光と、女と、カメラと
娼館に戻ると、階段のところでセラが立ち止まった。
「……ミア、ずっと落ち着いてなかったよ。
入ってあげて。私はここで見張る」
その声音には、剣士らしい強さの奥に、微かな気遣いがあった。
俺は小さく頷き、扉を開いた。
✦
「……アキトさん?」
薄暗い部屋の奥でミアが立ち上がりかけて固まった。
怯えてはいない。
ただ──張り詰めた糸のように静かだ。
「戻ったよ。ほら、これ」
カメラを見せると、ミアのまつ毛が微かに揺れた。
「その箱……
アキトさんが、わたしを見つけてくれた時も……持ってましたよね」
「よく覚えてるな」
「……忘れません。昨日のことは」
「見せたいものがある。こっちに」
俺は映写ボタンを押す。
薄い光が立ち上がり、
壁に像がふわりと浮かび上がった。
「…………え?」
ミアは息を呑んだまま、吸い寄せられるように一歩踏み出した。
「これ……魔法……?
こんなの……」
光に手を伸ばすが、すり抜ける。
「触れないのに……
“わたし”が、そこに……」
映像が揺れ、昨日の森で怯えるミアの影が浮かぶ。
「……わたし……ここにいないのに……
影だけが……昨日みたいに動いて……
これ……どうして……?」
「光が拾ってるんだ。
形とか、動きとか……そのときの“証拠”みたいなものを」
「拾う……?」
ミアの指先が光と影の境界をなぞる。
光が肌に乗り、輪郭が淡く浮かぶ。
──その一瞬。
俺は息を飲んだ。
(……光の入り方……輪郭の拾われ方……
構図が……完成してる……)
ミアは背筋を伸ばしたまま、光の中心に歩いてきた。
「じゃあ……」
その横顔が、光の角度でまるで作り物みたいに映える。
(……やばい……
“画になる立ち方”を自然にやってる……
こんなの……素材強すぎるだろ……)
「わたしが“こう在りたい”と思う姿も……
光は拾ってくれるんですか?」
「……拾うよ」
ミアは髪を耳にかけ、ほんの少しだけ顎を上げた。
それだけで影が美しく落ちる。
(……照明なしでこの立体感……?
露出はゼロなのに、
光の角度で胸の“下の影”だけがくっきり出る。
形が分かるようで分からない、
その境界がいちばん人間を狂わせる……
何も見えてないのに、全部分かる気がする…………)
「アキトさん」
光の中心。
まっすぐ俺を見る瞳。
「もう一度……
わたしを写してください」
その声には震えはなく、芯が通っていた。
胸が熱くなる。
映像としての欲求がこみあげる。
「……ミア。
俺に──撮らせてほしい」
ミアの瞳がわずかに潤む。
光がその涙を拾って細い輝きになった。
「……はい」
✦
──コン、コン。
空気を割るようにノック。
「ミア、入るよ」
女将の声だ。
✦
「まず言っとくよ、アキト」
女将は腕を組み、俺に向かって歩み寄った。
「ミアはもう客には出せない。
攫われた子を客前に立たせるのは、この国じゃ無理なんだ」
「分かってます。無理はさせません」
「で、あんたはどうするつもりだい?」
ミアが光の残る指でそっと俺の袖を掴む。
怯えではなく、
“覚悟を共有したい”という触れ方。
「……ミアを“身請け”するには、どれくらい必要ですか?」
ミアが息を止める。
「ほう……本気だねぇ」
女将は帳簿をめくりながら言う。
「金貨だよ。何枚も。
あの子は腕が良かった。
簡単に出せる額じゃない」
「分かりました」
「……その光の道具が本物なら……稼げるだろうね」
ミアは光の中で俺を見つめる。
「……アキトさん……」
「ミア。
あんたがどうしたいかだよ。
自分で決めな」
女将にそう言われると、
ミアは姿勢を崩さぬまま、ゆっくり口を開いた。
「……わたし……
アキトさんが、この光で何を作るのか……
見てみたいです」
女将は短く鼻を鳴らした。
「ふん……あんた、変わったね。
でも目はいいよ」
✦
女将が扉を閉め、ふたりだけになる。
映写の光が揺れる中、
俺はミアに近づき──
伸ばしかけた手を、自分の拳ごと握り込んだ。
(……そうか。
魅せる文化は、この子の“光”から始まるんだ。
そして――俺は辿り着く。
“職業モノで立つ”その日まで)




