第七話 勇者カルトの話
「へー、あんたたちケンカしてたのかい!」
とある日の午後、セシリアさんがお菓子を持ってきてくれたので早めのティータイムの準備をしていた。
そんな中、世間話の流れでこの間までの喧嘩の話をポロッとしてしまった。彼も少しだけ気まずそうな顔をしている。
「け、喧嘩といってもそこまで大したものではないですよ。言葉足らずが招いてしまったというか…ね?」
「……」
「ふーん?どうやら後腐れはないみたいだね」
セシリアさんは笑いながら私達を見る。
あれから私達は形だけは仲直りしたものの、どことなくぎこちさなを感じていた。普段の生活に引っ掛かりを感じる程度のものだが、違和感というのはチクチクと針を刺すように気になってしまう。
「だとしたらちょうどよかったかもねぇ」
そう言うとセシリアさんはテーブルにあるモノをドンと置いた。そこには私の顔くらいある大きなリンゴがあった。表面にはこんがりと焦げ目がつき、甘くてあたたかい香りが湯気と一緒に立ち上る。それだけで部屋の空気が少しだけ柔らかくなった気がした。
「仲直りにはリンゴの丸焼きと相場が決まってんのさ!あまーくしてあるから、分け合って食べな!」
ナイフとフォークを持ち椅子に座らせられる。席に座るとリンゴの大きさが三倍のように感じる。
「あの、これ、すごく大きいですね…」
「そりゃそうさ、娘が大きくしてくれたんだから」
「…娘さんが?」
私の問いかけに対しセシリアさんはほんのわずかに目を伏せる。けれどすぐにいつも通りの笑顔で隠されてしまった。
「そっか、レイさんにも言ってなかったね!アタシの娘はね、魔法使いなんだよ。今はスンサンコーネの図書館で子供相手に先生してるんだったかね?」
それを聞いた私はピンと来た。
スンサンコーネの図書館には桃色の髪の司書がいる。四六時中たくさんの本を読み、片隅に置いている黒板に夢中で文字や魔法陣を書いていた魔法使いが。そういえば、髪の色も目の色もセシリアさんと同じだったな…。
それを伝える前に彼女は私たちの前にリンゴを差し出す。
「まっ、その話は後で後で!早く食べないと冷めるよ!」
「い、いただきます」
「……」
勢いに押されリンゴにナイフを入れる。彼の分を取り分けた後私の分を皿に置き、一口サイズに切り分け口に運ぶ。
瞬間、甘酸っぱさと香ばしさが口の中を支配して離さない。しつこくなく浅くなく、クセになるような味だ。
「いやぁ、これは…とっても美味しいです」
彼もセシリアさんにサムズアップをして見せる。それを見たセシリアさんは眉を下げて笑った。
「魔法ってのは本当にすごいね。パッとなんでも出来ちまう。アタシャ魔法なんてさっぱりわからなくてね…」
セシリアさんがあまりにも寂しそうな顔をするから、私は思わず口を開い
「ま、魔法使いになるためには、確証のない天性の才能か、血反吐を吐くような努力が必要だと言われています。きっと娘さんは、こんなに美味しいリンゴになるまでそれはそれは頑張ったんでしょうね」
そう言うとセシリアさんは驚いた顔をした後今日一番の笑顔を見せ私の背を思い切り叩いた。
「なんだい嬉しいこと言ってくれるじゃないか!ほら、もっと食べな!」
「い、いただいてますよ」
また一口リンゴを頬張る。やはり甘酸っぱい。それがキツイほどに。
二人で食べ進め、リンゴが半分くらいになった頃、セシリアさんがふとこんなことを言った。
「そういえば、勇者の中に魔法使いっていたのかい?」
いつも通りの声色だったかま、少しの揺れを感じた。なぜか心配そうな、そんな震えを。
私は深くは聞かず彼女の問いにだけ答えた。
「もちろん。とはいえ片手で数えられる人数しかいませんが…」
「いいじゃないか、聞かせておくれ!魔法使いってどんな奴なのか知りたいんだ!」
いつになく必死な彼女を見て、私はもう一度ナイフでリンゴを切りながら思い出していた。
火を操り、風を斬り、星と対話するような者達のことを。
「じゃあ…私の好きな、勇者カルトのお話でも」
パチパチと無邪気な拍手が鳴り始めた。
ーーー
「ボク、気づいたんだ!星空って無限なんだ!」
勇者カルトは良くも悪くも子供でした。
幼い頃に魔法の力に目覚めた彼女は大人の助力や学びを得てどんどん力を伸ばしていき、齢10歳ながら星の動きを自由自在に変えられるほどの力を持っていた。
これならいつか、魔王を倒せる勇者になれるんじゃないか?世界を救ってくれるんじゃないか?
