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梅散らず  作者: 花河燈
18/27

同盟

「土方さん。戻りました」

総司が、脱走した隊士を連れて屯所に戻ってきた。

「ご苦労だったな」

歳三はそう言って、労をねぎらうと、脱走を企てた隊士に向き直る。歳三の隊士を見る視線には、何の色も含まれてない無機質なものだった。その冷たさに隊士は、ビクリと体を強張らせた。顔は血の気が引いて蒼白になっている。

「国のおっかあが心配だったんです」

隊士は震える唇でそう言い訳した。

「…」

歳三は何も言わずに、隊士を見ている。

「戦になれば、生きて帰れる保証はない。俺には幼い妹や弟がいて、俺がいなくなったらこの先どうやって暮らしていったらいいのか。後生です見逃してください」

隊士は必死で弁明した。総司が止めるのも辞さず、歳三の袴に縋りついて命乞いをする。

「…はじめから、解っていて入隊したはずだ。例外は認めない」

歳三は、縋りつく隊士を振り払う事もせず、淡々と告げた。

隊士はがくりとその場に手をついてうな垂れる。

「あんたは鬼だ。血も涙もねぇ。なんであんたに人の命を奪う権限があるっていうんだ」

 隊士が紡ぎ出す糾弾の言葉を、歳三は静かに目を閉じて聞いていた。

「俺が鬼以外の何だって言うんだ。言いたい事はそれだけか」

歳三はそれだけ言って踵を返した。隊士は絶望に打ちひしがれる。その場に残された総司に縋るような瞳を向けた。隊内でも優しくて子供に好かれているので有名な総司ならばもしかしたら助けてくれるかもしれないという願いを込めた視線だった。

だが総司は、その懇願を聞き入れる事はなく、首を横に振る。

「何故逃げてしまったのですか」

責めるような口調で、隊士に一言呟いた。

(あなたのような人がいるから、土方さんは傷つかなくても良い傷を増やす事になるんだ)

 家族の事を出して命請いをするこの隊士が、総司は憎らしくてならなかった。

家族を思う気持ちは、歳三にだってあるのだ。もしかしたらここにいる誰よりも家族思いなのかもしれないと総司は思っている。それでも国の為に生きる事を選んだからと、誰よりも厳しく歳三は自分を律しているのだ。それは総司が嵌めなければ、東帰した時も故郷に足を向けようとはしない位の硬い決意だった。

それなのに、この隊士は、死ぬ事が怖くなったからという理由を隠し、家族の所為にしたのだ。

総司は、脱力している隊士の袖を持ち引き上げ、牢に連行した。


「ここまで脱走者が続出するとは正直思いませんでしたね」

伊東が近藤と土方の顔を交互に見て、苦笑した。

慶応元年閏五月(1865年)。

将軍家茂が二度目となる長州征伐の勅許を得る為に上洛してからというもの、戦の気配が高まる隊内では、脱走による粛清者が続出していた。

「ふむ…」

近藤も渋い顔を崩さない。局長室で交わされている会議に沈黙が訪れる。ここにいる誰もが、好きで隊士の命を奪っているわけではないからだ。さすがに連日、脱走した者を追いかけては連れ戻し、粛清するという事が日常化してくると、幹部も黙っている訳にはいかなくなって来る。

