拾:後処理
ルディアスは一人暮らしだった。
聞くところによると、両親は彼が幼い頃に亡くなり、それ以降彼は族長に育てられたそうだ。
そして次期族長に決まったのを機に、一人で暮らすようになったとか。
「あまり広くなくてすまない」
「ううん、私が住んでいた神官の宿舎も狭かったし、あまり変わらないよ」
広すぎるとかえって落ち着かないのでちょうどいい。
その時、夕食を何も食べていなかったカティアの腹がぐうと鳴った。
恥ずかしくなって俯く彼女に、ルディアスはパンのような何かを差し出した。
「今はこれしかないが、何も食わないよりはいいだろう」
「あ、ありがとう。いただきます」
それはパンにしてははだいぶ硬めで、分厚いクッキーのようだったが、素朴な甘さがあって美味しかった。
食べ終わったところで、改めて部屋を見る。
部屋にはテーブルと椅子が一組と、質素なベッドが一つあるだけ。
流れでここまで来てしまったカティアが、ぎくしゃくした様子でルディアスを見ると、彼は小さく笑った。
「安心しろ。おれは床で寝る」
「え、でもそれじゃあルディアスが……」
「俺は男だし、何とでもなる。カティアの方が大事だ」
優しく髪を撫でてくれるルディアスに、カティアは胸がぎゅっとなる。
「でも……」
尚も言い募ろうとするカティアに、ルディアスは苦笑する。
「……そりゃあ、本音を言えば一緒に寝たいが……それ以上に、俺はカティアを大事にしたい。お前が望まないなら指一本触れない……でも、狭い俺のベッドに一緒に入って、理性を保つ自信がない」
理性が保てなかったらどうなるのか、それは聞くまでもない。
カティア自身、それを嫌だとは思っていない。
ルディアスと出逢った時から、彼に本能で惹かれている。
触れられることも、それ以上も、身体は完全に許容しているどころか、求めてさえいる。
だが、それでも、運命の番だからといって、出逢ったその日に身体を重ねてしまっていいのかという疑問が頭を掠める。
間違いなく、本能と理性のせめぎ合いである。
「……俺は、確かに番であるカティアを大事に思っているし、出逢ったばかりだが愛しいと思っている……だが、番だからじゃなくて、カティア自身を愛したいし、カティアにも、番としてじゃなく、俺自身を見て欲しいと思っている……だからここで、本能に従ってカティアを傷付けたくないんだ」
ルディアスも同じ思いなんだと知り、カティアは心底、この人が運命の番で良かったと思えた。
カティアは、そっと彼の両手を握った。
「私も同じよ。運命の番と出逢った以上、他の人を愛する未来なんてない。でも、番だから愛するんじゃなくて、一人のひととして、ルディアスを愛したい」
そう告げた瞬間、ルディアスの黄金の双眸が、優しく滲んだ。
そして、強く手を引かれて抱き締められる。
「……カティアが俺の番で嬉しい」
「うん、私も」
もしかしたら、こういう感性が近いのも、運命の番だからかもしれない。
「……離れがたいな」
「……うん」
抱き締め合っていると、彼の腕の中が自分の居場所であると自覚する。
本来一つであった魂が、片割れを見つけたかのような心地だ。
結局、二人は同じベッドで、抱き締め合って眠りについた。
それ以上のことは何もなかったが、二人にとって、これまでの人生で最も幸せな夜だったのは間違いない。
そして翌朝、カティアは己の魔力が回復していることを確認し、ルディアスと共にリオネルが捕らえられている広場に向かった。
リオネルは広場のど真ん中で、丸太の杭に縛り付けられていた。
口には猿轡が噛まされており、右手と口を封じられていて魔法も使えない状態だが、強い魔法使いは詠唱もなく、魔法術式さえ使わずに魔力で何かを成すことができることもあるので、見張りの獣人は三人、彼が不審な動きをしたら即座に首を落とせるようにして待機していた。
リオネルが忌々し気にルディアスを睨む。カティアはすっとその前にでて、彼が何かしようとする前に記憶を消そうと、右手を掲げた。
その時。
「そこまで」
有無を言わせない圧のある声が響いた。
辺りを見渡した直後、リオネルの背後に突然、一人の青年が姿を見せた。
「リオネルは将来僕の側近となる者だ。勝手な真似は許されないよ」
そこに現れたのは、ルビーブラウンの髪に碧眼の青年だった。
その顔は、あまりに有名だった。国の彼方此方に肖像画が飾られているからだ。
「……ユリウス殿下……!」
カティアがはっとして跪く。
その様子に、ルディアスも戸惑いながら彼とカティアを見比べた。
彼の名はユリウス・ローザ・フルール。フルール王国の王太子、ベアトリス王女の実兄である。
「カティア、彼は……?」
「フルール王国の王太子よ……何故、突然ここに……」
動揺するカティアに、ユリウスは肩を竦めた。
「昨晩からリオネルの行方がわからないと彼の父である宰相から相談を受けてね。王室付き魔法使いに行方を探させたら、国外に座標があるものだから驚いたよ。国外に兵を派遣する訳にはいかないから、僕が単身で様子を見に来たって訳さ」
