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梅散らず  作者: 花河燈
9/27

歳三のやせ我慢

「駄目だ。多摩に帰れ」

歳三は門戸にもたれながら、入隊希望の男に無碍もなく言いつけた。

文久三年(1863年)十一月の事である。

芹沢派を粛清し、近藤を頭に据えた形で新撰組が再出発し始め、やっと軌道に乗り始めた頃の事だった。

その男は、天然理心流の門下生だった男で、名を松本捨助という。年は歳三の十才下で、齢十九の真面目で一本気な青年だった。捨助とは親戚でもある歳三は、捨助の豪気さや剣の腕が確かなのは熟知している所だった。

「何でだよ。はるばる京まで来たってのに。良いじゃねーか俺も新選組に入れてくれよ」

「駄目だ駄目だ。お前ぇなんざ役にはたたねぇからとっとと帰れ」

 あまりにもつれない態度の歳三に、捨助はすがるような目を向けた。

捨助だって、元々浪士隊の募集に志願する予定だったのだ。家が多摩の本宿村名主で長男だという理由で家族の猛反対にあい、家に閉じ込められた為、皆が集う伝通院に行くことが出来なかったのだけれども。それでも諦められずに、捨助は飛び出すようにして家を出てきたのだ。

家族の反対を押し切って家を出た所までは、歳三と同じなのだから、自分の気持ち位理解してくれても良いものをと捨助は思った。

「近藤先生や歳さん達が、一旗揚げてるってのに、参加できねーなんて冗談じゃねぇ。俺だって命を捧げる覚悟で来たんだ。歳さん俺をこの組に入れてくれよ」

 捨助は懇願する。

「駄目だ。今は隊士なんぞ募集していない」

取り付く島もないように歳三は冷たく突き放した。

「なんでそんな事いうんだよ」

「…」

聞き分けない捨助に、歳三は天を仰ぎ見た。


「あれ?松本さんじゃないですか」

そこへ、巡察を終えた総司が戻ってきた。平隊士を従え十人ほどの先頭に立っている総司が、捨助にはまぶしく映った。

「沖田先生」

「どうしたんですか?こんな所で立ち話なんて、長旅でお疲れでしょうに。全く土方さんったら気が利かないんだから」

隊士達を先に行かせて、総司は二人の間に立つと、緊張した場をなごますように笑った。

「ちっ…しかたねーなぁ。総司からの報告もある事だしな。お前ら俺の部屋に来い」

不承不承といった形で総司に言い置くと、歳三は一人で踵をかえした。

「松本さん、さては土方さんに反対されましたね」

「頭ごなしに帰れの一点ばりで…あんなに歳さんが頑固だったとは知らなかった」

「きっと土方さんは心配なんですよ。全く身内にはトコトン甘いんだから…」

「どこが甘いっていうんですか」

 総司はくすりと笑った。

自分達が踏み入れている世界は、気合いだけでのりきれるものでもなければ、捨助が思っているほど甘い世界でもない。捨助に血なまぐさい生活をさせたくないという気持ちから歳三が帰れといった事くらい総司には解りきった事だった。

