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梅散らず  作者: 花河燈
10/27

長州の陰謀

元治元年(1864年)五月の事である。

「例の件で、最後の打ち合わせを祇園祭の日に池田屋で行う故、桂殿も是非来ていただきたい」

例の件といわれる企ての中心人物である宮部鼎蔵は、そう言って桂小五郎の目を真っ向から覗き込んだ。

桂小五郎は、新撰組が仇となす長州藩の実力者人だ。中々の良い男で、頭も良ければ剣術もこなす文武を極めた人物で長州の中では信望している者も多かった。

桂は愛想の良い顔で大きく頷いて見せた。

「勿論です。我らの結束を固める大事に参加せぬわけにはいきますまい」

「…」

宮部は、長州者の癖に訛も出さず流暢な言葉を話す桂にいささかの不信感を抱いた。いかにも人の良さそうな桂の本心が読めなかったからだ。加熱する尊攘派の中にありながら冷静さを失わない桂が、宮部達と同志であるようには思えなかった。

「…では、後日」

宮部は小さく頭を下げると、桂のいる部屋を後にした。

(全く血の気の多い馬鹿には困ったものだ)

一人になった桂は、先ほどまでの愛想の良さを消し去って、氷のような表情を浮かべた。

宮部に同調しておきながら桂の本心は全く逆の事を考えていたのだ。桂は長州の中でも過激な尊攘派の一派に、ほとほと手を焼いていた。

河原町の伊吹屋という旅館に身を寄せている桂は、二階から流れる人の波を感情のない眼で見下ろした。

一年近く前、公武合体派によって、尊攘派の長州藩は堺町御門の警備の任を解かれ、京での地位を失墜させられた。

それを黙っていられない、古高俊太郎や宮部鼎蔵をはじめとした急進派は、土佐や肥後等の志士達と供に、強風の日を選び京に火を放ち、混乱の隙に、公武合体派の公卿、中川宮と京都守護職の松平容保を討ち果たし、そして玉を奪うという計画を立てているのだ。

宮部が来ていたのもその打ち合わせの日取りを桂に伝えるためである。

だが本心では桂は焼き討ちに反対だった。急いては事を仕損じる。討幕の気持ちは桂も同じだ。だが、まだ時期ではないと思っていた。それに、京を火の海にするという無謀な計画が桂には賛同しかねるものだったからだ。

たとえその計画が成功したとしても、危険の割には、利が少なすぎるのだ。火を放ち、玉を奪った立場の長州に、どこの誰が味方をするというのだろう。桂は、民衆の意見というものの怖さを知っていた。火を放ち夜盗の様な真似をした長州がいくら国の為を思ってやった事だと告げても、誰も信じはしない。

だからと言って、桂が一人で異を唱えた所で、輪を乱すだけで、加熱した者達の行動を制御する事など出来る筈はなかったのだ。

過激すぎる一派は、桂にとっても長州にとっても仇なす者でしかないと思っていた。敵ならば、倒せばすむ事だが、一応、同じ志を持つ人間が相手では下手に手を出す事も出来ない。ならば…と桂は思案した。ならば、他に討たせてしまえば良いのだ。

そこまで考えて、桂は、手ごろな集団が京にいる事に思い至った。


「土方副長、長州浪士が町人や商人の格好をして京に入ってきている模様です」

時を同じくして、屯所に戻ってきた山崎が、長州の情報を歳三に伝える。余分な物が置かれてない副長室は声が響きやすく、山崎は自然と緊張していくのを感じていた。

「数はどれくらいかわかるか?」

 定位置になりつつある文机で、仏頂面をして歳三が腕を組んだ。

「はい。二百から二百五十くらいかと思われます」

「奴ら、何かやらかすつもりだな」

 歳三の目が鋭く光る。

「かと思われます。俺の見ている限りでは何軒かの商家に長州訛りのある客の出入りが激しいのを確認済みです」

一見すれば人の良さそうな薬売り姿の山崎が、目つきだけは監察のそれで頷いた。

「特に怪しい動きのある店はあるか?」

「河原町にある桝屋への長州人の出入りが特に多いような気がします」

「他に気付いた事はあるか?」

「他には、夜に荷が届く事がしばしばあります。昼に届く荷とはあきらかに違った代物です。怪しさで言ったら一番かと思われますが」

「解った」

歳三は、山崎の冷静で的確な報告に満足そうに頷いて、山崎に茶を入れてやる事にした。二つの湯のみに茶を入れた歳三は、片方に茶柱が立っているのを見つけ一瞬子供のような顔を浮かべる。

