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梅散らず  作者: 花河燈
23/27

転戦

歳三は江戸にある勝海舟の屋敷の前に着くと、大きく息を吐いた。戦うなという命令を破って戦ってしまった近藤を勝が助けてくれるかどうかを考えると歳三は気が重い。だが、何もせずにはいられなかったのだ。門番に事の次第を話す。すると門番は勝に伺いをたてに行った。その後部屋に通された歳三は、焦る気持ちを抑えながら勝が現れるのを待つ。そして勝はゆるりとした態度で現われた。歳三の向かいに腰を下ろすと、歳三の顔をじっと見すえた。

「まあ、話の用件は想像が付くが。何ですかな。土方さんよ」

 歳三は藁にも縋る思いで勝に頭を下げた。

「近藤が新政府軍の手に落ちました。このまま無事に済むとは思えません。後生です…近藤を助けて下さい」

 歳三は必死の形相で勝を見上げる。畳に両手をつき、額をすりつけて再度頭を下げた。

「…」

 勝は懐から出した扇子で顔を煽ぐ。

「助命嘆願ってぇ奴かぃ」

 歳三はがばりと顔を上げた。

「近藤を助けて下さい。俺に出来る事なら何でもします」

「ここで俺がはいそうですかと了承するとは思ってはおらんだろ」

 歳三は唇を噛み締める。元々池田屋で、勝の教え子を斬ってしまった事もあって、勝の新選組への覚えは芳しくないのだ。

「まぁ…でも、あんたに恨みはないからねぇ。土方さんの話は坂本から聞いてるよ」

 坂本が勝に自分の事を話ていた事に、歳三は心の奥底から感謝する。

「ではっ助けてくださるというのですか」

 歳三の縋るような眼差しを受けて、勝は笑みを浮かべた。

「まぁ一応頼んではみるよ。その代わりっていっちゃぁなんだが、土方さんに頼みがあるんだ」

「俺に頼み?」

 勝は、静かな部屋の中で、パシという音を立てて扇子を畳んだ。

「ああ。きっと土方さんでないと出来ない事さぁ」


それから、歳三は江戸の主戦派を抑えるのに奔走した。勝の望みでもある江戸の無血開城を手助けする為に。勝が近藤の助命の引き換え条件として出してきたのがそれだったのである。歳三は、みすみす開城してしまう悔しさに苛まれながら、それを見届けた。

(やれる事はやった。後は俺がすべき事をやるまでだ)

 近藤の命運を天に祈り、歳三はそのまま島田達数人の隊士を連れ、下総国府台に向かった。

下総には、徳川の脱走兵およそ二千名が集結している。

そしてその中でも主だった者、十数人が弘法寺塔頭の大林院に集っていた。これからの行く末を議論する男達の中、歳三は、無言で目を伏せて座っていた。

 そして一人の男が部屋に入って来ると、その場にいた者たちがすっと話を止める。

「歩兵奉行の大鳥圭介です」

 男が歳三の前に来て膝をついて小さく頭を下げる。歳三は顔を上げて、大鳥と名乗った男を見上げた。

「………土方です」

 歳三は、これから世話になるであろう男に丁寧に頭を下げる。大鳥は一瞬呆けてしまう。

(鬼と名高い土方歳三が、このような男だったとは)

大鳥は歳三の噂を耳にしていた。京中を震撼させた無頼者ぞろいの人斬り集団を、厳しい法度で締め上げ破った者を容赦なく処断していたと聞く。鬼と恐れられた男が、一体どのような男なのかと大鳥はずっと興味を持っていたのだ。どんな無頼者かと思っていたのだが、歳三の上品な雰囲気と礼儀正しい態度で大鳥は歳三に対して好印象を持った。

大鳥が歳三の隣りに座った所で軍議が始まる。内容は集まった兵をどのようにまとめるかという事だった。そして数刻の論議の後、大鳥を総指揮官におき、先鋒、本隊、後衛といった形に区分される事で話はまとまった。その中で歳三は先鋒の参謀に任命される。経歴を評価されての事であった。

