言葉は出てこず、代わりに息を飲む。
先程までの表情は偽りだったのでは───?と思うほどの、燦たる満面の笑み。
ほんのりと目の下をピンク色に染めて、周囲の雰囲気を華々しく支配している。どこか年相応にも見えるその笑顔に目が奪われて離せない。晴れ渡る太陽が彼を照らして、その美しさを全面に押し上げたその様は壮麗の一言に尽きた。
ザアアっと風が吹く。
流れるローズピンクの髪が華麗に踊っている。
頬に当たるその風は酷く暖かく、心地よかった───。
いつも誤字脱字の報告ありがとうございます。かなり助かってます!
また、お気に入り登録評価すごくすごく嬉しいです!!
皆様の期待に応えられるよう頑張りますので、引き続きよろしくお願いします!!




