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異世界にウンはつきもの

作者: 一条ワゴン

 生まれた瞬間に教会の鐘に雷が落ち、産湯を運んできた助産師が床の歪みで転倒した、その時から。


 俺、ユウト・カナグリの十八年の人生は、不運の女神に愛されすぎていた。その寵愛は今日も健在で、俺は今、市場のど真ん中で衆人環視の中、崩れたトマトの木箱に半身を突っ込んでいた。


「この大馬鹿者が! またお前か、ユウト!」


 市場の元締めであるギルドの親方の怒声が、活気ある喧騒を切り裂く。頭から滴る生ぬるい果汁を感じながら、力なく空を仰いだ。事の起こりはもはや様式美と言ってもいい。

 市場を歩いていただけの俺に幼馴染の八百屋の息子、ケンジが威勢よく手を振った。その足が運悪くトマトの箱を蹴り飛ばし、見事な放物線を描いたトマトが俺の顔面に直撃。そして俺がよろめいた先には絶妙なバランスで積まれていた荷車の山があった。結果市場の一角がドミノ倒しのように崩壊した、というわけだ。


「なあ、ユウト。この前は橋ごと川に落ちたって聞いたぞ? なんでまたそんなことになるんだよ?」


 後片付けを手伝ってくれる商人たちが、呆れと憐憫の入り混じった視線を向ける。俺はただ、


「立った場所が悪かったのかな…」


 と呟くことしかできない。


 これが俺の日常だった。洗濯物を干せば突風、道を歩けば地割れ。王都でも知る人ぞ知る、“運のない男”ユウト・カナグリ。それが俺の唯一にして最大の特技だった。


 そんな俺が、なけなしの金をはたいて王都までやってきたのには理由がある。四年に一度の『勇者継承の儀』。それを見れば、ほんの少しでも運気が上がるかもしれない。藁にもすがる思いとは、まさにこのことだった。


 ◇◇◇


 王城前の大広場は、黒山の人だかりだった。町中に色とりどりの旗が翻り、陽気な音楽が流れ、道の両脇には香ばしい匂いを漂わせる屋台がずらりと並んでいる。誰もが笑顔で、これから始まる平和の祭典に心を躍らせていた。


 かつて世界を救った勇者。その魂と力は、魔王が討伐された今もなお、平和の象徴として代々受け継がれている。もはや形式的とはいえ、その神聖な儀式は国民的な一大イベントなのだ。


 俺は人混みをかき分け、どうにか広場の隅の方に場所を確保する。その瞬間、隣にいた子供が食べていたべっこう飴が、俺の真新しいシャツにくっついた。


「あ、ごめんなさい!」


「……うん、慣れてるから大丈夫だよ」


 母親に手を引かれて去っていく子供の後ろ姿を見送りながら、俺は乾いた笑いを漏らした。


 やがてファンファーレが鳴り響き、儀式が始まった。祭壇に立つ神官長が荘厳に詠唱し、光の柱が天へと伸びる。

 誰もが固唾を飲んで、次代の勇者候補である銀髪の貴公子、アーサー・クローディアを見守っていた。彼の立ち姿は完璧で、自信と誇りに満ち溢れ、まさに物語の主人公そのものだった。

 光がひときわ強く輝き、詠唱が最高潮に達した、まさにその時だった。


「ポポォーッ!」


 場違いな鳴き声と共に、白い影が空を切り裂いた。一羽の、見事なまでに真っ白な鳩。それは何を思ったか、一直線に光の柱の中へと突っ込んでいったのである。


「…え、鳥?」


 誰かが呟いた。神官も、勇者候補のアーサーも、何が起こったのか理解できずに固まっている。光の柱の中心で、白い鳩は悠々と翼を広げていた。

 やがて、光がゆっくりと収束していく。しかし、その光はアーサーではなく、明らかに、柱の上にちょこんと止まった鳩へと吸い込まれていった。会場が一瞬、水を打ったように静まり返る。


 次の瞬間、神官長が震える声で、呆然と呟いた。


「…ま、まさか…勇者の力が…あの鳩に…宿ってしまった…?」


 その言葉が、狂乱の引き金となった。


「はァァァァァァァァァッッッ!?」


 一人の男の絶叫を皮切りに、群衆の叫びが爆発した。


「捕まえろォォォ! あの鳩を捕まえれば俺が勇者だ!」


「馬鹿野郎! あれは聖なる鳩じゃあ! 新たな神の使いじゃぞ!」


「うるさい! 俺が飼うッ! 売れば大金持ちだ!」


 欲望と信仰が入り乱れ、広場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。平和の象徴を生み出すはずの神聖な儀式は、一瞬にして人間の欲望が渦巻く無法地帯へと変貌した。


