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梅散らず  作者: 花河燈
20/27

傾斜

「どうだ体の具合は」

歳三は近藤の妾の元で療養している総司の元を訪れていた。

九月の事である。

「大丈夫ですよ。土方さんが心配しすぎなんです。いつでも隊務に戻れると言っているのに」

総司は、苦笑しながら布団から出ようとする。それを歳三は許さずに布団に戻した。

「馬鹿か、そう言う事は咳を止めてから言え」

先ほどから、何度か咳き込んでいる総司の背をさすってやりながら、歳三は兄のような顔で総司を見て嗜めた。

「全く、土方さんにはやんなっちゃうなぁ。ところで今日はどうしたんですか?忙しいんでしょうに」

 病を移したくない総司は、来なくていいのにという言葉を言外に滲ませる。

「ああ…江戸に隊士を募集しに行く事になってな」

「伊東さん達の抜けた穴を埋めるためですか?」

「それもあるが…斎藤の報告から薩摩側が不穏な動きをしているらしいからな」

歳三は顔を顰め、総司に、持ってきた薬を袋から出して手渡した。

御陵衛士として、伊東についていった斎藤からの報告は、伊東が薩摩との関係を密にしているとの事だった。

薩摩側の情報を掴むというのが名目の御陵衛士が、薩摩側に寝返ろうとしているのは、歳三だけでなく誰の目から見てもあきらかである。だが、それを伊東に追求するには、材料が足りなかった。敵の内情を深く探る為だと言い切られてしまえばそれまでなのだ。

総司は手に持たされた薬を見て、薬は苦いから嫌だと情けない顔をする。

「不穏な動きといいますと?」

 総司は気を取りなおしたように言った。

「武器を買いこんでいるらしい」

「では戦になるというのですか?」

「まだ解らんがその可能性は高い」

歳三は、坂本が言っていた幕府の力を削ぎ、政治を薩長を含めた三つ巴で行うという算段が上手くいくとは思ってなかった。

(坂本が思っているほど、薩摩や長州はお綺麗じゃねー。大層な名分を掲げちゃいるが結局は奴らが天下を取りたいだけだ)

歳三は顔を顰める。

「だから、江戸に?」

「ああ。お前も一緒に行かないか?」

歳三の言葉に総司は肩を揺らした。

「…私も江戸へ?」

「そうだ。久しぶりにゆっくりしねーか?お前がいると暇をしなくていい」

優しそうに笑う歳三の意図が痛いほど総司には解った。

歳三は、これを期に総司を江戸に連れていき、総司の家族の元へ帰そうとしているのだ。ただでさえ忙しい歳三の心労を増やしていると思うと総司の気が重くなる。

「嫌ですよ。落ち着きたいなら源さんとどうぞ。私じゃなくても別に事足ることだ」

完全に臍を曲げた総司が、歳三に責めるような視線を投げた。姑息な手を使うなと、珍しく本気で睨みつける。

 歳三は、溜息をついて肩を落とした。

「…源さんと行く事にするさ。だがな総司、俺がいなくなったと思って動き回るんじゃねーぞ」

「解りましたぁ」

機嫌が悪いまま、総司は寝返りを打つと歳三から背を向ける。

総司は自分が情けなかった。病気は依然治らず悪化の一途をたどっている。一刻も早く戦線復帰したい気持ちを体が裏切っていた。悔しさに唇を噛み締めながら、総司は重い肺を呪った。


