捌:勝負
集落の中央の広場に案内されたカティアに、族長がルールを説明した。
「……勝負は、ザリーナとカティアのどちらかがルディアスを見つけるまで。制限時間はない。先に見つけた方が勝ちだ。ルディアスは集落の外へ出てはいけない。また、見つけられるまでその場を動かないこと」
「ザリーナは鼻が利く上に、場所がこの村では、あまりにザリーナに優位だろう」
「そうだな。だからこそ、カティアが勝てば長老も認めざるを得ない。まぁ、公平を期すために、カティアが魔法を使えるなら使っても良いとしよう」
そう言われては、ルディアスも反論を呑み込むしかない。
カティアは既に魔力をほぼ使い切っている。森から移動してきた時間で多少回復したとはいえ、あまり高度な魔法は使えないのに。
「ルディアスがこの場所を離れてから、十分後に捜索を開始する。ルディアスを見つけたら、共にこの場所へ戻って来ること。良いな」
そう言うや、族長はパチンと指を鳴らした。
即座に、彼の傍に一人の青年が姿を見せる。
そして族長が何かを指示すると、青年はすっと姿を消してしまった。
「ではルディアス、行け」
勝手に進める族長に何か言いたげな目を向けるが、ルディアスは何も言わずに頷いた。
「カティア、信じているからな」
それだけ言い残し、彼は大きく跳躍してその場を離れて行ってしまった。
出逢ったばかりで、信じる程の信頼関係などないはずなのに、カティアも同じ気持ちだった。
それが、番の本能なのだろうか。
「……十分経ったな。では、開始だ」
族長の合図と同時に、ザリーナが大きく跳躍する。
カティアその場で瞑目し、右手を掲げた。
「探知魔法」
静かに唱える。
カティアも神官長ほどではないが、探知魔法を習得している。
ただ、地図もない未知の場所で、知り合ったばかりの相手の行方を捜すのは難しく、精度はかなり落ちる。しかも今、カティアの魔力は枯渇寸前だ。
それを承知の上で、村の全容を把握するのが目的のつもりで探知魔法を展開したカティアだったが、一か所、猛烈に惹かれる場所があった。
「……っ!」
あそこだ。本能がそう呼びかけてくる。
カティアは即座に駆け出した。それは、ザリーナが向かったのとは、真逆の方角だった。
カティアが向かったのは、村の南にあった見張り台だった。
見張り台の下、陰になっている所を覗き込むと、闇が少し動いた。
少しだけ魔力を使って手元に明かりを灯すと、そこには一枚の布を被ったルディアスが座っていた。
「ルディアス!」
ルディアスも、流石にこれほど早く見つけられるとは思っていなかったらしく、驚いた顔をしつつ、カティアと目が合うと同時に飛び出して来た。
そして思わずと言った様子でカティアを抱き締める。
初めての番からの抱擁に、カティアはどぎまぎしたが、自然と「ここが本来の自分の居場所だ」という感覚が心を占め、安堵して彼の腕にしがみ付いた。
「流石だな」
「村の地理を把握しようと思って探知魔法を使ったら、何でか、ルディアスの気配を強く感じたの……ザリーナさんは真反対に向かったけど……」
カティアの言葉に、ルディアスはふっと笑った。
「そうだろうな。俺の着ていた服を北の見張り台に置いて来たから」
言われて見たら、彼の服が先ほどとは違うものになっていた。
「その服は?」
「族長の側近と服を交換した。ついでに、そいつが持って来た消臭効果のある布を被って移動して来たから、ザリーナが俺の匂いを辿ってここに辿り着くのは至難の業だと思うぞ」
族長がそこまで仕込んでくれていたことも、ルディアスがたった十分で着替えて集落の北端から南端に移動したことも驚きだ。
感心するカティアに、ルディアスは嬉しそうに笑う。
「勝負はカティアの勝ちだな」
声がして振り返ると、そこには族長が立っていた。
「まぁ、こうなるだろうとは思っていた……広場へ戻れ」
小さく笑う彼を見て、あくまでも長老を納得させるための茶番だったのだと悟るカティアだった。
三人が広場に戻ると、その姿を見た長老が愕然とした顔をした。
「馬鹿な……!」
「長老、これでお認めいただけますね? カティアがルディアスの本物の番であることを」
「い、イカサマだ! ルディアスが居場所を教えたに違いない……!」
「長老、私は勝負の開始前から二人の様子を見ていました。ルディアスが居場所を示すようなことはしていません。私の名に懸けて証言しましょう」