 その場に残された総司は、捨助を引き連れながら屯所内を案内した。

廊下ですれ違う隊士達がぺこりと総司に向かって頭を下げていく。総司よりも年上であろう者までがだ。隊服に身を包み先頭を歩く総司の姿は堂々としたものだった。

一道場の剣客でしかなかった者達が、いまや会津藩預かりの部隊として京の治安を守っていると聞いて、捨助はいてもたってもいられずに京に来たのだ。

捨助は羨ましい気持ちで廊下を歩く総司の背を見ていた。

「俺じゃ、無理って事なんですかね沖田先生」

道場の傍で立ち止まり捨助は呟いた。隊士達が打合っている姿を見て、やっている事は天然理心流の稽古となんら変わらないという目を総司に向けた。

「いえ、腕の事じゃないと思いますよ?土方さんもあれで身内には甘いから」

 先ほどから同じ事しか言わない総司に、捨助は不満を覚える。

「どこが、あんなに歳さんが冷たいなんて思ってもみなかった」

打合いをしていた隊士達が、厳しいので有名な副長に対して歳さん呼ばわりをする捨助にぎょっとした目を一瞬向けた。

歳三に恐れを抱いている隊士は思いの他多い。特に芹沢粛清以後に入隊した隊士など、声をかけられただけで背筋を伸ばすほどである。

「この人は土方さんの親戚ですよ」

隊士達に向かって、総司は腰に手を置いて溜息をついた。

「そ…それは失礼しました」

隊士達のかしこまりっぷりに捨助は首をかしげる。多摩にいた頃の歳三しか知らない捨助にとって歳三は優しい男でしかないのだ。

一人考え込んでいる捨助のそばで総司が口に手をあて隊士達全員に届くように檄を飛ばした。

「全く私達の言葉にいちいち反応しないで下さいよ。実戦で、あ…カラス…と指を指された方向にいちいち顔を向けたてたら、その間に斬られてるって事ですよ?」

冗談のようなその言葉に、捨助は思わず噴出す。

だが、隊士達の中で笑った者は誰もいなかった。その言葉を聞いた瞬間、隊士達は瞬間顔を引き締め、総司に向かって頭を下げると一心不乱に打合いをし始める。

(なんだ面白みのねー人ばかりじゃねーか)

捨助は鼻白んだ。

総司は、そんな捨助の様子を見て苦笑いを浮かべた。


「解ったご苦労だったな総司」

あらかたの報告を聞いた歳三は、捨助に向き直った。

「さて、捨助。お前どうしてそこまでして新撰組に入りたいんだ」

「京の治安を守ってるなんて、凄い事じゃねーか」

捨助は気付いてないのだ。新撰組が、京の町の人から煙たがられている事実に。

武州の人々は幕府が正義だと思っている所がある。歳三達もあたりまえのように京に来るまではそうだった。

だが京の人々は元々、天皇を支持している人間の方が多い。だから過激尊攘派にも同情的な目を向けているのだ。

なので、厳しく浪士達を取り締まる新撰組は、煙たがられこそすれ、正義の味方である筈もなかった。

「捨助、お前が思ってるほど、新撰組の活動は良いもんじゃねーぜ?」

「良いか悪いかはみてみなけりゃわかんねーじゃねーかよ」

どうにも聞き分けない捨助に、歳三は業を煮やした。

(ったく俺もまだまだ甘いな)

 歳三は溜息を一つ付く。

「解った。だったら一日総司の奴と一緒に巡察に出てみるといい」

「ええぇ?」

 ふいに話をふられた総司は困ったように眉をハの字にした。

「なんだよ。なんか文句あるのか?」

「私の隊と一緒にですか?」

ただでさえ命の危険が伴う巡察に、歳三の親戚でもあり、門下生だった捨助を連れて出るのは躊躇われたのだ。

捨助は多分、刀で斬り合う時のすさまじさを知らない。

いくら剣道が強くても実戦で役に立つとは限らない事を総司は知っていた。免許を引き下げて入って来た、新入隊士でさえ最初人を斬る事が出来ない者が多くいたのだ。

大人数の不貞浪士に出会ってしまった時、はたして捨助を守る余裕なんかあるのだろうかと総司は思った。

「お前以外に誰に頼めるっていうんだ」

 したり顔で歳三が総司を見て薄く笑う。

「やだなぁ土方さんったら、こんな時に殺し文句言うんだから。解りましたよ。明日の巡察は松本さんも一緒にまいりますか?」

総司がしぶしぶ頷けば、捨助は満足そうに大きく頷いた。

捨助にしてみれば、手柄の一つも立てれば、入隊を許可してもらえるかもしれない機会を貰ったようなものだからだ。

「頑張ります沖田先生」

「…」

にっこり笑うものの、総司は内心では頼むから大人しくしていてくれと思っていた。

「では松本さんは今夜、土方さんの部屋に泊まるという事ですか?」

「あぁ…そうなるなぁ」

 歳三は不本意といわんばかりに呟いた。

副長助勤である総司は、同じく助勤の者達と同室の為、部外者である捨助が同じ部屋に寝るのは憚られる。そうなれば歳三の縁者という立場を考えると、歳三の部屋で寝る以外にないのだ。