軍議の席では始終、寡黙に話を聞いている歳三が、気になった大鳥は、ちらりと歳三の顔を見た。視線に気付いた歳三が、大鳥を見てよろしくお願いしますと微笑してみせる。歳三のその顔を見ると、どうしても噂に聞く鬼のように見えなくて大鳥は頭を悩ませた。

だが大鳥のその思いは、宇都宮城を攻略するという申し出で取り消される事となる。


「貴方は正気かッ」

大鳥の恫喝が、宿の障子を震わせる。温和だという話を聞いていた大鳥の激昂ぶりに、歳三は唖然とする。

(そんなに無謀な事を言った覚えはねーが)

「大鳥さん、怒鳴らなくても聞こえるし、俺は正気だ」

 歳三は苦笑いを浮かべて大鳥を宥める。

「1000人足らずの兵で城が落とせるものか」

 大鳥は首を横に振りながら、再度信じられないと呟いた。歳三は、薄い笑みを浮かべた。

「勝算がなければいくら俺でも言いませんよ」

「しかし…」

「やらせてくれ。責任は俺が取る」

大鳥は、目の前で不敵に笑らう歳三の顔を見る。その端正な顔の中にある目は、鋭い光りを放っていた。

(これでは鬼だと言われるはずだ)

「…勝てるのですね」

 大鳥は、諦めたように溜息を付く。

「大鳥さん」

「言っておくが、無茶な真似は許しませんよ」

 大鳥は言っておかないとどこまでも行きそうな歳三に釘をさす。歳三は人の良さそうな大鳥に曖昧に頷いてみせた。

4月19日。大鳥から強引に兵を借り、歳三は宇都宮城に向った。そして歳三は少ない兵を使って効率良く相手を陽動しながら攻めこんでいった。城は間もなく落ちたが、折りからの強風に煽られて城下は火の海になってしまう。

入城が不可能な為、歳三の率いる先鋒隊は蓼沼へと引き返した。

「本当に落としてしまったのか」

歳三からの報告を聞いた大鳥は口をあんぐりと開けて、信じられないと声にならない声で呟いた。歳三は、大鳥の顔に満足そうに微笑む。近藤の安否が解ってない沈鬱な状況の中、笑うのは久しぶりだった。


宇都宮城を少数の兵で落としたのも束の間。援軍を引き連れて奪取にやってきた新政府軍に歳三達は猛攻撃を受けた。

そして、圧されつつある状況の中でそれは起こった。

「ーっ」

歳三の左足に銃弾が当たったのだ。

「副長―っどこを撃たれたのですか」

 少し離れた所で斬り合いをしていた島田が、歳三の負傷を知り、かけつけて来る。

「馬鹿野郎俺の事はいい。持ち場を離れるな」

「そんな事を言っている場合ですか」

島田は歳三の撃たれた方の足首をぎゅっと懐から出したさらしで巻きつけながら怒鳴りつけた。

「俺はまだ戦える」

「歩けもしない人間が何をおっしゃるんですか。後退しますよ」

歳三の文句も聞かずに、島田は自慢の怪力で歳三の体を担ぎ上げた。そして一目散に走り出す。

「島田降ろしやがれーっ」

 歳三は叫ぶが、島田は聞く耳を持たずに安全な所にたどり着くまで走りつづけた。

そして怪我により戦線を離脱した歳三は、島田達を伴って会津若松に向かう事となった。

その頃会津若松の近くにある猪苗代湖南岸の赤津に屯集していた斎藤率いる新選組は、歳三が到着している事を知り城下に戻り再会を果たした。

「土方さんご無事で何よりです」

 斎藤が宿屋である清水屋を訪れて、歳三の姿を見るや安堵の息を漏らす。

「山口…てめー。これを見て無事だっていうのかよ」

 歳三は苦笑いで、包帯巻きにされている足を指差した。本当は死ぬほど痛いのだが歳三はかなりの意地っ張りなのだった。痛みをこらえ、なんともない怪我のようなそぶりをしてみせる。

