漆:シルヴァ族
カティアがルディアスに抱き上げられて到着した先は、そこそこ大きな集落だった。
古風な家が立ち並び、周りは木で造られた壁で囲まれている。
「戻ったぞ」
ルディアスの声で、門が開いて中に入る。
人間であるカティアが踏み入れた瞬間、見張りの青年が驚いた顔をしたが、ルディアスが一言「俺の番が見つかった」と言った瞬間に納得して、笑顔で迎え入れてくれた。
ルディアスの読み通り、彼の嫁候補だったという娘たちは、悔しそうな顔をしつつも、番が見つかったのなら仕方ないと納得して、カティアに敬意を表してくれた。
そう、皆がルディアスの番が見つかったことを祝福してくれた。
ザリーナとその祖父、シルヴァ族の長老の二人を除いて。
ルディアスの番が見つかったという話を聞いてすぐ、長老派現族長とルディアスを呼びつけた。
ルディアスが共に来て欲しいというので、カティアも同行すると、長老の部屋には、ザリーナと二人の男性がいた。
一人は、齢八十くらいと思われる老人。もう一人は五十代くらい。おそらく長老と族長だろう。
皆銀髪に金眼、犬のような耳をしている。
「……ルディアス、お前、どういうつもりだ」
老人がしゃがれた声で唸るように切り出した。
「どう、とは?」
しれっと答えるルディアスに、老人は呆れた様子で溜め息を吐いた。
「お前には、ザリーナというれっきとした婚約者がいるだろう。それを今更、番などと偽り人間を連れ込むなど……」
「偽り?」
ルディアスが不愉快そうに眉を寄せる。
ザリーナは、長老の隣で、勝ち誇ったような顔でカティアを見ている。
「カティアは間違いなく俺の番だ。カティアを見た瞬間に、俺の本能がそう言った」
「……長老、いくら何でも、お互いが番だと認めている状態で、それが偽りだと仰るのは、無理があるかと」
それまで黙っていた族長が、やや呆れた様子で嘆息する。
「番は他者からそうであると判断できない。なれば、口裏を合わせて偽ることはいくらでも可能だ」
「偽ったところで、その二人の間に生まれた子供が無能ならすぐ露見する。そうなれば、非難は免れない。次期族長のルディアスが、そうまでして人間の女を娶るなんて到底思えませんな」
「族長の言う通りだ。ただの人間を番だと偽って、俺に何の得がある? そうするくらいなら、一族の中で最も魔力の強い女を嫁にするに決まっているだろうが」
ルディアスが吐き捨てるように言うと、長老はやれやれと溜め息をつく。
「お前の婚約者はザリーナだろう」
「他の嫁候補と比較しても、最も魔力量が低いザリーナでは、族長の妻として不足だと、何度言えばわかる。長老と言えど、それ以上無理強いしてくるなら、耄碌したと言わざるを得ないぞ」
「ルディアス、儂を侮辱するのは許さんぞ」
「次期族長である俺を先に侮辱したのは長老とザリーナだ」
ルディアスが二人を睨む。
ザリーナは噛んでカティアに視線を移す。
「……アンタさえっ! アンタさえ現れなければ……!」
「ザリーナ、仮に俺がカティアと出会っていなかったとしても、俺は一族の中で最も魔力の強い女を嫁にしていた……どう足掻いても、お前を嫁にする未来は、初めからなかったんだ」
静かな声で告げるルディアスに、ザリーナは俯いて拳を握り締めた。
「ルディアス、儂の命令に背くというのか……!」
長老がわなわなと震え出す。
ルディアスは額を押さえた。
「長老、何を勘違いしているか知らないが、長老は所詮元族長というだけだ。皆が長老の言うことを聞くのは族長時代に村を守った功績があるから……長老という地位は、決して一族を好きに動かせるというものじゃない」
「ルディアスの言う通りです。貴方には、ルディアスに命令する権限などない」
族長が静かに告げる。長老は、忌々し気に舌打ちした。
「小童共が」
喉の奥がぐるると鳴る。
これは狼の唸り声だ。そうカティアが悟った直後、ルディアスがカティアを抱き上げて後ろに飛び退いた。
直後、一秒前までカティアの首があったところを、銀の光が一閃する。
「長老! 気が狂ったか!」
「儂を愚弄するのは許さんぞ! ルディアス! 貴様の番だというその小娘を、ここで斬り裂いてくれるわ!」
長老が黄金の瞳を光らせ、鋭い爪を掲げる。
「俺の番に手を出すなら、俺も容赦しないぞ!」
声を荒らげるルディアス。
二人の間に、すっと族長が割り込んだ。
「二人とも落ち着け。長老、今回は明らかに貴方に非があります……どうしても彼女をルディアスの番と認めないと仰るのであれば、ザリーナと勝負をさせるのはどうでしょう」
「勝負……?」
ルディアスが目を細め、何か言いたげに族長を睨むが、彼は素知らぬ顔をして続ける。
「番は、互いに惹かれ合うとされている。ルディアスにこの村のどこかに隠れてもらい、ザリーナと彼女に探させましょう。先に見つけた方が勝ちです」
その提案に、ザリーナがぱっと笑顔になる。
獣人ならば、当然人間より鼻も利く。カティアが不利では、とルディアスが口を挟もうとしたのを、族長は目で制した。
「……どうだ? 受けるか?」
族長は、静かな目でカティアに尋ねる。
問われたカティアは、一度、ゆっくりと息をする。
鼻が効く獣人相手に、勝てるだろうか。
わからないが、今はやるしかない。
「……わかりましたお受けします」
カティアが応えると、族長は頷き、長老を振り返った。
「では、早速始めましょう。皆、外へ出るように」
「今から? もう夜も更けてきているぞ。それに、カティアは魔力をほとんど使い果たしている状態で……」
「今ここで決めなければ長老は納得しない。それに、そんな状態の人間が、獣人族の鼻に勝てたなら、長老も番として認めざるを得ないだろう?」
有無を言わせぬ圧がある族長に、ルディアスも大人しく従うのだった。
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