第九話 勇者コランの話
ある日の午後。
穏やかな風が吹いていたので外でオヤツにしようと二人で準備をしていた。草の上に布を敷き、動かないよう重石を端に乗せる。
そういえば、カネコくんにリョクチャを貰っていたな。一緒にもらったお菓子…ヨーカンとやらも食べてみよう。
あれやこれやと準備をしていた時、扉がトントンと叩かれた。
「はーい、どなたでしょうか?」
扉を開けると、そこには神妙な顔をした赤髪の青年が立っていた。身なりはとても綺麗で、白いマントには一切の汚れがない。彼は軽く頭を下げた後口を開いた。
「突然すみません。私はウィン・コランと申します」
「…コラン…?」
伝えられた名前が頭の中で引っ掛かり、その名前を反復してみる。そして思い出した名前を彼に告げてみた。
「もしかしてキミ、勇者コランと何か繋がりが…?」
「はい、私は彼女の末裔です」
彼はまっすぐ答えた。
確かに彼女もあんな赤髪だったと聞いたことがある。妙に納得したが、それにしてもなんでこんな辺鄙なところに来たんだ?それを聞くと、彼はマントを強く握り顔を上げる。
「単刀直入に申し上げます。コランの墓を掘らせていただけませんか?」
「……はい?」
思わず声が漏れる。しかし彼は話すのを止める様子はない。
「突然何を、と思ったでしょう。ですが私は今、どうしてもあるモノを手にしなければならないのです。謝礼はいくらでも払います。なのでどうか…」
頭を深く下げる。その様子を見て私は困惑するしかなかった。
すると後ろから不思議そうな顔をした彼がやって来た。糸で切ったヨーカンを皿に並べて持っている。
それを見て、私は彼と目配せしてウィンくんに向き直る。
「…まずは話を聞かせてもらえるかな?」
彼の分のリョクチャを淹れることにした。
※
「私は今、継承の儀を執り行おうとしております。王位を継ぐための、大事な儀式です」
ヨーカンの甘さが鈍りそうなほど真面目な顔で話すウィンくん。リョクチャのカップを両手で握ったまま彼は話を続けた。
「我が国の継承の儀は少々特殊で、過去の王や王女に献上品を捧げる慣わしとなっているのです。その王位たり得る人間であると証明をする為に」
「それと墓を掘り返すことと何の関係が?」
「…勇者コランの持っていた、仲間の証が欲しいのです」
私はまた目を見開き驚いた。まさか彼がそれを知っているなんて思わなかったから。
「どこでそれを?」
「古い書庫でコランの書いた日記を見つけたのです。城中を探しましたが見つからず、もしかしたらと思い、ここにやって来たのです」
やっとリョクチャに口をつけカップを置く。そしてウィンくんはゆっくりと、深く頭を下げた。
「私は魔王のことはあまり詳しくはありません。ですがあの時代の人々がどれだけ涙を流し、どれだけの苦しみの中死んでいったか…想像するだけで耐えられない。だから私は、あの時代はもう二度と繰り返さない!繰り返させないと!そう、彼女に誓いたいのです。ですのでどうか、お願い致します…!」
私は思わず彼の方を見てしまう。そんなことをしても彼は何もわからないだろうに。案の定首を傾げる彼を見て、私は頭を掻きウィンくんの側に寄った。
「君の気持ちはわかるけど…申し訳ない。例え末裔だろうと墓を掘り返すことは許されないよ。それは死者への冒涜になってしまう」
「それはもちろんわかっています!ですが…!」
「それにね、きっとその仲間の証は勇者コランが天の国へ持って行ってしまったよ」
「は……?」
顔を上げた彼は途端気の抜けた顔になる。ふと笑ってみせながら話を続けた。
「知らないのかい?墓に埋めたモノは死者のモノだから、天の国へ持っていけるという話を。だから仮に彼女の墓に仲間の証があるなら、それは既に彼女が持っていってしまっているよ」
「…持っていけるという、迷信ですよね?」
一瞬、空気が張り詰める。どうやらこの話は信じていないようだ。しばらく黙り込んでいると、ウィンくんははため息をつくとスッと立ち上がった。
「…わかりました。今日は帰ります」
そう言ってマントを翻し足早に去っていく。…諦めそうにないな、あれは。悪いことをしたつもりはないが少しだけ心が痛む。
すると先ほどまで黙っていた彼が袖を引っ張った。どうしたのかと思ったが、私はピンと来た。
「あぁ…そういえば、勇者コランの話はしていなかったね」
彼は頷く。相変わらずの瞳だなぁと思わず笑みが溢れた。
「ヨーカンも残ってるし、話してあげようか。リョクチャももう一杯飲むだろう?」
私達は一度家の中に戻り、お湯を沸かすのだった。
ーーー
「私の旅は、ここで終える」