彼はにこやかに事情を話すが、その目は笑っていない。
と、すっと族長がカティアの隣に並んだ。
「フルール王国の王太子殿下、ようこそおいでくださいました。私が族長のバルダ・ティリフォラと申します……この者は昨晩我が集落を燃やそうと魔法を行使した罪人でございます」
族長の説明に、ユリウスは僅かに眉を顰めた。
「……カティア・ヴェルベナ。これはどういうことか、君の口から説明してもらおうか? 全て包み隠さず、嘘偽りなく答えてくれ」
その命令は絶対。偽りを話し、それが露見したら首が飛ぶということだ。
ユリウスが命令を行使できるのは、自国民に対してのみ。つまり、この場ではカティアとリオネルのみである。
「……恐れながら申し上げます。話せば長くなりますが……」
カティアは恐る恐る、自分が神殿を出ることになった理由から、ここへ来ることになった経緯を話した。
つまり、ベアトリス王女が番の選定で不正をしようとしたこと、その対象であるリオネルの番に自分が選定されたこと、ベアトリス王女からの報復を恐れて身を隠すことにした直後、運命の番であるルディアスと出逢ったこと、全てがユリウスの耳に入ることとなった。
話を聞いていたユリウスは、徐々に額を押さえて苦い顔をし始めた。
「……あの馬鹿が……リオネルとの結婚は絶対に無理だとあれほど諭したのに……」
どうやらユリウスは、ベアトリスがリオネルとの結婚を望んでいたことを知っていたらしい。
そして無理だと諭していたということは、彼女とリオネルの魔力の相性がさほどよくないことも知っていたのだろう。
王族は強い魔力を有していることが多い。彼も鑑定魔法が使えるのかもしれない。
「……で、まさかリオネルまで、神殿の判断を無視して突っ走るなんて」
ユリウスは縛り付けられたままの彼を一瞥して、溜め息をつく。
「……私の話を信じてくださるのですか?」
まさか一発で信じてもらえるとは思っていなかったカティアがそう呟くと、ユリウスは「ああ」と頷いた。
「僕の眼は、嘘偽りを見抜くからね。君が嘘を言っていないことはわかるよ」
この世界には、視えないものを視る特殊な眼をもつ者が存在する。
鑑定魔法が使える者も、実は特殊な眼をもっているのである。
「……いずれにしても、カティア・ヴェルベナが運命の番を見つけた以上、国が定める番制度からは免除される。カティア・ヴェルベナがリオネルの誘いを断るのは当然だし、それに逆上して国外であるこの地を焼き払おうとしたのは、到底許されることではないな」
言いながら、ユリウスはリオネルの猿轡を外した。
「リオネル、一晩経って頭は冷えたかい? 何か言いたいことがあれば聞いてやるが」
「で、殿下、私は……やっと、やっと番が見つかったと……」
「ああ、だが、その番には運命の番がいた。それだけの話だ」
ユリウスの言葉に、リオネルが項垂れる。
反抗する意思はないと見なしたのか、ユリウスは彼の縄を解いた。
「リオネル、君がやったのは国家保安法違反に該当する重罪だ。ラディカ王国の国王に知られたら、どれほどの損害賠償を請求されるかわかったものではない。下手をしたら戦争になるぞ」
「そのことですが、殿下。シルヴァ族はラディカ王国から認知されることを望んでいません。あまり大事にしたくないのですが……」
カティアがそう申し出ると、ユリウスは族長を振り返った。
「それはこちらとしてはありがたい申し出だ。ここはラディカ古来の領土ではないからか、対魔法結界が張られていない。だから僕もリオネルも転移魔法で来ることができたし、それをラディカに感知されてもいない……シルヴァ族が大事にする気がないのなら、この場で僕の謝罪を以て収めさせてもらいたい。勿論、リオネルが破壊した建物などの補償はしよう」
「それをお約束いただけるのなら充分です」
「ああ、フルール王国王太子ユリウスの名に於いて、約束しよう」
ユリウスはそう宣言してから、何を思ったかカティアに歩み寄った。
「ところで、カティア・ヴェルベナ。僕は運命の番を見つけたという人間と直接会ったのは初めてなんだが……運命の番と出逢うって、どんな感じだい?」
「えっと……一目見て、運命の番だと直感しました……彼のことを何も知らないのに無性に惹かれて……彼の腕の中が自分の居場所だと思えるというか……」
しどろもどろに答えるカティアに、ユリウスは何やら面白いものを見つけたような顔をした。
「ふぅん?」
意味深長に頷くと、彼はリオネルを立たせて、頭を掴んで無理矢理下げさせた。
彼がシルヴァ族とカティアに向けて謝罪の言葉を紡いだところで、ユリウスは転移魔法でリオネルと共にその場から掻き消えたのだった。
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