第二話 勇者ネージュの話
墓守の朝は早い。太陽と共に起き、水を汲み墓石を磨く。それが終わったら草むしり。そして一人一人に「おはよう」を伝えていく。今日は幸いゴミは捨てられていないようだ。
終わる頃には日の光が照り、気持ちのいい空気と鳥の鳴き声が流れてくる。すると後ろから小さな足音が聞こえた。
「おはよう。よく眠れたかい?」
私が声をかけると、彼は目を薄めながら頷いた。手にはギュッと毛布を握っている。…まだ眠たいのかな?
「ほら、こっちにおいで。日を浴びながら深呼吸したら気持ちがいいし目も覚めるよ」
彼はトコトコと私の隣にやってきてゆっくり息を吸う。それに合わせて私も体を伸ばし息を吸った。
しばらく二人で日を浴びていると腹の虫が鳴り出した。
朝ごはんか…一人なら適当に済ませてしまうところだが、今日はこの子もいるからな…。そうだ、サンドイッチを作ったらお腹いっぱいになれるかな?そうなればまずはパンを探しに行こうか。
色々考えていると、彼はまたバスケットを差し出してきた。
「え?これ、開けろって…?」
「……」
頷く彼の言われるがまま開けるとそこには綺麗なサンドイッチがたくさん入っていた。みずみずしい野菜が詰まったサンドイッチに、香ばしい肉が入ったサンドイッチ。どれもこれも美味しそうだが、私の頭を覆い尽くしたのは疑問符だった。
「いつの間に作ってたんだ…?」
とても眠気目で作ったとは思えない綺麗なサンドイッチがそこにはあり私は困惑していたが、彼はそんな私を見て首を傾げていた。
怪しいものが入っているとは思えないが、とても不安だ…。
しかし食べ物を無駄にはできない。端のサンドイッチを手に取り口に運ぶ。思い描いて以上の美味しさで不意に笑みが溢れてしまう。あっと言う間に食べ切って食後のお茶を飲んでいた。
「えっと…ごちそうさまでした。こんな美味しいサンドイッチは久しぶりに食べたよ、ありがとう」
そう伝えると彼は何も言わずにコクリと頷いた。相変わらず不思議な子だ。何も言わずにただ私の隣にいるだけ。目的も何もわからない。そんな彼に、私は恐る恐る問いた。
「なぁ、キミはどうして勇者の話なんて聞きたいんだい?」
そう聞くと彼はまた首を傾げる。
「だって、勇者の話なんて吟遊詩人や大衆演劇…それこそ、絵本からいくらでも聞ける話じゃないか。どうしてわざわざ私なんかに聞くんだい…?」
本当に不思議だった。こんな子供が勇者のことを知りたいからと私の元に来るなんて。私は高名な学者でもなんでもないただの墓守だというのに。
彼は手に持っていたサンドイッチを見つめた後口を開く。
「お前から見た話が聞きたい」
それだけ言うとサンドイッチで口を塞いでしまった。…何の理由にもなっていない気するが、しっかりと答える気はなさそうだ。釈然としないまま私は頭に思い浮かんだ話を口にする。
「わかったよ。そうだなぁ…じゃあ今日は、勇者ネージュの話をしよう」
ーーー
「なんで私はあの人を見送ってしまったの…?」
ネージュの旅は後悔から始まった。
昨日話した勇者チケットがいただろう。彼女は彼が体を休めた宿屋の娘だったんだ。
傷だらけのその姿を痛ましく思った彼女は彼を止めたんだ。そんな傷ついてまでそんなことする必要はない、そもそも魔王なんているかどうかもわからない、とね。
でも止めきれなかった。勇者だった彼は「それでも皆の為に魔王を倒したい」と言って旅立ち、死んでしまった。
彼女は彼を思い三日三晩泣き続け、悔やみ続けた。
涙も枯れ果てた頃、彼女は立ち上がった。二度と彼のように傷つく人間を生み出さないように。自分のように誰かと死に別れ泣く人間を生み出さないようにと。
具体的に何をしたかって?
宿屋を作ったんだよ。
体を休め万全の状態で魔王の手下や魔王の影響で生まれてしまった野良の怪物、果てには魔王と戦えるようにね。
しかし最初は仮設のテントのようなものでね。とても満足な接客が出来るものではなかったよ。粗雑な設備はむしろ旅人の疲れを残してしまった。脆い建物だったせいか魔王の手下に狙われて襲われることだって珍しくなかった。
だけど彼女は諦めなかった。
まずは傭兵を雇い宿や客を守ろうと思ったんだ。手下に襲われる不安をできるかぎり取り除こうとね。その為に大金を叩き頭を下げ奔走した。
だがそんな思いに答えられる余裕はこの時にはなくてね。金だけ持ち逃げされたりすることも多く、残った傭兵も皆が皆手下を倒せる程の実力を持っている訳ではなかった。
それでも彼女は諦めなかった。
まずは自身が力をつけ比較的弱い手下は一人で倒せるようになった。そしてその手下が持っていたものを傭兵の報酬として与えたんだ。金貨や食べ物、内臓に腕…持てる全てを剥ぎ取った。全ては皆が生きるため、これから勇者となる者を生かすため。
今思えば非人道的なその行いだが、それは着実に、確実に体勢を整えていった。なかなか手に入りにくい研究対象が欲しいため、遠くの研究者が力のある傭兵を雇わせた。そしてその輪は繋がっていき、遠く遠くの冒険者の耳に届く。そして安定した収入はサービスの向上に繋がり安心して眠れる宿屋が着実に増えていった。
結果彼女や彼女を支援する者達がの積み上げた形態は各地に広がり、冒険者を支えるための宿屋がたくさん出来たんだ。
それが今の宿屋やギルドの大元になったという。
きっと彼女の「一人でも犠牲を減らしたい」という想いは今でも続いているんだと思うんだ。
ーーー
昨日よりは薄みの話になったが、彼女の話は私のお気に入りだ。彼はどう思ってくれただろうか。
そう思い彼の方を見ると、目を輝かせて私の方を見ていた。…心配は無用だったな。
「よしっ、休憩おしまい。これから私は仕事に戻るけど…」
問いかけると彼は首を傾げる。まぁこんな小さい子に墓守の仕事の手伝いをさせるわけにもいかないか…。
「…キミは家で休んでてもいいし、この周りだったら外で遊んでてもいいよ。お昼ご飯は私が作るからゆっくりしていてね」
頭を撫でると彼は頷き家の中へパタパタ走って戻って行った。さて、私も行くか。
…そういえば、あの子はどうして私の仕事のことを知ってたんだろう。ここが勇者の墓だということも。
まさか、わかっててここに来た?私に会って、勇者の話を聞くために?
「…いやいや、そんなわけないか」
深く考えすぎるのは私の悪い癖だ。仕事のことだけ考えていよう。
照る日差しが痛くなる頃、私の目は少しだけ眩んでいた。