「正直、これほど腰抜けが多いとは思いもしなかった」

歳三が舌打ちしそうな勢いで吐き捨てた。

「誰だって死ぬのは嫌でしょうから」

伊東が宥めるように言う。

「死ぬのが怖いという者は、はじめっから入隊などしなければいいのだ。はした金欲しさに入隊するから死なねばならなくなる」

 憤りを隠せない歳三は奥歯を噛み締めた。

「まぁ…至言ですが。中には、征長に反対の隊士もいたのではないですか」

 長州の征伐に反対している伊東は、脱走した隊士の中に臆病風をふかして逃げた者だけではないかもしれないと示唆する。

「伊東さんは、征長には反対ですからな。その理由についてはっきり聞いた事はありませんが、何故そこまで反対するのです」

歳三は、伊東の意見を今までゆっくり聞いた事がなかったとふと思い、伊東の言葉に耳を傾ける事にした。

「夷狄が多く日本に迫っている今、どうして国の中で戦をする事を勧める事が出来ましょうか」

「…」

「国が一つになって夷狄にあたらなければならないのではないですか」

伊東の言うことのもっともさに、歳三も近藤も大きく頷いた。

「今の御公儀は、自分達を脅かす存在である長州を叩きたいだけにすぎないのではないでしょうか」

「…確かにその通りかもしれないが、ならば伊東君、我々はこの局面をどうしていけば良いというのかね」

近藤が意見を求める。

「会津の兵として戦に出る事だけが、尽忠ではありますまい。近々征長に先駆けて、長州へ訊問使が御公儀から派遣される事になるでしょう。新選組はそれに参加すればよろしいかと」

「歳はどう思う」

「俺は別に異論はない。確かに伊東さんの言う通り、今は国内で揉め事を起こすのは得策ではないと思うからな。いつでも兵を出せる準備さえしておけばそれで良いのではないか」

賛成を得られるとは思わなかった伊東は、驚いたような表情で歳三を見る。

「…大体、御公儀の力が衰退している事は、誰の目から見てもあきらかだ。この上征長に失敗してみろ、御公儀の威信は地に落ちる。危険をおかしてまでやることではないだろう」

