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勇者の墓守  作者: 623
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第三話 勇者ペディの話


「はぁ〜、突然やってきた子供ねぇ?」

「はい、セシリアさんならなにかわからないかと思いまして」


ある日の昼下がり、仕事を終えた私は彼を連れて知人の家へとやって来た。


彼女はセシリア。ここで小規模な宿屋を営んで暮らしている。

彼女と出会ったのもその繋がりで、傷だらけの巨漢を運ぶのに男手が必要だったらしく近くを通りかかった私に声をかけたのが彼女だった。

快活で他人思いで、困っている人を絶対に見捨てない。それが彼女の魅力だ。


そんな彼女ならもしかすると子供を探している親の話だとかを聞けるかもしれない。そう思い来たのだが…。


「悪いねぇ、そんな客はウチには来てないよ。風の噂でも聞いてないし…」

「そうですか…」


アテは外れてしまったようだ。口をつけた紅茶の渋みが染みる。ふと彼の方を見やると小さくなって座りベリーを潰して混ぜた甘いミルクを夢中で啜っている。


「随分大人しい子だね。ここら辺じゃ見ないようだけど…」

「えぇ…どこから来たかもわからないんです。聞いても答えてくれないので…」

「ふーん…?」


セシリアさんはジッと彼を見つめる。そして思い立ったかのように立ち上がると彼に目線を合わせて笑顔で話しかける。


「ねぇ坊や、甘い物は好きかい?」

「………」

「おばちゃんね、今からクッキー焼こうと思ってたんだよ!だからちょいとお手伝いしてくれるかい?」


そう言うと彼女は彼の手を取ってキッチンへと向かっていった。彼は困惑した様子で私の方を見ている。セシリアさんは一体何を考えているだろうか…?

少しだけ彼のことが心配になった私は二人の後を追った。



広いテーブルにクッキー生地を広げていくセシリアさん。その様子を私達は並んで見ていた。

その動きはなかなかダイナミックで、戦士の戦う様を見ているようだった。魅入っているとクイクイと服の裾を引かれた。彼は不安そうな顔で私を見ている。


「あぁ、えっと…大丈夫だよ。セシリアさんは怖い人じゃない。それに彼女は料理が上手なんだ。私と違ってね」


笑ってみせると彼は裾を握ったまま彼女に目を向ける。すると彼女は伸ばし棒を置いて私たちの方に向き直った。


「ほらほら二人ともこっちおいで!」


そう言って私達をテーブルの周りに集める。近くで見るとなかなか壮観だと感じてしまうほど大きなクッキー生地だ。すると彼女は私に銀色の丸い輪っかを渡して来る。


「はいレイさん、これ」

「えっと、これは…?」

「これで型抜きするんだよ。ほら坊やも、好きな形選びな!」


そう言ってたくさんの型を彼の前に置くセシリアさん。彼はしばらく黙って見つめていたが、不意に型を一つ取った。空を飛ぶ鳥の型だった。


「それをここに置いてギューって押すんだ!力を込めるんだよ!」


セシリアさんが隣で見本を見せながらクッキーの型を抜く。それを見ながら彼は同じように型抜きをした。最初こそ難しそうにしていたが、何回か行うと慣れたのかポンポンと大量の鳥を量産していく。

