鼻紙の山の麓と、水たまり
ギルドを出たあと、
アキトたちは街の外れにある細い路地へ向かっていた。
許可証を手にしたアキトの歩幅は、
いつもより一段大きい。
ミアはその横を歩きながら、
アキトの横顔を一度見てから問いかける。
「……アキトさん。
どこへ向かうんですか?」
アキトは短く答えた。
「決まってる。
“売る場所”を見極めるためだ」
ミアは「売る」という言葉だけを反芻するように目を伏せ、
一拍置いてから、小さく頷く。
「……そういう場所……
この街には、たくさんありますね」
彼女の声は淡々とした事実の確認で、
不安ではない。
セラが続けるように言う。
「裏通りに行くつもりだろ。
商売の初手としては筋が通ってる」
アリイだけが楽しそうにスキップする。
「アタシ、もう準備万端!
誰でもわからせてくるよ♡
男でも女でも両方でも!」
アキトは額に手を当てた。
「勝手なことはするな。
……必要になったら、な」
「絶対なるよ♡」
アリイは迷いなく言う。
ミアはそのやり取りを聞き、
ほんのわずかだけ笑った。
「……“必要”の意味、
この街では……深いですね」
アキトは僅かに振り返る。
「深いか?」
「はい。
“説明して伝わらないこと”が多い街なので……
触って理解することのほうが……
早いこともありますから」
その一言で、
ミアがアリイを否定しているわけでも肯定しているわけでもなく、
ただ“街の構造を正確に言語化している”と分かる。
アキトは頷いた。
「なら……証明してやるだけだ。ただ最後まではなしだ」
「えー、手だけってこと? 」
「アリイなら十分だろ」
「えへへ」
影と欲が混ざる“裏通り”に今、新しい欲と影が一歩を踏み入れた。
◆
少し路地を抜けた先で、
アキトは見覚えのある“影の形”に足を止めた。
娼館の外壁に映る影。
だが──
「……角度が違う」
影の“揺れ”がまるで分かっていない。
アキトはゆっくり歩み寄り、店の若い娼婦たちがぎこちなく影絵を作ろうとしているのを見た。
「その角度じゃ、客は気づかない!
もっと腰をこう──」
と口を出した瞬間。
背後から太い腕がアキトを羽交い締めにした。
「おい。手ぇ出すな。
……セラじゃねぇか、影の店の連中か。お前ら」
ミアもセラも構えるが、
相手は岩みたいな用心棒。
その男は乱暴ではないが、顔を寄せてくる。
「影の店なら、悪くはしねぇよ。
ひとつ──俺たちに誠意だ。“夢”見せてみろ」
アリイが小さく手を挙げた。
「アキト〜、必要になったっぽい?」
「……ああ。誠意というか、お前のせい、し、になると思うけどな。暴れすぎるなよ、アリイ」
「はーい♡」
用心棒は彼女を見下ろす。
「おいちび。できんのか?」
アリイはにっこり笑って、
「できるよ♡」
と答え、そのまま男の手を取って路地裏へ消えた。
ミアがアキトに小声で言う。
「……さっき、暴走するなって言ってませんでした?」
セラは肩をすくめる。
「あ、俺か。すまない、広告の腰の角度がどうしても納得できなくて」
◆
一分後。
アリイが戻ってきた。
「ただいま〜」
用心棒は壁にもたれて座り込んでいた。
魂が抜けたような顔で。
アリイは鼻紙をひらひらと掲げながら言う。
「これローティス使う意味なかったかも!
手だけで十分だった〜。
でも鼻紙は最高!
男の人って三枚くらい必要なんだね〜、でも女の人は匂いしないけど男の人は匂いきついかもー」
ミアが使われた鼻紙を嗅いで淡々と解説する。
「……干してないタオルを濃縮したような匂いですね」
セラが慌てる。
「やめてやれ! 用心棒泣くだろ!」
アキトは額を押さえながら、
用心棒に歩み寄った。
「……大丈夫か?」
男は震えながら言う。
「……なんだ……あの手は……滑りは
夢どころじゃねえ……
本当に……夢が見えた……」
アリイは得意げ。
「でしょ♡」
◆
店の扉が勢いよく開いた。
出てきたのは、鋭い目つきの女店主。
腰に手を当てて怒気を放つ。
「うちの用心棒に何してんだ、てめぇら!」
アリイがすっと前に出て、
店主の手を取って言った。
「じゃあ次、あなたね♡」
「は?」
そのままアリイは女店主を店内へ引きずり込み、
扉がバタンと閉まった。
ミアがぽそり。
「アリイちゃん……」
セラがため息。
「まあ、3分で終わるだろ」
アキトは影広告の女の子たちに指導を行っていた。
◆
本当に三分後。
扉が開き、アリイが顔を出した。
「ちょっとーアキト〜
この人、鼻紙だけじゃ無理そう〜
びっしょびしょ。
タオルある?」
後ろでは店主が膝から崩れ落ちていた。
水たまりの中で遊んだ子どもみたいに、
アリイも店主も服の端まで濡れている。
用心棒が青ざめて叫ぶ。
「姉貴!! 大丈夫か?!」
店主は息を整える余裕もなく、
ひくひくと肩を震わせながら言った。
「……うち……今日から……
紙も……そのローティスってやつも……
全部買う……
全部……買う……から……もう……やめて……」
アリイが勝ち誇ったように親指を立てる。
「アキトこれでいいー? 」
アキトは堪えきれず怒鳴った。
「アリイ!!
暴れすぎるなって言っただろ!!」
アリイはきょとん。
「手だけならいいっていったじゃん! 嘘つき!」
店主が震え声で呟く。
「……手だけで……これって……
全く痛くなかった……?
むしろ……チカチカして……もう……なにがなんだが」
用心棒が泣きそうな顔で店主の肩を支える。
「姉貴……無理すんな……」
ミアは静かに、しかし興味深そうに店主を見た。
「……女性でも、
痛みなく……あそこまでいけるんですね……
ローティスがあれば……」
セラは頭を抱える。
「だからお前ら、分析するなって……!」
アキトは息を吐き、店主の前にしゃがむ。
「……話だけは、聞いてもらえるだろうか」
店主は、まだ震えながらも微かに笑った。
「聞くさ……
聞くよ……
うちの店が……世界が……今日から変わる予感しかしない……けどさ……腰が……まだ抜けて……立てない……」
アキトは手を伸ばす前に容赦なくカメラを向けていた。
「わからせのいい画だ」
◆
ここで、裏通りの風が変わる。
売る場所を探しに来ただけだったはずが──
最初の一軒が、
すでに“文化の実験場”へと変わりつつあった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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