 声を落として、歳三が呟いた。

伊東は、歳三の冷静な判断に感心する。歳三の事を幕府の熱狂的な支持者だと思っていたのだ。

だが歳三は、伊東の予想を裏切って冷静な目を持っていた。

「では、会津候に訊問使同行の件について、早急に進言致す事にしよう」

そう言って近藤がその場を立とうとするのを歳三が止める。

「近藤さん。もしその件が受け入れられて、同行するのを認められた際には、長州側に確かめて貰いたい事がある」

「何だ?」

「桂小五郎と高杉晋作が生きているかどうかだ。長州側は二人を死んだものとしているようだが、俺はどうもそうは思えない。今の長州を動かしているのは多分奴らだ」

歳三は確信を込めた強い言い方で言った。

歳三には解っていたのだ。一度目の征長に恭順した輩とは、違う人間が長州を動かしている事に。そしてそれは、歳三を池田屋でまんまと嵌めた桂に他ならないであろう事も。

「解った。向こうさんが答えるとは思わないが、揺さぶるだけは揺さぶってみよう」

近藤は、神妙に頷いてみせた。

そして、近藤達の申請が聞き入れられて、十一月の始めに伊東派の人間と、情報収集の得意な監察方の精鋭である山崎達と供に、近藤は長州に向けて旅立っていった。


「坂本君のおかげですね。弱った長州に薩摩藩がついてくれるのは願ってもない事です」

年が明けてすぐ、薩摩藩と同盟を結ぶ事に成功した桂小五郎は、京都の薩摩藩邸で間を取り持った坂本龍馬に頭を下げた。

「わしは何もしとらんぜよ。薩摩もおんしらも同じ意志をもっちゅうのを知っとっただけじゃ」

坂本は豪快に笑う。

「それにしても胆を冷やしましたよ。萩まで新選組が来ようとは、よもや思いませんでした」

訊問使と扮して新選組が来た時、長州藩はニセの家老を仕立てて対応にあたらせていた。死んだ事になっている桂は、見つからないように身を隠していたのだ。

そして、ニセの家老の情報で、新選組が訊問使になりすまして来ている事を知り、桂は冷や汗の出る思いをした。

「新選組には、鼻の効く人間がおりますので」

桂が苦笑いで続けると、坂本の目がキラリと光った。

「土方の事がか?」

「坂本君も彼を知っているのかい?」

「ははは…腐れ縁じゃ」

坂本は、桂から差し出される盃を受け取りそれを煽った。

「彼は油断できません。酷く頭が切れます。私の変装を最後まで疑っていた」

「桂さんの変装を見破るとは、げにまっことたまげた奴じゃ」

坂本の驚きように、桂は気まずげに一つ咳き払いをした。

変装が巧いと言われるのは、逃げる事しか脳がないと言われているようで、桂はどこか釈然としない。

「それに多分、長州に訊問使を寄越し私に揺さぶりをかけたのは彼の仕業でしょう」

「土方なら、考え付きそうじゃ」

 身内を誉められたような顔で坂本は満足そうに頷く。

そして坂本は、二盃目の盃を断わると、薩摩藩邸を後にした。

そして、向かった先は以前歳三に会ったあの場所だった。


時を同じくして、歳三は黒谷に呼び出されていた。

「なんですと?坂本が薩摩と長州を手引きして、同盟を結ばせた?」

歳三が会津から呼び出された理由は、坂本の幕府への裏切りと思える行為を伝える為のものだった。

そして、坂本が今や幕府側のお尋ね者となっている事を歳三は知る。歳三は坂本の裏切りとも言える行為に戸惑いを隠せないでいた。

「御上より、坂本龍馬の捕縛命令が出ておる。新選組も坂本を見つけ次第捕縛するようお願い致す」

新選組の応対にあたっている野村が神妙な顔で、歳三に告げる。

歳三は、頭を下げると陰鬱な思いで、その場を後にした。


「おう土方。おんし元気にしちょったがか」

「お…おま…お前っ」

歳三は振り向き様に顔を強張らせた。

「坂本…なんでこんな所に」

先ほど、会津に呼び出されて、坂本捕縛の命を受けたばかりの歳三にしてみれば、とうの本人の登場に驚きばかりで二の句が告げられなかった。あんぐりと口を開いたままの歳三を坂本は川縁まで引っ張っていった。

