嘘のない線と、板は架け橋
娼館の奥の部屋は、まだ湿った空気を抱えていた。
アリイに“わからされた”女店主は、椅子にも腰を下ろせず、
柱に手をつきながらアキトを見上げる。
「……で? あんた、何の相談だい……?
まだ……頭が……ふわふわしてんだけど……」
アキトはローティスの瓶を置き、真顔で言った。
「ローティスと鼻紙を、この裏通りにもっと広めたい。
そのための方法を探してる」
店主は鼻で笑った。
「無理だよ。あんたの店みたいに“影の動き”が分かる女なんて、そういない。私だって再現できてない」
「……動きじゃなくても伝わる方法を探してる」
「だからさ、それだよ」
店主は指をピン、と立てた。
「娼館で広めたかったら──“絵”で説明できなきゃ無理」
アキトは目を細めた。
「絵?」
「そう。見りゃ分かるもんじゃなきゃ誰も再現できない。
うちにもいるよ。“とびきりの腕を持ってる子”がね」
店主は顎で奥を指した。
そこに、煤まみれの少女がしゃがんでいた。
まだ十代に見える。両手は炭で黒い。
その周囲には、木の板が散らばっている。
店主が言う。
「ほら、ちょっと描いて見せな」
少女は黙って炭を握り、
先ほどの“びしょ濡れになった店主の姿”を
板の上にさらさらと描き始めた。
線は揺れない。
影の落ち方まで一致している。
濡れて重くなった布の“重心”までもが正確だ。
アキトは思わず息を呑んだ。
(……正確すぎる……プロのデッサンそのものだ……)
店主は苦笑する。
「この子ね、腕は一級品なのに、貴族には買われなかったのさ」
「……なぜだ」
少女が短く答えた。
「……“綺麗に嘘をつけ”って言われた。
わたしには……無理だった」
店主が補足するように言う。
「正確すぎるんだよ、この子の絵は。
芸術ってのは、パトロンが『綺麗だ』って言う形に寄せるもんだろ?
この子はありのまんま描く。だから売れない。私もこんな風になってたなんて知りたくないしね」
少女は板を差し出した。
店主が真っ赤になって目をそらす。
アキトは板を受け取り、
ふと、これが“紙”だったなら──と想像しながら
光のほうへ傾けてみた。
板の凹凸に沿って、
少女の正確すぎる線が淡い影を作る。
その瞬間。
ガチッ、と脳内で歯車が噛み合った。
(……この正確な線を“紙”に描いて光で映せば──
影そのものをどこへでも再現できる……!)
(影広告 × 絵 × 光……
これはもう俺の世界の“スライドショー”だ)
「……いける」
「何がだい?」
アキトは板を見つめたまま言う。
「ローティスを売るプレゼンを書ける。
娼館でも、酒場でも、旅人宿でも──
どこでも“同じ影”を見せられる」
店主が目を見開く。
「そんな芸当が?」
「できる。
この子の“線”があれば。
あとは光が通るちょうどいい紙があるはずだ」
アキトは振り返り、セラに言った。
「セラ。鼻紙の店主に伝えてこい」
「何を?」
「“もっと上質な紙を用意してほしい。
それと、もし紙の未来に興味があるなら、ここへ来い”と」
セラはわずかに笑った。
「紙の未来、ね。……嫌いじゃないよ、そういう言葉」
そう言って走っていく。
少女はアキトを見つめ、
店主はまだ足が震えている。
部屋の空気は、
今までとは違う“熱”を帯び始めていた。
アリイが遅れて顔を出す。
「ねぇアキト〜
次はどこわからせに行くの〜?」
「違う。今日は“わからせ”じゃない」
アキトは板を掲げた。
「今日は……“売り方”を作る日だ」
裏通りで、
“文化のアップデート”が静かに始まろうとしていた。
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