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沈むところと、落ちた瞬間

夕暮れが沈む。

 通りの空気は薄く、風さえ眠っていた。


 娼館の前。

 薄布の向こうに──ミアが立つ。


 息を潜めたような静けさ。

 音がひとつも落ちない。


「……ここで、いいんですね……?」


 ミアの声は布に触れ、すぐに消えた。


 アキトは答えず、光源をひとつだけ踏み直した。

 角度がわずかに変わる。


 それだけで、

 ミアの影の“胸下の沈み”がふっと深くなる。


(……そう……その重み……)



 ミアは何もしていない。

 ただ立っているだけ。


 けれど、

 背筋がほんの少し伸びた瞬間──


 胸の下の影が“丸く落ちた”。


 露出はない。

 形も出ない。


 なのに、男が想像してしまうための

 最低限の“重力”だけが布に沈んでいた。



 足音がひとつ。


 通りを歩いていた男が、影の前で足を止める。

 呼吸だけが乱れている。


 理由も言わない。

 驚きもしない。


 ただ──

 影の胸下の“落ちる線”から視線を動かせない。


 二人目。

 三人目。

 四人目。


 少しずつ、静かな列ができていく。


 誰もしゃべらない。

 でも男たちの喉は揃って上下していた。



「ミア」


 アキトは布に近づき、

 声を落とした。


「息、吸って」


「……はい」


 ミアが少し大きく息を吸う。

 その瞬間──


 胸の“上の影”がわずかに持ち上がり、

 その反動で

 胸下が“ふわり”と揺れた。


 男たちの目が、そこで止まる。


 静かに。

 乱暴に。

 正直に。



 アキトは指先で布をそっと張った。

 ほんの一秒。


 腰の輪郭が、

 細く“結ばれたように”見える。


 ミア本人は知らない。

 ただ立っているだけ。


(……腰から胸下までの“連鎖”……

 これで……完成だ……)



「……ねぇ、これ……なに……?」

 セラが、影を睨むように見つめる。


「影が……揺れた気がしたけど……

 ミア動いてないよな……?」


 完全に理解できてない声。

 それが、この世界の“原始”そのもの。



「ほんとに……なんで……」

 女将は影と男たちを見比べる。


「出てないよね?

 肌も……顔も……」


 手がわずかに震えていた。



 ミアが胸の前で手を揃えた。

 ただ、礼儀作法として。


 だがそれで影の胸下の沈みは、

 さらに深く落ちた。


 男ひとりの喉が、

 コクリ、と鳴った。



 ミアが影の中で、

 そっと口を開く。


 意味も知らない。

 ただ、丁寧な声で。


「……お待ちしております……」


 影の奥で響いたその声は、

 性ではなく、静かな祈りのようだった。


 しかし男たちは、

 腰が前へ寄るように

 無意識に一歩、小さく踏み直した。


 誰も気づかない。

 自分が興奮していることにすら。



 静寂を割るように──

 娼館の扉がゆっくりと開いた。


 ギィ……と軋む音。


 その音だけが、

 男たちの本能に深く落ちた。


 誰も声を出さない。


 ただ、

 一人ひとりが無意識に一歩前へ出た。



「……アキト……

 あんた……何したんだい……」

 女将の声は震えを含む。


 アキトは答えない。

 答える必要はなかった。


 光の角度だけが、

 すべての説明だった。



「ミア。

 ……もう大丈夫だ」


「……はい……」


 影の胸下の重みがほどける。



 その夜、

 客はいつもより“少しだけ深く”財布を開いた。


 誰も理由は言わない。

 誰も気づかない。


 ただ──

 影の前を通ったとき、

 歩幅が一瞬だけ乱れたことを覚えている。


 それだけでよかった。

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