沈むところと、落ちた瞬間
夕暮れが沈む。
通りの空気は薄く、風さえ眠っていた。
娼館の前。
薄布の向こうに──ミアが立つ。
息を潜めたような静けさ。
音がひとつも落ちない。
「……ここで、いいんですね……?」
ミアの声は布に触れ、すぐに消えた。
アキトは答えず、光源をひとつだけ踏み直した。
角度がわずかに変わる。
それだけで、
ミアの影の“胸下の沈み”がふっと深くなる。
(……そう……その重み……)
✦
ミアは何もしていない。
ただ立っているだけ。
けれど、
背筋がほんの少し伸びた瞬間──
胸の下の影が“丸く落ちた”。
露出はない。
形も出ない。
なのに、男が想像してしまうための
最低限の“重力”だけが布に沈んでいた。
✦
足音がひとつ。
通りを歩いていた男が、影の前で足を止める。
呼吸だけが乱れている。
理由も言わない。
驚きもしない。
ただ──
影の胸下の“落ちる線”から視線を動かせない。
二人目。
三人目。
四人目。
少しずつ、静かな列ができていく。
誰もしゃべらない。
でも男たちの喉は揃って上下していた。
✦
「ミア」
アキトは布に近づき、
声を落とした。
「息、吸って」
「……はい」
ミアが少し大きく息を吸う。
その瞬間──
胸の“上の影”がわずかに持ち上がり、
その反動で
胸下が“ふわり”と揺れた。
男たちの目が、そこで止まる。
静かに。
乱暴に。
正直に。
✦
アキトは指先で布をそっと張った。
ほんの一秒。
腰の輪郭が、
細く“結ばれたように”見える。
ミア本人は知らない。
ただ立っているだけ。
(……腰から胸下までの“連鎖”……
これで……完成だ……)
✦
「……ねぇ、これ……なに……?」
セラが、影を睨むように見つめる。
「影が……揺れた気がしたけど……
ミア動いてないよな……?」
完全に理解できてない声。
それが、この世界の“原始”そのもの。
✦
「ほんとに……なんで……」
女将は影と男たちを見比べる。
「出てないよね?
肌も……顔も……」
手がわずかに震えていた。
✦
ミアが胸の前で手を揃えた。
ただ、礼儀作法として。
だがそれで影の胸下の沈みは、
さらに深く落ちた。
男ひとりの喉が、
コクリ、と鳴った。
✦
ミアが影の中で、
そっと口を開く。
意味も知らない。
ただ、丁寧な声で。
✦
「……お待ちしております……」
✦
影の奥で響いたその声は、
性ではなく、静かな祈りのようだった。
しかし男たちは、
腰が前へ寄るように
無意識に一歩、小さく踏み直した。
誰も気づかない。
自分が興奮していることにすら。
✦
静寂を割るように──
娼館の扉がゆっくりと開いた。
ギィ……と軋む音。
その音だけが、
男たちの本能に深く落ちた。
誰も声を出さない。
ただ、
一人ひとりが無意識に一歩前へ出た。
✦
「……アキト……
あんた……何したんだい……」
女将の声は震えを含む。
アキトは答えない。
答える必要はなかった。
光の角度だけが、
すべての説明だった。
✦
「ミア。
……もう大丈夫だ」
「……はい……」
影の胸下の重みがほどける。
✦
その夜、
客はいつもより“少しだけ深く”財布を開いた。
誰も理由は言わない。
誰も気づかない。
ただ──
影の前を通ったとき、
歩幅が一瞬だけ乱れたことを覚えている。
それだけでよかった。