「…これは…もうダメだな…」


 夢を見た自分が馬鹿だった。幸運を求めて来たはずが、目の当たりにしたのは人間の本性と、前代未聞の大混乱だ。俺は早々にその場を離れ、夕暮れの路地裏をとぼとぼと歩いていた。

 王都の喧騒を背に、空は茜色に染まり始めている。あの後、鳩がどうなったのかは知らない。ただ、俺の人生が何も変わらないことだけは確かだった。


 ふと、頭上で小さな羽音がした。


「ん?」


 何気なく空を見上げた、そのときだった。


 ――ぴちゃっ。


 生ぬるくて、柔らかい、形容しがたい衝撃が、額の中心に命中した。

 思考が停止する。額から鼻筋へ、ゆっくりと滑り落ちてくる、


 白くて不穏な物体。


 その匂いと感触が、脳の奥底にある最悪の記憶を呼び覚ます。直感が、いや、これまでの不運な人生経験が告げていた。


(…()()だ)


 見上げた空に、見覚えのある白いシルエットが浮かんでいた。街灯の上に止まった、あの儀式をぶち壊した白鳩だ。悠々と羽ばたき、飛び去っていくその後ろ姿は、なぜか神々しくさえ見えた。


「ふざけんなああああああ!!! なんで俺なんだよおおおおお!!!」


 今日一日の不運と理不尽さが爆発し、俺は天に向かって叫んだ。


 その刹那、俺の体がふわりと宙に浮いた。


「え、えっ?」


 地面が遠ざかる。視界が真っ白な光に包まれ、体が熱を帯びていく。血の中に、まるで小さな太陽が灯ったかのような、灼けるほどの熱い感覚が駆け巡った。


「ちょ、ま、待って、え、なんか違う、これ――」


 ドン、と軽い衝撃と共に地面に降り立つと、不思議と痛みはない。それどころか、全身に今まで感じたことのないほどの力が満ち満ちていた。

 脳裏に、直接語りかけてくるような、厳かな声が響く。


 《勇者継承、完了》


「…え?」


 自分の右腕に、複雑で神聖な紋様が、まるで昔からそこにあったかのように浮かび上がっている。

 誰もいない夕暮れの小道で、ひとり立ち尽くすユウト。


「…うそだろ…?」


 額にべったりと付着した鳩のフンが、まだ生温かかった。


 ◇◇◇


 故郷近くの街の、埃っぽい冒険者ギルド。俺、ユウト・カナグリは、カウンター越しに座る筋骨隆々のギルドマスター、ザッカリアを前に、これまでの経緯を説明していた。


「――で、そのフンを介して、俺が勇者になっちまった、と」


「その説明、何度聞いてもさっぱりわからん」


 ザッカリアはガシガシと頭を掻き、大きなため息をついた。彼は俺が子供の頃から世話になっている、ぶっきらぼうだが根は優しい男だ。


「ユウト。お前が王都でとんでもない騒ぎを起こし、今や『勇者の力を盗んだ大罪人』として指名手配されているという噂は、もう行商人の間じゃ有名だ。お前の不運も、とうとう国家レベルになったか」


「俺は何もしてない! 被害者だぞ!」


「世間は結果しか見ねえんだよ。実績を作れ。お前が本当に『勇者』なら、力で示せ。口先だけの犯罪者じゃないってことを、世間に、いや、まずはお前自身に証明して見せろ。でなければ、お前は一生“運のない男”のままだ」


 ザッカリアの言葉が、ずしりと胸に響いた。


「そこでこれだ」


 彼は一枚の依頼書をカウンターに叩きつけた。


「隣村の森にゴブリンの群れが住み着いた。前の縄張りが荒らされたらしく、隣村の近くに移動してきたってわけだ。最近では魔物の活発化の報告も入ってきている。厄介になる前に叩いておきたい、というわけだ」


 俺の肩で話を聞いているあの元凶たる白鳩――今は俺の相棒となったレオナルドも、尊大な態度で頷いている。


「フン。人間の評価などくだらんが、活動の拠点と資金を得るためにはやむを得まい。行ってやれ、トイレ勇者」


「その呼び方やめろ!」


 俺が依頼書を受け取ると、ザッカリアは棚から古びた羊皮紙を一枚取り出した。


「おまけだ。これはギルド所有の魔力鑑定紙だ。お前が本当に力を得たってんなら、何かしら文字が浮かび上がるはずだ。自分の力を知らずに戦場に出るほど、馬鹿なことはねえからな」