「ここにおればおんしを捕まえられると思ってな」

呑気な坂本の言葉に歳三はがっくりと体の力を抜いた。

「お前…御公儀から狙われるような大それた事をしたくせに、よくもまぁ白昼堂々と道を歩けるな」

「ははは」

 坂本が豪快に笑う。

「笑って誤魔化すな」

歳三が目くじらを立てる。

「いやぁ…新選組の副長と一緒におれば誰も疑わんきに」

「…その俺もお前を捕らえる側の人間だと言う事を忘れてないか?」

「おんしはワシを捕まえんよ」

歳三の目を覗きこんで、坂本は笑った。

「何故…そう思う」

 歳三は声を低くする。

「ワシがお前と話した事を少しも違えてはおらんからじゃ」

「薩摩と長州の手を組ませ、御公儀を討とうとしているお前のどこが、違った事をしていないという」

「ワシは別に討とうなどとは思っちょらんぜよ」

坂本は一点の曇りもない声で返した。

「ならば何故…」

「ではおんしに聞くが、おんしは今の御公儀についてどう思ぉちょる」

「このままではいけないと思っておる」

「ワシも同じじゃ。じゃがのぉ今の御公儀は衰退したと言ってもまだ力が強い。実権の全てを御公儀が握っておる以上、変える事などできん」

「…」

歳三は、坂本の真意を見つけようと、一言も漏らさないように耳を傾けている。

「薩摩と長州と御公儀、三つ巴になれば良いと思っちょるんじゃ」

「力を均衡させようって言うのか」

「ああ…今は御公儀の力を削がねばならん。だから同盟をくませた。だが国内で争そう事だけは避けねばならん。その為の三つ巴じゃ」

無謀とも思える坂本の案に、歳三はそうとは思いながらも否を唱える事が出来なかった。

「内から変えていくには限界があるんじゃ。勝先生のように、邪魔になれば、すぐに謹慎させられるのがおちじゃ」

坂本の言う台詞は一つ一つ的を得ていた。実際、歳三も幕府の腰の重さと因循さに内心では舌をまいていたからだ。

歳三は、坂本の言葉に答えるでもなく、立ちあがった。

そして、何も言わずに坂本に背を向け歩き出した。

「土方。おんしほどの男なら、何をせねばならんかはわかっちょる筈だ。なにかあったら寺田屋に来い」

坂本の言葉に歳三は歩み始めた足を止める。

そして、振り向きもせずに歳三は言った。

「坂本…気をつけろ。御公儀はお前を捕縛しようと血眼になっている」

歳三は、坂本の言葉を聞かなかった事として、そのまま歩きはじめた。

そして、屯所に帰っても歳三は、隊士達に指示を出す事をしなかった。坂本が寺田屋にいる事を知っていながら。


「坂本龍馬が寺田屋に潜伏していたらしいですよ」

総司の言葉に、歳三は飲んでいたお茶を噴出した。

「総司…襖を開ける前に、声くらいかけろ」

「今更何言ってるんですか。いつもの事じゃないですか」

総司は行儀悪く足で襖を閉めて、歳三の部屋に入りこんだ。

「…で、坂本がどうだというんだ」

「奉行所の方々が、寺田屋に坂本龍馬が潜んでいる事を付きとめて踏みこんだらしいんですよ」

歳三の頭に、呑気に笑っていた坂本の顔が浮かぶ。

「…」

「土方さん聞いてます?この年でボケないで下さいよ」

「あ…ああ。で、その後は?」

うろたえた様子の歳三に総司は首をかしげた。

「坂本さんは、さっさと逃げたみたいですよ」

「そうか…」

歳三の声音から安堵の色が出ている事を、わずかに嗅ぎ取った総司は、歳三に詰め寄った。

「土方さん…今ほっとしませんでした?」

「い…いや」

元来、隠し事の苦手な歳三は、総司から視線をそらせてしまう。

「怪しいです。なにか隠してませんか?」

「…なんだよ総司。お前ぇ亭主の浮気を責める古女房みてぇな顔しやがって」

 にじり寄る総司から一歩引きながら、歳三は何気に首に手を当てた。

「隠してるんですね。知ってるんですよ。土方さんが隠し事している時には決まって首に手を回すんですから」

「そんなわけねーだろ」

「もしかして」

総司がずいっと顔を突き出した。勿論腰に手を付いている。

「な…なんだよ」

「坂本さんの居場所。知っていました?」

図星をさされた歳三は、ビキンと背筋を伸ばした。

総司は、一本取ったとばかりにニヤリと笑う。

「ふふふん。大方そんな事だろうと思ったんですよ」

「な…何がだ」

 歳三が珍しく慌てふためいているのを総司が面白そうに見やる。

「だって、京で一番情報を持っているだろう土方さんが、坂本さんを捕まえる気なら奉行所に遅れをとる筈ないんですから」

総司の的をはずした信頼に歳三は力なく笑った。

「お前ぇ。責めねーのか?わざと取り逃がしたって事になるんだぜ?」

「何故責めなければならないんですか。どうせ何か考えがあっての事なんでしょ?」

「ま…そういっちまえばそうだが」

「なら…良いんです」

あっさりした総司の口調に、歳三は拍子抜けする。

「良いのか…それで。俺がした事ぁ、御公儀の足を引っ張る事なんだぜ?」

「私は御公儀の家臣ではなく、土方さんの家臣なのでそれでいいんです」

総司の迷いのない視線が歳三を射抜いた。

「全く、お前にはかなわねーなぁ」

歳三は、微苦笑を浮かべて、自分の前に座った総司の膝を蹴り付けた。一人では重すぎる秘密をいつも総司はこうして何気に軽くしてくれているのだ。

「そうそう。そんな事より重大な話があったんです。聞いてくださいよ。土方さん」

「何だよ」

 一瞬で深刻そうな顔になった総司に、ただ事ではないと歳三は居住いを正した。

「坂本さんを襲撃した犯人なんですが、何故かウチがやった事になってるんです」

「は…」

それのどこが重大なんだと、歳三は呆気に取られた。

「別に、良いじゃねーかそんな事」

「良くないです」

総司は拳を握り締め、力説する。

「だって、百人もの人間で寺田屋を囲んだ挙句に、取り逃したって事になってるんですよ?格好悪いじゃないですか」

「…」

確かに、百人で取り囲んで、一人の人間を取り逃がすのは少々情けないと歳三も思った。同時に無事に坂本が逃げた事を知りどこか安心している自分がいる事に歳三は気付いていた。

「こうなったら、征長戦の暁には、新選組の強さを世に…」

「総司…新選組は、長州征伐には直接参加しねーだろーよ」

 やる気満々になっている総司に対して、水を差すように歳三は意地悪そうに言った。

「えぇーーーーーっ。そんな事したら京の人達に腰抜け呼ばわりされちゃいます」

「良いじゃねーか。俺達の仕事は京の治安を守る事なんだからよぉ」

「…」

不服そうな総司に歳三は、声を立てて笑った。

「お前ぇ。俺の家臣なんだろ?」

「わかりましたぁ」

総司は、そう言って部屋の中に大の字に寝転がる。それを尻目に歳三は書きかけの書類に手を伸ばした。


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