「では、松本さん。土方さんが遅くまで起きているようだったら叱ってやって下さいね。この人ほっとくと、いつまでも仕事してますから」

毎日毎日、仕事の虫にでもなるつもりなんですかね。と総司は毒づいた。

「うるせーぞ総司。お前明日の事が解ったらさっさと隊士の稽古でもつけてやってきやがれ」

歳三の額に血管が浮かぶのを見計らって、総司は脱兎のごとく歳三の部屋を逃げ出した。

捨助は多摩にいる頃と変わらない二人の軽いやり取りを見て、あながち自分でも勤まるかもしれないと思った。捨助は知らなかったのだ。歳三が総司以外の人間にどんな態度で接しているのかを。


そして、その夜。

捨助は土方の部屋に敷かれた二組の布団の片方で一人先に寝入っていた。

旅で疲れているだろうから先に休めと歳三に言われて、その言葉に甘える事にしたのだが、ふと夜もふけて目を覚ました捨助が隣りを見ると、まだ歳三は布団に入った様子はなかった。敷かれたままの布団は、人の温度を知らずに冷たいままになっている。

捨助はそっと寝返りをうつ。

そして部屋を見渡すと、火芯を絞った状態の行灯で手元だけを照らし、歳三は文机に向かっていた。先に寝ろと捨助に言った時の姿勢のままだった。

歳三の後ろ姿は、思いのほか細かった。白いのを通り越して青く見える肌から歳三が無理な生活をしている事が伺えた。

歳三は、捨助が寝る直前までも報告を聞いていた。副長助勤と言われる人間が代わる代わる歳三の部屋を訪れるのを部屋の端で眺めていた捨助は、歳三の副長としての感情をはさまない淡々とした言葉の一つ一つに驚かされた。テキパキと指示を出している様がとても多摩にいた頃の冗談を言う歳三とは一致しなかったのだ。そして何よりも驚いたのがその忙しさにだった。

