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梅散らず  作者: 花河燈
7/27

歳三ついに上洛

「これじゃあ、公方様を守りに行くのか、襲いに行くのかわからねーなぁ」

試衛館一の無頼者と言われる原田も、浪士隊に参加している面々を見てそう呟かずにはいられなかったのか、隊列を見渡しながらあきれるように呟いた。

「そりゃ違いねぇや」

 笑いながら永倉が相槌を打つ。

結局、浪士隊に参加を決めた近藤や山南、原田、永倉、井上、藤堂達は、元々京に行きたがっていた歳三や総司と共に二月五日に江戸小石川伝通院へ行き、浪士隊の取締役である山岡鉄太郎の訓示を聞いた。

総勢二百三十人にも及ぶ浪士達は一番隊から七番隊にわけられることなり、試衛館の面々は近藤を小頭とする六番隊に編成される事になった。

そして八日、浪士隊は江戸を離れる事となった訳だが、隊列を眺めれば、月代が伸びた坊主頭や、報奨金目的の博徒くずれやらと言った、ならず者以外の何者にも見えない者までがいる。

原田や永倉があきれるのも無理はない。

なにせ、道中取締手附に据えられている芹沢鴨からいって無頼なのだ。芹沢は尊皇攘夷の活動を積極的にしている水戸天狗党にいたような人物で態度のでかさは浪士の中でも群を抜いている男だった。

「原田君の言う事もあながち外れてはないかもしれないな」

前を歩く原田達に聞こえるような声で、難しい顔をした山南が顎に手をかけ言った。

原田と永倉が振りかえる。

いつもなら、会話に加わっている筈の近藤は二百名からなる浪士達の宿割りを考える事に必死で、先ほどから一人黙って腕を組んで歩いている。剣を振るわせれば右に出る者はいない近藤もどうやら細かい気配りのいる作業は得意ではないらしく、眉間には深く皺が寄せられている。

「山南さん、どうしてそう思うんだ?」

同じ北辰一刀流を学んだ、まだ二十歳の藤堂平助が横を歩く山南の少し高い所にある顔を見上げて言った。

「浪士隊の話を持ってきた清河八郎は、御公儀に恨みこそあっても、恩はないはずだからね。その清河が出した案だって言うんだから、何となく裏がある気がしてね」

 前方で媚を売るように浪士達と話しをしている清河を胡散臭げな顔で山南は見る。

「確かに、あの清河って野郎は、すかしたツラの下じゃあ何考えてんのかわからねー感じだ」

始終笑っていて、いかにも出来た人間と思われようとしているのがアリアリで、原田は気に食わないと顔を顰めた。清河の後姿を睨みつけ、永倉は大きく頷いた。そして山南の聡明さに二人は尊敬の眼差しを向ける。

「でもどんな腹があるにしても、これじゃあ確かに、ならず者の集団って言われても仕方ないかもなぁ」

普通の旅人達に道を譲られ、恐る恐る眺められるのが不本意なのか育ちの良い藤堂は大きく肩を落とした。

「まぁ、俺達も似たようなもんだもんなぁ」

 永倉も自分の着物の襟を掴んでしみじみ言いながら、慰めるように落ち込む藤堂の肩を軽く叩いた。

冬用の木綿の着物と袴に身を包んだ試衛館の者達の姿は、どう贔屓目に見ても立派な侍とは言いがたい。

藤堂と並んで歩いていた総司は、永倉のその言葉にしたたか笑い、そこに歳三の姿がないのに気付いて、あたりをキョロキョロと見回した。

「あ…見つけた。私は少し土方さんの所に行ってきますね」

そういって、隊の後ろをのんびりした面持ちで歩く歳三の元へ総司は白い息を吐きながら逆走していった。


 たちわたる…

 