(土方副長でもこんな風に笑う事あるんや)

 山崎は内心で驚きつつも、差し出された茶柱入りのそれを控えめに受け取った。

「…ところで、桂小五郎の足取りは掴めたか?」

 普段の顔に戻った歳三が話題を変える。

「いえ…申し訳ありません依然探索中です」

「まぁ、あれくらいの長州の親玉がそんなに早く見つかるわけねーか」

申し訳なさそうに肩を竦める山崎に歳三は軽口を叩いた。

桂小五郎は長州をしきっているといわれている男だ。長州が新撰組に送りこんだ間者として処断された楠小十郎や荒木田左馬之介を新撰組に送りこんだ人物でもある。

新撰組の表立った仕事は、不貞浪士の取り締まりなのだが、会津から言い渡されている事はそれだけではない。

諸藩の動向を探り、幕府に仇なすものをいち早く見つける事も大事な役目の一つだったのだ。

というよりそちらが本業だと言っても過言ではない。

新撰組の裏側は、会津藩からの密偵的な要素を含んでいたのだ。

一番隊を率いている総司達が表の顔だとするならば、監察方を率いている山崎は、裏側の顔だと言っても良いくらいだった。

「山崎、お前がいて良かったよ」

 歳三の心の底から出た呟きに、山崎の心は震える。

「そんな勿体無い。俺は出来る事をやっただけです」

 焦ると出る関西訛りで、山崎は頭を振った。

 どこまでも謙虚な山崎を歳三は気に入っていた。

「薬屋の格好でご苦労な事だ。なぁ山崎、監察方で不服ではないのか?」

「いえ、お役に立てるのでしたら格好は…」

 不服であるわけがないと、山崎は手を顔の前で振って見せた。

「だが、武士になりたかったんだろう?」

「形ではありませんから」

苦笑いを浮かべて山崎は歳三を見た。

「やはり、お前がいて良かった」

長い睫をふせて、歳三は薄く微笑んだ。

「そういって貰える事が一番幸せです」

あまり笑う事のない歳三の笑顔を拝み、山崎は期待される事の喜びを心底味わっていた。

入隊試験の時、鍼灸医の息子である山崎は一人浮いていた。剣術を極めた者が集まる中、得意なものが棒術だと答えれば、周囲にいた者達は皆、見下すような顔で山崎を見た。武士になりたいくせに剣術を修めてないとは何事だという陰口も聞こえてきたくらいだった。

だが、その中で歳三だけは、山崎の事を笑わなかったのだ。「刀を持ってなくても戦えるのは面白い」

誰もが山崎を馬鹿にする中、そういって歳三は採用を決めた。

それまで山崎は、武士になりたいとは言っていたものの、主君に仕える気持ちなど解りはしなかった。

だから、主君の為に死んでいく気持ちなど到底理解は出来なかったのだが、土方歳三という男に遭ってはじめて山崎はその気持ちを知る事が出来た。

そうなれば、格好など山崎にしてみれば、どうでも良い事になっていたのだ。

飲み終わった湯のみを置くと、頭を下げて山崎は歳三の部屋を後にする。

後にした所で、一つだけ報告し忘れた事があった事に山崎は気付いた。

(まぁ…この事は、長州の事とは関係あらへんからええか。隊内の事だし、沖田さんあたりから伝わる事やろ)