斎藤はそれを見て顔を顰める。良く見れば歳三の顔色も良くなかった。

「撃たれたのですか」

「ああ…不覚にもな。挙句に劣勢も劣勢だ」

 歳三は忌々しげに怪我をしていないほうの足を曲げ、そこに肘をついた。

「でも、少ない人数で土方さんが城を落としたっていう武勇伝は俺達にも伝わってきましたよ」

「ふん…取り返されちまったら世話ねーよ」

歳三の言葉に斎藤は曖昧に頷く。

「お前らの方はどうなってるんだ」

「言うのも情けないものがありますが、負け続きです。その場凌ぎの隊士達は、いざ戦となれば散り散りに逃げてしまいものの役にも立ちません」

 斎藤は言いながら、歳三が煙管を探しているそぶりを見せたので、棚の上に置かれたそれを取って渡してやる。

「数はどれくらいいる」

「130程は残っているかと」

歳三は数を聞いて口を歪めた。

「まだ戦えないって数でもねーか」

「はい。これからも前線にもどろうかと思っています」

「そうか」

歳三はゆっくり頷いて、手に持った煙管から煙を吸い込んだ。

「土方さんはこの分だと戦線復帰は無理みたいですね」

「うるせーよ。休みだと思って精々楽しむさ」

「そうしてください。土方さんは働きすぎるから」

 斎藤は島田に、歳三が無理しないように見張っててくれと頼みこんで、戦線に戻っていった。



結局、歳三は思いのほか傷の具合が悪かったので、清水屋に寄宿療養する事となる。4月下旬の事だった。



 歳三はゆっくりと目を開けた。足の傷が原因で体が熱をもっていた。体を動かす気にならないほどだった。

(まだ熱が下らねーのかよ…)

 歳三は布団の中でため息を付く。

左足には感覚がない。ただ、脈の動きに合わせて鈍痛が間断なく続いている。斎藤が来た時には強がってはみたものの、歳三は何時ない不安で押しつぶされそうだった。怪我にしても血が止まっているのかどうなのかも解らないほどなのだ。確かめようにも、熱を持った体は思う通りには動いてくれない。

そこから一ヶ月は、ゆうにそんな状態が続いた。

流石の歳三も辟易するほどに傷の治りは悪く、熱も下がらなかった。

そして一ヶ月経って歳三は、ようやく起きる事が出来るようになる。する事もない歳三は、布団の上に座りこんで不機嫌そうに口を歪めていた。

「副長…休めっていう事ですよ」

水を持って部屋に訪れた島田が、宥めるように歳三の頭の上から声をかける。

「島田…てめぇ…よくも俺を荷物か何かのように運びやがったな」

歳三の睨みにも迫力がない。島田は上司を見るというよりも弟を見るような顔で歳三を見ていた。

「それだけポンポンと文句が出るようになれば、もう大丈夫ですね」

「ふん」

歳三の罵詈雑言がお礼の意味を兼ねている事を知っている島田は、笑いながら水差しを歳三に手渡す。

 歳三は水差しの水を口に含むと、包帯でグルグル巻きにされた左足を見た。

「……血が滲んでいやがる」

撃たれてから大分経つというのに足はぴくりとも動かない。

「包帯をかえましょうか」

「いい」

歳三は拗ねたように島田から顔を背けた。


そして、束の間の休息だと歳三が割りきり始めた頃。

その報は届いた。

「近藤局長が…」

部屋に入って来た島田の顔が暗いのを見て、歳三の顔に陰がさす。

「近藤さんがどうした」

 この日が来てしまうのをどこかで解っていた歳三は、取り乱す事もなく島田に先を促した。

「板橋の刑場で斬首」

 島田は無念そうに唇を噛み締めながら項垂れる。

「斬首?…切腹じゃないのか」

歳三は、信じられないとばかりに身を乗り出した。無理な体勢を取った為に足に激痛が走り舌を打つ。武士ならば切腹が常の筈なのだ。いくら敵でも温情措置はあっても良い筈だ。

