紙と清潔と、街の記憶
外に出ると、朝の光はまだ弱く、
街はパンと土と昨日の名残の匂いをゆっくり吐き出していた。
アリイは両手を広げて叫ぶ。
「街~~!! お菓子~~!! アタシかわいい~~!!」
「うるさい」
セラが無表情で返す。
通りには絵だけの看板が並んでいた。
靴の絵。
パンの絵。
酒瓶の絵。
魚の絵。
アキトは見渡しながら思う。
(……文字文化じゃなく、絵文化の街……
だから影広告が成立した……)
そんなとき──
「アキト!! 見てこれ!!」
アリイが雑貨屋の前で白い塊を振り回していた。
「ふわふわの紙!! なんだこれ!!」
アキトは手に取った。
(……この触感……ティッシュに近い……)
店主が言った。
「“鼻紙”さ。鼻や身体を拭く用。
水には弱いが、柔らかいだろ?」
ミアがそっと触れ、息をのむ。
「……柔らかい……
これなら……身体を拭いても……痛くないです……」
アキトの脳が動き出す。
(ローティスの後……
身体に残った滑りを拭う文化が必要だった……
清潔文化の基盤……!)
セラが紙束を軽く弾く。
「その紙、あまり売れないよ」
アキトは振り返る。
「どうしてだ?」
セラは平然と答える。
「“紙は高い”っていう昔の記憶が残ってる。
今は安く作れるのに、誰も信じない」
「……値段じゃなく、値段の記憶が障壁か」
「そう。
昔の紙は、羊皮紙や木の皮で作っててね。
貴族のものだった。
だから庶民は“紙=贅沢品”って思い込んでる」
ミアは紙を胸に抱えながら言う。
「……“痛くない”って……
それだけで価値があります……」
アリイは鼻紙をほっぺにすりつけて叫ぶ。
「ねぇアキト!! これアタシの汗も涙も拭ける!!
かわいさも拭ける!? かわいいまま!? ねぇ!!」
「うるさい」
だがアキトの視線は紙から離れない。
(ローティス
→ 清潔文化
→ 影広告の“後処理”の文明……
全部つながる)
アキトは深く息を吸い込んだ。
「……街を知らないと、文化なんて作れない。
昼のうちに全部見る。
夜は──ローティスを売りに行く」
ミアは静かに頷いた。
影がふわりと柔らかく揺れる。
それはただの紙一枚が、
街の文明をそっと押し出す“最初の追い風”になった瞬間だった。
「なあ、店主さん。これいくらだ? 」




