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勇者の墓守  作者: 623
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第六話 勇者ゴーシュの話

翌日の朝、彼はゆっくり起きると毛布を持って私の元へやってきた。

昨夜は馬車を降りた直後に力尽きたように眠ってしまい、一番大事なことを伝えそびれていた。だから今日こそは。朝のうちに、話さなくては。そう思っていたのに。

私の目の前には、気が抜けるほど色鮮やかな、朝食の風景が広がっていた。


「…一体どうしたら…」


私は頭を抱えた。あれもこれもと入れたせいで盛りすぎてしまった色とりどりのサラダ。お腹いっぱいにならなかったらと心配して切りすぎてしまったライ麦パン。それが並べられたテーブルを見つめていたからだ。

こんな量二人で食べ切れるわけがない。変に張り切りすぎてから回ってしまった。


落ち込んでいると、彼は無言で私の前の椅子に座る。そして徐ろにパンを三枚重ねると、それを一口で平らげてしまった。


「ちょっ…!!の、喉詰まらせるよ!?」


慌てる私をよそに彼は咀嚼を続け、しばらくした後ゴクンと一気に飲み込んだ。私はそれを見て呆然としていたが、ハッと気がつき水を手渡した。


「…ま、まぁ、食べ切れるって言いたかったのかな…?」

「……」


彼は夢中で水を飲んでいる。相変わらず言いたいことはわからないが、そういうことにしておこう。私も席につきサラダに手をつけた。…うん、歯応えが良くとても美味しい。


「しかし…やはり多いね。これじゃあお腹がパンパンになってしまうな〜あはは、失敗失敗…」

「……」

「えっと…その…」


話が続かずシンと空気が凍る。入ってくる朝日が今はとても痛い。絞り出すように、私はまた勇者の話を始めた。


「ゆ、勇者ゴーシュの話は知っているかな?」


ーーー


勇者ゴーシュは一風変わった…というか、他の勇者とは違いすぎてね。


神なんだよ、ゴーシュは。


勇者は何人も現れた。しかし魔王は倒されない。手下によって滅ぼされる村、潰されていく命。世界はとっくに疲弊していた。

そんな中、人は神に願った。


「魔王を倒してください!」

「愛する人を守ってください!」

「安らかな明日を迎えたいんです!」


その願いを聞き届けたのがゴーシュだ。


彼は人の世界に顕現し、願いを叶えていった。魔王を簡単に倒せるほどゴーシュの力は強くなかったが、近隣の魔王の手下を一瞬で粉砕するくらいは容易かったようだ。

一時の安寧を得た後、人は更に願った。


「王都が魔王の手下によって陥落寸前だそうです…」

「ゴーシュ様、あなたならきっと倒せます!」

「助けてください、お願いします!王都には息子がいるんです!」


ゴーシュは人に笑いかけると王都へ飛び立ち力を奮った。神の援護、それは最大の鼓舞。王都の兵士は最後の力を出して手下に立ち向かい、人々は最後の最後までゴーシュに祈った。祈りはゴーシュの力へと変わり、数時間もしないうちに王都を襲っていた手下を殲滅したんだ。


かつてないほどの大打撃を喰らった魔王側はしばらくの間力を蓄えるために人間側に侵攻する事をやめていた。ゴーシュのおかげで束の間の平和が訪れたんだ。


彼は手に入れた平和を謳歌しつつ、人の願いを叶えていたんだが…ある時から願いの内容が変わっていってね。


「腹が減った、パンをくれ」

「体が汚れてしまった、水をくれ」

「隣の家の子供がうるさい、黙らせてくれ」


己の欲、怠惰、怒り。そんな粗末事さえ神に願うようになったんだ。それでもゴーシュは叶えた。人の願いを叶えることこそ神の役目だと信じていたんだろうね。

それに胡座をかいた人間はさらに神に願い、さらに怠惰になった。願いを叶え続けたゴーシュは日に日に弱っていったけど、そんなことには目もくれなかった。


そんなある日のこと。



「金がほしい!大量の金銀財宝を出してくれ!!」



欲に塗れた人間がゴーシュにそう願った。ゴーシュはいつも通り願いを叶える。金銀銅、それ以外にも色鮮やかな宝石をあっという間に生み出し、そして…。


力を使い果たし、倒れた。


空に浮かんでいたゴーシュと一緒に大量の宝石が落ちてくる。人々は逃げたものの間に合わず、村一帯が宝石で覆い尽くされてしまったんだ。


実はその村は今でも残されているんだよね。ただそこにあるのは宝石の海だけで人の営みがあったとは思えないほど綺麗なんだって。

一度この目で見てみたいものだね。人が歩んだ誤ちの歴史を…。


…えっと、だから。


…ゴーシュは、人を信じすぎたのかもしれないね。

だけど、信じる以外に方法がなかったんだと思う。


……だから、私は。


ーーー


「えっと…」


シン、と静まり返る空間に言葉が詰まる。それに耐えきれなくなった私はゆっくりと頭を下げた。


「…すまない。誤魔化すためにこの話を消費してしまった。それはキミに対しても、勇者に対しても不誠実だ」


彼は驚いたように目を見開いた。しかしそれに気づききれなかった私は頭を下げたまま続けた。


「この前は、バスケットを突き返してしまって申し訳なかった。あの時私は、キミのことが怖くなってしまったんだ」

「………」

「何か訳のわからないモノを食べて、体に何か起こったらどうしようかと不安になってしまった。それまでキミに頼ってばかりだったのに、いきなり突き放して、冷たくして、すまなかった」


もう一度頭を下げる。それは深く、深く。


「…気にしていない。不気味なのは、よくわかっている」


彼は久しぶりに口を開いた。顔を上げると彼は悲しそうな、不思議そうな顔をして私のことをまっすぐ見つめていた。


「だが、なぜ追い出そうとしなかった?不気味なら、不安なら、見えないところに捨てた方がいいだろう」


不気味さすら感じるその問いに、私は不思議と揺らぎはしなかった。頭を上げ答える。


「それはしないよ。だってキミは迷子だろう?キミを追い出したらどこで死んでしまうかわからない。あの墓の中にキミの墓を作るのは嫌だからね」

「…理由はそれだけか」


わずかに声のトーンが沈む。けれど私は、それ以上の言葉は言えなかった。


「…まぁ、そうだね。あまり考えなかったことだから、これくらいしか思いつかなかったな」


微笑むと彼は黙り込み、またパンを三枚重ねて食べた。

無言で繰り返されるその動作が、返答の代わりのようにも思えた。

九月は更新頻度が落ちます。

気長にお待ちいただけると幸いです。


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