もう少しで良い詩が詠めそうだと、歳三は一人矢立を持って和歌を詠んでいた。

集中しているのか、総司が傍にいる事にも気付かない様子だ。

中仙道を歩きながら自然の美しさを味わっている歳三のその姿は、猛者達の中で、誰よりも浮いていた。

元々色白で、口さえ開かなければ上品な作りをしている男なのだ。

刀を差してはいるものの、どうみても場違いに思え総司は顔に笑みを浮かべた。

「土方さん、良い詩が出来そうですか?」

 そっと歳三が手に持っている和紙を覗きこむと、やっと総司の存在に気付いたとばかりに歳三はのけぞった。

「うげっ…総司…お前ぇ何時の間に現れた」

「酷い言いようだなぁ。一人じゃ淋しいかなぁって思ったから来てあげたのに」

「童っぱじゃあるまいし、淋しいなんて事があるかよ」

顔を背ける歳三から和紙を取り上げて、総司はフムフムと読み始めた。

「土方さんって、俳句はあれなのに和歌は上手なんですねぇ」

「うるせぇ」

「土方さんがこんな所で旅を満喫しているって知ったら、きっと斎藤さんが恨めしい顔しますよ?」

 流石に、斎藤を一人で先に行かせてしまった事を悪いと思っているのか、歳三は気まずげに口を突き出した。

「ふん、良いじゃねーか。あっちでゆっくりしてるだろうからよ」

「全く山南さん方は、この浪士隊の事を話していたというのに」

溜息を付きながら総司は、しかしからかうような目で歳三を見てニヤついた。

「浪士隊の事?」

「そうですよー。清河さんが何やら企んでいるんじゃないかって懸念してました」

「清河か…」

歳三は少しだけ考えるそぶりをすると、俺には関係がないと言ってまた景色を眺め始める。

雪が積もり白い山々を見る歳三は本当に清河の事など歯牙にもかけてない様子だった。

「なんで関係ないんですか?」

総司は、一緒になって雪山を眺めると素朴な疑問を口にした。

「だって、俺が浪士隊の募集に応じたのだって、こういっちゃ真面目な勇さんにどやされるかもしれねーが、武士になれるってぇのと京に行けるっていうのが理由だしな。清河が何を企もうが関係ねー。…まぁ、それを妨害されるってんなら黙っちゃいねぇがな」