それは、この時隊内で男色が横行しているという事だった。


歳三は、一人着流し姿で河原町に来ていた。

山崎からの情報を確認する為に、歳三自ら出向いたのだ。

桝屋のある近くの飯屋で、それとなく桝屋の動向を伺う事にした。

外の見える席を選び、腰を下ろす。

誰も歳三が泣く子も黙る新撰組の副長だと思わない。

注文を取りに来た娘は、歳三の端正な顔に一瞬見惚れて頬を染めた。

ほどなくして、持って来たうどんに歳三が箸をつけようとした時、ふいに声をかけられ、手をそのままに顔を上げた。

「相席してもよろしいですか?」

商家の若旦那風の男が、にこやかに笑いながら歳三の前に立っていた。上品に整ったな顔からは、育ちの良さが滲み出ていた。

「ああ。どうぞ」

男から視線を外すと歳三は、箸に持ったままのうどんを口に運んだ。男は、店の娘に同じ物をと頼んで、歳三の向かい側に座る。

「お侍様は、新撰組の土方様ですよね」

男の言葉に、歳三は怪訝な顔を向けた。

知っているならば、避けこそすれ自分に近寄ってくる理由が見当たらなかったからだ。

「…ああそうだが?よく解ったな」

「私は人の顔を覚えるのが得意なんですよ」

流暢な関西弁で男は微笑んだ。

その受け答えに、歳三は顔には出さないものの、違和感を覚えていた。普通の町人ならば、自分が新撰組の土方歳三だと解った瞬間、顔を強張らせる筈なのだが、この男は怖いとも思わないらしく笑っている。上品な物腰をしていても、余程胆の座った男である事がわかる。もしかしたら、町人になりすましている長州人かとも思ったが、長州人にしては訛りがない。歳三は、警戒を解かずに言った。

「何か俺に用でも?」

「はい。私は中京の方で商いを営んでいる者なのですが、最近物騒な噂を耳にしたもので」

「…物騒な噂?」

 歳三が眉を寄せる。

「はい。長州はん達が私共商人に混ざっている事はご存知ですか?」

「…それが?」

驚きもしない歳三に、男は一瞬息を飲んだ。

そこまで知っているのかという男の顔に歳三は、苦笑を浮かべる。

「これは商人仲間の噂なので、信憑性は怪しいものなのですが」

「言ってみてくれ」

「武器を買い込んでいる商家があるという噂があるんです」

「何?」

歳三は目を剥いた。

「だから私達は、戦にでもなるんではないかと心配で心配で」

「そうか」

この男の言っている事が真実ならば、長州が何かを企んでいそうだという山崎の情報は、あながち間違いではないということだ。

問題はこの男が、どういう人間なのか解らないという事だった。

「京の人間は、尊攘派の味方をする者が多いと聞くが?」

歳三が男の目をじっと見据えた。

下手な言い訳や怪しい行動を取れば、引っ立てると言わんばかりの目だった。

「こんな事を言ったら、怒られるかもしれませんが、私だって最初は尊攘派の方々の味方でした。でも、戦をされるとなれば話は違います。私は家や店、町の人々が大事です。武器を持たない私共が、守ってもらいたいと思ってしまうのは虫の良い話かもしれませんが道理ではありませんか」

 男は冷や汗まじりに歳三に訴えた。

「…ふむ道理だ」

歳三の言葉に男は、ほっと息をつく。

「ところで、尊攘派の味方をしていた事があるのなら、一つ聞きたい事があるんだが」

「はい。なんでしょう」

 男は、うどんを口に運びながら言った。

「桂小五郎という男の居場所を聞いた事はないか?」

「ごほっ」

うどんが喉につかえて男がむせ返った。

その様子から、歳三は男が桂小五郎を知っている事を知る。

知らないとでも言うなら、即刻屯所に連行するつもりだった。

「大丈夫か?」

水を渡してやりながら、歳三は目を光らせる。

手渡した時の男の手には剣ダコが出来ていた。

「はい。ありがとうございます。ところで桂という人は一体何をなさったんですか?」

 男は、口の周りを店の者から手渡された手ぬぐいで、拭いながら歳三に尋ねた。

「ああ…悪の親玉だ」

「悪の…。そうですか。そうかもしれませんね」

「知っているというのか?」

「はい。今はどこにいるのかわかりませんが、以前うちの店に顔を出された事があったので」

「顔を見ればわかるか?」

「大分前の事ですから、確実にとは言えないかも知れませんが」

男が長州人ならば、長州の内情をばらすのはおかしい。

だが、完全にこの男を信用するのは危険だと、歳三の本能がそういっていた。

「お前…名はなんという」

「新城屋の松助と申します」

「新撰組に入らんか?」

「え?」

思っても見なかった事を言われて、男はぽかんと口を開いた。

「剣術も相当なものなんだろう?」

「侍の真似事をしたくて以前はやっていましたが、よくわかりましたね」

剣術をやっていた事を隠しもしない事で、歳三の中にあった疑惑が薄らいでいく。新撰組に誘ったのは、とりあえず入れておいて、怪しいようなら片付ければ良いと思っていたのだ。

