玖:共鳴
リオネルが昏い瞳でカティアを見た。
「カティア、これが最後だ。私と共に王都へ帰ろう。君が私の手を取らないのなら、私はこの村を焼き尽くすぞ」
その脅しに、カティアが息を呑む。
リオネルが公爵令息にして、優秀な魔法使いであることは周知の事実だ。
ゆくゆくは公爵となり、国王の右腕として国を発展させていくのだろうと、皆が信じて疑わないほどの人物である。
彼ほどの魔法使いであれば、実際にこのくらいの村を焼き尽くすなど造作もないかもしれない。
そうなれば、魔法が使えない獣人族には成す術もない。
「……カティア、行くなよ。大丈夫だ。魔法使いの一人くらい、俺が何とかする」
カティアの肩を掴んだルディアスがそう囁く。
しかし、戦闘能力の高い獣人と言えど、リオネルはどの魔法使いが放つ攻撃に対抗できるとは思えない。
「……でも……」
カティアが何か言おうとするのを、ルディアスの優しい眼差しが制する。
何も言えなくなって言葉を呑み込んだカティアの前に出たルディアスは、リオネルに向かって地を蹴った。
速い。しかし、リオネルが対獣人の策を講じていないはずがなかった。
「っ!」
視えない壁に阻まれて、ルディアスが弾かれる。
身を捩って着地したルディアスだが、己の攻撃が全く届かないことに驚きと焦りを感じていた。
そんなルディアスを見て、リオネルは忌々し気に吐き捨てる。
「獣風情が、粋がるな」
そして、右手を頭上へ掲げた。
「焼滅魔法!」
詠唱の直後、彼を中心に炎が渦を巻き始めた。
「ダメっ!」
カティアが叫ぶ。
焼滅魔法は、大攻撃魔法の一つ。それこそ、一つの町を丸ごと焼き尽くしたという伝承があるほどの大技だ。
しかし当然、膨大な魔力消費する上に、コントロールも難しいため、国内で扱える魔法使いはほとんどいないと聞いていた。
まさか、リオネルが習得していたなんて。
これを打ち消すのは、同じく大魔法と呼ばれるレベルの防御魔法しかない。
しかしカティアには大魔法は扱えない。そもそも、今のカティアは飛翔魔法の連続使用と先程の探知魔法の行使で、ほとんど魔力が尽きている状態だ。ただの防御魔法さえ発動させられないだろう。
そうこうしている間に、炎は四方八方に伸び、民家に燃え移り始める。
「……どうしよう……!」
自分が応じなかったせいで、この村が焼き尽くされてしまう。
罪悪感とリオネルへの嫌悪感が胸を締め上げる。
「やめろ!」
ルディアスが再びリオネルに飛び掛かるが、今度は炎の壁に阻まれてしまう。
「くそっ……! 族長! 今すぐ全員を避難させろ!」
「わかっている!」
族長は既に動いていた。あの従者の青年に、住民の避難を指示していたのだ。
遠くから戸惑いと恐怖の悲鳴が響き始める中、族長はザリーナに長老を連れて逃げろと促す。ザリーナはリオネルに鋭い一瞥を投げ付けてから、長老を背負って走り出した。
見た目は十代の少女なのに、老人を背負って物凄い速さで走っていったところを見ると、やはり獣人は人間とは違うんだな、ということを痛感するカティアだ。
「カティア! お前も逃げろ!」
「できないっ! ルディアスを残しては行けない!」
ルディアスはきっと、命を賭してリオネルに挑むだろう。
大攻撃魔法を操れるリオネルに、魔法が使えない獣人では太刀打ちできない。
結果がどうなるのかなど明白。
ルディアスが傷つくところを想像するだけでも胸が張り裂けそうになるのに、失うかもしれない状況が頭を過ぎっただけで、気が狂いそうになる。
番は、己の命より大事な存在だから。
彼を失って生きる世界に、意味なんてない。
だから、自分が守る。
カティアがそう決意した刹那、世界が、音を変えた。
彼女の周りに、清廉な魔力が巻き上がり、大きなうねりとなって炎を呑み込み始める。
不思議な感覚だった。