…そういえば、この子が料理するところを初めて見たかもしれないな。いつも完成品をバスケットに入れて持って来てくれるだけだったから…。

あんな夢中な顔をするんだな。


「レイさん手ぇ止めないの!端っこも集めて型抜きするんだからチャッチャとしないと!」

「あぁはい、すみません」


私も型を使ってクッキーをたくさん作っていく。

出来上がった大量のクッキーを鉄板に乗せ窯に入れるとセシリアさんは私たちの方に振り返り大きく笑顔を見せた。


「よし!後は焼き上がりを待つだけだね!その間にお茶の準備をしようか!」

「そうですね。えっと、じゃあキミは…」


そう言って振り返るとそこに彼の姿はなかった。

ふとリビングに向かってみれば、彼は私に座れと言うように椅子をポンと叩いた。


「もしかして…勇者の話が聞きたいのかな」


彼は大きく頷いた。やっぱり勇者の話になると分かりやすいな。後ろから見ていたセシリアさんも微笑みながら私に声をかける。


「あらなんだい、この子勇者が好きなのかい?」

「えぇ、そうなんですよ」

「ならあたしも聞かせて貰おうかね、勇者の話なんてなかなか聞かないし!」


そう言ってセシリアさんも子供のような顔で向かいの席についた。…お茶の準備は話しながらしよう。


「じゃあ…勇者の中で一番仲間思いだった、勇者ペディの話でもどうでしょう」


ーーー


「わたし、皆に魔王の犠牲になってほしくない」


勇者ペディは女性の勇者だった。


実は彼女の出自は今もわからないんだ。一国の王女だったとか、流浪の旅人とか、いろんな噂があるけれど確定する証拠は今も出て来ていない。


そんな彼女だが、いつも多くの仲間に囲まれていた。老若男女様々な人種の者達がまるで家族のように旅をする彼女のパーティーは巷でも話題だった。その中心である彼女は特にね。


数々の困難を乗り越えてついに明日、魔王討伐へと向かうというその日の夜。


ペディは皆と食卓を囲んだ。鳥の丸焼きにキノコのソテー、生魚を使った異国の料理。浴びるほど用意された葡萄酒。それはその時代の限界とも言える最高に贅沢な食事。それを腹一杯に食らった後、皆はその場で眠りについた。


その次の日、ペディのパーティーは壊滅した。

食卓を囲み、眠るように死んでいた。


死因は毒殺。全ての料理に満遍なく遅効性の毒が混ざっていたんだ。

初めは魔王の手下の仕業とか、脅された宿屋の亭主がやったとか、いろんなことが言われていたんだが犯人は一通の手紙でわかった。


ペディだったんだ。

彼女は自室に手紙…遺書を残していた。

曰く、『パーティーの皆が魔王にやられていくところを見たくなかった。だから毒殺した。皆一緒に死んだらきっと一緒の場所に行ける』とのことだ。


彼女の行った行為は酷く非難されたよ。独善的だ、最低だ。実はペディが魔王の手下だったんじゃないか?なんてことも言われた。


でも、私は違うと思うんだ。

残された彼女の遺書を見たことがあるんだけどね、かなり震えた文字だった。それに辺りに点々と濡れた跡が残っていた。きっとこの手紙を書いた時、彼女は泣いていたんだよ。


…ここからは想像の話なんだけど、もしかするとあのパーティーは全員わかった上で毒が入った料理を食べたんじゃないのかな?そしてその罪をペディ一人が被った。大好きなメンバーの為に。


魔王まであと一歩までいったパーティーだ。最後は恐怖に負けてしまったけど、負けなかったらきっと魔王を倒せていただろうね。


ーーー


話終わることには香り高いお茶が出来ていた。そろそろクッキーも焼けることだろう。

顔を上げるといつものキラキラした顔の彼と、反対にどんよりした顔のセシリアさんがいた。


「あの…どうしましたか?」

「レイさん…あんたこれからオヤツだっていうのに毒の話するのかい」

「あっ…す、すみません、全く気にしていませんでした…」


頭を掻くと「あんたは相変わらず空気が読めないね」とチクチク言われてしまう。しまったな、セシリアさんの前では特に気にしていたつもりだったのに…。


「まぁ安心しな!あたしのクッキーは毒入ってないけど、美味しすぎて死んじゃうんだから!あっはっは!」


空気を変えようとしたのか、より声を張り上げてクッキーを取りに行くセシリアさん。ちらっと彼の方を見ると、彼は軽く首を傾げた。


「ごめんね、こんな話しちゃって…」


誤魔化すように笑うと、彼は少し間を置いた後首を横に振った。…気にしてないようだな。少し安心した。


後ほど食べたクッキーは甘さが控えめでホロホロと口当たりがよくお茶に合ってとても美味しかった。お土産に、と渡されたクッキーの袋には可愛らしい赤色のリボンが巻かれていた。

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