さっきも話した通り、勇者コランは北方にある国の王女様だ。
それはそれは勇敢な人でね。魔王の部下に襲撃され民や兵士達が疲弊していくのを見ているだけなんて耐えられない。そう言って自らが前線に立って戦っていたんだ。
しかし倒せど倒せど戦いは終わらない。普通なら既に諦めていてもおかしくないだろう。
しかし彼女は諦めなかった。それどころか根源である魔王討伐の旅に出ようとしたんだ。
多くの反対を押し除けて旅に出た彼女は、その道中で三人の人物に出会う。
燃える炎のような赤い髪の弓兵。
深い深い青の瞳に惹かれた盾兵。
揺らめく緑のオーラを纏った魔法使い。
彼らはコランと同じ志を持って旅に同行したいと頼み込んだんだ。もちろんコランは快く受け入れた。四人は旅の中で支え合い、高め合い、尊敬し合える最高の仲間だったよ。
そしていよいよ魔王の根城へ着く…その瞬間、
三人は突然コランに刃を向けた。
あの三人はね、魔王の部下だったんだよ。
勇者コランが魔王の元までやって来た時、寝首を掻けと命じられていたんだ。
コランは酷く狼狽しかなりの深傷を負わされた。しかし死に物狂いで反撃し互いに息も絶え絶えになった頃、ようやく三人を倒すことが出来たんだ。
身も心もボロボロになった彼女は三日三晩黙って立ち尽くし、ようやく動き出した時には魔王城を背にして王国へと帰っていった。
それからの功績は王女としてのものが多く、勇者としての話はよくわかっていないんだ。なにしろ彼女が生きていたのは今から300年ほど前…現存している資料がかなり少ないからね。
だけど、彼女の逸話で一番有名なものがある。
それが件の仲間の証。
露店で買ったイミテーションの腕輪なんだけど、それを仲間の証として彼らはずっと付けていたんだ。死ぬ間際も、殺す直前も、ずっと。
彼女はもしかしたら、最後まで仲間のことを想っていたんじゃないか?裏切られたと知っても、過去の旅路を忘れられなかったんじゃないか?
この話を聞くと、そう考えざるを得ないよね。
ーーー
「…だからこそ、彼が来た時には本当に驚いたよ」
凪が終わり、頬を伝う。
…これからどうしよう。彼はきっと私の話を信じていない。だからまた来るだろう、墓を掘り返しに。
墓守としてそんなことさせる訳にはいかない。約束を守るためも、絶対に…。
「だけど」と「でも」を繰り返し考えているが絶対解は見つからない。冷めたリョクチャのカップを握りしめると、彼は私の顔をのぞきこんできた。
「魔王の部下に、家族はいたのか?」
「…え?」
間の抜けた声が出る。しかし彼の目はいつも通り真剣だ。私は少し考えた後口を開いた。
「…どうかなぁ。そっち側の話はあまり語り継がれないからね。でもきっといるんじゃないかな。戦う人の背中は、いつだって家族や友人…大切な人がいるんだから」
思い返してみても家族の話が出て来るのは人間側ばかり。魔王側に焦点を当てた資料はあるものの、そんな話は一切出てこない。
…でも、もしかしたら…?
リョクチャを飲み干した私は、明日の準備を始めた。
ーーー
馬車が開けた道にやってくる。
土汚れなんて気にしていないような真っ白な馬に見惚れながらも、早くしないと約束の時間を過ぎてしまうと思い行き先を伝え馬車に乗り込んだ。私と彼の向かいには不機嫌そうな顔のウィンくんがおり、腕を組んだまま話しかけてきた。
「やっと話を聞いてもらえると思って来てみれば…どこへ向かっているんですか?」
「フィーデルアという村だよ。聞いたことは?」
「ありませんよ、そんな名前」
ぶっきらぼうに答える彼に、私は穏やかに続けた。
「スンサンコーネの図書館に知人がいてね。彼女にお願いして探し物をしてもらったんだ」
「…まさかっ、仲間の証が…?」
彼は突然前のめりになり目を見開いた。本当に正直な子だな。
「…あったよ。だけど、それは他の人の所有物だった」
彼はまた驚いた。行方知らずの品物を、まさか所有している人がいるなんて思わなかったのだろう。私は桃色の封筒を渡し続ける。
「その人には話を通してある。条件さえ守ってくれればすぐに渡すとも言っているよ」
「…その人が、仲間の証が、フィーデルアという村にあるのですね」
彼は手紙を開き、少し目を細めながら眺めていた。…確かに、あのミミズのような字は読みにくいかもしれないな。
ガタガタと揺れながら進む馬車の中、私達の間には会話もなかった。
ーーー
日が高くなった頃、馬車の向こうに小さな村が見えてきた。村人達からの好奇の目が突き刺さるのを気にしなが歩き、木の看板が掲げられた家の前に着いた。
「エモクイ…亭…?」