 俺はザッカリアに礼を言い、依頼書と鑑定紙を握りしめてギルドを後にした。


 ◇◇◇


 森へ向かう道すがら、俺はザッカリアにもらった鑑定紙に、祈るような気持ちで魔力を流した。すると、空白だった紙の上に、インクが染み出すようにゆっくりと文字が浮かび上がってきた。


 《保有スキル》

【|不運反転(リバーサル・フェイト)(ランクS)】

 自身が不運な事象に陥りそうな瞬間、それを自動的に回避し、3秒間だけ移動速度が大幅に上昇する。発動後のクールタイムは1分。


【|聖鳥達の御風(ディバイン・ゲイル)(ランクS)】

 指定した地点に風を起こすことができる。風速の上限は20m/sで微調整可能。


【オウム返し(ランクE)】

 聞いたことのある生物の声や言葉をそのまま(改変できない)発することができる。


「…Sランクが二つ…だけど…」


 鑑定結果を覗き込んだレオナルドが、翼をぱたつかせながら、心底面白そうに言った。


「フン、トリガーが『不運』とはな。一日中スキルが発動しっぱなしになるんじゃないか? まさに、お前のような男のために誂えられたスキルだ。せいぜい感謝することだな、不運の女神に」


「やかましい! こんな使いにくいスキル、どうしろって言うんだ!」


「まあ、【聖鳥達の御風(ディバイン・ゲイル)】は本物だ。Sランク、風速20m/s! 問題は制御だがな」


 レオナルドの冷静な指摘に、俺の期待は急速にしぼんでいった。


 ◇◇◇


 不安を抱えたまま、俺たちはゴブリンの巣へと向かった。依頼書の「4〜5体」という情報を信じていたが、そこにいたのは、10体を超えるゴブリンの群れだった。俺の不運は、こういうところで的確に仕事をする。


 だが、やるしかない。俺は覚悟を決め、Sランクスキル【聖鳥達の御風(ディバイン・ゲイル)】を放った。


「くらえッ!」


 ゴオオオオオオッ!


 俺がイメージしたものを遥かに超える暴風が森をなぎ倒す。しかし、初使用で制御できるはずもなく、暴風は無差別に吹き荒れ、木々をへし折り、土煙を巻き上げ、ゴブリンたちを怒らせただけだった。


「うわあああ! 俺まで飛ぶうううう!」


「バカ野郎! 威力を考えろおおおお!」


 暴風で吹き飛ばされそうになる俺の髪を、レオナルドが必死の形相で掴んでいる。


「何か別のスキルを使え。災害でも起こしに来たのか」


 レオナルドはすでに満身創痍だ。


「ならば【オウム返し】!」


 ゴブリンの威嚇の声を真似てみるが、それは宣戦布告にしかならなかった。


 血走った目のゴブリンたちに囲まれ、俺は涙目になった。もはやこれまでか。スキルを発動させようにも、都合よく「不運」が起きなければ【不運反転(リバーサル・フェイト)】は使えない。


「くそっ、こんな時に限って何も起きないのかよ!」


 俺は必死に地面を蹴って、自力でその場から逃げ出した。背後から飛んでくる石つぶてや汚物の類を、必死にかいくぐりながら、泥だらけになって森を駆け抜けた。


 ◇◇◇


 村の納屋に逃げ帰り、俺は完全に意気消沈していた。干し草の上に大の字になり、ただ天井を見つめる。


「もうダメだ…。Sランクスキルが二つあっても、片や制御不能、片や運任せなんて、どうしろって言うんだ! 結局、俺はただの“運のない男”なんだ…」


 自己嫌悪に陥り、不運なだけの人生を呪う。勇者になんて、なるべきじゃなかった。

 その時だった。


 ポトッ。


 納屋の梁に巣を作っていた鳥のフンが、俺の顔のすぐ横の干し草の上に落ちた。


「またかよ…」


 悪態をついた、その瞬間。何かが脳裏をよぎった。ひと筋の、しかし確かな閃光。


 始まりは、フンだった。この力も、この絶望も、全てはあのフンから始まった。

 そして、今またフンが落ちてきた。これは…?