結局歳三は、試衛館からずっと一緒で、兄のような存在の井上源三郎と一緒に江戸に行く事になった。

慶応三年(1867年)九月半ばの事である。そして、月も明け江戸で隊士の募集をしている最中に、歳三はそれを知る事になった。

「何?御公儀が大政を朝廷に返しただと?」

歳三は、井上と顔を見合わせる。

大政奉還したという事は、三百年続いた江戸幕府が消滅した事になるのだ。江戸の近藤の家でそれを聞いた歳三は、その背景に坂本がいるであろう事を思った。

「上手くやりやがったな…」

出された団子を食べながら歳三がボソリと呟いた。

薩摩と長州が立ち上がってしまえば、戦は避けられない。それでは、どちらか片方が政権を取るだけで、坂本が意図するものにはならないのだ。

だが、幕府に政権を返させてしまえば、上げた拳を薩摩や長州が振り下ろす事は出来なくなる。

「歳さん。御公儀がなくなったと言う事は、兵を挙げると言っていた薩摩や長州はどうなる?戦にはならないって事か?」

井上が畳の上を膝でいざって歳三の傍らにすわりなおした。

「多分薩長の奴らも黙ってはいないだろうな」

「だが、攻めて来る理由はもうなくなったという事だろう?」

「ああ…表向きはな。だが出鼻をくじかれた薩摩や長州の奴らの気持ちは面白くない筈だ」

(もしこの件を裏で仕切ったのが坂本なら、坂本はまずい事になるかもしれねーな)

歳三の難しい顔に、井上は天を仰いだ。

「歳さん。俺達はここからどうなって行くんだろうな。幕臣に取りたてられたとはいえ、その御公儀がもうないんじゃ…」

「それだけじゃおわらねーぜ?源さん。薩長が何かしら理由をでっちあげて、討幕の兵を上げれば戦になる。しかも薩長が勝っちまうような事になれば、薩長から目の敵にされている俺達は真っ先に槍玉にあげられるのがオチだ」

 歳三は唇の端を上げ皮肉を乗せた顔で笑った。

「そんな…俺達は、御公儀の先に立って、国の為を思えばこそ厳しい取り締まりをしてきたっていうのに」

 逆賊の汚名を着せられるのを想像した井上は唇を噛み締めた。

(それが仇となるのさ。きっと立場が危なくなれば御公儀は、今まで忠義を尽くしてきた近藤さんや源さんみてぇな人間をさっさと見捨てるのが目に見えていやがる)