 知っていたと言うような歳三の口ぶりに、ただ歳三が呑気に和歌を詠んでいた訳ではなかった事を知り、総司は感心する。

「じゃあ、土方さんも気付いてたんですか?」

「ふん…清河が腹で何か考えてる事くれぇ、猿でもわからぁ。だがなぁ別にそれさえ解ってりゃ、対応くれぇ何時でも取れるって事だ。懸念なんか無駄なこった」

時間の無駄無駄と言わんばかりに、歳三は筆を持っていて冷たくなった手に息を吹きかけた。

「なら、解らなかった私は猿以下ですかぁ」

「言う事聞く分だけ猿のがマシだ」

「酷いなぁ。土方さんは、いつかその毒を吐く口で身を滅ぼしてもしりませんからね」

ムっと口をへの字に曲げた総司が、頬を赤くして睨みつけると歳三は愛好を崩した。

「そうしたら、お前が守ってくれるんだろ?」

「まったく、人をのけ者にしようとしたくせに。まだ私は置いて行こうとした事、怒ってるんですからね」

 ふて腐ったように総司が地面を蹴りつける。

「まぁいいじゃねーか。結局お前ぇも来れたんだからよぉ」

駄々をこねる弟を宥めるような仕種で、少しだけ歳三よりも高くなった総司の頭を撫でまわした。

「童っぱ扱いしないで下さい」

総司が力いっぱい言ったその言葉に歳三は今度こそ、腹を抱えて笑い出した。


「今の時期の旅というのも風光明媚でオツなもんだが、いささか寒くていけねぇなぁ」

「そんな悠長な事を言っているのは土方さんだけですって」

本庄宿に付いた歳三や総司らは、割り当てられた宿の部屋で、火鉢に火を入れそれを車座に囲んで体を暖めていた。

「ここまで来て、お前と同じ部屋じゃ休めるものも休めねーよ」

 出された暖かいお茶を啜りながら、ひと心地ついた歳三が暖かさに緩んだ顔で言った。

同じ部屋に割り振られた原田と永倉が笑う。

「土方さん、ここはまだ良い方だぜ?四人部屋だからなぁ。酷い所はこの狭い部屋に六人で寝るらしい」

「六人か…」

四畳半ほどの部屋を見渡して、歳三は眉を寄せた。

タダでさえ厳しい男ばかりが、この狭い部屋で重なり合うように脛毛をからませながら寝ている姿を想像したのだ。

試衛館に寝泊りしている頃から、総司と同じ部屋で寝起きをしていた歳三からしてみれば、見知った四人で寝られるのは幸いだと思っていた。

思いのほか神経質な歳三は環境が変わると眠れなかったりするからだ。

きっと部屋割りを考えてくれたのであろう近藤の心使いにひっそり感動している歳三だったのだが、総司のあけすけない一言がそのささやかな感動を見事に打ち砕いた。

「今が冬で良かったですねー。夏なら臭くて絶えられたもんじゃない」

総司が呑気にカラカラ笑う。

「同じ重なるなら女が良い」

「違いねぇ」

 前は原田で後は永倉である。

「全くお前ぇらは…」

溜息を付いて歳三が窓を眺めると、日は沈んだ頃だというのに、やたらに明るい光りが障子越しに入ってきていた。

「なぁ、やたら明るくねーか?」

歳三が外を顎でしゃくると、総司達も外に目をやった。

「月夜ですかね」

 呑気に総司が言う。

「月夜がこんなに明るいもんかよ。馬鹿だなぁ総司は。花火じゃねーのか?」

「花火なら音がするだろー原田。大体今は冬じゃねーか。祭か何かじゃねーのか?土方さん」

 永倉の言葉に歳三は首を捻った。

確かに外が騒がしい気がするのだ。それに何かを燃やすような音も聞こえる。

「土方さん」

階段を上がるバタバタという音が聞こえたと思ったと同時に部屋の襖が開けられ、廊下には息を切らせた藤堂が泣き出しそうな顔で立っていた。

「何だって?近藤さんが土下座?」

聞けば、宿割りをしていた近藤がよりにもよって芹沢の部屋を忘れてしまったと言う事だった。謝ったものの芹沢は完全に臍を曲げ、野宿で暖を取ると言い放ち、宿場の真中で芹沢の一派を集めて大焚火をしているのだという。

「このままじゃ、宿屋に燃え移るのは時間の問題なんだ。どれだけ近藤さんが謝っても聞きゃしねーんだ」

 藤堂を落ち着かせるように、深呼吸させると歳三は何時になく冷静な面持ちで総司と藤堂に向き直った。

「解った。平助と総司は近藤さん達の部屋の荷物をこちらに移動させろ。今晩、俺達は一部屋で寝る。左之と新八は俺と一緒に来てくれ」

 歳三はいざと言う時の為に大小を腰に差すと一目散に階段を駆け下りた。

表では、酷い騒ぎになっていた。宿の人々は不安げな様子で事の次第を見守っている。

外に出ている浪士達の誰もがその場をどうする事も出来ずにいた。

人垣の中で芹沢と土下座をしている近藤の姿を見つけ、歳三は舌を打った。

(この状況でそれは逆効果だ。勇さん)

 内心でそう思いながら隣にいる原田と永倉を呼び寄せた。

「左之と新八は、そこにいる全員を使って、宿に水をかけて火が移らないように指示してくれ」

「土方さんは?」

「俺がなんとかするさ」

そう言って、人垣を押しのけて、歳三は輪の中に入っていった。

周りにいる誰もが、正義の味方の登場に期待の眼差しを向ける。

「芹沢先生。こんな所で何をしているのですか?」

無愛想な歳三にしては、にこやかな対応で芹沢に問い掛ける。

「ワシの部屋がないというのでな。ここで暖をとっておるのだ」

鼻息も粗く、文句を言うのであれば手に持った鉄扇で殴るぞと言わんばかりの言い様だった。

「部屋がない?何を言ってるのですか?部屋がないというのはそう言う意味ではありませんぞ?」

「どういう意味だというのだ。実際この男はワシの部屋がないと詫びを入れてきたのではないか」

鉄扇で近藤を指し示す。

やはり、と歳三は思った。芹沢は忘れられた事以上に人前で恥をかかされた事の方が腹立たしいのだ。

尽忠報国と鉄扇に書くほどなのだから、余程、志には自信があるということだ。道中取締手附という肩書きを持った男である。忘れられた事を大っぴらにされては、人後に下るようで芹沢にしても引くに引けないものがあるのだろうと歳三は踏んだ。

