弐:理不尽
神官の昼食は交代制だ。交代要員の神官が来たところで、それまで鑑定に当たっていた神官たちは大神殿の裏にある宿舎へ向かう。
神官は神官長から神官見習いまで、宿舎で共同生活をしており、食事も宿舎内の食堂でとることになっているのだ。
と、神殿を出ようとしたカティアを、一人の老人が呼び止めた。
神官長、テオフィル・サルフィアである。
齢七十を過ぎて今尚現役の、偉大な魔法使いである。
「何でしょうか、テオフィル様」
神官長の執務室に呼ばれたカティアは、緊張した面持ちで尋ねる。
白いひげを蓄えたテオフィルは、重々しく溜め息を吐き出す。
「カティア・ヴェルベナ……ベアトリス殿下から、苦情が来た」
その名前に、ひゅっと息を呑む。
予想はしていた。
王女はきっと、依頼を蹴った自分を許さないだろうと。
しかし、自分は神官として当然のことをした。
神官長からも、神官見習いになる際と、神官に昇格する際に「番の不正だけは絶対にあってはならない。たとえ王族貴族から金を積まれたり脅されたりしても、応じてはならない」と念を押されている。咎められることは何一つない。
「カティアという名の神官の態度が悪く、不敬罪だと仰っている……」
「そんな! 王女殿下にはお会いしたこともありません!」
それは事実だ。
王族は魔力を水晶玉に込める際、大神官が水晶玉を王城に持参して行うし、例の依頼も侍女を通じてカティアに依頼してきている。
彼女は直接ベアトリス王女に会ったことはないのだ。
たまたま、侍女が大神殿を訪ねて来た時に、最初に対応したのがカティアだったというだけで、毎日訪ねられることになってしまった。
カティアに断られたからと言って他の神官にいかなかったのは、王女が不正を持ちかけているという話が市民に漏れると厄介だから。
「ああ、勿論。お前がこの数週間神殿から出ていないことは確認済みだ。そしてベアトリス殿下が大神殿を訪問したという記録もない」
神官長の翠の眼が光る。
彼は事情を知っている、カティアはそう直感した。
「では何故、ベアトリス殿下がお前に対する苦情を入れて来たか……他の神官に聞いたところ、今日、殿下の侍女が、お前を訪ねて来たそうだな」
「……はい」
「……番の不正でも持ち掛けられたか」
「……はい」
お見通しの神官長に頷くと、彼はやれやれと額に手を当てて嘆息した。
「ベアトリス王女にも困ったものだ。時の国王が決めた制度を、その末裔が金で覆そうとするなど……」
第一王女のベアトリスは、かなり我が儘で横暴だと、市民の間でも専らの噂だ。
王族との親交がある神官長の態度を見ても、それは事実なのだろうと察するカティアだ。
「……私は断りました。そんなことをして、バレたら私も職を失いますから」
「それは正しい。だが、ベアトリス殿下はお前を許さんだろう。会ったこともない神官を不敬罪で捕らえるなど、甚だおかしな話だが、相手は腐っても王族だ。こちらが策を講じる前に、証拠を捏造してお前を捕らえようとするかもしれん」
そのくらいのことができるだけの権力が、相手にはある。
カティアは唇を噛んだ。
不正を働かせようとして、断られたら処刑しようというのか。
なんて理不尽な。
「……そこで、お前には一旦、地方の神殿に出向してもらおうと思っている」
「地方の神殿へ……?」
「ああ、丁度、人手不足で困っているところがあってな」
地方にも当然神殿はある。しかし魔力の測定や鑑定は原則王都の大神殿で行うため、仕事の内容が異なる。
地方の神殿には神官が数人常駐し、治安維持の拠点としているため、鑑定魔法が使えるかどうかはあまり重視されない。
神官の素養として、鑑定魔法の適性がないと神官見習いにもなれないが、神官見習いになったとしても、鑑定魔法の精度が低ければ大神殿に所属する神官にはなれない。
その場合は地方の神殿に配属され、治安維持のために尽くすことになるのだ。