「坂本龍馬暗殺の犯人として…」

「なんだと」

(やってもいねぇ暗殺の犯人にされたまま罪人として逝かせちまったっていうのかよ)

歳三は、口惜しさに布団を叩いた。今頃になって伊東の張り巡らせていったものが効力を発揮したのだ。

(こんな恥辱を近藤さんに味合わせる位なら、あの時切腹させてやれば良かった)

歳三は布団の端を握り締めた。

「それに…」

 島田は、さらに声を落とした。

「…まだ…何かあるのか?」

歳三の中に嫌なものが走る。日野で別れた総司の顔が頭に浮かんだ。

「沖田さんが闘病の甲斐なく…」

「…」

歳三の頭が真っ白になる。多摩にいた頃からずっと一緒に来ていた二人がもういないのだ。どこを探しても見当たりはしない。

「…」

 島田は歳三の顔を見ていられなくなって、顔をそらす。

「総司も…死んだのか」

歳三は怒る気力もなくなり、だらりと肩を落とした。次々に大切な者が失われていく。それをこんな所で動く事も出来ないでいる自分に歳三は苛立った。

「いつ歩けるようになるんだこの足は…俺はこんな所でヌクヌクしてはいられねーってのにっ」

歳三は低く唸ると、動かない左足の太股を殴りつけた。

「副長…焦っては駄目です」

「山口達も皆戦っているというのに。俺はこんな所で」

「副長の仕事はその怪我を治す事です」

島田は歳三の肩を揺さぶった。歳三は虚ろな目で島田を見る。

「何で俺だけがのうのうと生きている」

歳三の一言に、島田は手を振り上げた。

「っ…」

したたかに殴られて、歳三は夢から覚めたような顔で島田を見る。

島田は歳三を睨みつけ謝りませんと言い切った。

「何を言っているんですか。皆あなたの志に命を託したというのに、あなたがそれでどうするんですか。私の前で迷うのは構いませんが、隊士の前でそんな事は絶対言わないで下さい」

 島田の言葉に歳三は小さく項垂れる。そして蚊の鳴くような声で呟いた。

「…そうだな悪かった」

「局長も沖田さんも、こんなあなたが見たいわけではないはずだ。一刻も早く傷を治す事だけ考えてください」

島田は歳三を責めながら、泣いていた。

今まで毅然としてきた歳三が、これほど打ちのめされているを見るのが辛かったのだ。

何があっても本来ならば、自分達のような下の者の前で弱音を吐くような人間ではない。

想像もつかない程の重責を、十近くも年下の歳三が背負いながら戦ってきたのだと思うと島田はやりきれなくなる。

そして今も戦えない自分を責めている歳三がいるのをどうにかしてやりたかった。

島田の涙を見た歳三は冷静さを取り戻す。

(俺がやるべき事は、生きて生き抜いて俺達の正義を守る事だ)

今ここで自分の為を思い、殴りつけてまで更正させてくれようとしている人間がいる事すら気付けなかったのだ。

「島田…すまない。取り乱した」

「いえ…私の方こそ、出すぎた真似をしました」

 歳三が頭を下げるのを止めて、変わりに島田が頭を下げる。

「島田…お前がいて良かったよ」

歳三は、落ち着くと島田にそう呟いた。


歯車が噛み合わない時はとことん噛み合わないもので、立ち直ろうとする歳三を阻む存在が歳三の元に近づいていた。

有名な新選組の副長が同じ宿屋に泊まっていると知れば一目見たくなるのが人情というもので、幕臣の文官として勤めていた望月という男もまさにそういう人間の一人だったのだ。

「かの有名な土方殿の部屋はこの奥ですね」

 宿屋の主人が廊下を通りかかるのを見た望月が話しかけた。

「さ…さようですが、しかしお武家様…土方様から、誰もお通しするなと言い付かっておりますので…」

聞きたい事を聞ければそれで良いとばかりに、望月は主人の言葉を無視して、歳三の部屋に向かって歩いていく。

望月はぴったりと閉められた障子の前で歳三に声をかけた。

「…誰だ」

 障子の向こうから、今まで寝ていたような掠れた声が聞こえる。望月はそっと障子を開けて頭を下げた。

「お初にお目にかかります。幕臣で文官を勤めておりました望月光蔵と申します」

 顔を上げた先に、歳三を見つけ目を見開いた。

(この人が?)

