第四話 ルーサーとチマの話
今日も爽やかな一日が始まる。鳥の鳴き声は心地よく、部屋に入る朝日は一番の輝きを放っている。
窓辺に近づき伸びをし今日も頑張ろうかと意気込んだところで、私は肩を落とした。
「またか……」
大きなため息が出る。そんなことをしたところで現状が変わるわけないのだが、こうせざるを得ない。
その様子を見た彼は眠そうな目で私の隣に立った。
「あぁ、おはよう…すまないが今日の朝ごはんは一人で食べてくれるかな。急な仕事ができてしまってね」
そう言うと彼は目を少し開き不思議そうにパチパチと瞬きをする。
…勇者の話をねだるほど好きな彼にあの光景を見せるのは心が痛むけど、言わないわけにはいかないか。
「墓が荒らされてるんだ。だからその掃除をしなくちゃいけなくてね」
目線を合わせてそう言うと、彼はまた瞬きをした後、自分の前でグッと両の拳を握って見せた。
「…もしかして、手伝ってくれるのかい?」
彼は強く頷いた。
申し訳ないと思いつつ、この提案はかなり助かる。一人だと墓についた汚れや腐った卵の処理に時間がかかり、過去にはお昼頃までかかってしまったこともあったからだ。
「ありがとう。そうと決まればキミの分の雑巾とバケツを用意しないとね」
彼に向かって笑いかける。憂鬱な気持ちが少しだけ軽くなったところで、私達は仕事を始めることにした。
※
こびり付いた汚れはなかなか強敵だが、そんな時にはセシリアさんから教えてもらったテクニックが役に立つ。おまけに魔法の力が籠った宝石で砕かれた墓石に防護壁を張ればこの通り、傷にも汚れにも強い墓石の完成だ。
「あとはゴミを拾って分別し、処分するだけだ。あとちょっとだから頑張ろうね」
彼は頷き仕事に入る。積極的に動いてくれて本当に助かったな。
にしても…今日は特にゴミが多い。墓石もかなりヒビが入っていた。全く、人を苦しめることに対して一生懸命になるものじゃないよ。
「末代まで呪ってやるとは言ってたが、本当に呪うつもりじゃないだろうな…」
「……?」
ポツリと呟いた口が届いてしまい、彼がこちらに近寄って来た。まずいな。彼に聞かせるべき話ではないのだが…。
しかし私は考え直した。彼は勇者の話をずっと聞いてくれたし、この話もいつかしなくちゃいけないと思っていた。心苦しいが、彼はきっとちゃんと聞いてくれるだろうと。
まずはやんわりと伝えてみる。
「えっと…ここに眠っている人の話だよ。だいぶ恨まれていたみたいでね…」
彼は首を傾げ、相変わらずの無邪気な瞳でこちらを見つめてくる。あぁ、やめてくれ。そんな目で見つめられたら断りにくくなる。
葛藤しながらも私は諦めたように口をは開いた。
「この話は長くなるし、掃除をしながら話すよ…」
ーーー
ここに眠っているのはルーサーという青年でね。かつては次世代の勇者として大々的に見送られた剣士だったんだ。
彼は非常に優秀だった。剣を使えば右に出る者はおらず、体格の全く違う大人が相手しても悠々と倒してしまうほどにね。しかし性格にはかなり難があり、不出来な人間を全く認めず駒遣いのように扱っていたんだ。
そんなこともあってかあまり評判は良くなかったんだが、そんな彼の印象がより悪くなったある事件が起きたんだ。
彼の仲間にチマという青年がいたんだが、ルーサーは彼をパーティーから追放したんだ。
チマがどんな人だったかって?一言で言うと、「ルーサーが一番嫌いな性質を全て持った人間」かな。
幼馴染というだけで旅について来たくせに、ドジばかりで仲間の足を引っ張り剣の腕もなければ魔法の力もない。ただひたむきに勇者になると意気込み努力だけは欠かさなかった。ルーサーはそんな彼のことが目障りだったんだろうね、きっと。
その話が出た当初は「妥当だ」という声の方が多かった。側から見たチマはただの荷物持ちだったからね。
しかしその声はあっという間にひっくり返った。
ルーサー達のパーティーが全滅したという報告がされたんだよ。それも野良のゴブリンの群れによってね。
魔王の手下でもないモンスターに倒されるなんて、かつてのルーサー達からは考えられない。皆そう口を揃えて言っていた。そして原因を究明していた時、あることが判明したんだ。
追放されたチマが持っていたネックレス…あれは幸運のチャームと言って、周りの人間に対して力を増幅させたり素早くさせたりできる特殊な代物だったんだ。
これを見つけた研究者は最終的にこう結論を出した。
ルーサーの力は幸運のチャームのおかげで、チマは知ってか知らずかルーサー達のサポートをしていた。彼らが倒されたのは幸運のチャームがなくなり今までのような力を出せなかったからじゃないか?とね。
ちなみに、チマの話はあまり聞かなくなったよ。片田舎で魚人の女の子とその子によく似た子供と暮らしているところを見たっていう人もいたけど真偽は不明だ。きっと勇者になるって夢を忘れてのんびり暮らしていたんだろうね。
でも、大丈夫だったかな…。
…えっ、なにがって?
えぇっと…その…。
さ、魚と人間の繁殖のペースって違うから…。
いや、この話は無しにしよう!キミにはまだちょっと早いからね…!
ーーー
「ふぅ、これで終わりだね…!」
誤魔化すように大声を上げ袋を縛る。なんやかんや話していたらあっという間に終わってしまった。やはり二人でやって良かったな。
そんなことを考えていると、お腹が大きく鳴った。
「そうだ、朝ごはんは何がいいかな。今日はキミは好きなものを作ろうかと…」
振り返り問いかけると、彼は既にいつものバスケットを持っていた。
その瞬間、心臓が大きく跳ねた。
先程までずっと一緒に行動していて、料理を作る暇なんてなかったはずだ。それなのになんで彼はバスケットを持っているんだ。どうしてそれにほのかな熱を感じてしまうんだ。
今まで目を逸らしていたことを突きつけられてしまい、私は思わずバスケットを突き返した。
「き…今日はあまりお腹が空いてないからご飯はいらないよ。キミだけ食べてくれ」
そう言って私は彼に背を向ける。
歳のせいか、いつもより体が重く感じた。
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