影と、チートのはじまり
カメラを机に置いて、しばらく黙り込んだ。
(……撮りたい。
本当は今すぐミアを撮りたい。
あの光に包まれた佇まい……
レンズ越しに見たら絶対すごい。)
胸の奥から湧き上がる衝動。
だが同時に、冷静な声が落ちてくる。
(……撮ったあと、どうするんだ?)
映像を撮るだけじゃ意味がない。
見る手段も、売る手段も、この世界には存在しない。
「……DVDも……ない。
ビデオデッキも……編集ソフトも……
全部ないんだよな」
思わず天井を仰ぐ。
(職業モノの“撮影後の流れ”を全部分かってたはずなのに……
その入口すらねえ……)
✦
カメラの電源を入れると、
レンズ奥で光が脈打ち、淡い画面が浮かんだ。
(……ダメ元で)
“DVDの作り方”を思い浮かべる。
──次の瞬間。
【DVDの焼き方】
【光学ディスクの材質】
【パッケージ印刷工場】
【編集ソフトの基本】
動画が画面いっぱいにずらりと並んだ。
「……マジかよ……」
さらに “ローションの原材料” を思う。
【増粘剤の配合】
【精製水の殺菌工程】
また出る。
“純金の精錬” を思う。
【坩堝の扱い方】
【金を抽出する化学反応】
出る。
(……作りたいと思った瞬間、
“作り方動画”が自動で出る……
これ……もうチートなんてもんじゃねえぞ……
産業作れる……国家の形すら変えられる……)
指先が震える。
しかし次の瞬間、現実が頭を殴る。
「……金が、ない」
材料費すらない。
道具も買えない。
設備もない。
(せっかく文明チートを渡されても……
初期資金ゼロじゃ何も作れない……!)
✦
「……アキトさん、少し……いいですか?」
控えめなノック。ミアだ。
そっと入ってきた彼女は、
まるで光をまだ身体にまとっているかのような静けさで立った。
「さっきの光……
本当に、不思議でした。
わたしがそこにいるのに……いないようで……」
「……あれは“映す技術”なんだ。魔法じゃない」
「そうなんですね……」
ミアは距離を保ったままカメラを見つめていた。
触れようとしない。
けれど、視線だけは吸い寄せられている。
その“静けさ”が逆に色気だった。
✦
その時。
風がカーテンを揺らし、薄布がふわりとめくれた。
布に——
ミアの影が映る。
顔は見えない。
ただ輪郭だけ。
けれど──
首のライン、
肩の落ち方、
胸の下の影、
腰のわずかなひねり。
(……なんだこれ……
表情も肌も見えてないのに……
“情報量が多すぎる”……)
職業モノ脳が勝手に動き出す。
(影って……演出になる……
いや、これ……人間を狂わせる類のやつだ……)
無意識に息を呑む。
「アキトさん……?」
「あ、いや……」
言葉が追いつかない。
ただ一つだけ、はっきり分かった。
(……金がなくてもできることが一つだけある)
「ミア」
「……はい」
「その影……
“広告”になるかもしれない」
「広告……?」
「布一枚と光だけで、人の想像を動かせる。
顔も出さない。
身体も見せない。
でも──客は絶対立ち止まる」
ミアは影越しに息を飲んだ。
「わたし……何をすればいいんでしょうか」
「何もしなくていい。
ただ“立つだけ”でいい。
さっきみたいに」
ミアは静かに伏し目がちになり、
影の中でそっと頷いた。
「……アキトさんが光を当ててくれるなら……
わたし、立てます」
✦
帳場に降りると、女将は帳簿をぱたんと閉じた。
「顔見りゃ分かるよ。なんか思いついたんだろ?」
言い方は軽い。
だが目だけは “本気度” を測っている。
「……影を使った広告を作ります。
光の力で店の前に像を映せば──」
「客寄せかい?」
女将は椅子に寄りかかりながら聞いた。
「はい。でも……ミアは出しません。
影だけ。顔も体も見えないように」
「……ふうん」
女将は少しだけ目を細めた。
「影なら、客に触られないし、値踏みされない。
それは、あの子には……悪くない話だね」
言葉の“間”に、
この世界の厳しさと情が混ざる。
「ただし」指を一本立てる。
「あんた、本当に金ないだろ?」
「……まぁ」
「材料代は貸さないよ。
でも売り上げに繋がるって言うなら……勝手にやりな。
成功したらちょっとは評価してやる」
「ありがとうございます」
「礼なんかいいさ。
……やりたい顔してるよ、あんた」
そのひと言には、
この世界で生きてきた大人の温度があった。