温かくも強い魔力がカティアの中に流れ込み、それを自在に操れる。
魔法とは異なる感覚、しかし限りなくそれに近い状態で、魔力が炎を握り潰していく。
「な……! くっ!」
リオネルが驚いて、攻撃の威力を上げる。
しかし、炎はどんどん勢いを失い、やがて民家に燃え移っていた火まで完全に消え去ってしまった。
炎が消えた瞬間、ルディアスがリオネルに飛び掛かり、両手を後ろで掴み上げた。リオネルが抵抗して暴れるが、人間と獣人では筋力が違いすぎてルディアスはびくともせず、リオネルの項を素早く叩いて気を失わせる。
そこへ、族長がどこからともなく持ってきた縄でリオネルを縛り上げ、従者の青年に引き渡した。
「カティア、今のは一体……?」
ルディアスが不思議そうにカティアを振り返る。カティアは首を横に振った。
「私にもわからない……ただ、急に強い魔力が流れ込んできて……」
「……《共鳴》」
族長が、ポツリと呟いた。
「え?」
「本物の番同士は、互いを自分の命より大事だと思う本能がある。その本能が、お互いの魔力を一時的に統合して奇跡を起こす……それが《共鳴》だ」
「じゃあ、今の魔力は……」
「二人の魔力を統合したもの、だが、カティアが魔力をほぼ使い切っていた状態だったことを考えると、魔力自体はルディアスのものだろうな。ルディアスの魔力を、カティアが無意識に魔法のように使った、そんなところだろう」
話をまとめた族長は、カティアに向かって頭を下げた。
「カティア、君のおかげで村は助かった。族長として礼を言わせてくれ」
「そんなっ! 元はと言えば私がここへ来たせいで……」
「確かにあれは君を追って来たのかもしれないが、ここを焼き払おうとしたのはあれの独断だ。カティアのせいじゃない」
そう慰めてくれる族長に、カティアは小さく頷く。
それから族長は、気を失ったまま縛られているリオネルを一瞥した。
「ここはラディカ王国の領土とはいえ、王族にも認知されていない未開の地だ。こちらからラディカ国王に申し入れない限り国家間の諍いにもならんだろうが……」
しかし攻撃を仕掛けてきたのはフルール王家とも繋がりの深い公爵家の人間だ。
本来ならラディカ王国の国王を通じて苦情の一つでも申し入れるべきであり、下手をしたら戦争になりかねない事案である。
「我々も、ラディカ王国に認知されることはできれば避けたい……とはいえ、何の咎めもなくこれを解放したら、次は準備を整えた上で襲撃してくるだろう」
族長が唸る。
だからといって公爵令息であるリオネルを殺せば、フルール王国が行方不明になった彼を捜索し、探知魔法でこの集落を突き止めるだろう。
そうなったらフルール王国がラディカ王国に抗議し、ラディカ王国はこの集落とシルヴァ族の存在を知ることになり、更にフルールとラディカが再び戦争を始めかねない。それは何より避けたい事態だ。
「……記憶を消しましょう。私に関することと、この村に関すること。その上で、王都に送り届けます」
「記憶を? そんなことできるのか?」
「はい。記憶操作は、本来大神官以上か王室付き魔法使いしか使用を許可されていない魔法ですが、術式自体は難しくないので、私にもできるはずです」
だが、禁術であることは間違いなく、カティアも記憶操作魔法は使ったことがない。
いずれにしても、今のカティアは魔力を使い果たしているので、明日以降でないとできない。
それを説明すると、族長はリオネルをこの場に拘束して見張りを付けることにして、カティアが村に滞在することを改めて認めてくれた。
滞在先はもちろんルディアスの家。
男の家に上がることなど始めてのカティアは、緊張しながらルディアスについていくのだった。
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