(待てよ? 制御できない暴風…敵を怒らせるだけの声…そして、意図的に引き起こせる『不運』)


 バラバラだったピースが、頭の中でカチリと音を立てて組み合わさっていく。勇者らしいとか正攻法で戦おうなんて俺には荷が重いんだ。


 俺は勇者じゃない。


 ただの、不運な男だ。


 ならば、不運な男らしい、姑息で、狡猾で、誰も考えつかないような戦い方をすればいい。


 俺はゆっくりと体を起こした。その顔を見て、レオナルドが訝しげに首を傾げる。


「どうした? 急に悪だくみをする三流詐欺師のような顔になったぞ」


 俺は泥だらけの顔のまま、にやりと口の端を吊り上げた。それは、絶望の淵から這い上がってきた男の、不敵な笑みだった。


「“戦う”んじゃない。“勝つ”んだ」


「ほう?」


「作戦を思いついた。あの役立たずのスキル群でも――いや、このスキル群だからこそ、やれる方法があるかもしれない」


 ◇◇◇


「――というわけだ。どう思う、レオナルド?」


 薄暗い納屋の中、俺は考え出した作戦の全容を、相棒の白鳩に説明していた。床に広げた粗末な地図を指さしながら、姑息で、狡猾で、そして勇者らしさの欠片もない計画を。


 レオナルドはしばらく黙って聞いていたが、やがて翼をぱたつかせ、心底呆れたように、しかしどこか面白そうに言った。


「…なるほどな。正気の沙汰ではない。もはや戦術というよりは、大規模ないたずらの領域だ。お前のスキル【不運反転(リバーサル・フェイト)】を、自ら転ぶことで能動的に発動させる、か。その発想に至るとはな」


「笑うな。これも生き残るためだ。それに、川に落とした奴らを仕留めるには、大量の石がいる。村はずれのじいさんから、古い荷車を借りてきた。これに川原で拾った石を入れて、川辺の茂みに隠しておく」


「フン。準備だけは一流の悪党並みだな。せいぜい、自分の策に溺れて死ぬなよ、勇者殿」


 俺たちは顔を見合わせ、不敵に笑った。これが俺たちの初陣だ。不運に愛された男が、神の気まぐれな力と、鳥のフンがもたらした“クソ運命”を生き抜くための、唯一の戦術。その名も――


 ◇◇◇


 再び、ゴブリンの森。

 川のせせらぎが静かに響く。その対岸の茂みに、俺は息を殺して伏せていた。前回、無様に逃げ帰った場所とはまるで違う、研ぎ澄まされた緊張感が体を包んでいた。


「昨日、半日かけて潜伏し、耳に焼き付けてきた“あの声”は、完璧に覚えてる」


 俺はそっと息を吸い込み、喉を震わせた。【オウム返し】を発動させる。


「グキャキィ! コッチニイイモノ! コッチダァァッ!!」


 やけにリアルなゴブリンの物欲に満ちた叫び声が、森に響き渡る。しばらくして、ガサガサと草をかき分ける音と共に、ぬっと一体のゴブリンが現れた。仲間から少し遅れて、縄張りを巡回していた個体だ。


「きた…!」


 ゴブリンが、縄張りの目印にしている木の根元に近づいた。そこは、俺が事前に何度もシミュレーションした場所だ。俺は茂みから飛び出し、わざとらしくその木の根に足を引っ掛けた。


「うわっ!」


 体が前のめりに倒れ込む、まさにその瞬間。


 《スキル:不運反転(リバーサル・フェイト)発動》


 転倒という不運を起点に、俺の体は弾かれたように前方へ、ゴブリンの背後へと加速した。ゴブリンが俺のわざとらしい声に気づいて振り向くより速い。体に染み込ませた手順通りに、思考より先に体が動く。

