第八話 勇者エルドの話
「今日もお疲れ様。疲れてないかい?」
「……」
彼は首を横に振った。最近の彼はよく私の仕事を手伝ってくれるようになり、おかげで日が上ってすぐに終わっている。
こう言う時は少しだけ凝ったご飯を作るところだが、材料は何があったかな…そう考えていると、遠くの空が低く鳴りだした。
「雨が降りそうだなぁ…」
眺めると暗く厚い雲が向こうからやって来ている。このまま外にいたら雨に濡れてしまうだろう。
「今日は家の中で遊ぼうか。朝ご飯は…そうだな、貰った野菜でスープを作ろう」
「……」
「だ、大丈夫だよ。今日は火加減も塩加減も間違えないから…」
私達は家の中へ入った。
手を洗い、早速大量の野菜を手や包丁で小さくしてていく。味付けは野菜から出る旨味と塩で整えるだけ。そうだな、たまにはトマトでも煮詰めて入れてみようかな。
試行錯誤の後鍋の蓋をする。念の為火力は弱めにしておいたし大丈夫だろう。
「ふー、これでよし…ん?」
ふと、居間に彼の姿がないことに気がついた。どこか別の部屋に行っているのだろうか。軽く声をかけると遠くからパタパタと音がする。
そして顔を見せた彼を見て、私はギョッとした。
頭も体も埃で真っ白になっていたからだ。
「どうしたんだその格好…あーあー、服まで白くなっているじゃないか」
手で払うも彼は一切動じない。それどころか無言で何かを渡してきた。
それは本だった。彼同様埃で白くなっている表紙を撫でると、私は妙に納得してしまった。
「あー…これかぁ…」
彼の方を見ると、いつもの眩しい表情をしている。きっと直感的に気づいたんだろうな。
私は少し間を置き、悟られないよう口を開く。
「それを読むのもいいけれど、先にその本にまつわる勇者の話をしてからでもいいかな」
彼は不思議そうに目を丸くしながらもコクリと頷く。
「ありがとう」と答えた後、私は火を止め椅子に腰掛けた。
「では、勇者エルドの話をしよう」
ーーー
「この状況でボクが絶望したら、誰も助けられないんだ!!」
エルドは医者だった。
かつては魔法の研究を行っていた彼だったが、権力争いや黒い噂話に嫌気がさして片田舎に引っ越したんだとか。
村での暮らしは静かなものでね。村の老人の腰痛を和らげたり、子供の擦り傷を治したり…そんな一銭にもならないような仕事を彼は喜んで行っていた。それが誰かのためになるなら、とね。
そんな穏やかな日々は、魔王の軍勢によって砕かれた。
魔王の部下である死神が村に呪いを撒いたんだ。
おかげで村の半数の人間は死に、生きている人間も病に蝕まれた。
何故か呪いの影響を受けなかったエルドは全力で駆け回り人々を治療し続けたよ。それでも、散ってしまう命の方が多かったけれど。
それからしばらく後のことだ。王都にも同じような症状の患者が出てきたことで使いの者がエルドを連れ戻そうとしたんだ。王都の医者だけでは手が足りない。向こうの人間を優先的に助けろと。
だが彼は一度も首を縦に振らなかった。どれほど説得されても、村を離れることはなかったらしい。
しかし、手段がない彼の手からはどんどんと命がこぼれ落ちていく。
諦めるわけにはいかないと足を踏みしめるも、ふらつく足では立つことすら限界だった。
そんな中、彼はあるものを見つけるんだ。
それは王都の者が前金として置いていった宝石だった。
様々な色に輝く宝石の一つを取ると、ほのかな温かさを感じた。不思議に思った彼は宝石をコンコンと叩く。すると宝石から炎が勢いよく吹き出したんだ。
後からわかったことだけど、その中には炎の魔法が封じられていたんだよ。
その炎は彼にとって紛れもない希望だった。
そして彼は、医者としての意地をそれに賭けてみることにしたのさ。
まずはその宝石にどんな魔法でも封じることができるのかを調べた。これは成功した。水も風も、あらゆる魔法が宝石の中にするりと入っていった。
次にどの宝石でもできるのかを調べた。これも成功。中に混ざっていた銅や金銀は反応しなかったものの、宝石はどれも魔法を封じる効果があったんだ。
確証を得た彼は宝石の中に治癒の魔法を込める。そしてそれを患者の手のひらにそっと握らせた。
するとどうだろう。宝石の中に詰まった力が静かに体の中へ流れ込み、荒かった息がどんどん落ち着きを取り戻していった。
実験は成功したんだ。
どうやら魔法は宝石を通すことで体や物体への伝達が良くなるらしい。それに気づいた彼は急いで治癒魔法を詰め込み、患者に配り与えた。
やがて宝石が村人全員の手に渡った頃。ある勇敢な者達が死神を倒したと報告を受けた。これでこの世界を襲った呪いは完全に解けたんだ。
エルドの名は今でも医学界、引いては魔法学界の中にまで伝わり、教科書の中には彼の自画像が大きくなっている。
魔力の封じた宝石もエルドが死ぬまでの間に魔力を枯れるくらい詰め込んで配って歩いたから、大きな病院から片田舎の診療所にまで置かれているらしいよ。
勇者として名を挙げられることこそ少ないが、こうして絵本になるくらい素晴らしい功績を残した者だと私は思っているよ。
ーーー
話を終えたところで外を見るとパラパラと小雨が窓を打ちつけていた。静かな空気が流れる中で、彼は顔を上げ口を開く。
「…そんな勇者を、お前はなぜ嫌う?」
ジッと見つめられて何故だか怯んでしまう。首を横に振り、私は口を開く。
「嫌いってわけじゃないよ。ただ、彼の話はちょっと大袈裟と言うか…事実と違うところがあるからさ」
彼は返答せず私の瞳を見つめ続ける。それに耐えきれず、聞かれてもいないことを答えてしまった。
「そもそもね、魔王の手下に死神なんていないんだよ。アレはあくまでも神で、誰にも、何にも属さない。だから多分、この時期に原因不明の病気が流行して、それが魔王や死神のせいだと言われるようになっただけだろうね」
冗談を言うように笑って話すと、彼は突然真顔で口を開いた。
「なぜわかる?」
いつになく低い声。威圧すら感じるその声に身が震える。
「なぜ、魔王の部下に死神がいないと断言できる?」
黄金に輝く瞳、私を写す真っ黒な瞳孔。人のものとは思えないそれを見て、私は笑って見せた。
「怖い顔しないでくれ。ただの想像だよ」
雨が強く降り出していた。
9月の予定が終わったのでまたちまちま更新していきます。
下書きは現在最終話付近まで書き終えております。
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