参:旅立ち
宿舎に戻って、荷物をまとめたカティアが部屋を出ると、昼食を終えて食堂を出て来たレナトと鉢合わせた。
「カティア? どうしたんだ? そんな荷物……」
首を傾げるレナトに、同期のよしみで事情を簡単に説明すると、彼は声を震わせて怒りを露わにした。
「そんなっ! カティアは何も悪くないのに……!」
「仕方ないわ。この機会に旅をするのも悪くないと思うし、いっそ長期休暇だと思って楽しんでくる」
「……絶対、戻ってこいよ」
「そうね……できれば、レナトの結婚式までには戻って来たいんだけど、間に合わなかったらお祝いだけ贈るかも」
カティアは苦笑する。
つい先日、レナトは自身と相性の良い番が決まったのだ。
ちなみに、鑑定結果が自分を指した場合は他の神官が再鑑定する決まりになっているため、神官であっても番の相手を自分で選ぶことはできない仕組みになっている。
レナトはカティアと同じ二十歳で、番の相手は二つ年下の十八歳。
この国では男女共に十六歳から結婚が認められるので、年齢的にはいつでも結婚できるが、相手が地方の町娘だったらしく、生活基盤を整える期間も必要だろうと、一年間は準備期間にするのだと先日聞いたのだ。
「……どうか、無事で……」
まるで戦に向かう騎士を送り出すような顔だ。
あまりに神妙な顔をするレナトに、カティアまで複雑な気持ちになる。
「皆によろしく。あ、ベアトリス殿下のことは他言無用よ」
「ああ。わかっている」
じゃあね、とカティアは神殿を後にした。
まずは王都を出なければ。
馬車や馬を借りる手もあるが、王女が指名手配を掛けたらあっという間に足が付いてしまうため、避けた方がいい。
あまり得意ではないが、飛翔魔法で飛んで移動するのが良いだろうか。
とりあえず、一刻も早く王都から離れないと。
「……飛翔魔法!」
カティアはまず空へ向かって飛び出した。
飛翔魔法はあまり得意ではないカティアだが、隣町へ移動するくらいは造作もない。
休憩を繰り返して、今日中になるべく遠い町へ行こう。
飛翔魔法は高度と速度に比例して、消費魔力が大きくなる。
地上数メートルの高さで、馬並の速度で行けば、カティアの魔力量なら日が暮れるまでに三つ先の町まで行けるはずだ。
そして、三つ先の町は、百年前の戦争で隣国ラディカに奪われたミトラ鉱山に最も近い、国境の町セミナだ。
当然治安も王都に比べると悪くなるが、その方が隠れやすい。
隣町で食事をして、思ったより時間を使ってしまい、セミナの町に辿り着く頃には陽がすっかり沈んでいた。
「……真っ暗になっちゃった。町はあの辺りね」
少し向こうに明かりが見える。
疲れてききたし、高度を落とすか。
そう思った矢先、眼下に広がる夜の森から、何かがカティア目掛けて飛んで来た。
「っ!」
魔物だ。そう理解すると同時に、何かが腹部に喰らいついた。
「っ! 防御魔法!」
防御魔法を唱えて、魔物を弾き飛ばすが、一度受けた傷は治らない。
魔力が乱れ、飛翔魔法の効果が切れかけたので、慌てて一旦森に降りる。
先程の魔物も、どこかに落ちたはずだ。良く見えなかったが、狼くらいの大きさだった。
自分の匂いは覚えただろう。きっとまた襲ってくるはずだ。
カティアはすぐに回復魔法を唱えて傷を癒す。
飛翔魔法を連続使用していたことに加え、防御魔法と回復魔法を使ったことで、カティアの魔力はもうほとんど残っていない。
ここから町まで飛翔魔法で移動するのはおそらく無理だ。
「……かといって、こんなところで野宿したら、朝まで生きてられないわね……」
魔物の気配が多い。
無防備に眠っては寝込みを襲われるだろう。
とにかく、気配を消してなるべく早く町へ向かわなくては。
と、歩き出した直後、目の前の茂みが揺れ、狼のような魔物が現れた。
