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貴方の番(つがい)です〜番選定人の受難〜  作者: 結月 香


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7/12

陸:王女と公爵家嫡男

 神官に案内されてやってきたベアトリス王女は、神官長の執務室に入るなり、心底驚いた顔で凍り付いた。


 まさか、自分が権力を振り翳して番に指定しようとした相手が、大神殿を訪問しているなど、夢にも思わなかったのだ。


「ベアトリス殿下にはご機嫌麗しゅう。どういたしましたか? 怖い顔をしていらっしゃいますよ」


 リオネルはにこやかに挨拶を述べる。

 王族に対して失礼な物言いだが、彼の祖父は先代国王の弟、現国王から見て叔父に当たり、王女とは再従兄妹はとこという関係であり、幼少期からよく遊び相手をしていたため、余程のことがない限り不敬罪は適用されないという関係だ。

 実際、ベアトリスは幼馴染でもあるリオネルに懸想しており、多少の発言など気にも留めないのである。


 豪奢なルビーブラウンの髪に、青空を映したような碧眼の王女は、美しい顔に驚きを隠せないまま、リオネルに向かってぎこちなく一礼した。


「……ごきげんよう、リオネル様……リオネル様こそ、どうしてこちらに?」

「私は自分の番がなかなか決まらないので、神官長に進捗の確認をしに来ていたのです」

「そ、そうですか……」

「ああ、そういえば、神官長から聞いた話ですけれど、最近とある貴族が、金を積んで番の不正選定を依頼してきたらしいですよ。我が儘貴族にも困ったものですね」


 自らも同じようなことを神官長に迫っていたくせに、リオネルは白々しくベアトリスにそう話す。


 彼女は当然、自分の行いを指摘された心地になり、青褪めて唇を引き結んだ。


「是非、ベアトリス殿下からも、そのような貴族はこれまで以上に重罪とし、罰を与えるべきだと、国王陛下に進言なさってください。陛下もご検討されるでしょう」

「え、ええ……そうですわね」


 引き攣った顔で頷くベアトリスに、リオネルは更に追い打ちをかける。


「神官以外にも、私のように鑑定魔法が使える貴族も中にはいますからね。不正なんてしても、わかる者にはわかってしまうというのに、愚か極まりない話ですよね」


 ベアトリスの肩が小さく揺れる。どうやら、リオネルが鑑定魔法を扱えることを知らなかったらしい。

 知っていたら、当然不正で番となっても本人にはすぐにわかってしまうので、そんなことを神官に命じはなかっただろう。


「……ああ、失礼。ベアトリス殿下のお時間を奪ってしまいました。私は退出しますので、どうぞ神官長とお話しください」


 彼はにっこりと笑い、神官長には意味深長な一瞥をくれて部屋を後にした。


「……さて、ベアトリス殿下、ご用件をお伺いいたしましょう。先程ご連絡いただいたカティアの件でしょうか?」


 気を取り直したテオフィルが促すと、ベアトリスは青褪めた顔で拳を握り締めた。


「……もう、結構ですわ」

「そうですか。では、我が大神殿の神官、カティアに対する不敬罪の訴えは取り下げていただけるということでよろしいですか?」

「……私はカティアという神官とはお会いしたこともありません。私の勘違いだったようですわ。失礼いたします」


 悔しそうな顔でそう述べると、ベアトリスは一礼して執務室を出て行った。


「……ふぅ」


 火種が燃え上がることなく消え去ったことに、テオフィルは肺が空になるまで息を吐き出した。


「……カティアを呼び戻そう」


 まさかこれほど早く自体が収束するとは思っていなかった。

 こんなことなら、カティアが神殿を出るのを止めておけば良かった。


 鑑定魔法が使える魔法使いは希少だ。ベアトリス王女の問題が解決した以上、生活態度も申し分ないカティアを呼び戻さない理由はない。


 テオフィルは即座に王国全土を記した地図を机上に広げ、右手を翳した。


探知魔法デプレヘンシオ


 カティアの魔力は覚えている。

 彼女の行方、現在地を探る。


 地図の上に、テオフィルの魔力が描く線が伸びていく。

 王都、隣町、そして―――――。


「……ん?」


 国境付近の森から、突如方向を変え、国境を越えて行ってしまった。


「……まさか、国を出てミトラ鉱山地帯に……?」


 愕然と呟く。

 ミトラ鉱山は百年前の戦争で、隣国ラディカ王国に奪われた領地だ。


 罪人であれば国外に逃げたとしても隣国に協力を仰いで指名手配できるし、こちらの兵を送って捜索が可能だ。しかし、カティアに対する不敬罪の訴えは取り下げられたので、行方不明者の捜索願いという形になり、拘束力は格段に弱まるし、兵を送ることも許されない。


「……カティアが一人で国を出るとも考え難い……誰かと一緒なのか……?」


 怪訝に思いつつ、探知魔法の精度を上げる。

 地図上からはみ出した彼女の現在地を、相対的に魔力で示し、彼女と共にいる者の魔力を探る。

 探知魔法の応用で、かなり上位の魔法使いにしかできない芸当だが、テオフィルは神官長まで上り詰めた逸材だ。魔法の腕前は王室付き魔法使いにも匹敵する。


「……この魔力の気配、まさか、獣人か……?」


 まさか、森で襲われて連れ去られたのか。いや、そうだとすればカティアの魔力に危機を示す揺らぎが現れるはず。

 カティアの魔力には揺らぎがなく、寧ろとても安定している。


「……カティア、一体何が……」


 テオフィルは愕然とそう呟いたのだった。

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