「ないというのは、芹沢先生程の人物に見合った部屋が、と言う意味でしょう。普通の部屋では貴殿に失礼になる」

(そろそろ引き時でしょう。これ以上はあんたの評判を落とすだけだ)

歳三は芹沢の目を見て訴えた。

「それで、ワシが満足するような部屋が見つかったというのか」

 歳三の思いが芹沢に通じた所で、土方は肩の力を抜いた。

「はい。一人でお使い頂ける部屋を用意致しました」

「ふん、ならば話は早い。火を消しておけ」

芹沢は火の傍から立ちあがると用意したという旅館の中へ一派を従え入っていった。

騒ぎを聞きつけ駆け寄った浪士隊の責任者、山岡に原田が事の顛末を話して聞かせる。

そしてその場にいた野次馬達は、解決劇にあっけにとられていた。誰もがあれほど怒っていた芹沢があんなに簡単に怒りを静めるとは思ってなかったからだ。

そして、そこにいた誰もが歳三のそれが出任せなのを知っていた。芹沢自身も知っていた筈なのに、何故これしきの嘘を鵜呑みにして怒りを解いたのか。

皆、首を傾げつつも一件落着とばかりに、浪士達共々ちじりじに旅篭に帰っていった。

誰もがわからない中で一人、清河八郎だけは歳三に対する考えを変えていた。

それまで清河は歳三の事を和歌が好きな優男で、使い物になるかどうかは解らないと歯牙にもかけてなかった。歳三に対して清河は、兵隊の一人にはなるだろう位の認識だったのだ。だが、この一件を見て清河は歳三の頭の良さと兼ね揃った度胸を目の当たりにし、欲しい人物だと思いはじめていた。


宿に戻る間際、近藤を端に呼び寄せて、歳三は頭を下げた。

「すまねー。出過ぎた事だとは思ったんだが」

「何言ってんだ。正直お前が機転を利かせてくれたおかげで助かったよ。俺はどうにもいけねーな。あんな言い訳思いつきもしなかった。ワシは芹沢さんの威信を傷つけてしまっていたんだな」

 肩を落とす近藤に、歳三は正直なのがあんたの良い所さ…とは呟いた。

無事消されていく炎を最後まで、見届けようとする責任感や自分の非を認めて潔く土下座をする男らしさに、歳三は一男として憧れていた。

「でも、歳よ…よく代わりの部屋が見つかったなぁ」

「それなんだがな…」

「なんだ?」

言いよどむ歳三に近藤は首をかしげる。

「すまねー。とっさの事でこれしか思い浮かばなかったんだ。」

「だからどうしたって言うんだ。歳らしくねー」

「俺達ぁ、今晩四畳半の部屋に皆で雑魚寝になりそうなんだ」

 芹沢に与えた部屋が近藤の部屋だと言う事に気付いた近藤は、気を悪くするどころか大胆に笑った。

「良い良い、そうか雑魚寝か。久しぶりだなぁ皆で寝るのは。でも今が夏じゃなくて良かった」

総司と同じ言葉を言う近藤に、歳三は一瞬ポカンとして、その直後笑い始めた。

「どうした歳、なんか変な事でも言ったか?」

「いや…総司と同じ事言うんだなぁって思ってな。あ…火も消えたし風邪引いちまうから俺達も部屋に入ろうぜ勇さん」

そう言って二人は、総司達が用意した七人で寝泊りする部屋に向かい、あわただしい一夜が過ぎていった。


そして、それからの道中、山岡と芹沢の間で話し合いが行われたのか、大きな揉め事を起こす事無く一行は京に入るという所まで来ていた。

「土方君少し良いかい?」

隊列の中で一人和歌に興じている歳三を呼びとめる声に振りかえると、傍らには清河が立っていた。近くで見るのは初めてな清河というこの男は、頭の良さが顔に出ていた。

「なんですか」

「土方君は、どうして浪士隊に参加なされたのかと思いましてな」

本題にいきなり入るのかと歳三は面くらいながらも言葉を濁した。

「報国の為以外、なんの為がありましょう」

本心は、武士になれるという事と京都に行く為に利用したに過ぎないのだが、そんな事をいう訳にもいかない歳三は、清河の意見に賛同しているようなそぶりを見せた。

それに心の底から満足そうな顔を見せた清河が、そうでしょう、そうでしょうと言いながら歩いていくのを見送って、清河が本当に何かをする気だという事を確信して、歳三は一人溜息をついた。