「戦になろうものなら、俺達は戦って戦って戦い抜くしか活路はねーって事だろう」

途方に暮れたような井上の顔をみて、歳三は迷いのない顔で言い切った。その顔にやせ我慢の色は浮かんではいない。

「そうだな歳さん」

井上は、その言葉を噛み締めるように拳を握り締めた。


歳三達は事態の変化に、その後の予定を少しだけ早め、新入隊士を引き連れて京に戻る事にした。

 そして、歳三が京に戻った事を知った斎藤が、御陵衛士を抜け出し、とんでもない情報を持って戻って来たのは、歳三が京について七日後の十一月十日の事である。

「土方さん戻りました」

「お前斎藤か?」

近藤の妾宅の庭先から顔を出した乞食姿の斎藤を目に止めるや否や、歳三は目を白黒させて思わず噴き出した。

「…酷いです。大変だったのですよ?」

地面に置物のように座った斎藤が、幾分恨めしそうな目で歳三を睨みつける。

斎藤は、御陵衛士を抜け出し、乞食姿で屯所を訪れた。永倉を呼び出し近藤達を彼の妾宅に出向くように頼むと、その足で斎藤もその場に向かったのだ。

療養していた総司も流石にその格好の斎藤を目にした時に同情心が顔を覗かせた。

「私の着物でよろしければお貸ししますよ」

「かたじけない」

総司の言葉に、斎藤は大きく頭を下げる。元々きっちりした格好が好きな斎藤は即座に着物を変えて、髪も結いかえる。

そして、近藤と歳三の前に座りなおした。

「話というのは他でもないのですが、伊東さんが局長の暗殺を目論んでおります」

「何?そんな大事な事、着替える前に言いやがれ」

歳三の言葉に斎藤は、表情には出さないもののがくりと肩を落とした。

「死ぬ思いで抜けてきた斎藤さんにそれはないでしょう」

それを総司が慰める。

「そうだぞ歳」

近藤にまで諌められて、歳三は舌打ちする。

「ああ…俺が悪かったよ。で…どういう事なんだ?」

目に鋭さを携えて、歳三は斎藤を見据えた。

「この組が邪魔だと思っている薩摩側からの意向もあるのですが、局長を亡き者にし、新選組を手中に収めたいようです」

「とうとう尻尾を出しやがったか」

歳三が、忌々しそうに呟く。

近藤も苦汁を飲んだような顔をしていた。

「不徳の致す所ですが、どのようなやり方暗殺するのかという方法までは調べ上げる事が出来ませんでした」

斎藤は、申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや。お前はよくやったぜ?」

歳三がニヤリと笑って斎藤を見た。

「ですが…」

「暗殺を企んでいやがる事が解っているのならこちらが注意をしていれば良い事だ…そうだろ?近藤さん」

「ああ。その通りだ。斎藤君よくやってくれた。このまま君はほとぼりが冷めるまで身を隠しておいてくれ」

近藤のねぎらいの言葉に、斎藤は再度頭を下げる。

「ところで山口」

 歳三の言葉に全員が首を傾ける。この場に山口なんていない筈だと顔を見合わせた。斎藤もそのうちの一人である。

「お前だよ斎藤。これからお前は山口次郎だ」

 歳三はケラケラ笑いながら斎藤の名を呼ぶ。

「はっ?俺が…山口次郎…ですか?」

「お前は伊東達の方にいる筈の人間だからな」

 歳三の説明に全員合点が言ったように頷いた。ただし斎藤、いや山口だけは不承不承といった感じではあったものの。


斎藤が抜けた二日後。

伊東は、近藤の暗殺計画を実行すべく動いた。


新選組から分離した伊東は、薩摩からの信頼が喉から手が出るほど欲しかった。自分の勤皇への志をまっとうする為に、薩摩側に付く事は、新選組から分離した当初から考えていた事なのだ。だが、薩摩もおいそれと元新選組の伊東達、御陵衛士を信用してはくれない。伊東は薩摩藩の大久保利通にどうすれば信用してもらえるのかと願い出た。

そして、大久保が伊東に対して信用する条件として出してきたのが、坂本龍馬の暗殺だったのだ。大久保は、大政奉還により薩摩と長州を裏切る形となった坂本を危険人物とみなしていた。

伊東は、確実な信頼を得る為に、薩摩にとっても自分にとっても邪魔な存在である新選組に坂本暗殺の罪を着せる事を提案する。大久保はそれに大きく頷いた。

坂本の暗殺と、近藤の暗殺を任された伊東は、さてどうしたものかと思案する。

伊東は策士で元々、自分の手を汚し立場を危くするような危険を犯すのを好まなかった。

そこで伊東が目を付けたのが見廻組である。

その頃、元々旗本などで構成されている見廻組が、幕臣に取りたてられた新選組を快く思っていなかったであろう事は伊東の想像にたやすかった。

新選組に坂本暗殺の罪を着せる事で、新選組の時代への不明慮さを幕府にしらしめ、権威を失墜させる絶好の機会になる。そう見廻組の局長である佐々木只三郎に説いてみせれば、佐々木はいとも簡単に伊東の提案に乗る。


そして、お膳立てを済ませた所で、伊東は最後の仕上げとばかりに近江屋に身を置いている坂本の元を訪れた。

「坂本殿、私は御陵衛士をまとめている伊東と言う者です」

坂本は怪訝な顔で、座敷に通された伊東を見る。

傍にいる中岡慎太郎が注釈を入れた。

「伊東さんは、元は新選組の隊士だったんだが、御公儀に傾倒する組に見切りを付けて御陵衛士となった方だ」

以前から、交流のあった中岡が好意的に伊東を紹介する。

だが、坂本の目にはどうにも伊東が胡散臭く映ってならなかった。

坂本が何も言い出さないのを見た中岡が、伊東に応対する。

「で、伊東さん。今日はどういった用件ですかな」

「あまり大きな声では言いにくい内容なのですが、坂本殿。貴殿は新選組に命を狙われています」

坂本の眉が潜められた。

「…」

(こやつは信じられん奴じゃ)

歳三の心意気を知っている坂本からしてみれば、伊東の進言が真実を言っているものではない事がすぐに解る。第一、新選組が坂本を抹殺する気であるというならば、とうの昔に寺田屋に押し入られている筈なのだ。