「食堂を経営してるみたいなんだ。さっ、入って」
古びたドアは大きく軋みながら開いた。暗くて狭い店の内の奥で、酒の棚を眺めていた女性がこちらを向く。一つため息をつくと立ち上がりながら口を開いた。
「誰ネ?まだ準備中ヨ」
「こんにちわリャンリーさん。私はレイモンド・カーターです。先日お手紙をお送りしたのですが…」
「…あー、お前ネ?」
事情を察した彼女は店の明かりを付け「そこに座れ」とカウンター席を案内した。見栄えだけでも良くしようとしたのか、椅子には破れた布が巻かれている。
そこに座り待っていると、彼女は小さな木箱を持ってきた。
「これが…仲間の証…」
「…なんネ。早く見ろヨ」
「あっ、は、はい!」
ウィンくんが慌てて開けるとその勢いに呼応して埃が舞う。しばらく咳き込みようやく落ち着いた時、その姿を見ることができた。
逸話の通りただのイミテーションの腕輪で、子供騙しのようだった。しかし周りに均等に配置された色とりどりのガラスは、くすんだ今も日の光を反射して輝いていた。
ウィンくんはそれを食い入るように見ている。しかしふと顔を上げた。
「あの…リャンリーさんと仰いましたよね」
「そうヨ。あたしリャンリー」
「これをどこで手に入れたのですか?その、どこかで買ったようには見えないもので…」
実物を見たからこそ出た疑問。リャンリーさんは「んー…」と唸った後、巻いていたバンダナを取った。
「遠い遠いお爺ちゃんの遺品ヨ。うちのお爺ちゃん、魔族の血が入ってるネ」
そう話す彼女の頭には二本のツノがあった。岩がそのまま突き刺さったようなツノに、ウィンくんは目を奪われている。
「お父ちゃん言ってたヨ。『お爺ちゃんの死んだ知らせと一緒にこれが届いた』って。遺品だったからって保管してたけど、家族あたししかいなくなたし、お爺ちゃんにも会ったことないからこれの価値よくわからんヨ。だからやる」
あっさりと答えるリャンリーさん。それには私も驚いたが、「でも」と続けた。
「それを渡す条件、聞いてるネ?お前、勇者の末裔ならそいつの話聞かせろヨ」
鋭い目がウィンくんを捉える。しばらく黙って見ていると小さな声でポツリと溢した。
「…何を、話せば良いのでしょう」
「あ?」
「ごめんなさい、だって私は、何も知らなくて。まさか魔物の家族が、子孫がいたなんて、思ってもいなくて。それなのに、勇者の証にだけ目が眩んで…」
顔がどんどん下を向いていく。声が震えていく。
それもそうだ、彼らの先祖は裏切り殺し合った関係。その子孫に対してかける言葉なんてすぐ思いつかないだろう。それも自分の目的のためにまっすぐ進んできたウィンくんなら余計に。
体を震わせながら彼は話を続ける。
「私は貴方のお爺様がどうやって殺されたのかなんてわかりません。恨んでいたのかどうかもわかりません。だから…何もお話しすることは…」
「何を言ってるネ?お前の話じゃないヨ」
え、と声が揃った。
場に合わないカラッとした口調でリャンリーさんは続ける。
「お前勇者の日記持ってる聞いたヨ。ならそれの話、旅の話、聞かせろヨ。あたしは、ただお爺ちゃんの話を知りたいだけヨ。なんで教えてくれたいネ?」
ウィンくんは呆然として口を開けている。するとリャンリーさんは突然こっちを指さしてきた。
「お前もよ。手紙にちゃんと書いたヨ?お爺ちゃんの話いっぱい聞かせろって」
「えっ?い、いや、どこにそんなことを…?」
慌てて手紙を取り出すがやっぱりミミズ文字でわからない。「キミならわかるかな…」と隣にいた彼にも手紙を見せてみるが首を傾げるばかり。
困惑していると、ウィンくんがこちらを見ていた。
「…一人で話すのが不安なら、私達もここに居ようか?」
「お願いしても、いいですか」
「あぁ、もちろん。リャンリーさん、飲み物を注文していいですか?」
「今お茶出すヨ」
それから私達は日が暮れるまで二人の話を聞いていた。
初めて聞くコラン一行の話は至って普通で、それでいて互いのことをとても信頼しているように思えた。
…もし、裏切った彼らが人間だったらコランのいい友人になれていたのだろうか。もし彼らに勇者を嵌めろと命令を下さなければ、今も笑いながら思い出話をできたのだろうか。
やけに冷えたお茶は喉を凍らせるようだった。
後にウィンくん…ウィン・コラン国王陛下は仲間の証をイメージした石細工を献上したと聞いた。
あのツノのような頑強さがある、よくできた作品だと。
じゃあ、本物はどうしたかって?
今はコランの墓に供えているよ。何百年もの時を超え、ここで逢えているといいと願っている。