 手にした短槍を、渾身の力でゴブリンの背中に突き立てた。ゴブリンは苦悶の声を上げる間もなくその場に崩れ落ちる。


「…よし、一体目」


 息を整え、俺は次の段階へ移る。再び【オウム返し】を使用。今度は、ギルドでザッカリアに聞かせてもらった、録音済みのゴブリンの咆哮を脳裏に蘇らせる。


「グワァァァ!! オレノナワバリ、アラスナァァ!!」


 森の奥でゴブリンたちの騒がしい声がピタリと止んだ。代わりに、警戒するような、いくつものざわめきが聞こえ始める。


「くるぞ。死体は…よし、目立つ位置に」


 先ほど倒したゴブリンの遺体を、わざと川の縁まで引きずっていく。足を少しだけ水に浸からせ、まるで“何者かに無惨にやられた”かのような演出を加えた。

 俺は再び茂みに隠れると、音を殺し、完全に気配を消す。

 やがて、ぞろぞろと8体ほどのゴブリン達が死体へと駆け寄った。その瞬間――


「【聖鳥達の御風(ディバイン・ゲイル)】ッ!」


 俺は川面に向けて、風速20m/sの暴風を叩きつけた。狙いを定めた一点集中の風だ。


「ギョエエエエ!?」


 強烈な風にあおられたゴブリンたちは、なすすべもなく体勢を崩し、一塊になって川の中へと転落した。


「よしっ!」


 水中で溺れかけるゴブリンたち。


「いける…今だッ!」


 俺は茂みに隠しておいた荷車から、こぶし大の石を次々と掴み取った。


「ほう。まるで石でできたフンのようだな」


 と、肩のレオナルドが面白そうに呟いた。


「見事にやつらの頭上に降り注ぐといいが」


「ああ! 見せてやるぜ、これが俺たちの……通称“くそ作戦”だッ!」


 俺は石を水中へ向かって投げ込むと同時に、再び叫んだ。


「【聖鳥達の御風(ディバイン・ゲイル)】、風速15、射線角30度…発射ァ!」


 ゴッ! バキッ!


 暴風によって弾丸のように加速した石が、水中のゴブリンの顔面に炸裂した。次々と石つぶてが命中し、意識を失ったゴブリンたちが、ぐったりと川の流れに漂い始める。


「よっしゃああああああ!! 勝利!!」


 だが、勝利を確信した、その時だった。


 ――シャッ。


 俺のすぐ背後で、殺気を帯びた気配がした。振り向くと、最後まで後方にいたらしい、ひときわ狡猾そうな一匹のゴブリンが、牙をむき出しに襲いかかってきていた。


「うわっ!? マジかよ!?」


 ゴブリンが錆びた斧を振りかぶる。もう避けられない――!


 ぴちゃっ。


 見上げると、レオナルドが木の枝の上から、すました顔でこちらを見ている。


 レオナルドが俺に向かってフンを落としたらしい。


 《スキル:不運反転(リバーサル・フェイト)発動》


 ()()()()()()()()という、新たな「不運」をトリガーに、スキルが強制的に発動したのだ。


「やりやがったな、レオナルド!」


「フン、さっきのお返しだ!」


 加速した俺は、ゴブリンの振り下ろす斧を紙一重でかわし、がら空きになった胴体に短槍を突き刺した。ゴブリンは断末魔を上げ、その場に崩れ落ちた。


 全てが終わり、俺は肩で大きく息をしながら、しばらくその場に座り込んだ。


「…終わった…これで、討伐成功だ…」


「ん? ああ。だが、討伐の証拠がなければ報酬は出ないぞ?」


「…え?」


 レオナルドの冷たい言葉に、嫌な予感がよぎる。


「川に落としたゴブリンの死体、部位を回収しに行かねばな。ギルドへの提出用に、耳か牙あたりが必要だろう」


「はああああああ!?!?」


 その後、俺は村で小舟と長い棒を借り、川下へ流されたゴブリンたちを回収するという、全くもって勇者らしくない地道な作業に、半日を費やすことになった。


 水でふやけてぶよぶよになった耳。川魚にかじられて、もはや原型を留めていない足。ぬるりとした感触の死体を引き上げるたびに、俺はえずきそうになるのを必死にこらえた。


「あーもう、これ何だよ…!? どこが“伝説の勇者”なんだよ、俺は!」


 ◇◇◇


 ギルドに戻り、ザッカリアにゴブリンの耳を差し出すと、彼は鼻をつまみながらも、驚いたように目を見開いた。


「…本当にやり遂げたのか、お前一人で」


「まあ、な」


「そうか」


 ザッカリアはそれ以上何も聞かず、ただ黙って報酬の銀貨をカウンターに置いた。その目には、ほんの少しだけ、俺を認めるような色が浮かんでいた気がした。


 帰り道、夕日に照らされながら、俺はレオナルドに話しかけた。


「なあ、俺、少しは勇者っぽくなれたかな」


「フン。やっていることは三流の悪党と変わらん。だが…」


 レオナルドは少し間を置いて、続けた。


「その悪あがき、存外、嫌いではないぞ」


 その言葉だけで、十分だった。俺は空を見上げ、満足げな笑みを浮かべた。

 不運と共に戦い、不運と共に生き残った。


 ――そう、勇者という名の奇跡には、どうやらたいてい、()()がついてくるものである。



『異世界にウンはつきもの』をお読み下さりありがとうございます!


 勇者の力を継承するはずだった人との絡みとか鳥嫌いのヒロインだったりを書くつもりだったのですが、長くなりそうだったので断念しました。気が向いたら書くと思います。


 この話の展開を構想している間、リアルでも不運が積み重なってきました。

不運って一体何なのでしょうね。

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