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鼻紙の山の麓と、水たまり

ギルドを出たあと、

アキトたちは街の外れにある細い路地へ向かっていた。


許可証を手にしたアキトの歩幅は、

いつもより一段大きい。


ミアはその横を歩きながら、

アキトの横顔を一度見てから問いかける。


「……アキトさん。

 どこへ向かうんですか?」


アキトは短く答えた。


「決まってる。

 “売る場所”を見極めるためだ」


ミアは「売る」という言葉だけを反芻するように目を伏せ、

一拍置いてから、小さく頷く。


「……そういう場所……

 この街には、たくさんありますね」


彼女の声は淡々とした事実の確認で、

不安ではない。


セラが続けるように言う。


「裏通りに行くつもりだろ。

 商売の初手としては筋が通ってる」


アリイだけが楽しそうにスキップする。


「アタシ、もう準備万端!

 誰でもわからせてくるよ♡

 男でも女でも両方でも!」


アキトは額に手を当てた。


「勝手なことはするな。

 ……必要になったら、な」


「絶対なるよ♡」


アリイは迷いなく言う。


ミアはそのやり取りを聞き、

ほんのわずかだけ笑った。


「……“必要”の意味、

 この街では……深いですね」


アキトは僅かに振り返る。


「深いか?」


「はい。

 “説明して伝わらないこと”が多い街なので……

 触って理解することのほうが……

 早いこともありますから」


その一言で、

ミアがアリイを否定しているわけでも肯定しているわけでもなく、

ただ“街の構造を正確に言語化している”と分かる。


アキトは頷いた。


「なら……証明してやるだけだ。ただ最後まではなしだ」


「えー、手だけってこと? 」


「アリイなら十分だろ」


「えへへ」


影と欲が混ざる“裏通り”に今、新しい欲と影が一歩を踏み入れた。





少し路地を抜けた先で、

アキトは見覚えのある“影の形”に足を止めた。


娼館の外壁に映る影。

だが──


「……角度が違う」


影の“揺れ”がまるで分かっていない。


アキトはゆっくり歩み寄り、店の若い娼婦たちがぎこちなく影絵を作ろうとしているのを見た。


「その角度じゃ、客は気づかない!

 もっと腰をこう──」


と口を出した瞬間。


背後から太い腕がアキトを羽交い締めにした。


「おい。手ぇ出すな。

 ……セラじゃねぇか、影の店の連中か。お前ら」


ミアもセラも構えるが、

相手は岩みたいな用心棒。


その男は乱暴ではないが、顔を寄せてくる。


「影の店なら、悪くはしねぇよ。

 ひとつ──俺たちに誠意だ。“夢”見せてみろ」


アリイが小さく手を挙げた。


「アキト〜、必要になったっぽい?」


「……ああ。誠意というか、お前のせい、し、になると思うけどな。暴れすぎるなよ、アリイ」


「はーい♡」


用心棒は彼女を見下ろす。


「おいちび。できんのか?」


アリイはにっこり笑って、


「できるよ♡」


と答え、そのまま男の手を取って路地裏へ消えた。


ミアがアキトに小声で言う。


「……さっき、暴走するなって言ってませんでした?」


セラは肩をすくめる。


「あ、俺か。すまない、広告の腰の角度がどうしても納得できなくて」



一分後。


アリイが戻ってきた。


「ただいま〜」


用心棒は壁にもたれて座り込んでいた。

魂が抜けたような顔で。


アリイは鼻紙をひらひらと掲げながら言う。


「これローティス使う意味なかったかも!

 手だけで十分だった〜。

 でも鼻紙は最高!

 男の人って三枚くらい必要なんだね〜、でも女の人は匂いしないけど男の人は匂いきついかもー」


ミアが使われた鼻紙を嗅いで淡々と解説する。


「……干してないタオルを濃縮したような匂いですね」


セラが慌てる。


「やめてやれ! 用心棒泣くだろ!」


アキトは額を押さえながら、

用心棒に歩み寄った。


「……大丈夫か?」


男は震えながら言う。


「……なんだ……あの手は……滑りは

 夢どころじゃねえ……

 本当に……夢が見えた……」


アリイは得意げ。


「でしょ♡」



店の扉が勢いよく開いた。


出てきたのは、鋭い目つきの女店主。

腰に手を当てて怒気を放つ。


「うちの用心棒に何してんだ、てめぇら!」


アリイがすっと前に出て、

店主の手を取って言った。


「じゃあ次、あなたね♡」


「は?」


そのままアリイは女店主を店内へ引きずり込み、

扉がバタンと閉まった。


ミアがぽそり。


「アリイちゃん……」


セラがため息。


「まあ、3分で終わるだろ」


アキトは影広告の女の子たちに指導を行っていた。



本当に三分後。


扉が開き、アリイが顔を出した。


「ちょっとーアキト〜

 この人、鼻紙だけじゃ無理そう〜

 びっしょびしょ。

 タオルある?」


後ろでは店主が膝から崩れ落ちていた。


水たまりの中で遊んだ子どもみたいに、

アリイも店主も服の端まで濡れている。


用心棒が青ざめて叫ぶ。


「姉貴!! 大丈夫か?!」


店主は息を整える余裕もなく、

ひくひくと肩を震わせながら言った。


「……うち……今日から……

 紙も……そのローティスってやつも……

 全部買う……

 全部……買う……から……もう……やめて……」


アリイが勝ち誇ったように親指を立てる。


「アキトこれでいいー? 」


アキトは堪えきれず怒鳴った。


「アリイ!!

 暴れすぎるなって言っただろ!!」


アリイはきょとん。


「手だけならいいっていったじゃん! 嘘つき!」


店主が震え声で呟く。


「……手だけで……これって……

 全く痛くなかった……?

 むしろ……チカチカして……もう……なにがなんだが」


用心棒が泣きそうな顔で店主の肩を支える。


「姉貴……無理すんな……」


ミアは静かに、しかし興味深そうに店主を見た。


「……女性でも、

 痛みなく……あそこまでいけるんですね……

 ローティスがあれば……」


セラは頭を抱える。


「だからお前ら、分析するなって……!」


アキトは息を吐き、店主の前にしゃがむ。


「……話だけは、聞いてもらえるだろうか」


店主は、まだ震えながらも微かに笑った。


「聞くさ……

 聞くよ……

 うちの店が……世界が……今日から変わる予感しかしない……けどさ……腰が……まだ抜けて……立てない……」


アキトは手を伸ばす前に容赦なくカメラを向けていた。


「わからせのいい画だ」



ここで、裏通りの風が変わる。


売る場所を探しに来ただけだったはずが──

最初の一軒が、

すでに“文化の実験場”へと変わりつつあった。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

この作品は「エロとの戦い」がテーマなので、感想やブクマ・評価を書きづらいかもしれません。

ですが、「気軽に一言だけ」——それでもいいので、反応をいただけると、とても励みになります。

みなさんの一押しが、次話を書くエネルギーになります。

どうぞよろしくお願いします。

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