族長の言葉に、長老はぐ、と言葉を呑み込んだ。
「もし、これでも尚、納得できないと仰るのならば、次は長老とルディアスが決闘をするよりほかありませんな」
その言葉に、長老がいよいよ視線を泳がせた。
いくら先代の族長であっても、今は老人だ。並みの老人より強いかもしれないが、次期族長である年若いルディアスと戦えばどうなるかなど火を見るよりも明らかである。
「ザリーナも間もなく戻るでしょう」
族長が、ザリーナが飛び出していった方角に視線を向ける。
と、そこに一人の青年が、慌てた様子で駆けて来た。
開始直前に族長が呼びつけて何かを指示していた青年だ。
「族長、ザリーナが……!」
青年が何かを報告しようとして、言葉を止める。
怯えるような目で何かを見て、族長たちの背後を指差した。
全員がそちらを振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
赤みが勝った金髪に碧眼の青年は、ザリーナの首に後ろから腕を回し、喉元にナイフを突きつけていた。
「えっ、リオネル様……っ?」
青年の顔を見たカティアがぎょっとして声を上げる。
それは、神殿を出る直前に、カティアの番として選定された青年、ベアトリス王女のお気に入りである公爵家の長男、リオネル・マグノリアだったのだ。
「知り合いか?」
ルディアスの問いに、カティアは戸惑いながら頷く。
「我が国の公爵家の御令息です……何で、ここに……?」
驚き呟くカティアを見たリオネルが、ふっと表情を緩めた。
「ああ、カティア・ヴェルベナ……! やっと見つけた! 探知魔法で獣人の集落にいるとわかった時は気が気でなかったが、無事でよかった……! さぁ、私の許へおいで。一緒に帰ろう」
「リオネル様が私を探して……? どういうことですか?」
困惑するカティアの肩を、ルディアスのがそっと抱く。
同時に、リオネルが眉を顰めた。
「貴様、カティアから手を放せ。彼女は私の番だ」
その言葉に、ルディアスも心底不快そうな顔になる。
「馬鹿を言うな。カティアは俺の番だ」
「獣人の、番だと……?」
リオネルは公爵家子息であり、博識だ。
獣人族がいう『番』とは、人間のいう『運命の番』のことであると知っていた。それ以外での結婚相手は『伴侶』や『嫁』『婿』、『連れ』という呼び方をすると。
そんな獣人が、カティアを番と呼んだのか。
「……カティア、まさか……?」
リオネルが目でカティアに問う。
彼の行動の意図が全く読めないカティアだが、もしも彼が神殿でカティアを番として選定したという事実を知ってしまったとすれば、番を待ち望んでいた彼が勢い余って国外まで迎えに来たという説明が付く、と思い至った。
実際は彼は己の鑑定魔法の結果からカティアを番に望んでいるのだが、それはカティアにとってみれば同じ事である。
「リオネル様、私は運命の番と出会いました。獣人族のルディアスです……リオネル様が神殿で何をお聞きになられたかは存じ上げませんが、私は貴方と一緒に帰ることはできません」
まだここでルディアスと暮らすことを了承した訳ではない。
両親もまだフルール王国内にいるし、国外にと嫁ぐ覚悟などまだできていない。
しかしそれでも、ルディアスと離れ離れになることを、心が拒絶している。
出逢ったばかりなのに、ここまで自分の心の大部分を占めてしまうとは、運命の番の存在いがいかに大きいかを、身をもって知るカティアである。
「……何でもよりにもよって……!」
やっと、自分の番として相応しい魔力の持ち主を見つけられたと思ったのに。
リオネルが歯噛みした直後、隙を衝いたザリーナが彼の腕に噛みついた。
「っ!」
獣人の咬合力は人間の比ではない。
まして、犬や狼など肉食動物の血を引く獣人なら尚の事だ。
思わず手を緩めたリオネルの腕から逃れたザリーナが、リオネルに向き直って構える。
全身から敵意を漲らせる彼女の姿が、全身の毛を逆立てて威嚇する狼のように見えた。
「忌々しい獣人どもめ……こうなったら、この村全て焼き払ってやる……!」
自棄になったのか、不穏なことを吐き捨て、リオネルは右手を掲げた。
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