緋色の瞳が、明らかな敵意を持ってカティアを睨んでいた。
「っ! ついてないわね」
なけなしの魔力で攻撃魔法を放つか、それが効く相手ならいいのだけど。
そんなことを考えながら右手を構える。
と、その時。
ひゅっと音がして、何かが一閃した。
直後、魔物の首が落ち、はらはらと塵になって消えていく。
「……え?」
魔物は絶命すると塵となって消える。それはカティアも知っていたが、まさかあれほどの魔物を一撃で、一体誰が。
そう思って振り返る。
そして息を呑んだ。
どくん、と心臓が蹴り上げられたように高鳴る。
「……え」
僅かな星明かりに照らされてそこに立っていたのは、逞しい体躯の、美しい青年だった。
銀髪で犬のような耳を持ち、黄金の双眸をしていることから、彼が人間ではなく、獣の血を引く獣人であるとを悟る。
そして、同時に、カティアは直感した。
この人だ。
この人こそ、自分の運命の番だ。と。
仕事柄、運命の番と出会えたという人と話したことがあるが、皆口を揃えて「会えばわかる」と言った。
その意味がようやくわかった。
見ただけで、直感によって得られた確信。本能が、彼だと言っている。
彼と出会えたことで、心が歓喜しているのがわかる。これほどまでの感動を、人生で味わったことなどない。
それは、相手も同様だったようだ。極限まで目を見開いた後、おずおずと近寄って来る。
「……お前、名前は?」
低く落ち着いた声。それはとても心地よく、カティアの耳に馴染んだ。
普段なら初対面の男に名を聞かれても、警戒して答えたりしない。
しかし、運命の番に対して、嘘をついたりする気になれなかった。
「私はカティア……貴方は?」
「ルディアス……お前は、俺の番だ」
獣人や竜人は、人間より強く番を感じ取り、人間より強い執着を持つといわれている。
まさか、自分の運命の番が、獣人だとは夢にも思わなかった。
しかし、心がそれを認めている。
「そう、みたいね……こんなことが起きるなんて……」
戸惑いながら彼を見つめる。
ルディアスと名乗った彼もまた、カティアのアメジスト色の瞳に見入っているようだった。
「……あ、そうだったわ。今、助けてくれたのよね? ありがとう」
はっとしたカティアが礼を告げると、彼は首を横に振った。
「番を助けるのは当然だ。何かに惹きつけられるようにこちらへ来たが、まさか番いに出会えるなんてな……そんなことより、何故こんな森の中を日が暮れた後に一人で歩いているんだ? 家は?」
怪訝そうに首を傾げる彼は、カティアを心配しているように見える。
「ええと、ちょっと色々あって旅に出て……次の町セミナに着く前に日が暮れちゃって、飛翔魔法で移動してたんだけど、油断してたら森から魔物が飛び出してきて……」
カティアが視線を落とす。
つられたルディアスが、カティアの腹部の破れた服に気付いて眉を顰めた。
「それは、さっきの魔物に?」
「うん、多分。喰らいつかれて、魔力が乱れて森に降りたの。治癒魔法で怪我は治せたけど、攻撃する余力は残ってなかったから助かったわ」
カティアの説明を聞いて、ルディアスは深々と息を吐いた。
「そうか……間に合って良かった」
先述の通り、獣人は互いへの執着が強く、番が死ぬと心を失うとさえ言われている。
逆にいえば、獣人の番になると無条件に溺愛されるそうだ。
「……行くところがないなら、ひとまず俺の村へ来い。まずはお前のことを知りたい」
ルディアスはそう言って控えめに右手を差し出した。
カティアはその手を、ほぼ反射的に掴む。
「私も、貴方のことを知りたい」
同じ気持ちだとわかり、ルディアスは嬉しそうに微笑んだ。
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