そう思った人もいたそうだが、彼女は自分が思い描く道を自由気ままに進んでいった。
風が吹く方向に進み、花が揺れる方向に進み、フラフラと旅路を進めていたある日のこと。
彼女は星を動かして遊んでいた。流れるそよ風に従ってパズルのピースをはめるように。するとハマった星の形がどこかの道を示しているように見えた。
彼女がそちらを見ると、真っ黒な雲が空で渦巻いていたんだ。
後から分かったことなんだがね、その雲が位置していた場所は魔王がいる城だったんだ。
彼女はそれが何かわかっていなかったかもしれない。だけど星が示してくれた道を進もうと決め、杖と箒を片手に駆け出した。
その後魔王が倒されたと言う話は出なかった。つまり、彼女の旅は道中で途絶えたんだ。
だが話はここで終わらない。
なぜなら彼女の遺体がどこを探しても見つからなかったからだ。「小さい体だったから見つけられなかったんじゃないか」って言われてたけど、それでも川上から川下までくまなく探して見つからないのはおかしいと誰もが首を傾げた。
そしておかしな出来事はもう一つ。彼女が動かした星がその場に留まり続けていたんだ。まるで魔王城の場所を示すかのように。
彼女がいなかったら、もう十年は魔王を倒すのが遅れていたんじゃないかな。
だから人々は後世にも彼女のことを伝え続けようと、ある魔法にこう名付けた。
「ピース・トゥ・カルト」
星を動かす魔法にね。
ーーー
話し終えると二人分とは思えないほどの大喝采が迎えてくれた。セシリアさんは余程気に入ってくれたのか、細部まで話してくれとせがまれてしまった。
そのまま話しているうちに日が暮れ、彼は満腹になったからか横になり眠ってしまった。
「今日は部屋空いてるし、泊まっていくかい?」
「すみません…ありがとうございます」
礼を言うと「いいってことよ」と軽く笑い返された。
甘さ控えめの紅茶を啜り、ランタンの光が揺れるだけの時間が続く。
「……アタシね、娘が魔法使いになるって言った時、猛反対したんだよ」
セシリアさんは、小さく溢すように言った。
その姿はいつもと違いどこか遠くを思う寂しさを感じさせた。コップの淵を指でなぞり、紅茶の波を眺め話す。
「そりゃあ酷いケンカだった!どっちも一歩も引かないし、何を言っても聞かなかった!三日三晩どころか十日くらい続いてと思うよ、あっはっは!」
笑っているが眉が下がっている。まだ完全な笑い話にはなっていないようだ。しかしふと優しい笑みに戻り話を続けた。
「そん時に作ったのがこれさ。娘は最初いらないって言ったんだけどね、少ししたら空の皿を持ってきて『美味しかった』って言ってくれてね…」
「…思い出の味なんですね」
「ははっ、そういうとなんだか照れ臭いねぇ!」
セシリアさんは笑いながら紅茶を啜る。目元にそっと手をやった。
「まぁ、何が言いたいかっていうと…あんた達がまたケンカしたって大丈夫。レイさんは人の目をまっすぐ見て話せる誠実な人だし、この子だって言葉数は少ないけど、他人の気持ちがわかる優しい子だ。それでももしダメなら…アタシがまたリンゴの丸焼き作ってあげるよ」
彼女の声は冗談めいていたが、その奥にある思いやりはまっすぐだった。その笑顔がどんな言葉よりも励ましになる。
私は少しだけ笑い返し、「ありがとうございます」とだけ答えた。