つまり、大神殿に務められるだけの鑑定魔法の腕を持つ神官が地方の神殿に出向するというのは、事実上の左遷である。
「……お前にとっては、理不尽極まりないだろう。だが、ほとぼりが冷めるまでは身を隠した方が良い。ベアトリス殿下は、きっとお前を処刑しようと躍起になるはずだからな」
「……わかりました。私はまた、ここへ戻って来られるのでしょうか?」
「勿論だ。ベアトリス王女の番が見つかり、その相手と上手くいけば彼女も諦めるだろう……そうでなくても、私が責任をもって、国王陛下にこの件を直訴する」
テオフィルはそう言うが、しかし現国王は、法律に厳しく名君だと謳われる一方で、ベアトリス王女を溺愛しているとも言われている。
果たして、神官長の言うことを聞いてくれるだろうか。
「カティア、相手は不敬罪を持ち出してきている……不敬罪が確定したらお前は死刑になってしまう……ここは、一旦避難するしかない」
神官長にそう諭され、私は神官の証であるペンダントを首から外した。
「……それでしたら、私は神官を辞めます」
「だ、だが、それでは……」
流石の神官長も驚いた様子で顔を上げる。
「良いんです。神官長、罪状が不敬罪であるなら、私の家族まで罪は問われないはず……でももしも反逆罪となると、家族諸共処刑になってしまいます……その罪をでっちあげられる前に、私は王都を出ようと思います」
「……確かに、それが賢明かもしれんな……わかった。だが、神官の証は持って行きなさい。何かの役に立つかもしれん。それに、ほとぼりが冷めて戻って来られることになった時のためにもな」
聡明なテオフィルは、暗に、カティアの辞表を受け取りつつ、受理はせずにいつかの帰りを待つと言っているのだ。
彼の意図を汲み取ったカティアは、ペンダントを握り締めて深々と頭を下げた。
と、その時、執務室の扉がノックされた。
テオフィルが応じると、一人の神官が入って来る。カティアと入れ替わりで鑑定作業に入った神官だ。
「失礼いたしま……カティア! 丁度良かった。お前の番が決まったぞ!」
「ええぇっ?」
よりにもよってこのタイミングか。
カティアとテオフィルが驚いた矢先、その神官は水晶玉二つを掲げた。
そのうち一つは、間違いなくカティアが魔力を込めたものだ。
「リオネル・マグノリア様だ! 凄いな! 次期公爵様の番だぞ!」
「っ!」
カティアが息を呑む。
駄目だ。彼の番が自分なんて。
だって、リオネル・マグノリアは、あのベアトリス王女が、自らの番にと望んだ相手なのだ。
「っ! 駄目ですっ! 絶対! そんなことになったら、私、きっと殺されます……!」
青褪めて首をぶんぶんと振るカティアに、神官がきょとんとして神官長を見る。
テオフィルは額に手を当てて嘆息した。
「……なるほど、リオネル様か……」
「神官長……?」
「……そのことを知っている者は?」
神官長の問いかけに、神官は戸惑いつつ答える。
「私だけです。他の者はまだ作業中ですから」
神官の番が決まった場合、真っ先に報告をするのは神官長もしくは大神官だ。
神官同士での不正や癒着を防止するための決まりである。
「……ならば、その件は保留だ。リオネル様の水晶玉は一旦保管庫に戻しなさい」
「えっ! どうしてですか……?」
過去に例のない指示に、神官が戸惑いの声を上げる。仕方なくテオフィルは事情を説明することにした。
と、彼は納得しつつもカティアに同情の目を向けた。
「……なるほど。そういうことでしたか……」
「この状況で、リオネル様の番がカティアだとベアトリス王女に知れたら、ほぼ間違いなく、カティアを暗殺しようとするだろうな」
「……あの王女ならやりかねませんね」
神官にまでそう言われてしまうのだから、ベアトリス王女の傲慢っぷりは相当なのだろう。
そんなことを思いつつ、カティアはまずは何処へ向かおうか、とそんなことを考えるのだった。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!




