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【捌ノ陸】

作:アンジュ・まじゅ

絵:越乃かん

 どかっ……と、笑顔のまま、あゆみ先生はみかを信じられない速度で蹴り上げた。ばきばき、肋骨が折れる音がみかの中で響く。みかは叫ぶこともままならないまま、高く飛ばされた。でもみかにも満月のモノの血が流れている。必死で下を向いてあゆみ先生を捕捉しようとした。が。


「あら、こんにちは」


 信じられないことに、下にいたはずのあゆみ先生は、みかの目の高さで浮いている。

 どがっ。そして、頭を思いっきりひじで、打った。

 ぎゃんっとみかは地面に叩きつけられたあと、またもや瞬間的に移動したあゆみ先生にお腹を蹴られ、三十メートル先の社務所に激突した。


「ゆうくーん? そこにいるんでしょう?」


 そういいながら、あゆみ先生は息も切らさず悠然と歩いている。


「早くしないと大事なお友達がなぶり殺しよ?」


 たった三撃だったが、もうみかは虫の息だ。辛うじて立とうと脚を動かすが、もう立ち上がることもできない。


 ……


『だめだ、愛しいきみ。行くな。これはワナだ』

「でも、すぐそこでみかがっ」

『二度も惨敗を喫してもまだわからないのかっ! 行けば殺されるだけだ。お母さんも二度と帰らない』

「くそっ、くそっ!」


 ゆうは社務所の床を叩いた。何度も。


 ……


 どかっ……どかっ……

 始祖は()()()()()()に、おおかみを蹴り続けた。


「あ……いはら……ちゃ……」

「あらあら、可哀想に。みかさんが大好きだった、ゆうくん。……来ないみたいね?」


 あゆみ先生は両手を広げて笑った。


「あっははははは。バレンタインで毎年一度もチョコを渡せなくて。それも家に忘れてきちゃったせいで! いつの間に沙羅さんに盗られちゃって! そんなになっても助けにも来てくれない」


 残酷な笑みを浮かべながら、瀕死のみかを覗き込んだ。


「『忘れちゃってる』のかもね。大好きな相原ちゃんも。みかさんのこと」

「ちがう……もん……」


 みかは、身体中血まみれになりながら、それでも立ち上がろうとした。


「あい……はら……ちゃんは……忘れない……」


 ごほっ。ごほっごほっ。口から黒い血を吐きながら……立った。


「いつも……いつだって……私のこと……見て……くれてた……もんっ!」


 そう。あゆみ先生は優しい笑顔で、言った。


「じゃあ、死んじゃうところも、見ててもらおっか?」


 どしゃっ……先生の腕が、みかを貫いた。


 ……


 始祖の気配が消えてから、ゆうは社務所を出た。

 真っ黒なおおかみが、浅く息をしている。もうすぐ、それも止まるだろう。

 しゅうう……黒い前足は手に、筋肉質な脚は、みかの足に。鼻は縮んで、知っているみかの顔になった。でも、身体中血まみれで、元気でおっちょこちょいの面影はもうない。

 それでも、何かしゃべろうとしている。ゆうは必死で呼びかけた。


「え……へへ。やっ……ぱり……相原ちゃん……覚えてて……くれた」

「わすれるもんか! みかは、いつも一生懸命、伝えようとしてくれていた!」


 嬉しいなあ。彼女は血まみれの顔でゆうを見た。


「ねえ……相原ちゃん……私を……たべて……私の全部をあげるから……わすれないで……わたしの……こと……」


 そして、忘れ物クイーンは、幸せそうに笑った。


「ね……だいすき……だから……ね……わすれない……で」


 数秒後、みかは息を引き取った。ゆうは、泣きながらみかを食べ尽くした。

挿絵(By みてみん)

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