 歳三は不躾な視線に眉を寄せた。元々人払いをかけてあった所への訪問なので、機嫌はすこぶる悪い。歳三は手の届く所に置かれている煙管を摘み火を入れた。

「人払いをかけておいた筈だが?俺は今誰かと話す気分じゃねーんだ」

 煙管を口に運びながら歳三は望月と名乗る男に目をやった。望月は、幕臣と名乗るだけあって刀を差していた。歳三よりも逞しい五体満足な肉体が、歳三の神経を逆撫でる。

「…望月君と言ったかな」

 ふいに歳三が口を開く。話をしてもらえると思ってもいなかった望月はびくりと居住いを正した。

「はい」

「君は文官と言ったが、刀は握れるのか」

 歳三は、挑戦的な目で望月を見やる。

「文官とはいえ、武士のはしくれですから刀ぐらいは握れますが」

「ならば俺と戦え」

「え?」

 突然の命令に望月は言われている事が理解できなかった。

「刀が握れるんなら上等だ。お前も幕臣だったって言うなら俺と戦え」

 望月は呆気に取られて歳三を見る。まさか初対面の人間にいきなり戦えと言われるとは思わなかったのだ。

「いきなり何を言うんですか」

「幕臣でありながら、なんで戦わねぇ」

戦えるのにという言葉が歳三の言葉の裏に潜んでいた。歳三自身怪我などしていなければここになど居はしないのだ。最後まで戦いたいと言って死んでいった総司が思い浮かんで、さらに歳三の中に苛立ちが募る。

だが、望月は歳三のそんな気持ちを知るよしもない。

突然に戦う事を強要された望月は不機嫌そうに言い放った。

「私は文官です。文官は戦について全く知りません。そんな私にあなたは戦えと言うんですか」

「それくらいの気概が何故ないと言っているんだ」

 歳三の口調が荒くなる。

「私に武器を取れというのは、商人に戦えと言うのと同じ事ですよ」

「なら何故お前は刀を差している。その刀は飾りか」

 歳三に揶揄されて、望月は屈辱に肩を振るわせた。

「動けないからといって、やつあたりしないで頂きたい。怪我を負ったのは貴方御自身の所為だ」

「!」

歳三は拳を握り締めた。

望月は歳三のその顔を見て言い過ぎた事を知る。足を負傷したために、出たくても戦いに出られない歳三の焦燥をあおってしまったのは望月自身なのだ。

「てめぇに俺の何がわかるっ」

 内臓から搾り出すような叫び声が、部屋の中に木霊した。

望月は、それ以上の長居は歳三の傷を増やすだけだと判断し立ち上がる。

歳三は、望月が部屋を出るや壁に枕を投げつけた。


望月の考えなしの行動で歳三の苛立ちは頂点に達した。このまま崩れてしまうかという不安を島田達に抱かしたほどである。

その歳三が自力で立ち直る事ができたのは、壁にかけられた一枚の掛け軸を歳三が見たからだ。

心に余裕のなかった歳三は、ずっと飾ってあったそれに目をやる事もなく苛立つ日々を送っていたのだ。だがふと見たそれが歳三の心を癒した。

その掛け軸に描かれていたのは、季節はずれの梅の花だった。

(そうだ。梅だ…逆境になればなるほど強くなる梅)

 どこかで、総司がそうですよ…と笑っているような気がして歳三は顔を緩めた。

心身供に傷を負っていた歳三が、戦線に復帰したのは、怪我を負ってから4ヶ月程経った、七月も半ばに差しかかった頃である。


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