もしかしたら自分が寝ている間にも同じ事があったのかもしれないという想像が捨助にも容易にできる。

昼夜のニ交代で行われている巡察も、それを管理している歳三の大変さも、少しだけ捨助にも解った気がした。

そして、歳三に声をかけようかと思い身を起こしかけた時だった。

「まぶしかったか?」

気配を感じたのか、歳三は布団が敷いてある方を振りかえった。

「ううん。それより歳さんは、まだ寝ないのか?」

「…まぁな」

曖昧に歳三は頷く。

「もしかして、毎日こんな生活してるのか?」

「…」

図星を指され歳三は言葉を詰まらせた。

「してるんだな。全く…日野のノブさんが泣くよ?それを聞いたら」

「仕方ねーだろうが。なにかあった時に、報告できるようにしとかなきゃならねーからな。姉さん達には絶対言うなよ」

「戻るって決めつけないでくれよ。歳さん。俺はここで歳さん達みたいに働くんだ」

「捨助…」

「歳さんもそろそろ寝ないと、沖田先生にしかられるぜ」

「解ったよ」

歳三は、溜息をつきながら、行灯の火をふっと消した。

途端に闇が訪れる。歳三が隣にいるという気配を感じながら、捨助はまた来る眠気にまかせて目を閉じた。


「沖田先生。不貞浪士はいつ来るのでしょうか」

新撰組の隊服を総司に借りた捨助は、総司が率いる巡察に加わっている。

総司の隣を歩いていても、副長である歳三の縁者だと言う事で誰も咎める者はいない。

「さぁ。それが解れば、私達もわざわざ見まわる必要はないんですがねぇ」

鼻息も荒く、やる気満々の捨助を見て、総司は苦笑いを浮かべた。

「そりゃそうですね」

舌を出して捨助はデコを叩く。そして、気を取りなおしたように、また辺りを見回しながら怪しい者を探し始めた。

すると捨助はある事に気が付いた。

町の人々の視線がとてもよそよそしい。というより故意に視線を合わさないようにしていると言っても過言ではないくらいだった。

総司を先頭にして、店にご用改めに入っても、協力的な人間は誰もいない。

早く出ていってくれという視線を隠しもしない店主さえいた。

捨助は内心で憤慨していた。そして人通りが少ない道に差し掛かった所で総司に詰め寄った。

「町の人の態度。ありゃあ何なんですか」

「ああ…いつもの事ですよ」

何事もなかったように言う総司に捨助は憤りが隠せなかった。

「誰のおかげで日々安心して暮らしていられるって思ってんだ。沖田先生達が日々不貞浪士達を取り締まっているからでしょう?」

歳三が徹夜同然の生活をしているのも、総司がこうして日夜巡察をしているのも全て町の人、国を思えばこそなのだ。

それを解らない京の人々の態度に捨助は憤慨した。

「まぁまぁ…」

詰め寄る捨助を宥めながら、総司は大変な役を言いつけた歳三に心の中で思いつく限りの恨み言を並べていた。


「いました。あそこ角を曲がった所のあばら家に一人潜伏しております」

巡察も終わりに近づいた頃。

隊士の一人が総司の元に駆け寄って言った。

その瞬間、総司の顔が一瞬にして引き締まる。

隣にいた捨助もいよいよかと思って固唾を飲んだ。

「いいですか?松本さん。ここからは私の指図に従ってもらいますよ。文句は後で聞きますから絶対余計な事はしないで下さい」

「はい」

 出番がなさそうなのを残念に思いながらも、捨助は久しぶりに総司の鋭い剣が見られると心をはやらせていた。武士と武士のぶつかりあいなのだ。木刀や竹刀ではない真剣での勝負に捨助の血が沸き立った。だが、総司が取った行動は捨助が想像したものとはかなり違っていた。

