表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/16

夢の続きと、初撮影

朝でも夜でもない、曖昧な帳場の空気は、いつもより重かった。


女将は帳簿を開き、薄く息を吐く。


「……不満が上がってるよ。

 影だけ見て帰る客が増えてね。

 “中は普通だった”ってさ」


怒ってるわけじゃない。

ただ、影が街に起こした歪みを、肌が覚えている。


アキトは黙って聞いていた。



「で、あんた。

 昨日の“飯番”、どうなったんだい」


「……え?」


「え? じゃないよ。

 厨房の残り物で何とかしてって言ったろ」


「……あ、ああ」


昨日仕込んだものを思い浮かべる。

今日も似たような残り物──固いパン、冷えた煮汁、よれた野菜。


火を落とすと、湯気が細く立ち、

匂いが静かに広がる。


(……味は悪くない。

 けど……これじゃ体の“線”は作れない)


(……もう少しだけ……脂と蛋白がいる)


「なんで自分の分だけ作ってんのさ。

 飯番って言ったら全員分だよ」


厨房を覗いた女将に言われ、

女将、セラ、ミア、自分、

ついでに“誰か来たとき用”にもう一人分も作る。



「いやぁ、本当にうまいねぇ。

 あんた、こんなところ抜けて飯屋で働いた方がいいんじゃないか」


女将は笑いながら飯を食べ、

アキトの前に銀貨を置く。


「それはそうと、これは昨日の分。

 あんたの影の稼ぎだよ」


アキトは銀貨を見つめ──

そのまま押し戻した。


「返します。

 今日、この金で……ひとり、買わせてください」


「……誰をだい」


「今日の客、ひとりです」


「どういう意味だい?」


「夢の続きをしらないと、夢も作れないでしょう」


「粋言い方だね、で、女はどうするんだい」


そう聞かれた瞬間、帳場の扉が勢いよく開いた。



「呼んだぁ!?」


赤毛の女が飛び込んでくる。

笑い声がうるさいほど明るい。


「わたし、アリイ!

 影だけじゃ物足りないからさ!

 “ちゃんと見られるやつ”もやりたいの!」


「というわけで、男をひとり分買います」


アキトが言うと、

ミアの影が胸の位置でわずかに揺れた。


それは嫉妬ではなく、

“理解できないものが現れたときの揺れ”。


アキトは静かにアリイへ言う。


「アリイ。

 本当に見られたいんだよな。

 なら……俺に、本番を見せてくれ」


「きゃ〜! 本気!? もちろん! もちろん!」


女将は目頭を押さえた。


「……好きにしな。

 ただしミアを泣かせるんじゃないよ。それと、あんたが作った残りの一人分の飯その後にちゃんとあげんだよ」


「ああ、ありがとう」



アキトは部屋にカメラだけ置く。

部屋には入らない。


(この世界に肖像権はまだないはず……

 すまない知らない男。

 君の息子がどんな状態でも俺は笑わない。

 これは商売で……学問なんだ……)


ひとり脳内で土下座しつつ扉を閉め、

外でミアと並ぶ。


「アキトさん……何を考えてるんですか」


ミアは小さく言う。


「私、本番なら……アキトさんに……その……」


「いやミア、そうだけど……

 ミアは客前にもう出られないだろ。

 女将と約束したし。

 それに……俺は無理だ」


2人の空気が、むしろ気まずく沈む。


そのとき──

中から布ずれと笑い声が漏れた。


ミアは胸元を押さえ、

影が細く震えた。



しばらくして男が先に出て来て、


「いやー! 気持ちよかった!」


とだけ言い残して去る。


続いてアリイが出てくる。


「でさぁ、どうするの!? 撮れた!?」


アキトはカメラを止めに部屋へ入り、

荒れていないベッドを見て──

(……可能性あるな)

とだけ思う。



カメラで撮った映像を見る。


「……人の……こういうの……

 余計に……恥ずかしいですね……」


ミアが頬を押さえた。


「一般的だよ。

 俺の世界では、な」


「え、私こんな感じなの?

 もっと……なんかこう……エロいと思ってたのに」


「思ってるのと映るのが違うのは普通だよ」


アキトは映像を止める。


(……やっぱり、“線”の中身が必要だ)


(……揺れだけじゃ……足りない)


(……濡れ。

 声。

 触れた音。

 扱う仕組み……)


(……まずは……風呂と……ローションだ)


「ミア。

 いまのやり取り……普通だと思うか?」


「はい。普通だと思います。

 ただ……アリイちゃん、笑いすぎですけど」


「だってさぁ!

 なかなか入んないから笑っちゃったんだよ!」


(……やっぱりローション……だな)



「ミア、まだ夜は長い。

 影広告……やれるか」


「はい。任せてください」


「えー、私は?」


「アリイは待機。

 動きうるさいし笑いすぎ。

 まずミアを見て学べ」


「はーー!? なにそれ!」


ミアはわずかにうつむき──

その頬にほんのり艶が乗った。


「……アキトさん。

 わたし……もっと綺麗に……できます」


その声に、

アキトはただ静かに頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