だが歳三は坂本が寺田屋にいるのを知っていた上で、見逃している。それは歳三が坂本のしたいと思っている事を理解してくれていた証拠でもあるのだ。

とすれば、目の前で愛想笑いを浮かべる伊東という男が嘘をついているのはあきらかである。

 坂本は、伊東から興味をなくしたように表へ視線を投げた。中岡は坂本の無作法な態度に胆を冷やしながら、伊東に頭を下げる。

「大事な忠告かたじけないきに」

「いえ…注意された事に越した事はないですから」

坂本の不機嫌な理由が新選組を憎々しく思っての事だと思った伊東は、自分の立てた作戦の成功を確信し口角を上げた。

これでもし万が一、見廻組がしくじったとしても、坂本と中岡は犯人を新選組だと思うに違いないのだ。

伊東は軽い足取りで、近江屋を後にした。


「坂本が暗殺されただと?」

 歳三が屯所で声を荒げたのは、伊東が坂本の所に出向いた二日後の事だった。

「は…。昨夜、近江屋で数人に押し入られ斬られた模様です」

 報告をしている山崎が淡々と事実を告げる。

「で…?」

 信じられない思いを胸に抱きながら、歳三が先をすすめた。

「坂本は即死。近くにいた中岡は深手を負った模様です」

「即死…か」

(まずい状況になるのは解っていた事だが…)

歳三は、鴨川で豪快に笑っていた坂本を思い出す。

歳三の握った拳が白くなっているのに気付いた山崎が歳三を気遣った。

「副長?」

「ああ…先を続けてくれ」

「問題なのは、坂本を襲ったのが、俺達新選組だっていう事になっている事です」

「なん…だと?」

歳三が目を見開いた。

「しかもその証言をしているのは、御陵衛士の人間です」

「伊東達か」

 まさかという思いが歳三の中に広がる。状況判断が鋭い山崎もその事態の指す意味が解っている様子で、歳三を仰ぎ見た。

「はい。原田さんの鞘が落ちていたという事も言っていたそうです」

「そうか…」

 歳三は、山崎に労をねぎらうと、壁を打ちつけた。

(嵌められた)

伊東が新選組に坂本暗殺の罪を着せた真意がわかり歳三は歯軋りをする。


「近藤さん。伊東達がやりやがった」

足高に局長室に踏み込んだ歳三に、書をしたためていた近藤がふり返った。

「伊東君がどうしたんだ?歳」

「新選組に坂本暗殺の容疑をかけて、あんたを正々堂々抹殺するつもりだ」

事の真相を伝えられた近藤は、静かに目を閉じた。一見、落ち着いたように見える近藤の表情の中には、深い怒りが滲んでいる。

「歳よ。幹部を集めてくれないか?」

「…殺るのか?」

「ああ。このまま黙ってはおられんだろう」

近藤の声が低く響く。

「ああ。多分奴は自分の作戦が上手くいったと浮かれている頃だろうからな。殺るのはたやすいだろうさ」

腹の底から沸き上がってくる伊東への憎悪を隠す事なく歳三が頷いた。

(あの野郎だけは許さねー)