怪しくないのであれば、歳三から見て、この男は来て欲しい人材だった。

「だったらなおさらだ。お前の持っている情報力や度胸、頭の回り方も申し分ない。剣も出来るとなれば、ウチも鬼に金棒ってもんだ」

 町の中を探る監察を見つける事が出来れば、山崎の仕事が楽になるのだ。

歳三は期待を込めて、男の顔を見る。

「どうだ?」

「実は、最初に申し上げておけば良かったのですが、いい気になって剣をやっていましたら、足の筋を痛めまして今ではろくに走る事も出来ないのです」

男の心底残念そうな顔に、歳三は一瞬言葉を噤んだ。男のそれが言い訳であろう事は歳三には容易に想像がついた事だが、ここは泳がせてみるのも悪くないとふんだ。

「それは悪い事を思い出させた。今言った事は忘れてくれ」

「いえ…良いのです。私が馬鹿だっただけですから。それより折角のお申し出なのに、受けられないのが心残りです」

「また、なにか情報があったら、屯所まで持ってきてくれ」

「すぐにでも伺います」

歳三は、情報のお礼にと男の分も代金を支払って、店を後にした。桝屋の前を歳三が横切る時に、長州訛りの商人が店に入っていく。それを横目で眺めながら歳三は屯所への道を急いだ。


そして、飯屋に残された男は、心底胆を冷やしていた。

手に滲んだ冷や汗を、先程使った手ぬぐいで拭った。

その男とは、商人に化けた桂小五郎である。

間者を忍ばせた事で、自分自身が悪の親玉にされていたのは不本意だが、なんとか目的を果たせた事にほっと息をついていた。

正直、土方歳三という男を舐めていた。優男な形だけの新選組副長かと思っていたのだ。想像以上に頭の切れる土方を最終的には敵にすると思うと桂の気は重くなる。

土方は、これだけの短い時間で、桂の人となりを見破っていた。誰もが見破る事の出来ない変装に疑問を持ったのは土方がはじめてだったのだ。

そして土方の目から最後まで、疑いの色は消えなかった。

新撰組に誘ったのも、泳がせて尻尾を出すならそれで良しくらいに思っての事だと言う事は桂にもわかっていた。

これで屯所になど連れていかれれば、自分が桂だと言う事がバレてしまうのは時間の問題だっただろう。

逃げ出せたのは、運が良かっただけの話だ。

大した男だと桂は思った。

危険をおかしてまで、情報を流す必要はなかったと思うと桂の体から力が抜ける。

情報など流さなくても土方達の手にかかれば、直情型の宮部や古高達の陰謀は取るに足らなかったものかもしれないと桂は自嘲した。


 そしてその頃、歳三のいない屯所では、非番だった沖田と斎藤が助勤室にこもって何やら相談事を交わしていた。

「ねぇ、斎藤さん。土方さん気付いていませんよね」

「ああ…。俺達が阻止してるからかもしれないが」

二人とも困った顔で向かい合っている。

「でも、こうも夜這いをかける隊士が増えるのもどうかと思いますよね」

「きっと、土方さんの事だ。自分が男に夜這いをかけられそうになっていると知ったら、ただじゃ済まないだろう」

斎藤は同情の色を滲ませながら、歳三宛の恋文の束を握りつぶした。恋文には、歳三を兄と呼ばせてくれというものから、一度で良いから歳三の白い肌に触れてみたいというものまで様々な想いがつづられていた。