歳三の確信は現実のものとなった。

文久三年二月二十三日。

京に着くと、浪士隊は壬生にある集会所や町人の家に分宿させてもらう事になり、歳三達は寄宿先である八木邸に向かった。

そしてその日、清河はついに行動を起こしたのだ。

主だった浪士を新得寺に集合させて、清河は明晰な頭を最大に活かし弁舌をふるった。

内容はこういう物だった。

『尊皇攘夷決行の為、浪士組は朝廷に尽くす所存。』

尊皇とは、天皇を支持することで、攘夷とは外国勢力を打ち払う事である。

当然それに異論のなかった近藤や歳三を始めとする試衛館の面々も建白書に署名した。

そして、問題はそれが朝廷に通った翌日である。

清河は同所に浪士達を集め、浪士隊を江戸に戻らせると言い出したのだ。

「ついに言い出しましたね」

解りきっていたとばかりに、山南は渋い顔をした。

集まった浪士達の間でも、清河の言葉にざわめきが起きた。

「どうする?」

近藤が、小声で口を開く。

「俺は一人になっても残るぜ?元々こっちに来る為に浪士隊に入ったようなもんだからな」

歳三の言葉に総司は大きく頷いた。

「私も勿論残りますよ。大体一足先にこちらにいる斎藤さんに申し訳がない」

憐れな斎藤の話を出すと、試衛館の者達が座る場がすこしだけ和む。

「なぁ…歳よ。お前に聞いた事ぁなかったが、なんでそこまで京にこだわる」

 近藤だけでなく山南や永倉達の視線も歳三に注がれた。

「そうだよなぁ、土方さんあんまそういう話にゃ乗らないもんなぁ。是非ここで聞いてみたいもんだぜ?」

原田が促す。

「なぁに、簡単な事さ。今、政の中心は江戸じゃねーからだ。御公儀ですら上洛するような昨今に、国の為になにかするのに江戸にいて何が出来る。それに俺達みてぇな下のもんが伸し上がるには、適度に荒れている京の方が都合が良い」

「歳…お前考えてたんじゃねーか。確かにその通りだ」

水臭いと近藤が責める。

「確かに一理ありますね。そうなると清河にはどうやら他に目的がありそうだ」

山南も珍しく歳三の意見に首を立てに振った。

「京にいた方が楽しそうじゃねーか」

 喧嘩好きな原田は意気込んだ。

「治安も最悪な事だしな」

京都三条大橋の河原にさらされた足利の木像の首に迎えられた事を揶揄して永倉がニヤリと笑った。

藤堂も井上も異論はないといった風に頷いていた。

一同が京に残るという意見でまとまった所で、近藤が代表して断わろうとしたその時だった。

「ワシは反対だ。公方様を警護する為に上洛したのだ。どうして公方様が京にいるのに我らが東帰できようか」

怒号と共にその場に立ち上がったのは、本庄宿で揉めた芹沢だった。清河の腹黒いやり方が許せなかったのだ。

その芹沢の意見に試衛館一派は同意する事にした。

芹沢一派だけでなく、歳三のいる近藤一派にまで反旗を翻されると思っていなかった清河は目を剥いた。

その後両者の間で激論がかわされたが、どちらも譲らず、激怒した清河が席を立つ事で話は終わる。

だが部屋を出て行こうとした清河がすれ違い様に歳三に問い掛けた。

「土方君は何故京に残る。君は私に賛同してくれたのだと思っていた」

「最初からそれが目的だったからさ、それに一つだけ忠告しておこう。策を弄する奴は策に溺れる」

「覚えておこう」

歯軋りをしそうな勢いで、清河は言い捨てると部屋を後にした。

歳三のその言葉どおり、その後、清河が江戸で幕臣である佐々木唯三郎に油断した所を袈裟懸けに切り捨てられる事になるのだった。


こうして、波乱の匂いを孕ませたまま歳三の京での日々が幕を開けたのである。


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