伊東の何もかもを利用して、どちらに転んでも良い様に動く姑息さに反吐を吐きつけたくなる。

「伊東だけではなく、御陵衛士全員を一網打尽にするのか?」

 近藤の言葉に歳三は頷いた。

「決まってるだろうが。一人でも残せば厄介だ」

「だが、あちらには平助がいる」

試衛館にいる時から、人懐っこく笑ってきた藤堂を思って、近藤が眉を潜める。

「可哀想だが、残すわけにはいかねーよ。平助だって山南さんを殺した俺達を許す筈はねーさ」

「何故お前はそこまで、徹底的になれるんだ?」

以前から疑問に思っていた事を近藤は口にする。

本来は歳三が情に厚い男である事を知っているだけに、近藤には歳三の徹底的なまでに冷酷になれる事が信じられなかった。

誰であっても身近な者には温情の措置を取ろうとしてしまう事は当たり前の筈なのだ。近藤でさえ藤堂を手にかけるのはためらわれた。

藤堂と漫才のように話していたのはむしろ歳三だというのにだ。だが歳三は、淡々と全員の抹殺を告げる。

「例外を作っちまったら、今まで死んでいった奴らに失礼だろ」

 歳三は自嘲気味に微笑んだ。

「そうか…そうだな歳」


そして、近藤達が張った罠にまんまと嵌まった伊東は、近藤の妾宅に誘われるまま供も連れずに赴いた。

出される酒を機嫌良く飲み干す様は、完全に勝利を確信した美酒に酔っている者のそれだった。

歳三は、それを横目で見ながら、内心では冷笑を浮かべていた。

(馬鹿がっ)

「伊東さん、薩摩の方には入り込めそうですか」

 歳三が何食わぬ顔で伊東に訪ねる。

「なんとかなりそうですよ」

伊東は満足そうに頷いた。その笑顔の奥には、時勢が見えない近藤達への嘲笑が含まれている。

「そうですか、それは良かった。これからは情報が入りますな」

 歳三が伊東のソレには気付かないふりで愛想良く笑う。近藤はその様子を見て、二人のやり取りに胆を冷やしていた。

「ええ…そうですね。これからは近藤先生方の為に尽力しますよ」

(よくもまぁ、これだけ嘘が並べられるもんだぜ)

内心で唾を吐きつけながら歳三は頷いた。

「頼もしい限りだ」

「いえ」

 伊東は曖昧な笑みで受け答えながら、歳三から注がれる盃をぐいっと飲み干した。


そして近藤の妾宅からの帰り道、伊東は、歳三達を騙し切れているという自信から機嫌よく鼻歌まじりに足を進めていた。

「伊東殿ですな」

 どこからか掛けられた声に、伊東が振り向いた瞬間。

伊東が剣を抜く暇もないほどの速さで、歳三が忍ばせてあった刺客に、一刀の元に斬り捨てられた。

そして、伊東のよく回る口が開かれる事は二度となくなった。


「殺ったか」

後から来た歳三は、今はもう物体と化したそれを目の当たりにし、冷たい視線を向けた。

「策を労する者は策に溺れるんだぜ?伊東先生」

歳三は伊東の亡骸に不敵に笑いかける。

それを見ていた隊士は背筋が氷つくのを感じていた。

歳三は伊東の亡骸を、御陵衛士殲滅の為の餌として油小路にさらす事を指示する。

歳三の残酷さを改めて垣間見た隊士達は、怯えながら指示通りに伊東の亡骸を運び出した。


そして数刻の後、伊東死亡の報を聞いた御陵衛士の面々は籠を持ってその場に現れた。

そして御陵衛士達が、伊東の亡骸を籠につみ込もうとするや否や、待ち構えていた新選組の隊士達は一斉に斬りかかった。

元々、斬り合いになる事を想定していた新選組とそうでない御陵衛士では装いが違う。当然御陵衛士達は、奮闘の結果もむなしく斬られる事になる。その場に掛けつけた藤堂も事切れた人の一人だった。だが、御陵衛士の中でも数人は追っ手を逃れ、薩摩藩邸に逃げこんだ者もいた。

その報告を耳にした歳三は、舌を打つ。取り逃がしては、いつ残党が近藤を襲うかもしれないのだ。

だが、薩摩藩邸に逃げこんだ事で、薩摩と伊東達の企みが想像だけではなかった事を歳三は確信していた。


 事件も落ち着いた頃、歳三は、供もつけずに一人で鴨川のほとりに来ていた。その場に腰を下ろし、川の流れに耳を傾ける。

 この場にいる時には大抵傍にいた筈の坂本が今日はいない。追われている身である事を隠しもせずに堂々と敵である筈の自分に話かけてくるような奴だった。坂本の死を前に、歳三は自分自身が漢としてどうあるべきかを考えていた。

(俺は俺の信じる事をするだけだ)

歳三は手近にあった石を川に投げ付けた。ちゃぽんという音が回りに響く。その音が、やけに大きく感じられて歳三は、目を細めた。


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