光と影と、チープなアニメーション
娼館の奥の部屋は、さっきまでの湿った空気を引きずっていたが──
それ以上に、部屋全体が“次に起こるもの”を待っているようなざわめきを帯びていた。
アキトは炭の絵板を見つめながら、セラの帰りを待っていた。
◆
「連れてきたぞ!」
セラが扉を開けると、
紙屋の店主──小柄で、腕だけ太い職人肌の男が汗を拭いながら入ってきた。
「……上質紙が欲しいって聞こえたからよ。こんな急ぎの依頼、何年ぶりだ……?」
アキトは頷き、少女の描いた板を見せた。
「これを、“紙”で再現したい。光を通す紙が欲しい」
紙屋の男は目を細め、何枚かを手に取り、光に透かした。
「……おいおい……この線……正確すぎるぞ……
板じゃなく紙で描いたら……影がもっと綺麗に出る……」
横で店主(さっきわからされた方)が腕を組んで言う。
「ほら見な。だから言ったろ?
一番わかりやすいのは“絵”なんだよ。
この子の線なら、誰でも真似できる」
少女は無言のまま、次の板を描いていた。
アキトが指示した“猫がネズミを追いかける連続絵”だ。
線は無駄がなく、正確で、そして不思議なほど温度を持っていた。
◆
「よし、準備できる。始めるぞ」
アキトは衣の内ポケットから カメラ を取り出す。
それを見た紙屋が首を傾げた。
「……それ、魔道具かい?」
「いや、俺の世界の道具だ。
本来は影じゃなく“像”を記録するためのものだが……
今日は“光源”として使う」
女店主が鼻で笑った。
「やっぱりあんた、変な奴だね。
ま、その光ならいけるさ。
……発光魔法の連中に頼むより、ずっと信用できるよ」
ミアが補足するように言う。
「カメラの光は方向性が安定しているので、影の形も整います」
紙屋が目を丸くした。
「影に……形ができる……?」
アキトは、紙屋が持ってきた薄紙を並べ、
少女の板絵をその後ろに置き、カメラの光を当てた。
そして──
影が動いた。
猫の影がネズミを追いかける。
紙越しの光が揺れ、影が生きているように見えた。
ほんの数枚の連続絵。
だが、この世界の誰も見たことのない“動き”だった。
娼館の女の子たちが口を押さえ、
女店主は息を呑み、
セラは瞳を細め、
ミアは思わず前に出て観察し、
アリイは目を輝かせて跳ねる。
そして──紙屋は、手を震わせながら、涙をぽとりと落とした。
「……なんだよ……
紙が……こんな未来を持ってたなんて……
俺は……ただの拭き物や書き損じの紙しか作れないと……
ずっと……思ってたのに……!」
女店主も震えながら言う。
「……これが……“説明”なのかい……
影だけで……全部伝わっちまう……
動きが……気持ちまで運んでく……
あんた、本当に……影を操る男なんだね……」
アキトはカメラを下ろしながら言った。
「これが俺の“わからせ”だ。
言葉より、声より、手より──
影で伝える」
部屋の中が熱を帯びていく。
紙屋が震える声で言う。
「俺……紙を全部提供する……!
これが紙の未来なら……俺もそこにいたい!」
セラが紙屋を解き、肩を叩く。
「お前も今日から仕事が増えるぞ。覚悟しろ」
ミアは薄紙の特性を調べ始め、
アリイはローティスを手に「実演いる?」と笑い、
娼館勢は客を呼びに走る。
全員が動き始めた。
そしてアキトは、連続絵を描き終わった少女の前に歩み寄る。
「……なぁ」
少女は顔を上げる。
影の光を受けて、黒い瞳がわずかに揺れた。
「お前──
俺がパトロンになるって言ったら……嫌か?」
少女は息を飲み、
ほんの一瞬だけ震え、
そして静かに──しかしはっきりと言った。
「……嫌じゃない。
働かせて……ください」
アキトは微笑む。
「名前は?」
少女は炭で汚れた手を胸に当てて言った。
「……ルクス。
光を……描く者です」
アキトは手を差し出す。
「じゃあ行くぞ、ルクス。
今日からお前も、“文化を作る側”だ」
光と影が部屋を満たした。
裏通りで、初めて“動く影”が 産声を上げた 瞬間だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この作品は「エロとの戦い」がテーマなので、感想やブクマ・評価を書きづらいかもしれません。
ですが、「気軽に一言だけ」——それでもいいので、反応をいただけると、とても励みになります。
みなさんの一押しが、次話を書くエネルギーになります。
どうぞよろしくお願いします。