女からの告白でも辟易しているくらいモテる歳三が、男からの恋文を見たら卒倒しかねない。

隊内で、男色が流行している事は、周知の事実なのだが、長州の動きも派手になってきている今、仕事に忙しい歳三だけはその事実を知らずにいるのだ。

「そうですねぇ。土方さんに見つかったら全員殺されそうですもんね」

「このままにはしておけんだろ」

沈黙が流れる。

障子の穴から漏れる日が、二人の間の畳を照らしていた。

悩みの種である隊士達の気合いの声が遠く響いている。

「わかりました。私が一肌脱ぎましょう」

 総司の言葉が部屋の沈黙を破る。

斎藤は顔を上げ、総司を見た。

「どうすると言うんです」

「私が土方さんの念友になれば良いんですよ」

「は?」

「土方さんは私のものだと宣言してしまえば、誰も文句は言わないでしょう」

「それはそうだが…」

自身満々な総司の案に斎藤は軽い頭痛を覚えた。

確かに、剣の腕も隊随一で歳三の弟分でもある総司がそう言えば、太刀打ち出来る者は文字通りいない。

 だが、それと知らされぬままの歳三を思うと斎藤は憐れに思えてならなかった。

「良いですか?私と土方さんがデキているから土方さんが好きな者はあきらめるようにという噂を広めるのが斎藤さんの役目です」

「本当に良いのか?そんな事して」

斎藤は乗り気ではない顔で、総司を見る。

割り切ってしまえば迷わない総司は、すっきりした顔をしていた。

「良いですよぉ。他ならぬ土方さんが相手なんですから」

「いや、沖田さんではなくて、土方さんが」

 土方の為に命を捨てる覚悟でいる総司が、今更念友といわれようが平気なのは当たり前の事だろと内心思いながら、斎藤は溜息をついた。

「大丈夫でしょ。バレた時は私が責任持ちますから」

呑気な総司に乗せられて、斎藤は不承不承頷く。

「でも、私が抱かれてると思われるのは嫌だなぁぁ。男だったら抱く側が良いに決まってますもんねぇ」

そう言って暢気に総司は笑った。

「いや…そういう問題ではないと思うが…」

斎藤のその言葉に、総司はさらに笑い声を上げた。

「あ、でも…勿論私は男色ではありませんから、抱くんなら女の方が良いですが」

「…」

総司の止まらない軽口に、あきれ返りながら斎藤は溜息を付いた。


そして数日後。

歳三は近藤から部屋に呼び出されていた。

「近藤さん話ってのはなんだ?改まって。この間の長州に関しての報告に間違いでもあったか?」

「いや、その件じゃねーんだ。その件はそれで俺も異論はねーよ」

 山崎と桂がくれた情報から、桝屋を徹底的に張りこむ事にした事についての異論だと思っていた歳三は首をかしげた。

「そうか、話ってのを聞かせてもらおうか」

「ああ…その…なんだなぁ」

いつもハキハキとものを言う近藤にしては歯切れが悪い。

「困った事でもおきたのか?」

「困った事って訳でもないんだが…俺は養子を取ろうと思ってな」

突然の話題に歳三は腰を浮かせた。

「近藤さん、道場は総司に継がせるって言ってなかったか?」

「だから…」

お前らがデキているから仕方ないだろうがと続けたいが声にならない近藤は、歳三に弱っているような視線を向けた。

だが、噂も総司の企ても知らない歳三は訳がわからない。

「まぁ、俺が口出す問題じゃねーんだけどよ総司は良いって言ってるのか?」

「私ですか?」

声とともに総司が近藤の部屋に入り、歳三の横に当然のように座った。

「私は、良いですよ。異論はないです。土方さん達と生死を共にするつもりですからね。跡を取るのなんて無理な話ですし」

噂を知っている近藤には意味深に取れ、知らない土方にも納得できるような理由を総司は口に乗せた。

「わかった。ならやはり養子をとる事にするよ」

乾いた笑いを顔に乗せ近藤は力なく言った。


「なんだか今日の近藤さん変じゃなかったか?」

 縁側を歩きながら歳三は少し後ろを歩く総司に向かって呟いた。

「そうですかぁ?気のせいですよ。それより土方さん今から部屋に行っても良いですか?」

庭に隊士がいるのを見計らって、総司が歳三の袖に手を伸ばす。

その後、噂が一段と広まったのは言うまでもない。


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