一対一の勝負なのではなかったのだ。

こっそりと敵に見つからないように隊士達全員であばら家を囲み、少しずつ間合いを詰めていって相手を追い詰め捕縛するというものだった。

武士ならば、いざ尋常に勝負するものだと思っていた捨助は、その捕り物が納得いかなかった。卑怯という言葉が捨助の頭をよぎる。


「何故、沖田先生がお一人で相手をしなかったんですか?」

屯所に戻った捨助の口から出た言葉は、責めるようなそれだった。

他の隊士達が何事かと振りかえるのを見た総司は、捨助を人気のない所へ連れ出した。

壬生寺の近くまで二人連れ立って歩く。

「そういう決まりなんです」

「でもそれは卑怯なのではないのですか?不意打ちを狙って多勢に無勢なんて…」

 曲がった事が嫌いな捨助は、首を振った。

「なにも私達は戦をするわけでも剣道の試合をするわけでもありませんから」

「そんなだから、悪者でも見るような目で町の人から見られるんだ」

「…そうかもしれませんね」

沖田は苦笑する。新撰組の剣が集団によるものになったのには理由があった。

今の新撰組は、まだ出来たばかりの組で、寄せ集めた隊士達のほとんどが実戦などした事がない者ばかりだった。

本物の武士など一握りで、ほとんどが剣術をかじった事のある町人や農民ばかりだったからだ。

そんな中、多くの不貞浪士を相手に真っ向から斬り合えば、剣術の腕がある隊士は良いが、腕が未熟な者は即、死に繋がってしまうのだ。

だからといって、不貞浪士は待っていてはくれない。

そこから生まれた剣が新撰組の剣だった。

仲間を一人でも殺さない為の剣。

優しい剣を選んだのは歳三だった。

「沖田先生はそれで良いのかよ」

「私は別に正義の味方になりたいとは思っていませんから。どんな汚い手であっても良いんです。結果、京の人々を守る事が出来ていれば」

「そんな…」

捨助が言いかけた所で、総司は手を伸ばして捨助の口をふさいだ。

「つけられています。隙を見つけたら逃げて下さい」

総司が振りかえった途端、不貞浪士と思われる男達が三人ほど刀を抜いて総司に斬りかかってきた。

総司は、すらりと剣を抜いて一人の喉をつき、その動作の延長だというように流れるような動きで二人目を袈裟懸けに斬った。

辺りに飛び散る血を前にして、捨助は動く事が出来なかった。

捨助も刀を抜こうとするが、手が氷のように固まって上手く抜けない。生の斬り合いに捨助の心臓が縮み上がる。

先程まで動いていた人間だった筈のものが、今は大きな塊となって地面に転がっているのだ。

簡単に命を掛けると言っていた自分が捨助は恥ずかしくなった。

今の段階で、総司がいなければ捨助は、命を掛ける事も出来ずに斬り殺されていた。

斬らなければ斬られるという状況において、綺麗ごとなど言ってはいられないのだと言う事を捨助は、この瞬間身を持って知った。

不貞浪士の方も集団でこうして後ろから忍び寄って来て不意打ちで斬りかかってくるのだ。

そうなってはじめて捨助は、屯所を案内して貰っていた時、からすを例えにして隊士達をからかった総司の言葉に、隊士達が一瞬で気を引き締めた理由に納得がいった。

総司が言ったのは冗談などではなかったのだ。

あの時の隊士達が気を引き締めた理由が捨助にもやっとわかった。死と背中合わせにするという事を捨助は、やっと理解出来たのだ。

そう思うと捨助は、自分がいかに軽い気持ちで多摩を飛び出して来たかを痛感せざるを得なかった。

総司は正義の味方になりたいわけではないと言った。町の人々を守れるのならそれでいいと。

それに比べ捨助は尽忠報告を掲げた正義の志士に憧れていただけだったのだ。

捨助は今の自分では新撰組に入る資格はないと思った。

息を乱した総司が三人を始末し終え、血に塗れた刀を懐紙で清めていた。刀を鞘に戻した総司が捨助に振り返って、大丈夫でしたかと多摩で稽古をつけてもらっていた頃の顔で聞いた。

捨助はこみ上げて来るものを抑えられずに、ぎゅっと拳を握る。

「沖田先生。俺は多摩に帰ります」

「そうですか。土方さんが喜びそうだなぁ」

 ほっとした顔で総司が笑った。

「沖田先生も、俺が入隊するの反対だったんですか?」

「どんなに理由をつけても所詮人殺しですからね。中途半端な正義感で入隊すればいずれ自分が壊れますから」

「…」

普段冗談しか言わない総司の重い言葉に捨助は唇を噛み締めた。


「そうか、捨助。帰る気になったか。良かった良かった」

心底嬉しそうな顔をした歳三に、捨助は恨みがましい視線を向けた。歳三は、その視線を気にする事もなく、したためた文を数通、捨助に手渡した。

「何だよ歳さんこれは」

「これか?多摩のもん達に書いておいた文だ。お前が帰る時になったら預けとこうかと思ってな」

「じゃあ、やっぱり最初から俺の事入れるつもりなかったってことじゃあないか」

「そりゃあそうだろ。家出同然で出てきてるような半端者を入れられるか」

どうだとばかりに歳三に言われ、捨助は悔しそうに唇を突き出した。

「歳さんだって似たようなもんじゃねーか」

「俺は良いのさ。違う孝行の仕方をするから」

「なら俺も今度は家のもんを説得してから出直す。そうしたら今度こそ入れてくれるか?」

「こっちから頼みたいくらいだ」

歳三はそう言って晴れやかに笑った。


そして、多摩に戻った捨助は、預けられた手紙を届けた先で歳三の手紙を見る事になる。近況報告の後に、懇々と女の自慢を書いた文の最後に戯れで書いたと思われる句があった。


報国の心わするる婦人かな


羅列された女のすさまじさに、多摩の男達は歳三に羨望の目を向けた。女達は良い男だものと納得し合い、姉のノブはそれを呆れ顔で眺めていた。

最後の句などは、毎日毎日女と遊んでいて尽忠報国の心を忘れそうになるくらいだという意味合いのものだった。

だが、寝る間を惜しんで尽忠報国の為に奔走している歳三を見てきた捨助だけは、その騒ぎに混じる事が出来なかった。

(あんな生活してて何時遊ぶ暇があるっていうんだか歳さんも…)

ノブや周りの人々に心配をかけまいという歳三なりの不器用な心遣いが、歳三の孝行の仕方なのだと捨助は思い、京の方角の空を眺めた。


「全く土方さんったら、私に嫌な役ばっかりさせるんだから」

文句を言わずにはいられない総司だった。非番の総司は歳三の部屋に押しかけ大の字に寝転がり足をばたつかせた。

「良いじゃねーか。結果的に諦めてくれたんだ」

「大体土方さんったら、ちゃっかりしてますよ。自分だけ多摩の方々に手紙まで持たせるんですから」

「用意してないお前が悪いんだろうが」

総司の文句など予想していたとばかりに、歳三は平気な顔をして茶を啜った。

「大体、遊んでる暇なんかないくせに、見栄はっちゃって」

「お…お前見たのか?あれを」

 飲んでいた茶を歳三は思わず噴出す。

「素直じゃないんだから。土方さんったら」

「うるせーよ」

「なんだかんだ言って、優しいんですよね鬼副長は」

「だからうるせーって言ってるだろうが」

そう言って、赤くなる歳三の顔は、多摩にいた頃と少しも変わっていなかった。


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